2020/11/07 - 2020/11/07
1位(同エリア742件中)
ねんきん老人さん
- ねんきん老人さんTOP
- 旅行記103冊
- クチコミ14件
- Q&A回答2件
- 456,308アクセス
- フォロワー252人
ちょっとばかり訳があって、しばらく旅行に行っていません。
な~んて気取ってみましたが、その訳というのは単にお金がないというだけのことです。
その「訳」がすぐに解決するとも思えませんので、次の旅行はいつになりますことやら。
このままでは、せっかくお付き合いくださっている4トラベラーの皆さんに忘れられてしまいます。
そこで今回は、私が生まれ育ち、現在も住んでいる木更津の町をぶらぶら歩いて(つまり旅費はゼロ)、いつくかの見どころ(?)をご紹介したいと思います。
コロナ禍でもう8か月も近所のコンビニ以外に行っていないもので、足は細り、無精ひげは伸び、なんだか病気の稲川淳二さんみたいになった私。 帽子を深くかぶり、マスクと偽眼鏡で顔を隠し、誰とも話をせずに歩いた我が郷土木更津は、往時を偲ぶこともできないほど寂れていました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
千葉県木更津市。 私の住んでいる町です。 私はここで生まれ、ここで育って、学生時代からの10年くらいを除いて今もここに住んでいます。
房総半島の東岸、東京湾に面する港町・・・と言っても、今は昔の話ですけどね。
芸妓の行き交う色町・・・と言ったって、これも昔の話ですけどね。
日本武尊、源頼朝、藤原景清たち由縁の町・・・いやいや、やっぱり大昔の話です。
その他、何だかんだと地元民だけが言っていることがありますが、嘘半分、いや嘘七分と思ってお読みください。 -
【 木更津駅西口 】
それでは、木更津駅から歩き始めましょう。
国鉄房総西線の駅で、私の生家から100mちょっとにあります。 子供のころは仕事でときどき東京に行っていた父親を迎えに、子供たち全員で行ったものでした。
汽車がホームに入ってくると、駅名のアナウンスがあります。 のどかな、やや間延びした調子で、
「きさ~らづ~、きさ~らづ~。 木更津、木更津でございます」
そのころはマルツー(日通)の倉庫と専用の貨物ホームもあってなかなかの駅でしたが、今では何の変哲もない、普通の駅になってしまいましたねえ。
ん? 駅前のロータリーに丸っこい石が3個。
木更津の人間でなければ分かりませんが、これはタヌキです。 オットセイではありません。
なぜタヌキが? あとで説明しましょう。
-
【 光明寺 】
駅からまっすぐ西に向かう道路、富士見通り。 100mちょっと行くとお寺があります。 この辺は昔から「寺町」と呼ばれ、お寺が多いのです。
吉祥山光明寺。 1335年開創。 日蓮宗ということです。
ということ・・・とは無責任な書き方ですが、私はお参りで訪れたことがなく、遊び場だったのです。
-
【 舞鶴の松 】
本堂の前に見事な黒松があります。
樹齢400年を超えるそうで、木更津市の銘木百選の第一号だとか。
その姿が鶴の舞う姿に似ているところから「舞鶴の松」とも。
で・・・、ぐるりと一周してみました。 どこからどう見ても鶴の姿には見えません。 命名した人の想像力が卓越していたのか、私の想像力が乏しすぎるのか。 あるいは、その人が白内障か乱視だったのかも・・・。 -
【 切られ与三郎の墓 】
本堂から見て右側一帯は墓地になっていて、その中に「切られ与三郎の墓」があります。
歌舞伎の人気演目である「与話情浮名横櫛」。 公演前に主だった役者がお参りに来るのが恒例になっているそうで、高名な歌舞伎役者の立てた追善塔婆が何本か見えます。
子供のころ、私たちは意味も分からず水をかけたりしていましたが、あるときコニシ君がオシッコをかけました。 コニシ君、今どうしていますか? -
【 切られ与三郎とは 】
ではいったい、切られ与三郎とはどんな人物なのでしょうか?
