2020/11/27 - 2020/11/27
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たのちゃんさん
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【速報】
2025年5月16日(金)、文化審議会は、南禅寺水路閣などを国宝にするよう文部科学相に答申しました。
第1隧道、蹴上インクライン、南禅寺水路閣など5か所が国宝に。
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2018年(平成30年)3月から復活した「琵琶湖疏水通船」ですが、人気が凄くて中々予約が取れない状況が続いていました。
当初はたった1艘の船が往復していたので定員が少なく狭き門でしたが、その後次々と新造船が投入され現在は3艘体制になり多少予約が取りやすくなりました。
とはいえ、8月31日発売開始時には一旦すぐに満席になります。
京都行きが決まり、毎日予約ページを見ていたところ33日前に下り3便に空席が発生、速攻で予約しました.
ネット予約は即時決済され、変更・キャンセルは20%以上のキャンセル料が発生するのでスケジュールは慎重に立てました。
紅葉時期の乗船料金は1名8000円(全区間・大人子供同額)です。
8000円は桜・紅葉の繁忙期料金で、10月上旬の平日は5000円の閑散期料金の日もあります。
*京都市にふるさと納税5万円を行うと、1名が優先予約権付招待を受けられます。2名だと10万円です。
*GoToトラベル対象なので、乗船後10日以内に乗船当日有効の紙クーポンと払戻し申請書を事務局に送ると後日銀行振込みで返金してもらえます。
追記2022-4-13 疎水分線の写真5枚と説明を追加しました。
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疏水船申し込みのノウハウはこちらへ
https://4travel.jp/dm_shisetsu_tips/14240230
例年、春シーズンの受付は2月20日過ぎから、秋シーズンは8月20日過ぎからです。公式ページで告知されます。
◎写真は大津乗下船場に集う3隻の疏水船。手前から「めいじ」「へいせい」「れいわ」
この上には三井寺(長等山園城寺(ながらさんおんじょうじ))があります。
びわ湖疏水船公式ページ
https://biwakososui.kyoto.travel/
2024年より大津港に延伸しました。プロモーションビデオです。↓
https://youtu.be/WgIJjArkUh4?t=123
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
実はこの写真は、3年前の春に来たときのものです。(2018-4-4撮影)
桜吹雪の下、疏水船に乗ったらさぞ素晴らしいだろうな~と思っていたのですが、今年の春はコロナで運休だったのでやむなく秋になりました。
この場所にはモミジやカエデなど紅葉する木々は無いので、秋にはカバー写真のような寂しい光景になります。 -
琵琶湖疏水の断面図です。★画像クリックで拡大
琵琶湖の大津閘門から蹴上の疏水分線口までの約8キロが第一疏水です。
連続して緩勾配が付けられていることがわかりますね。
距離とか位置関係がわかります。
◎京都市上下水道局作成のパンフレットより 掲載許諾済 -
今年は11月中旬の冷え込みがあり、なんと例年より10日も早く紅葉してしまいました。
いつもなら見頃のハズだったのですが・・・Σ(゚Д゚ υ)
◎京都駅観光案内所「京なび」京都総合観光案内所京なび 名所・史跡
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四条のホテルを6時半に出発。
イノダコーヒ本店で朝食を頂くべく歩きます。(コーヒーではなくコーヒです!!)
