2007/03/09 - 2007/03/10
2094位(同エリア4527件中)
TMBSさん
この旅行記のスケジュール
2007/03/08
-
電車での移動
クラクフ中央駅2224→(ポーランド国鉄・チェコ国鉄34007列車)→705プラハ本駅
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
新型コロナウイルスの感染拡大により海外旅行が夢のまた夢になりはや1年。
8年間放置していた2013年夏のハンガリー、オーストリア、ドイツへの旅の模様を書き終えてふと思いました。
「どうせやるのならば、大学時代の卒業旅行で中欧とドイツ、フランスを巡った時の模様も振り返ってみたい。」
前のデジタルカメラは実家の建て替えと同時にデータごと行方不明になり、手元に有るのはフィルムカメラとガラケーの出来の良くない写真ばかり。
それでも折を見て書けるだけ書いてみることにしたので、可能であればお付き合いください。
今回はその手始めとして、「東欧の小京都」ことプラハでの滞在を振り返ります。
(大まかな行程表)
大阪→(カタール航空QR821便)→ドーハ→(カタール航空QR25便)→フランクフルト→(鉄道)→ミュンヘン→(鉄道)→ザルツブルク→(鉄道)→ウィーン→(鉄道)→ブラチスラバ→(鉄道)→ウィーン→(鉄道)→クラクフ→(鉄道)→オシフィエンチム→(鉄道)→クラクフ→(鉄道)→プラハ→(鉄道)→ベルリン→(鉄道)→ケルン→(鉄道)→ブリュッセル→(鉄道)→パリ→(カタール航空QR22便)→ドーハ→(カタール航空QR820便)→大阪
その2(ドレスデン編)はこちら
https://4travel.jp/travelogue/11694078
その3(ベルリン編)はこちら
https://4travel.jp/travelogue/11694466
その4(ケルン編)はこちら
https://4travel.jp/travelogue/11695516
その5(パリ編)はこちら
https://4travel.jp/travelogue/11695657
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- カタール航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
一生に一度の卒業旅行。
ヨーロッパへの出入りには、当時日本では関西国際空港にのみ就航していたカタール航空を利用しました。
関西国際空港から旧ドーハ国際空港で乗り換え、フランクフルト国際空港まで20時間以上。このようなロングフライトを再び楽しめる日は来るのでしょうか。 -
ドーハ国際空港到着直前の機内で提供された朝食。
ちなみに画像を紛失してしまいましたが、関西国際空港出発直後に提供された夕食のメインは牛丼でした。 -
2007年3月9日
関西国際空港を飛び立って5日後。
ドイツ、オーストリア、スロバキア、ポーランドと巡り、クラクフ中央駅から夜行列車の1等車に乗車した私は、早朝のプラハ本駅(プラハ中央駅)に降り立ちました。
前日のアウシュビッツ収容所でお会いしたバックパッカーの日本人男性と再会し、駅構内のカフェでしばらく休憩した後、街に繰り出すことに。 -
プラハ中央駅から地下鉄を乗り継ぎ、まずは旧市街の火薬塔へ。
火薬塔 (火薬門) 建造物
-
ゴシック様式の重厚な火薬塔。
火薬塔 (火薬門) 建造物
-
火薬塔から少し歩いて、旧市街広場に到着。
ここでまず旧市庁舎を見学、上層階から美しいプラハの旧市街を眺めつつ何枚も写真を撮影したのですが・・・プラハ旧市庁舎の塔 建造物
-
ここでこの旅最大のアクシデントが発生。
旧市庁舎の見学ツアー中、この絵画の前あたりで床にデジタルカメラを落としてしまいました。
衝撃はさほどでもなかったのに、デジタルカメラは使用不能に。
ということで、ここからはガラケーとフィルムカメラでの記録ばかりとなります。プラハ旧市庁舎 建造物
-
デジタルカメラを失ったことで精神的なダメージは計り知れないものがありましたが、気を取り直して近くのインターネットカフェに入店し休憩。
当時運営していたホームページのブログに、取り急ぎここまでの報告をしたためました。 -
インターネットカフェで少し休んだ後、次の目的地に向けて出発。
15世紀初頭のプラハで活躍した宗教改革者・ヤン=フスが活動拠点にしていたベツレヘム礼拝堂。
キリスト教の改革に身を捧げた末、火あぶりの刑に処されたヤン=フスは、現在のチェコでも英雄視されています。ベツレヘム礼拝堂 寺院・教会
-
ベツレヘム礼拝堂から西に進むと、路面電車の走る通りに突き当たりました。
クリーム色と赤の塗り分けで知られるプラハの路面電車ですが、少数ながら派手な色彩の広告電車も活躍していました。 -
