2021/03/08 - 2021/03/08
9位(同エリア82件中)
かっちんさん
この旅行記では宗谷本線の中間に位置する名寄駅から筬島駅(おさしまえき)まで乗車した内容を紹介します。
この区間は宗谷本線53駅のうちの15駅にあたり、3.13ダイヤ改正で廃止されるのが4駅。
列車が通る市町村は、名寄市、美深町、音威子府村(おといねっぷむら)です。
旭川を6:03に乗車した稚内行き各駅停車は、名寄駅を7:45、筬島駅を9:16に停車。途中には天塩川の三日月湖、美幸線資料館、トロッコ王国美深、天塩川温泉、音威子府の黒いそば、天北線記念館、ビッキー記念館等の見どころがあります。
筬島以北のお別れ旅の続きは次号で。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・JR北海道車内誌、2021年3月
・JR北海道資料「2021.3.13ダイヤ改正」
・北紡株式会社パンフレット「北紡の概要」
・ユニチカの部門史資料P21「新北紡株式会社」
・たびらい「名寄智恵文ひまわり畑/名寄」
・システムハウスR&CのHP
・鉄道コラム「JR北海道発表/廃止予定46駅データ③宗谷本線 その1」
・青い星通信社のHP
・朝日新聞デジタル「駅ノートに「祝・廃止撤回!」宗谷線の駅、一転存続へ」
・YAHOO!ニュース「北海道・音威子府「常盤軒」閉店 消える駅そば・駅弁、その背景は?」、2021年2月13日
・音威子府村のHP
・かっちん旅行記
『秘境駅が多い宗谷本線の旅(北海道)』2015年7月12日
『天塩川の蛇行部分が残る「美深の三日月湖」を訪ねて(北海道)』2015年8月27日
『国鉄美幸線廃線跡をエンジン付トロッコで運転体験(北海道)』2015年8月28日
『北海道で一番小さい音威子府村を訪ねて(北海道)』2015年10月23日
『緑の牧草地とオホーツク海沿いに走った「宗谷の天北線」(北海道)』2017年6月23日
・ウィキペディア「宗谷本線」「北海道の市町村章一覧、廃止された市町村章」
「日進駅」「智東駅」「智恵文」「智北駅」「南美深駅」「美深駅」「美幸線」「紋穂内駅」「恩根内駅」「豊清水駅」「天塩川温泉駅」「咲来駅」「音威子府駅」「筬島駅」
「トロッコ王国美深」「音威子府村」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
宗谷本線路線図(JR北海道車内誌より)
旅行記で紹介する名寄駅~筬島駅(おさしまえき)までは15駅。
このうち廃止される駅は、名寄市の北星、美深町の南美深・紋穂内・豊清水の計4駅。 -
雪景色の「名寄駅」を出発(後部車窓より)
名寄駅(なよろえき)では後ろのキハ40(1両)を切り離し、キハ54が1両で稚内へ向かいます。
ここは名寄市です。 -
次の駅は「日進駅」
「日進駅(にっしんえき)」は、JR川越線、名鉄豊田線にも同名の駅があります。
JRでは同一駅名が存在した場合、乗車券の表示は路線名(略称)を表記するルールになっており、ここは「(宗)日進」となります。
マルス端末などで発行する大型券を購入すると表示が確認ができます。
隣の駅は「北星駅」ですが、平成17年(2005)まで「北星駅」手前に「智東駅」がありました。
3.13ダイヤ改正で「北星駅」が廃止されると、二つ先の「智恵文駅」に変わります。 -
緑色鉄板張りの大きな待合所(日進駅)
白い看板には駅名と中央に「名寄市の旧市章」が書かれています。
旧市章は「ナ」を四つ組み合わせて名寄を表しています。 -
雪しぶきが付着する後方窓(車内)
列車は積雪した雪を巻き上げて走ります。 -
イチオシ
まもなく廃止対象の「北星駅(ほくせいえき)」
板張りの短いホームにカメラを構えた人が待っています。
ここは秘境駅と言われているところで、列車から10人ほど降りました。
次の列車は7時間後。え~、これからどうするの・・・
でも、大丈夫。時刻表を確認すると反対列車が28分後にありました。 -
薄汚れた駅名標(北星駅)
ここは昭和34年(1959)に開業した駅です。