7時開店の3分後に着きましたが、すでに2/3は席が埋まっていたのにはビックリ!!さすが人気店です。イノダコーヒ 本店 グルメ・レストラン
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一番人気の「京の朝食」(モーニングセット)1480円税込。
ちょっとお高め。ホテルのモーニング並かな。
オレンジジュース、コーヒーまたは紅茶とクロワッサンがつきます。
メインはハム、スクランブルエッグ、サラダにフルーツ。
結構なボリュームがあり満腹になります。料理は普通でしたが、コーヒーは美味しい。
ここの店員さん、タメ口で馴れ馴れしいので下町の大衆食堂かと思いました(笑) -
京都市役所前駅から地下鉄東西線~京阪京津線で三井寺に向かいます。
京都市役所前8:18→びわ湖浜大津8:42
びわ湖浜大津8:47→三井寺8:49
三井寺駅→大津乗下船場 徒歩3分
京阪の京津線は全国まれに見る山岳鉄道で「逢坂越え」の33‰の急坂とほぼ直角に曲がるカーブが3ヶ所もあります。
線路から湯気が上がっているので聞いたら、車輪の摩耗防止ときしみ音削減で車輪に水をかけているとか。 -
上栄町を過ぎると、いきなり路面電車になります。
地下鉄から出て来た4両の電車が道路を走るのは日本ではここだけとか。
時速20キロのノロノロ運転で、道路信号に従って走ります。
20キロって、、岡山市電よりも遅いね(/・_・\)上栄町駅 駅
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びわ湖浜大津駅で坂本比叡山口行きに乗換。
右のチンチン電車に乗ります。
左がさっき乗って来た、地下鉄から来た電車です。びわ湖浜大津駅 駅
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三井寺駅は無人駅でした。出口の切符回収箱に御陵から乗り越しの1人240円を投入。
(地下鉄分はフリー切符を持っているのです)三井寺駅 駅
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駅のすぐそばが疎水なので上流へ。茶色の建物(京都市上下水道局疏水事務所大津分所)の集合場所へ向かいます。
右が制水門、左は大津閘門。 -
途中、琵琶湖疏水の案内図がありました。
-
厳重に柵で囲まれた大津閘門船溜まりに着くと、名前を確認され疏水事務所の中へ。
ここで事前レクチャーがあります。
これから蹴上に着くまで1時間余りトイレに行けないし船の中は冷えるので、必ず済ませておくよう言われます。
琵琶湖疏水は京都市民の飲料水ですから、みだりに排便されたら困りますからね。
水上は寒いと予測し、ダウンにタイツ、マフラーに手袋と万全の準備をしてきました。びわ湖疏水船 乗り物
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まず、琵琶湖疏水の歴史のDVDを25分ほど見ます。
北垣国道(きたがき くにみち)が登場し、琵琶湖疏水の計画と建設の歴史を詳しく話します。
北垣国道は幕末の志士で、第三代京都府知事として遷都により荒廃した京都を復興させるため琵琶湖疏水の建設を説き、実現させました。
そのあとガイドさんが登場し、今日の見学の概要と乗船上の注意の説明がありました。 -
琵琶湖疏水は川底が浅く、幅も狭いため特別に作られた専用の船を使います。
船長とガイドが乗船し、客席は12席です。
下り便(疏水の流れに沿う:蹴上行き)は12名乗せますが、上り便(流れに逆らって上る:大津行き)は安定運航のため9名に制限されています。
乗下船時は船が傾かないよう左右1人づつ順番に乗せ、1人が完全に着席してから次の1人が乗るという細心の注意が払われます。
また、下り便は殆どエンジンをふかさず流されるまま進むので55分かかりますが、上り便では流れに逆らうので運航を安定させるためエンジン全開でかなりスピードを出すので35分です。琵琶湖疏水 名所・史跡
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1人づつ乗船し、座席にある救命胴衣を着用します。
航行中は立ち上がったり身を乗り出すことは禁止です。船が傾き川底に当たります。
乗船順は申し込み順で私たちはラスト、最後部の席でした。
でも意外とこれが写真を撮るのに都合が良かったりします。 -
これから乗る「めいじ」号。
この日は、1便が一番新しい「れいわ」号、2便が「へいせい」号、そして3便が一番古い「めいじ」号が割り当てられました。
疏水は水路幅が狭く途中ですれ違えないため、15分の間隔を置いて3隻が同一方向に向かい、折返してまた15分ごとに3隻が戻って来るダイヤです。1日に2往復するようです。 -
9時50分、第3便出航です。
この大津から蹴上までを第一疏水と呼ばれ、途中4つのトンネルがあります。
それぞれの入口には疏水建設に関わった先人たちが揮毫(きごう:ふでをふるう)した扁額が掲げられています。
この疏水めぐりはトンネル巡りと言っても良いほど、乗船時間の1/3がトンネル内なのです。 -
第一トンネル
出航するといきなり一番長い第一トンネル、2436mに入ります。1890年完成。
当時日本最長、日本初の日本人だけによる竣工のトンネルでした。
坑門上部には明治の総理大臣、伊藤博文による「気象萬千」(きしょうばんせん)という扁額があります。
『様々に変化する風光はすばらしい』という意味だそうです。
◎入口側(大津側)の扁額は「陰刻」と言って、文字が凹状に彫り込まれた彫刻になっています。 -
後方を見ると、正面にさきほど通ってきた「大津閘門」(おおつこうもん)が見えます。
最後部席の醍醐味!