ガラケーの不鮮明な画像で恐縮ですが、クリーム色と赤の標準塗装をまとったトラム。
地元プラハのタトラ社(現倒産)で製造されたため、「タトラカー」と呼ばれています。 -
こちらもカレル橋に向かう途中で撮影したトラム。
同じ形の車輌のなかには、北朝鮮の平壌市電に譲渡されたもの、ソウルで観光鉄道の車輌として活用される予定のものもあります。
日本でも土佐電気鉄道(現とさでん交通)がバブル期に動態保存を目的に譲り受けたようですが、諸事情により運行に至らぬまま解体されました。 -
こちらは緑色の広告電車。
-
ヴルタヴァ川とカレル橋が見える場所までやって来ました。
ヴルタヴァ川 滝・河川・湖
-
イチオシ
旧市街側からヴルタヴァ川越しに、カレル橋とプラハ城を眺めたスナップ。
川沿いに赤い瓦の建物が並び、その奥の丘の上に立派なお城があるこの構図、どこか見慣れた景色だなと思いました。
そう、私はいつしか心の中でプラハの風景を、鴨川の向こうに広がる東山・祇園の街並み、その奥の丘陵地にある八坂神社や清水寺といった故郷京都の風景に重ね合わせていたのです。
なお、プラハと京都の風景を似ていると感じる人は世間一般に多いようで、実際に両市は姉妹都市提携を結んでいるとのこと。カレル橋 建造物
-
ようやくカレル橋の旧市街側にたどり着きました。
旧市街側のたもとと、プラハ城側のたもとに、それぞれ美しいデザインの橋塔が建てられています。
写真は旧市街側の橋塔。14世紀末に建設された当時は、橋の通行料を徴収したり、箸を守るための詰所として使われていたそうです。旧市街橋塔 建造物
-
カレル橋から眺めたヴルタヴァ川。
日本ではスメタナの名曲を通し、「モルダウ川」の名称で知られる川ですが、「モルダウ」というのはドイツ語での表記とのこと。カレル橋 建造物
-
カレル橋上からの風景。
カレル橋 建造物
-
カレル橋の欄干には、キリスト教の聖人像が左右に15体ずつ、計30体据えられています。
カレル橋 建造物
-
イチオシ
旧市街とプラハ城の間を移動する観光客で賑わうカレル橋。
あいにく曇り気味の天気ですが、背景にそびえる色とりどりの建物やプラハ城が美しいです。カレル橋 建造物
-
カレル橋を渡った先は、観光客向けの商店が並ぶ賑やかなエリアでした。
-
昼食は、カレル橋と旧市街の間にあるレストラン「3+3+3」で。
-
何かチェコらしい料理をということで、チェコを含む中欧とドイツでは定番の牛肉の煮込み料理「グラーシュ」を注文。
付け合せのパンをグラーシュに付けて食べると、これがまた美味しかったです。 -
イチオシ
もう一つ、話のネタになりそうな料理を注文。
一見豆の入ったコンソメスープに見えますが、正体はプラハ風のオニオンスープ。
日本で言う天かすに近い揚げ玉と野菜がたくさん入ったスープで、スープそれ自体もなかなかコクのある味わいでした。 -
食後はいよいよプラハ城の観光へ。
プラハ城 城・宮殿
-
ようやくプラハ城のある丘の上に到着。
プラハ城 城・宮殿
-
プラハ城内にあるベルギー大使館。
ベルギーの他、ポーランドもプラハ城の敷地内に大使館を置いているようです。プラハ城 城・宮殿
-
プラハ城の丘の上にも、トラムが乗り入れています。
-
プラハ城から眺めた、赤瓦の美しい街並み。
これは日本に例えると、東山から眺めた京都の街並みみたいなものです。 -
プラハ城内には王宮以外にも、教会や博物館など数多くの見所がありますが、ふと思い立っておもちゃ博物館に入館することに。
おもちゃ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
おもちゃ博物館には、ブリキやセルロイドで作られた懐かしいおもちゃがたくさん陳列されていました。
ブリキの機関車たち。おもちゃ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
機関車の他、貨車のおもちゃもありました。
おもちゃ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
乗り物好きなので、機関車や自動車のおもちゃにはついつい見入ってしまいます。
おもちゃ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
こちらは軍艦のおもちゃ。
チェコは海のない国ですが、その割に船のおもちゃのコレクションも多い様子。おもちゃ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
あまり写真には撮りませんでしたが、女の子向けのお人形さんのコレクションも充実していました。
