2020/08/24 - 2020/09/08
27位(同エリア8件中)
ミランダさん
つづく、と書きながら、しばらく続けていなかったサルデーニャ島でのワーケーションの続きです。
復習すると、昨夏、私達はサルデーニャ島北西部のアルゲーロの町にエアビーアンドビーを借りて、仕事兼ホリデーの2週間を過ごしました。
詳しい記録は本家のブログ:https://mirandalovestravelling.com/ja/
に載せていますが、その中から、旅行らしい部分を抜粋して、写真を中心にお見せしたいと思います。
さて、翌日は土曜日だったので、仕事はせず、お昼からネットで調べたレストランへ。
そして夕方にはアルゲーロの町のことをいろいろ学べるウォーキング・ツアーに参加しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この写真は、滞在していたエアビーからアルゲーロの港への道中です。
サルデーニャ島の北西の突先に浮かぶアジナーラ島へのツアーを探しに港へ行ったのですが、この時点では見つかりませんでした。 -
イチオシ
レストランの予約時間にしばらくあったので、旧市街を散歩します。
-
絵になる光景が目白押しの旧市街です。
-
夫の提案で、アペリティフにスプリッツを飲むことに。
-
イチオシ
戸外のテーブルで飲みながら、先々の予定の話などするうち、島の交通について疑問点が出てきたので、この店の人に尋ねました。
それをきっかけにお互いの生い立ちの話に発展するところがイタリアン。この女性がミラノ出身で、夫と同じ病院で生まれたことが判明しました。 -
ランチに予約していたのは、アルゲーロ出身の政治家、Giuseppe Mannoの像が立つ公園のお向かいにあるIl Pesce D'Oro(訳すと「金魚」ですかね)というレストランです。
-
レストランの入口です。
-
これは夫とシェアしたVentalio Mare という前菜。ホタテ貝の殻の上に、ホタテ貝とムール貝と小エビが乗っかっているもの。美味しかったし、良いアイデアだなと思いました。
-
こちらも前菜のAgliata Polpo。ニンニク・ソースのタコで、私の好物でもあります。
-
メインにはFoglie Pesce D'Oro という名前の2人前のシーフード・パスタ。大満足でした。
とても美味しい割に、お値段がお手頃で大変、気に入ったので、この店には3回も行きました。 -
この日の午後6時半からは、アルゲーロを歩いて回るウォーキングツアーに参加しました。一人20ユーロと高かったですが、行ってみたら、グループではなく、私達だけの個人ツアーでした。
この写真はその待ち合わせ場所となったアルゲーロの城壁の外です。
ガイドさんはサブリーナという32歳の女性。その弟子の女性も一緒に回りました。 -
町の歴史の話から始まりましたが、その辺はここでは割愛して、説明された順に話題を拾います。
この写真は、町で一番古いPalazzo d'Albis de Ferraraという建物。アルゲーロがカタロニアの傘下にあった時代のゴシック様式が使われているそうです。 -
アルゲーロは珊瑚が獲れるコラル・コーストの中心。町中には珊瑚店がたくさんありますが、このマークがあるところのみが本物のサルデーニャ島の珊瑚を売っているとのこと。
ローマ時代からの歴史のある産業で、今は12人のみがライセンスを持って海に潜って収穫しているそうです。獲って良い時期や、収穫量も決まっていて値段が高いのもうなずけます。 -
イチオシ
アルゲーロの町はぐるっと城壁で囲まれていましたが、二辺は海なので作りやすかったそうです。門は陸側、海側の二つで、この写真は陸の門だった塔の中です。
-
アルゲーロの町の所々に、プロがかっこよく撮ったお年寄りの写真が掲げられています。いずれも100歳を超えた方々です。
サルデーニャ島は長寿を誇りとしています。沖縄と同様、長寿地域「ブルーゾーン」となっています。
その長生きの秘訣の一つが、島で飲まれる赤ワインのカンノナウなのですって。それを聞いて、ロンドンに帰ってからも、わざわざカンノナウのワインを注文している我々です。 -
こちらは、町の名物として紹介されたL'Isola del Torrone の箱。
トッローネというのはヌガーです。砂糖は一切使われておらず、甘さは蜂蜜からきているそうです。