閘門とは、琵琶湖と疏水との水位が1mほど違うので2枚の水門を設け通過する船は閘室と呼ばれる扉の中間に入り、水位を行先に合わせてから進みます。
小学校の社会科でパナマ運河の仕組みを習いますがそれと同じ原理で、日本にも各地の川や水路にたくさんあります。 -
閘門の扉を開閉するハンドル。昔は人力で4人がかりで開閉したそうです。
(ハンドルが4隅に4つあり一斉に回したとか)
今は電動!! -
トンネルの壁には100mごとに大津側入口からの距離を示す銅製のプレートが設置されています。
これは縦書きで「一二〇〇」と書いてありますね。
昔の船頭さんは真っ暗で長いトンネルを、「あーやっと1200m来たわい」と心の支えにしたことでしょう。 -
こちらは〇の中に「中央」と書いてありますね。第一トンネルの中間地点です。
さ~あと半分だ、頑張るぞ~、、
疏水船だとガイドさんが強力なスポットライトを当てて説明して下さいますが、昔の通船では真っ暗で見えたのかどうか・・・松明でも焚きながら航行したのでしょうか。 -
トンネル内部の右壁に北垣国道の扁額があります。
トンネル内の真っ暗な所に扁額があるのなんて聞いたことがありませんね。
なぜこんな目立たない所に設置したのでしょうか?北垣さんってずいぶん謙虚な人??
「寶祚無窮」(ほうそむきゅう)と書かれていて『皇位は永遠である』という意味だそうです。 -
第一立坑(シャフト)
当時、日本最長のトンネルを掘るために山の上から立坑を掘ってそこからも掘り進みました。写真の黒い円形状の上部に直径5.5m深さ47mもの巨大な穴があるそうですが、一瞬で通過してよく見えませんでしたが大量の水が流れ落ちています。
トンネルの上部にある散策コースからはレンガ造りのドーム(立坑の屋根)が見えるそうです。
大津側入口より1696m付近にあります。あと740mで出口!! -
遊歩道から見た第一立坑の出口。(後日撮影)
異物を投入されないよう、周囲には柵がある。
ここから降りて疏水を掘り進んだ。 -
第一トンネル出口側のプレート(製造銘版)
これは昭和になってトンネルを整備したときに設けられたようです。
入口からここまで18分かかりました。
ずっと暗黒のなかヒマそうですが、ガイドさんの絶妙なトークと物珍しさで飽きさせません。
*トンネルプレートについての説明はこちら
https://4travel.jp/travelogue/11618483 -
第一トンネル出口側の扁額。
「廓其有容」(かくとしてそれいるることあり)と書かれており、『疏水をたたえる大地は、奥深くひろびろとしている』という意味だそうです。
第3代、第9代内閣総理大臣だった山県有朋の揮毫(きごう)です。
◎出口側(京都側)の扁額は「陽刻」と言って文字が凸状に浮き出た彫刻になっています。
3つのトンネルとも全てそうなっています。 -
このあたりまで来ると、やっと紅葉した木々が見られます。
(左の影は前方の方のアタマです)最後部の席からなので仕方ないですね。 -
後ろを振り返って、第一トンネルの坑口です。
当時開通したイギリスの鉄道トンネル坑口にそっくりのデザインにしたとか。 -
緊急遮断ゲート。
阪神淡路大震災の教訓から、堤防の決壊洪水を防ぐため平成11年に設置。
大地震が発生すると自動的に水路を遮断し、琵琶湖からの津波が京都に到達するのを防止するそうです。 -
このあたりまで来るとアオサギが立ち止まって魚を狙っています。
慣れたもので船が近づいても逃げません。 -
一番最初に琵琶湖疏水に架けられた橋、藤尾橋。
レンガと石造りの橋台がそのまま残っています。
船長は主要ポイントを通過する都度、無線でどこかに連絡していました。
「めいじ、藤尾橋通過!」
連絡が無いと遭難を疑って捜索隊が駆け付けるのでしょうか。
この橋の100m先に滋賀県と京都府の県境があります。 -
山科乗下船場に到着です。
第3便に限りここで乗下船できます。
この日は3名が降り、3名が乗り込んで来られました。
周囲は「四ノ宮船溜」(しのみやふなだまり)と呼ばれるかつての荷物積み下ろしや船頭の休憩場所で、今は花見の名所となっています。
ここは京阪の四宮駅の近くにあります。四宮駅 駅
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四ノ宮舟溜を出るとすぐにトンネルです。
このトンネルはコンクリー製の坑口で、扁額はありません。
これは疏水開設時からあったトンネルではなく昭和になって国鉄の湖西線建設工事により疏水を付け替えられた(ルート変更)区間のトンネルです。。
元の疏水は左に曲がっていたのですが埋め立てられ、現在は右のトンネルに入ります。 -
2番目の「諸羽トンネル」520mから後ろを振り返る。
山科乗下船場が見えます。
諸羽トンネルは湖西線の線路を通すため、昭和45年に新設されたトンネルで、元の疏水の水路は埋め立てられ、東海道線と湖西線の分岐点が設けられました。
最下段にJR線路から見た疏水埋め立て地点の写真があります。 -
諸羽トンネルを出ると、この辺りは山科の住宅地となっています。
逆光がまぶしい!!
