2020/12/06 - 2020/12/07
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ひらしまさん
いろいろあった我が家の今年のしめくくりに、九州6日間の旅を計画した。
話題のGo To トラベルを今回初めて使った。コロナで立ち行かなくなっている観光運輸業界を支えようという政策の基本には大賛成。
でもそれは感染がある程度落ち着いている状態であることが前提で、4都道府県がステージ3と判定されたにもかかわらず、「Go Toが原因というエビデンスがない」とか言って除外しないでずるずる続けた政権には驚き、憤りさえ覚えた。さすがに支持率急降下で修正したようだけど。
我が家も計画後のコロナ感染の広がりに思い惑った。東京がステージ3になったということは隣のわが県もいつそうなってもおかしくない。そして、自分の旅の楽しみのためにコロナ感染を広げるわけにはいかない。
なので、もしもステージ3と判定された場合は国や県がどう言おうと旅をとりやめることに決めて待ったが、そうならずに出発の日を迎えることができたのはうれしかった。
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晴天のフライト。右側の山塊の向こうに湾が見えてきた。有明海だろうか。
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長崎空港に近づいた。だからあの街は長崎市だと思ったのは大間違いで、ここは大村市街らしい。
空港バスで40分、長崎市に向かう。
その車中で、今夜稲佐山で夜景を見るためロープウェイの無料バスをスマホで予約しようとするが、うまくいかない。あきらめて観光バス利用に切り替えてみたが、こちらも返信が来なかった。
どうもGメールは苦手だ。ついには頭が痛くなってしまった。 -
2泊する宿は中央橋近くのフォルツァ長崎。チェックインでタブレットに自分でペン入力する方式は初めて。写真はウェブサイトから。
部屋は6階。眺めがいいわけではないが広い青空が見えるだけで十分。機能性は素晴らしく、トイレと洗面所が別で、浴室は大きなタブと洗い場もある。照明が多く、防音も完璧。 -
頭痛のため夜景見物はとりやめることにして、鎮痛剤を飲み少し休んでから、路面電車でグラバー園に向かった。
路面電車は停留所を出るとすぐ次の停留所についてしまうのがなんだか可笑しい。 -
終点の石橋まで行き、斜行エレベータ―というものに初めて乗る。かなりの急こう配で、ここで暮らす人は大変だろうなと思う。
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さらにエレベータを乗り継ぐと長崎港を見下ろす高台に出た。こちらからグラバー園に入って下りながら見学していく。できるだけ坂は登らない方針なのだ。
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幕末期長崎の地役人にして砲術家である高島秋帆がつくった砲がここに展示されていた。妻の実家があった高島平は、そこで高島秋帆が幕閣に砲術を披露したことからその名がついたので、少し親近感がある。
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港というのはこんなにクレーンが林立しているものなのか。
帰ってから写真を拡大してみて三菱重工長崎造船所であることがわかり納得。 -
長崎の町の眺めもいい。
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旧オルト邸。朝井まかての痛快小説「グッドバイ」の大浦慶が女だてらに異国相手の茶葉貿易を始めて大成功をおさめたその相手、ヲルトしゃんの家がここにあった。
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当時の長崎居留地で最も立派な個人住宅で、重要文化財に指定されている日本最古の石造り住宅だそうだ。居間からも応接間からも長崎港を見渡す眺望が素晴らしい。
母屋の後ろには明治期につくられた煉瓦造りの別棟があったが、雇人の部屋はやはり和室だった。 -
旧グラバー邸は大修理中で残念ながら見られないが、旧オルト邸の中にグラバー家の家財や資料が展示されていて、そこでグラバーの息子、倉場富三郎のことを知った。
父と日本人女性との間に生まれたトーマス・アルバート・グラバーは、東京の学習院を経て米国に留学したのち日本に帰化し、倉場富三郎と名乗るようになり、自分と同じく日英混血の女性と結婚する。
長崎のホーム・リンガー商会に勤めた倉場は、日本で初めて蒸気トロール漁船を導入し、水産県長崎の礎を築く。また、長崎内外倶楽部を設立するなど長崎における国際交流にも尽力した。
しかし、それにもかかわらず、太平洋戦争開戦が近づくとともに英国系の倉場は敵視され、戦艦武蔵を建造する造船所を見下ろすグラバー邸は手放させられる。さらに妻に先立たれ、愛する長崎を原爆で壊滅させられた倉場は失意のうちに自死した。 -
旧リンガー邸の前で沈む夕日を眺める。
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出口手前の伝統芸能館は、どうせ土産物売り場だとあなどっていたら、長崎くんちの傘鉾の展示が見ごたえあった。
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長崎くんちの映像も見ることができ、長くオランダ・中国との交易の窓口だった長崎の国際性と経済力が伝わってきた。
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外に出ると港はすっかり暗くなっていた。
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クリスマスの装いの大浦天主堂を見ながら坂を下る。
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長崎最初の夕食は長崎ちゃんぽん!
