2021/03/26 - 2021/03/26
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ドクターキムルさん
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カトリック山手教会の枝垂れ桜が咲き始め程度であったので、では傍の山手公園には枝垂れ桜はないのか?公園入口で洗車しているご主人がいたので尋ねてみた。「確か昔はテニスコートから入った所に2本くらい枝垂れ桜があったと思ったが…。」山手公園で探したが、2本の大島桜(、嘉永年間に植えられたとしたら樹齢は約170年?いや公園造成時に山に生えている大島桜を残した?)以外はソメイヨシノばかりだ。中には枝分かれした2本の大きな木もある。これなら樹齢100年を越えないか?山手公園で何人もの人に尋ねたが「見たことがない」という答えばかりだ。山手公園にはソメイヨシノばかりで、それを水彩画に描いている20人程度のグループの他には、このソメイヨシノを見に来た人で賑わっている。また、平日なので子供たちもやって来る。高校生も多くいる。小学生は登校していたが、高校はもう春休みか。中にはスーツ姿のサラリーマンの姿もある。勿論、テニスコートでプレーする人も多くいる。
山手公園は明治3年(1870年)に、横浜居留外国人の手によってつくられた国内初の洋式公園である。しかし、枝垂れ桜が1本もなかったことはここ横浜では未だ枝垂れ桜の文化が根付いておらず、昔は言わずもがなだ。居留地の外国人が週末に馬や馬車で訪れた場所にも枝垂れ桜はなかったのだろう。今でも江ノ島では枝垂れ桜は見られないであろうし、鎌倉でも明治時代には何本の枝垂れ桜が寺院に植えられたいたのであろうか?おそらくは、あっても3本(浄智寺、光則寺、栄勝寺)程度であろうか?
なお、山手公園では明治11年(1878年)に外国人居留者が日本で始めてテニスを行った地で、テニス発祥の地である。では横浜市内では硬式テニスが多いのかと思っていたが、山手本通りを南下した峠の地蔵坂上にある横浜女学院のテニスコートではJKが軟式テニスをしていた。半世紀前でも横浜市内の高校では硬式テニスが行われていたのは極少ないものであったが、今でもそれほどには増えてはいないのか?
(表紙写真は山手公園にある旧山手68番館(管理センター))
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