この先、暫く市街地を巡ります。
ここから第三トンネルの入口までは別名「山科疏水」とも呼ばれ、花見や紅葉の名所として賑わっています。 -
山科駅から毘沙門堂に向かう途中にある安朱橋です。
ここは過去に3回通ったことがあるので何だかなつかしいですね。毘沙門堂 寺・神社・教会
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追記::桜満開盛りの疏水と安朱橋 (2021-3-31撮影)
疏水の水は早歩きくらいの速度で流れていました。
やや花筏状態です。 -
安朱橋上より上流大津側です。
こんな時期に運よく疎水船に乗れたら素敵ですね。
でも1ヶ月前の予約開始日(3/1)に満開日を予想することは困難です。
3/31、この日を予約し疎水船に乗っていた人はよほど強運の持ち主なんでしょう。 -
現実に戻します。
このあたり疏水が曲がりくねり、沿線に遊歩道があります。
紅葉の名所のようです。
お散歩している方が手を振ってくださいます。 -
山科の桜並木が続きます。
ここは3年前に花見で歩いた記憶が。なつかしい。
地下鉄の御陵駅(みささぎえき)から歩きましたね。 -
斜めにかかった赤い橋は本圀寺正嫡橋。(ほんこくじ しょうちゃくばし)
右手の山上に本圀寺がありますが、桜の名所というわけでないので行ったことはありません。日連上人や水戸黄門ゆかりの寺です。
本圀寺の圀は、水戸光圀の圀から取ったそうです。
この左は天智天皇陵で、大化の改新で有名な第38代・天智天皇の墓所です。天智天皇陵 名所・史跡
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暫く市街地を航行したあと、第二トンネルです。
このすぐ南側が京阪と地下鉄の御陵駅となります。(みささぎ)
この大津側の扁額は長く、
「仁以山悦智為水歓」(じんはやまをもってよろこび、ちはみずのためによろこぶ)と書かれています。う~ん、、長い・・・・(━_━)ゝ
一見、横書きで2行に見えますが、実は縦書きで4列に書かれているという変わりダネ。
『仁者は動かない山によろこび、智者は流れゆく水によろこぶ』という意味で、
元外務、内務、大蔵大臣を務めた井上馨の揮毫です。御陵駅 駅
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第二トンネルは坑口が逆光で撮れなかったので内部から外を。
山ノ谷橋が見えます。 -
第二トンネルの製造銘版。
長さ125mと琵琶湖疏水では一番短いトンネルです。 -
第二トンネル、出口側の扁額
初代海軍大臣 西郷従道揮毫で、「随山到水源」(やまにしたがいて、すいげんにいたる)
『山に沿って行くと水源にたどりつく』という意味だそうです。
西郷隆盛(せごどん)の弟だそうです。 -
この第二トンネルの出口京都側坑口のみ馬蹄形の特殊なデザインになっています。
出口の手前20mくらいから断面の形が変わるのがトンネルの中から見てよくわかります。 -
2018年、琵琶湖疏水船ポスターには第二トンネル出口が描かれていました。
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500mほどで最後の第三トンネルが見えてきます。
が、その手前の橋に注目。
実は日本初の鉄筋コンクリート製の橋なんです。 -
橋の脇には石碑が。
よ~く見ると、、、
「本邦最初鐵筋混凝土(コンクリート)橋」と当て字のオンパレードです。
まあ先人の偉業を讃えるということで。。 -
第三トンネル、長さは850m。
入口大津側の扁額です。
初代大蔵大臣 松方正義揮毫の扁額で
「過雨看松色」(かうしょうしょくをみる)
『時雨が過ぎると、いちだんと鮮やかな松の緑をみることができる』という意味だそうです。 -
坑口は両脇にタワーのある独特のデザインです。
ドイツの著名な鉄道トンネルのデザインを模して造られました。
長さは850m、
これを抜けるとすぐに疏水船の終点、蹴上の乗下船場です。 -
第三トンネルの製造銘版
*トンネルプレートについて詳しくはこちら
https://4travel.jp/travelogue/11618483 -