駅名の由来は、このあたりの地名が名寄市の北部にあることから当初「北山」と通称されていました。
この「北」の字と輝く「星」の2文字を合わせ「北星」という地名になり、駅名にも採用されました。 -
「毛織の☆北紡」看板の待合所(北星駅)
「北紡」は昭和22年(1947)に羊毛製品の製造と販売を目的に創業し、旭川に工場がありました。
昭和40年(1965)にユニチカと北紡が出資し、旭川市に「新北紡」を設立して羊毛から梳毛糸(そもうし)を生産し、その後業績不振により昭和48年(1973)に撤収しました。
ホーロー看板の「毛織の☆北紡」は、「北紡」が存在した時期から50年以上経っていると思われますが、錆びもなく綺麗です。 -
次は雪に埋もれる「智恵文駅(ちえぶんえき)」
素敵な名前の駅名です。
近くには広大なひまわり畑があり、7月下旬から8月頃が見頃になります。 -
上品な藤色の待合所(智恵文駅)
車掌車の外壁に藤色の鋼板(波板)が張られています。 -
智恵文の「ひまわり畑」(2015年8月27日の車窓)
夏に訪れたい「ひまわり畑」ですね。 -
智恵文の北にある「智北駅」
当初、仮乗降場で開業。
駅の近くに天塩川の三日月湖「智恵文沼」があります。 -
プレハブの待合所(智北駅)
平成3年(1991)に智恵文駅寄りに駅が100m移転したので、その当時に設置された待合所と思われます。
「KOMATSU」の名前が表示されているので、小松製作所グループの小松ハウスが製造した軽量鉄骨のプレハブハウスです。 -
「智恵文沼」(2015年8月27日、智北の車窓)
昭和の初めまで北側に大きく蛇行する天塩川の一部でした。
度々の水害に遭うことから、昭和14年(1939)に水路を西側に切り替える工事が完成し、大きな水溜りの三日月湖が生まれました。
「ひぶなの里」として釣りの穴場になっています。 -
イチオシ
廃止対象の「南美深駅」
名寄市から中川郡美深町に入ります。
ここは昭和31年(1956)7月1日に仮乗降場として開業し、その後駅に昇格。
地元の美深町南自治会が感謝の気持ちを込めた「南美深駅64年間ありがとう!」の横断幕がホームに掲げられています。 -
板張りのホーム(南美深駅)
仮乗降場当時からの板張りホームが使われています。 -
鉄板張りの待合所(南美深駅)
-
美深駅(びふかえき)でしばらく停車
駅名標には「みなみびふか」駅のシールが貼られています。
ダイヤ改正後にシールを剥がすと「ちほく」駅が現れ、その下には元々の「みなみびふか」駅があったのですね。
昭和30年代に「国鉄美幸線(びこうせん)」が美深駅から仁宇布駅(にうぷえき)まで走っていました。
路線名の通り、美深駅(美)とオホーツク海沿いの興浜北線北見枝幸駅(幸)を結ぶ計画でした。
昭和39年(1964)に仁宇布駅まで21.2kmが部分開業したのですが「日本一の赤字路線」だったため、昭和60年(1985)に廃止。
現在、交通ターミナルとなった駅舎の2階には、美幸線現役当時の資料や備品が展示されています。 -
停車中の稚内行き(美深駅)
反対列車との交換で少し停車するので、乗客がホームに出ています。 -
「トロッコ王国美深」(2015年8月28に訪問)
NPO法人「トロッコ王国美深」では、旧仁宇布駅から往復10kmの線路をトロッコで走る乗車体験ができます。
美幸線の踏切や鉄橋がある線路をそのまま利用し、エンジン付トロッコを自分で操作して走るので、鉄道の運転士になったような気分が味わえます。
美深駅から旧仁宇布駅までは現在デマンドバス(事前予約制)が運行されています。
旅行記を書いているので参考にしてください。
『国鉄美幸線廃線跡をエンジン付トロッコで運転体験(北海道)』
https://4travel.jp/travelogue/11054957 -
「初野駅」
当初、仮乗降場で開業。 -
プレハブの待合所(初野駅)
ホームと周辺の除雪を終えた作業員がいます。ご苦労様。 -
イチオシ
雪に埋もれる廃止対象の「紋穂内駅」
明治44年(1911)に開業した「紋穂内駅(もんぽないえき)」。