Piazza Sventramento の一角で毎日、出店をしているお兄さんから少しだけ味見をさせてもらいました。柔らかくて美味しかったです。 -
特に美しいわけでもないこの写真は、第二次大戦の時に空襲で破壊された建物の壁の一角です。忘れないように、このまま残すことにしたという話でした。
この手前にはレストランが戸外のテーブルを広げていました。 -
手前の四角い建物はTeatro Civico。サブリーナが中は一見の価値あり、と言っていたので、後日、見学に行きましたが、たまたまイベントの日で入れず残念。
-
突き当りにある鐘楼は、1500年代初頭に建て始められた大聖堂のもので、ゴシック様式だそうです。
サブリーナが「この鐘楼の様子をよく覚えておいてください」と言いました。そのココロは、後で判明します。 -
鐘楼まで行って、中には入らず、そこで左に曲がりました。そして振り返ると、また100歳を超えるお年寄りの写真が。民族衣装を着ています。
サブリーナが「これはサルデーニャ島中部の衣装だわ」。
サブリーナ自身は島の北部出身で、彼女の地方では、黒い衣装なのだそうです。そして南部出身のお弟子さんの地方では赤とゴールドが基調だとのことでした。 -
そのまま海岸に出ました。ちょうど夕陽が当たって、良い感じです。
岩場の多い海岸で、防御に都合が良かったそうです。 -
プロムナードに大砲が並び、昔をしのんでいます。
-
海辺から、今度はPiazza Santa Croce に入りました。
この辺りはかつて、ユダヤ人街だったところだとのこと。今は図書館と大学の建築学部が入った建物となっています。
サブリーナによると、サルデーニャ島を統治していたスペインのアラゴン王とカスティーリャ女王が結婚して「この国はカトリック王国だ」と宣言した際、その他の宗教の人は改宗するか、出て行くかを迫られたそうです。 -
この広場から出ている道の一つの壁に、様々な飾りがありました。ここに住む女性達が、廃品を利用して壁を飾り始めたのだそうです。
この動きは他の町にも広がったそうです。
確かに、2年前に行ったBosaという町では、空き缶を利用して草花を飾っているのを見ました。 -
飾りの写真をもう一枚。
-
イチオシ
この道を突き当たって右に曲がると大聖堂の正面が見えます。
-
全様はこんな感じ。
先ほど、鐘楼を見た時にサブリーナが「よく覚えておいて」と言った理由はコレでした。
鐘楼とは似ても似つかない、ネオクラシック様式で、ギリシャやローマを模した柱が特徴。実際、ちょっと場違いな感じでした。 -
大聖堂内の祭壇です。
大聖堂の建設には当初から、大理石や銀など高価な材料をふんだんに使ったため資金が枯渇。出来上がるまでに300年を要したということでした。
本当はもっと大きいのを作るつもりで幅が広いのですが、資金不足のため、急きょ打ち切って正面を作ったため、つり合いが悪いとのこと。 -
カタロニアのモンセラート修道院にある黒いマリア像と同じものがここに贈られて飾られてあります。
-
黒いマリア像と対を成して、白いマリア像も。
特に意味はないそうですが。 -
大聖堂を出たすぐ脇にあったお土産屋さんに、サルデーニャ島の旗がありました。何度も目にしていた旗で、私は勝手に島の独立運動の闘士か何かだろうと思っていたところ、これはジェノヴァがムーア人から島を奪取した勝利の旗だそうで、当時、4つに分かれていたそれぞれの地方のムーア人のリーダーの首を意味しているのだそうです。戦利品の首というわけですね。
なので、巻かれているのは鉢巻ではなく、目隠しなのでした。
赤い十字はジェノヴァの旗の柄です。 -
ただし、それではイメージが残虐すぎるというので、最近は、目を描いて鉢巻きの形にし、「イタリア本土を見据えている図」ということにしているそうです。
これは現地で買ったノートの表紙です。 -
ツアーは、その先の城壁の門の一つ、「海の門」のところで終わりました。
やっぱり、こういう話を聞くと、知識になるだけでなく、土地に愛着がわきます。充実感のあるひと時でした。
(つづく)
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ミランダさんの関連旅行記
サルデーニャ島(イタリア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
33