出口が近づくと、もう終点の蹴上です。
乗下船場と旧御所水道ポンプ室が見えてきました。 -
最後の扁額です。第三トンネル蹴上出口側。
「美哉山河」(うるわしきかなさんが)
『なんと美しい山河であろう』という意味ですが
幕末の太政大臣、三条実美が揮毫しています。
写真をよく見ると、扁額の上の石に何か英文が彫られていますね。
判読不能なところもありますが、文献によると
「SAKURO TANABE DR.ENG.ENGINIEER-CHIEF WORK
COMMENCED AUGUST 1885 COMPLETED APRIL 1890」
つまり「主任技師の工学博士・田辺朔郎氏によって、1885年8月~1890年4月の工事で完成した」ということらしいです。
トンネルの完成時ではなく1905年に彫られたそうです。
当時の大規模土木工事はまだ外国人技術者の手を借りていましたが、田辺氏は全て日本人の手だけでやり遂げるという偉業を達しました。
この栄誉をたたえて後日追記したのでしょう。 -
蹴上船溜まりから見た坑口です。トンネルが直線なので入口の光も見えます。
大津から58分間の船旅でした。
また船が傾かないよう1人づつ順に注意深く下船します。 -
旧御所水道ポンプ室前から見た第三トンネル出口
旧・九条山浄水場(御所水道)ポンプ室。御所へ防火用水を送るために1912(明治45)年に建てられたものです。設計は、京都国立博物館を手掛けた片山東熊と山本直三郎。当時、皇太子だった大正天皇が視察に来る計画があったため、円形のバルコニーなど、ネオ・ルネサンス様式の装飾が施されています。蹴上浄水場 名所・史跡
-
玄関アーチ上の亀の装飾
疏水船ツアーに参加しない限り、近づけない場所です。
ここは通常の見学は受付けていません。 -
当時、皇太子だった大正天皇が視察に来る計画があったため、円形のバルコニーなど、ネオ・ルネサンス様式の優美な装飾が施されています。
建物の正面が道路でなく疏水側を向いているのも、天皇が大津から船で登場する想定によるものです。
天皇が船でトンネルから現れるなんて、なにか今では考えられない発想(/・_・\) -
照明 玄関上の蜀灯
今はこんなの簡単に1000円くらいで出来るだろうけど、明治34年だと匠の技だったんでしょう。
-
対岸から見た蹴上乗下船場(蹴上船溜まり) 船は「れいわ」
旧御所水道ポンプ室の全景はこちら側からでないと見られません。
外観は綺麗ですが、内部は破損がひどいらしく立入見学出来ません。 -
琵琶湖疏水はここで終わりではありません。
疏水分線との合流トンネル。
この先、蹴上ダムで発電用水と分けられ、南禅寺の水路閣や永観堂の裏にある扇ダムへ、更に哲学の道の脇を流れる白川疏水、一乗寺、下鴨へと続き、堀川紫明あたりで鴨川に流入しています。
ここから先は天井が低いので船は通れません。
私は最初、南禅寺水路閣の上を船で通るものだと思っておりました(^○^)
これじゃ小型潜水艇でもない限り、南禅寺には到達できませんね。
左の水路はインクラインへと続いています。蹴上浄水場 名所・史跡
-
合流トンネルの出口側です。
ここにも扁額があり、
田邉朔郎の揮毫で、「藉水利資人工」(すいりをかりてじんこうをたすく)
『自然の水の力を人間の仕事に役立てる』という意味だそうです。
この左に蹴上ダムがあり、蹴上発電所の発電用水と疏水分線に流す水とを分けています。 -
蹴上ダムです。
左奥に貯水池があり、あふれた水を右側に落としています。
この水が疏水分線として南禅寺水路閣方面に流されます。
発電用水は、2本の水圧鉄管に流れ込み、下部にある蹴上発電所に行って南禅寺船溜りに放流されます。 -
蹴上ダムから水路閣に向かう疏水分線の水路。
正面奥のフェンスの先がが蹴上ダム、手前が南禅寺方面。
左右は散策路になっています。 -
写真で水路が広がっているところから先が水路閣で、下はレンガ造りの橋です。
(南禅寺水路閣を上から見たところです。この下は↓↓)
水は手前から向こうに向かって流れ、木立の先に第5トンネル、その先が扇ダム、哲学の道へと続いています。
これじゃ、船で通るわけにはゆきませんね。 -