仮乗降場として設置されたのではなく、110年の歴史を持つ森の中にある駅です。
昭和59年(1984)までは有人駅の駅舎があり、木材の積出しで賑わいました。
現在は無人駅となり、車掌車が待合所になっています。 -
イチオシ
煙突にチョコンと雪を載せた車掌車(紋穂内駅)
塗装のひび割れは極寒の厳しさを感じさせます。
「1911年開駅~110年の歴史 JR紋穂内駅ありがとう!」の横断幕。
真ん中にある写真には、木造駅舎と大勢の人が写っており、当時の繁栄ぶりが想像できます。
駅の近くに廃屋となっていた石煉瓦の建物を「青い星通信社」がリフォームし、3部屋だけのささやかなホテルが2019年にオープン。
窓から北の大地と鉄道が見える素敵な宿です。 -
紋穂内にある三日月湖(2015年8月27日に訪問)
蛇行していた天塩川の流れを昭和44年(1969)にショートカット工事を行い、直線で流れる川に変えています。
蛇行していた水路は残され、今は三日月湖になっています。
ここには公共の宿「美深町林業保養センター」があり、宿泊したことがあります。
アクセスは美深駅から名士バスで行けます。
旅行記を書いているので参考にしてください。
『天塩川の蛇行部分が残る「美深の三日月湖」を訪ねて(北海道)』
https://4travel.jp/travelogue/11054612 -
雪の中に立つ「恩根内駅(おんねないえき)」
美深町にある南美深、紋穂内、恩根内、豊清水の4駅は当初廃止予定でしたが、恩根内は地元自治会の強い思いを町議会が受け入れ存続することになりました。
存続するには、地元が駅の維持管理や環境整備を今後行います。 -
除雪作業中の駅舎(恩根内駅)
駅舎は平成5年(1993)につくられた3代目。 -
廃止対象の「豊清水駅」
昭和21年(1946)に仮乗降場として開業し、その後駅に昇格。
駅名の由来は、所在地の美深町清水と隣接する音威子府村(旧常盤村)清水の両地区が「将来豊かな所になるように」の意味を込めて「豊」を冠したとされています。 -
反対列車と交換のためしばらく停車(豊清水駅)
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イチオシ
旭川行き特急「サロベツ2号」(豊清水駅)
定刻より5分遅れて猛スピードで通過します。
ホームにいると雪しぶきを浴びます。 -
「天塩川温泉駅」
当初、南咲来(みなみさっくる)仮乗降場として開業。
昭和56年(1981)天塩川温泉仮乗降場と改称し、その後、駅へ昇格。
近くに天塩川温泉があります。 -
ホームにある待合所(天塩川温泉駅)
駅は2021年度より音威子府村の維持管理に移行します。 -
シラカバの綺麗な天塩川温泉(2015年10月24日に訪問)
平成元年に音威子府住民保養センターとして開業した温泉施設で、宿泊もできます。
旅行記を書いているので参考にしてください。
『北海道で一番小さい音威子府村を訪ねて(北海道)』
https://4travel.jp/travelogue/11079923 -
雪原の「咲来駅(さっくるえき)」
駅名の由来はアイヌ語の「サク・ル」(夏・道)。
夏季に現在の咲来峠を越えてオホーツク海側へ出る交通路であったことによります。 -
ツララが伸びる待合所(咲来駅)
-
雪の壁が迫る「音威子府駅(おといねっぷえき)」
かつて国鉄天北線(てんぽくせん)の分岐駅でもあり、宗谷本線とあわせ交通の要衝でした。
天北線は浜頓別を経由しオホーツク海沿いに北上して稚内と結んでいましたが、現在の幌延経由ルートの方が距離が短く、平成元年(1989)に廃止されました。 -
「森と巧みの村」にふさわしい駅舎(音威子府駅)
現在はバス待合所も兼ねた「交通ターミナル」になっています。
「音威子府」の由来は、アイヌ語で濁りたる泥川、漂木の堆積する川口、または切れ曲がる川尻の意味です。 -
おばちゃん除雪隊(音威子府駅)
稚内行きの列車に途中の駅から乗って来たおばちゃん達。
音威子府駅で降りて右側の保線事務所へ向かい、これから鉄道施設の除雪隊になります。