大浦天主堂からすぐの四海楼は長崎ちゃんぽん発祥の有名人気店で、店構えも値段も立派。そういうのは我が家の好みではないので、混んでたら近くの別の店に行くつもりで一応のぞいたら、なぜかすぐ窓際に通されてしまった。 -
ちゃんぽんと皿うどんを頼み半分ずつ食べてみた。どちらもわたしはあまり食べたことがないのでよくわからないが、妻はおいしいと言っていた。
わたしは、隣のテーブルの老夫妻と膝を床について話す若い接客係の対応に好感を持った。
客が帰るとテーブル上のすべてを3人がかりでアルコール拭きしている。ご苦労様。
つい、胡麻団子と杏仁豆腐も追加してしまった。 -
はなやかなアーケードを通って宿に帰る。
「麒麟がくる」をリアルタイムで見て、大きなバスタブでゆっくり体をほぐして寝る。寝心地もよい。 -
2日目。マスクと使い捨て手袋必着ブッフェの朝食を初体験した後、表通りでタクシーを捕まえ、長崎歴史文化博物館へ。
かつての長崎奉行所(二か所のうちの一つ)のあとに建つ長崎歴史文化博物館は、奉行所というより城のような外観。入ったときは客よりスタッフが多い。 -
15世紀ドイツでつくられた現存する最古の地球儀の複製。ジパングの津軽あたりが妙にちゃんと描かれているのに対し、九州方面はまるでいい加減なのが面白い。
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16世紀にオランダで出版されたアジア地図。右上の日本周辺を見ると、琉球から本州はそれなりに描かれているものの蝦夷地はきれいさっぱりとなくなっていた。
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江戸時代は鎖国をしていて海外に開かれた窓口は長崎だけだったと子どもの頃には教わったものだが、解説はご当地長崎だけを強調するのでなく、「対馬藩を介した朝鮮との外交と貿易、薩摩藩による琉球との外交と貿易、松前藩によるアイヌとの北方貿易」とあわせ「四つの窓口」があったときちんと説明している。
琉球も蝦夷地もその後の近代化の過程で征服されて日本に組み入れられたという、わたしなどが忘れがちな歴史を踏まえた記述だ。 -
南蛮屏風。こういった展示品は複製が多いがそれもありだと思う。
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映像による展示も今の博物館には欠かせない。
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アワビなどを中国に輸出しているのは知っていたけれど、江戸時代から続いていたとは知らなかった。だけど、仮名振ってくれないと読めないよ。調べたら、煎海鼠(いりこ=干しナマコ)、鱶鰭(ふかひれ)、干鮑(ほしあわび)だった。
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オランダ商館長がつくらせた蘭和辞典。日本語はあくまでも縦書きだったんだな。このあたりは実物。
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かの有名な解体新書もあった。
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博物館の半分は長崎奉行所の展示だ。
とくに長崎奉行に焦点をあて、その収入や出世コースなどをくわしく書いているのが面白い。
それは「長崎奉行は巷で伝えられるように蓄財のみに終始した奉行ばかりではありませんでした」という説明で始まる。知らなかったけど、おいしい仕事だったんだね。 -
こんな江戸幕府の役職ランク表まであって勉強になった。
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長崎奉行所の職務の一つがキリシタンの取り締まりということで、隠れ(潜伏)キリシタンについてのパネルもある。
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展示の最後は、復元された広く立派な長崎奉行所だった。
この博物館は16世紀から19世紀の長崎が世界への窓だった時代について多くを教えてくれた。
ただわたしは、長崎歴史文化博物館と名乗るのであれば、それ以前あるいは以後の、たとえば被爆の歴史についても少しは展示があるものと思っていた。
原爆資料館との棲み分けとは思うが、博物館が観光的に喜ばれることばかりに関心が向かっていないだろうかと少し気になった。 -
博物館を出て10分ほど歩き、料亭旅館坂本屋に入る。昼食に卓袱(しっぽく)料理を食べようとここを予約していた。写真はウェブサイトから。
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静かな個室に通された。宿泊用らしい部屋の中央に朱塗りの円卓=卓袱が置かれている。
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妻は長崎に2回来ているが、現地の友人に卓袱なんて高くて甘いだけだからと言われ食べられなかったので今度はぜひ卓袱料理を食べたいと熱望していた。なので、坂本屋のランチは3千円台からあるけれど一応本格的にと1万円でお願いした。