下から見ると、お馴染みこれ。
この上を毎秒2トンという大量の水がかなりの速度で流れているなんて信じられませんね。
陰から山村紅葉さんがいまにも現れそうです(笑) -
看板にこの辺りの位置図がありました。
なぜか、蹴上ダム、扇ダム、蹴上発電所が書かれていませんね。
この辺、地理院地図もyahoo地図もgoogle earthにもはっきり書いてないのです。 -
永観堂(禅林寺阿弥陀堂)の裏手にある扇ダム。
蹴上ダムから送られてきた疎水分線の水を無鄰菴など南禅寺界隈の数々の庭園に供給し、さらに余った水を放流するための遊水池です。
哲学の道、北白川の疏水に行かれた方は「あまり水が多くないね」という印象があるかと思いますが、ここで水量を絞られているからです。 -
扇ダム放水路(手前)。
正面右手奥が扇ダムで、第5トンネルから水路閣へと続いています。(入れません)
手前は扇ダム放水路で東山高校脇を通り、疏水記念館の脇で南禅寺船溜まりに放流されています。かなり大量に放流されてますね。
(扇ダム(遊水池)は永観堂の墓所からでないと見ることは出来ません。)
疎水分線は正面の山中を第6トンネルで抜け、哲学の道、北白川、下鴨を経て堀川紫明まで続き鴨川に放流されています。南禅寺 寺・神社・教会
-
蹴上船溜まりの先は、インクラインに続いています。
この先はお馴染み、外国人が大好きな桜の名所。 -
外人観光客にも大人気の哲学の道から銀閣寺への道。春は桜並木です。
ここも水量は少ないですが、琵琶湖疏水分線の末端部です。 -
花筏の哲学の道。
琵琶湖疏水はここまでつながっています。 -
疏水の位置関係図です。
この図が一番わかりやすいですね。
(琵琶湖疏水記念館HPの地図を引用、一部アレンジしています)
また、こちらに蹴上、南禅寺周辺水路の解説がありました。
http://agua.jpn.org/biwacanal/gardenroute.html
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なにか社会科の見学会・・いや扁額の品評会のノリでしたね。
今の扁額って、トンネルの名前を大臣とか社長とかが書いているのが殆どですが昔は思いをはせて、4文字熟語などで想いをしたためたんですね。 -
下船後、15分くらいポンプ室や第二疏水の話があって解散。
この後、地下鉄、嵐電を乗り継いで今夜の宿泊地、嵐山の”星のや京都”に向かいました。
続きはこちらをご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/11659271
最後までご覧いただきありがとうございました。蹴上駅 駅
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さいごに
**一連の観光旅行だとあちこち行って旅行記の焦点がボケてしまいます。
全部一つの旅行記に全ての情報を入れると、読まれた方の期待に沿えない(内容が薄い)状態になるかも。興味のない場所も延々と読まされることに。。
東京-京都の往復など詳しく書いても、全く面白くもないので省略です。
弁当は何がおいしいかなどは、駅弁スレにどうぞ。
私は重点訪問箇所別に、旅行記を分けています。
併せて内容が軽薄にならないよう注意を払っております。
ご意見ありましたら、是非コメント下さい。
*写真:琵琶湖疏水を渡るおけいはんと桜満開の三井寺(2018-4)京阪大津線 (京津線・石山坂本線) 乗り物
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参考用【後日追記】
この左側の線路あたりが、疏水が埋め立てられたところです。
JR山科駅 東側山科駅 駅
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参考用【後日追記】
JR湖西線 長等山トンネル 3037mの山科側入口
この先300m地点で、第一第二疏水と地下交差している。
またこの上には園城寺(三井寺)もある。
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