元気なおばちゃんパワーが溢れています。 -
音威子府の駅そば「常盤軒」(2017年6月23日に訪問)
店主 西野守さんが心を込めて作る黒い麺のお蕎麦を4年前にいただきました。
西野さんは昨年秋に体調を崩し、2021年2月7日に84歳で亡くなられ、惜しくも閉店となりました。 -
音威子府駅のかけそば(2017年6月23日に訪問)
地元の畠山製麺で作られている麺は、北海道産の玄そばを秘伝のそば粉の配合比率で打ち、甘皮まで入れるのて黒くなります。
そばの風味が豊かで、コシが強く美味しい蕎麦です。
村内には黒いそばを食べられる食事処が他にもあります。 -
なつかしの音威子府(展示されていた写真)
夜行急行「利尻」が走っていた昭和40年代後半、未明の3時過ぎに音威子府で荷物の積み下ろしのため20分ほど停車していました。
その間にホームに出て、黒いそばを食べた記憶があります。
当時は、先代のおばあちゃんが店を出していたとお聞きしました。 -
「天北線資料室」(2017年6月23日に訪問)
音威子府駅待合室に併設している「天北線資料室」。
天北線は音威子府から宗谷本線と分かれ、北東方向に向かって中頓別(なかとんべつ)、浜頓別(はまとんべつ)を経由し南稚内まで、オホーツク海沿いに走る148.9kmの路線でした。
大正3年(1914)に宗谷線の音威子府から小頓別まで延伸開業し、大正11年(1921)稚内まで全線開業しました。
その後、音威子府から幌延まわりで稚内までの天塩線(現宗谷本線)が開通。
天北線は赤字対象路線となり、平成元年(1989)に廃止されました。
「頓別」がつく駅名が多く、小頓別、上頓別、中頓別、下頓別、浜頓別など、仲良く揃っています。
「頓別」はアイヌ語の「トウ・ウン・ベツ」(沼から出る川)に由来します。 -
上音威子府駅を再現(2017年6月23日、天北線資料室)
上音威子府は音威子府の次の駅です。
右奥の赤い通票閉塞機(信号保安設備)は小頓別駅のものです。
天北線跡を路線バスで訪れた旅行記を書いているので参考にしてください。
『緑の牧草地とオホーツク海沿いに走った「宗谷の天北線」(北海道)』
https://4travel.jp/travelogue/11260765 -
次の駅は「筬島駅(おさしまえき)」
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ふっくらした雪布団をかぶる待合所(筬島駅)
綺麗な車掌車の待合所です。
この近くに「ビッキー記念館」があります。 -
ビッキーさん(2015年10月23日にビッキー記念館にて)
昭和6年旭川市近文生まれのビッキーさんはアイヌの血を引き、阿寒、鎌倉、旭川、札幌で彫刻家として活躍し、音威子府が終焉の地になりました。
昼間は地元の人たちと親密に交流し、深夜3時になると札幌からやって来る夜行急行「利尻」の汽笛を合図に、創作活動を始めたそうです。 -
展示フロア「風の回廊」(2015年10月23日、ビッキー記念館)
館内の撮影はできますが、作品の写真は著作権の関係で公開しないルールになっています。
「風の回廊」には、既面・氣面・生面・・・すべて「き」の文字が違う木面たち、19.77mの巻絵が展示され、風の音がどこからか響き渡り、異空間に来ているような感じです。 -
作品「オトイネップタワー」のポスター(2015年10月23日、ビッキー記念館)
音威子府の未来に希望と夢を育むシンボルとして天然の素材を使用したトーテムポール(オトイネップタワー)を昭和55年に制作。
この作品は音威子府駅前に設置され、「森と木彫りのまち音威子府」を表現しました。
ところが10年後に強風で折れてしまい、現在は記念館に保存・展示されています。
トーテムポールの下段にあたる大きな牛の姿は、気持ち良く居眠りしているように見えます。
旅行記は前述の『北海道で一番小さい音威子府村を訪ねて(北海道)』に書いています。
稚内行き列車は隣の中川郡中川町に入り、鉄道旅が続きます。
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