女将さんの「お鰭(ひれ)をどうぞ」のあいさつで吸い物をいただき、食事が始まる。
華やかな大皿の上の和華蘭のごちそうをいただく。おいしい。 -
大皿から各自で小皿にとって食べるのが卓袱の流儀。
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かなりおなかが一杯になったころに「これがうちのメインですから絶対召し上がってください」と出された東坡煮(中国料理のトンポーロー)。脂嫌いの妻もゼラチン、ゼラチンと喜んで食べた。
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最後にこの汁をご飯にかけて食べたのが絶妙のうまさだった。満足。
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このまま畳の上で寝たいという気持ちを振り切って、また10分ほど歩き出島へ向かう。途中で文明堂総本店の前を通った。
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出島へのアプローチはこんなモダンな橋だった。
オランダ商館を隔離管理するためにつくられた人工島である出島は、明治以降役割を終え、埋め立てなどにより市街地の一部となっていったが、戦後長崎市が五十年かけて土地を公有化し、建物の復元に取り組んでいて、まだその途上にあるらしい。
左の方から見学する。 -
これは15分の1ミニチュアの出島。
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オランダ東インド会社の紋章VOCを刻んだ門があった。
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明治になってから建てられた神学校。
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明治期に倉場富三郎が中心になって建てた旧長崎内外倶楽部もここにあった。
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倶楽部会員の名札がここに掲げられた。
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出島の右半分は19世紀前半の出島のオランダ商館などの建物が復元されている。建物の中には出島の様子を伝える展示がある。
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橋の柱。灯籠に転用されていたという。
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江戸期の出島を描いた絵。
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オランダ船の模型。
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浦上河口付近で発見されたオランダ東インド会社の紋章のある1640年製造の青銅製大砲。
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オランダ商館の厨房イメージ。
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商館長カピタンの館。クリスマスの宴会の再現だとか。
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日本側の監視役である地役人の乙名の詰め所。
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この小さな島を通してはいってくる世界最先端の技術や制度を学ぶために、全国から若者たちが長崎をめざしたのだった。
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出島から宿まではすぐ近くだ。
お昼が豪華だったので夕食はコンビニの雑炊などで軽く済ませる。今日は歩き疲れたし、明朝の五島への船が早いので9時に就寝。
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この旅行記へのコメント (4)
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- sanaboさん 2020/12/25 00:36:28
- 坂の町 長崎
- ひらしまさん、こんばんは
良い機会を利用され良いタイミングで長崎へ行って来られてよかったですね^^
東京都民としては最近の感染者数の急増とひっ迫する医療体制に危機感を感じ
おちおち普通の病気にも罹れないと思う今日この頃です。
そんな中、ひらしまさんの長崎旅行記を自分も旅した気分で
楽しませていただきました。
五島列島の旅行記を拝見する機会は結構ありますが、長崎歴史文化博物館や
出島の様子は初めてでしたのでとても興味深かったです。
斜行エレベータ―とはエスカレーターともケーブルカーとも違い
箱型のもの(エレベーター)が斜めに移動するのですか?