おもちゃ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
おもちゃ博物館を出てプラハ城の中心部に向かっていると、立派な教会にたどり着きました。
聖イジー教会 寺院・教会
-
イチオシ
たどり着いた教会は、聖イジー教会。
10世紀に建立されたプラハ城内最古の教会。
現在の建物はロマネスク様式で、左の修道院は美術館として活用されているそうです。聖イジー教会 寺院・教会
-
こちらは聖ヴィート大聖堂。
聖イジー教会に少し遅れて建立された教会で、15世紀に現在のゴシック様式の建物になりました。
聖堂内にはミュシャのステンドグラスもあるそうですが、時間の関係で内部には入らずじまい。聖ヴィート大聖堂 寺院・教会
-
聖ヴィート大聖堂を別の角度からも撮影。
聖ヴィート大聖堂 寺院・教会
-
今後プラハを再訪して、この壮麗なステンドグラスを内側から拝める日は来るのでしょうか。
聖ヴィート大聖堂 寺院・教会
-
現在は大統領府として使われている、旧王宮の建物。
旧王宮 城・宮殿
-
この後、日本の実家に絵葉書を送ろうと思い、王宮内の郵便局に立ち寄りました。
そこで、ふとしたことからバックパッカーの台湾人女性と片言の英語で話し込むことに。
「私も台湾に行ったことがある」、「私も日本が好き」。
他愛のない会話をしながら、とりあえず地下鉄の駅に向かいました。プラハ城 城・宮殿
-
その後、本日2度目となるプラハ本駅のドーム下にあるカフェに到着。
プラハ本駅 (プラハ中央駅) 駅
-
イチオシ
1909年に完成したアールヌーヴォー調のプラハ本駅駅舎。
日本でいうところの東京駅丸の内駅舎に似た雰囲気の駅舎ですが、3階のドーム部分は現在カフェとして活用されています。
すっかり仲良くなった女性バックパッカーさんに撮ってもらった1枚。プラハ本駅 (プラハ中央駅) 駅
-
地下鉄のプラハ本駅で彼女とお別れ、今夜のお宿に向かいます。
その後、彼女とは3度ほど台北で再会し、食事を楽しんだものです。
この日はスミーホフ地区の再開発ビルにあるイビスホテルに投宿。近くのショッピングモールでタイ料理を食べてから早めに休みました。中心部からやや離れていますが、地下鉄駅やショッピングモールが近いです。 by TMBSさんイビス プラハ マラ ストラナ ホテル ホテル
-
【おまけ】この日プラハの旧市街で見つけて購入した、シアトル・マリナーズのマトリョーシカ。
一番外側のマトリョーシカは、何とイチロー選手。
中には引退後間もなかった長谷川滋利選手をはじめ、当時の主力選手の人形が入っていました。 -
翌朝(2007年3月10日)。
名残惜しいですが、早朝にホテルをチェックアウトし、地下鉄を乗り継いでプラハ本駅に向かいます。フローレンツ駅 駅
-
プラハ本駅8時16分発のEC176列車ハンブルク中央行きに乗車。
4日ぶりにドイツ領内に戻ることに。
初めてのプラハ訪問はカメラの故障というトラブルに見舞われ、またプラハの春ゆかりの地や路面電車の博物館、スメタナの博物館、ユダヤ人街など、見残したスポットも数多くありました。
しかし、そんななかでも台湾人のお姉さんとの出会い、カフェやレストランでのグルメ巡りなど存分に楽しめたように思います。
あれから14年、プラハを再訪する機会はいっこうにないわけですが、いつかその時が来ることを願って結びとさせていただきます。(続く)プラハ本駅 (プラハ中央駅) 駅
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2007年3月卒業旅行の記録(チェコ・ドイツ・フランス)
-
2007年春、フィルムカメラとガラケーの画像で振り返るヨーロッパ卒業旅行(その1・プラハ編)
2007/03/09~
プラハ
-
2007年春、フィルムカメラとガラケーの画像で振り返るヨーロッパ卒業旅行(その2・ドレスデン中央駅編)
2007/03/10~
ドレスデン
-
2007年春、フィルムカメラとガラケーの画像で振り返るヨーロッパ卒業旅行(その3・ベルリン編)
2007/03/10~
ベルリン
-
2007年春、フィルムカメラとガラケーの画像で振り返るヨーロッパ卒業旅行(その4・ケルンへ大移動)
2007/03/11~
ケルン
-
2007年春、フィルムカメラとガラケーの画像で振り返るヨーロッパ卒業旅行(その5・パリ編)
2007/03/11~
パリ
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
-
イビス プラハ マラ ストラナ ホテル
3.44
プラハ(チェコ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2007年3月卒業旅行の記録(チェコ・ドイツ・フランス)
0
48