長崎ちゃんぽんの四海楼は有名ですね。私は皿うどんが大好きなので
デパートの長崎展で購入した四海楼の冷凍皿うどんが我が家の冷凍庫に
入ってますが、本場のお味を是非ともトライしてみたいです♪
長崎ならではの本格的な卓袱料理も召し上がられ、奥様も
やっと念願を果たされてご満足されたことでしょう。
今年も残り少なくなりましたが、どうぞお元気で良いお年をお迎え下さいませ。
続編も楽しみにしております♪
sanabo
- ひらしまさん からの返信 2020/12/25 15:59:10
- Re: 坂の町 長崎
sanaboさん、こんにちは。
そして、ご訪問ありがとうございます。
斜行エレベータ―は、ご想像通り箱型のものが斜めに移動します。
速度は少し遅い気もしましたが、乗ってる感覚は普通の縦移動のと同じでしたよ。
sanaboさんが皿うどんをお好きとは、ちょっと意外でした。
もっぱらイタリア料理かフランス料理を上品に、あるいはガツンとステーキ!のイメージでしたから。
ぼくは冷たいうどんを鰹節のつゆですするのが好きですが、行きつけの店がまた混むようになったのでしばらく食べられてません。
いよいよ近くに感染が迫ってきた感じで、ほんとうに”おちおち普通の病気にも罹れない”です。
東京にお住いの方はなおさらですね。
しばらくはまた巣籠もり生活の中に楽しみを見つけましょう。
sanaboさんの続編も楽しみにしてます。
ことしも一年間ありがとうございました。
どうぞよいお年をお迎えください♪
ひらしま
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- mistralさん 2020/12/23 12:47:13
- しっとりと落ち着いた街で。
- ひらしまさん
こんにちは。
いつもお立ち寄りいただき、有難うございます。
Go to トラベルで長崎から福岡へ。
今ですと大変ですが、ちょうど良い折に旅立たれてよかったです。
私たちは五島へ渡る前に、長崎には一泊( 2泊?)しただけで
市内はサッと歩いたぐらいでした。
本場での卓袱料理、美味しそうですね。
私も一度は味わってみたいものです。
出島は、夕刻に駆け込みで訪れたものですから、充分な時間も
取れずに断念。
ひらしまさんの旅行記で詳細に拝見させて頂きました。
翌日は五島列島へ。
どのようにまわられたか?興味深いです。
楽しみに次の旅行記をお待ちしております。
mistral
- ひらしまさん からの返信 2020/12/23 18:05:09
- Re: しっとりと落ち着いた街で。
- mistralさん、こんばんは。
いつもご訪問いただきありがとうございます。
おかげさまでよい時期に行けて本当によかったと思っています。
卓袱料理は長崎の国際性と経済的豊かさが反映されたまさに長崎らしい料理だなと思いました。
和洋中の個々の料理は今だったらどこででも食べられるでしょうが、それらを円卓の上の華やかな大皿にバーンと並べてしまう豪快さが面白かったです。
出島はちゃんと見たつもりだったのですが、昨日ほかの方の旅行記を読んでいて、あれ、こんなとこあったっけ、なんてところもありました。しょうがないですね。
まあ、歴史が積み重ねられたその場所にいる感じが好きなのでよかったです。
あ、次の五島は正直、景色だけを見に行ったようなものなのです。すみません。
年末年始お忙しいでしょうが、どうぞお健やかにお過ごしください。
ひらしま
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