これは駅前ビルの壁面に描かれた与三郎とお富( 歌川豊国「五節句之内弥生与三郎お富」の模写 )です。
与三郎は江戸の大店の若旦那でありながら身を持ち崩し、木更津の親戚でぶらぶらしていましたが、そこで地元の親分の妾お富に一目惚れし、相通じてしまいます。
与三郎はめった斬りにされ、お富は海に身を投げましたが、奇しくもどちらも命を取り留め、3年後、偶然に出遭いました。 ところがお富は入水時に船で通りかかってお富を助けた男の妾になっています。
そこで与三郎が発した、「いやさこれお富、久しぶりだなあ。おぬしゃあ俺を見忘れたかあ」という恨みがましいセリフは皆さんご存知ですね。 -
【 蝙蝠安の墓 】
その光明寺から北に200mちょっと行った所にある選澤寺(せんちゃくじ)。
そこに蝙蝠安(こうもりやす)の墓があります。
こうもり安は与三郎とつるんでゆすりたかりに明け暮れたゴロツキで、右頬にコウモリの入れ墨があったということになっていますが、実在の人物は金離れのよい美男子で、夜な夜な花柳界をふらふらと歩き回ったところから「こうもり」と呼ばれたようです。 頬の入れ墨も実際は太ももに、それもコウモリではなくカニの絵だったとか。 -
【 こうもり安 】
これが豊国の描いたこうもり安です。
なるほど着ているものも遊び人風ですし、頬にコウモリの入れ墨がありますね。
実際の入れ墨がカニだったというのは、なんともしまらない話で、いっそエリマキトカゲかダボハゼでも良かったのではないでしょうか。 -
【 タヌキのモニュメント 】
富士見通りに戻ります。
歩道にこんなものが。 かなりデフォルメされていますが、タヌキです。
足を止めて見ている人はいませんでしたねえ。
-
【 タヌキのモニュメント 】
近寄ってみましょう。 顔があって、タヌキだと分かりますね。
えっ? ネコだろうって? う~ん・・・そういえば・・・。 -
【 歩道のタイルにもタヌキが 】
でも、でも・・・近くの歩道に敷かれたタイルにもタヌキが描かれていますし、やっぱりあの石はタヌキでしょう。 -
【 獅子 】
と思ったら、今度は獅子です。
大阪冬の陣では徳川方についた木更津の水夫24名が大いに活躍したそうで、後日徳川家康から感状と獅子頭1対が贈られたとのこと。
それを伝えるプレートが港近くの歩道に飾られています。
ホーッ!と思いますが、だからといって、これを見に木更津まで足を運ぶ観光客はいないでしょうねえ。 -
【 木更津船 】
江戸時代に幕府の公許を得て江戸と木更津間の海上輸送を独占していた木更津船の説明板です。
( 右下は歌川広重の「不二三十六景」に描かれた木更津船です )
海上で木更津船と出遭った他船はこれを避けたほどの威勢を誇ったそうですが、だからといって、やっぱり観光客は来ないでしょうねえ。 -
【 木更津港 】
港に着きました。 駅からは600mほどです。
港の入口に架かる中の島大橋はそのデザインから人気が高く、天気によっては写真のように富士山とのコラボレーションが見られます。
かつてはこの港から日本カーフェリー(川崎航路)と東京湾フェリー(横浜航路)が出ていて、対岸への交通を担っていましたが、東京湾横断道ができて時間も費用も勝負にならず1997年に廃止されました。 -
【 タン・タン・タヌキの音楽隊 】
その港沿いの道路に、楽器を奏でる陶製のタヌキが数体。
何の曲を演奏しているのでしょう? まさか「タン・タン・タヌキの~」と歌わせるつもりじゃあないでしょうが。
それにしても、さっきからやけにタヌキが出てきますねえ。 -
【 あさりのぽこちゃん 】
と言ってる先から・・・。
これはアサリの中に入ったタヌキのぽこちゃんです。
ぽこちゃんというのは、「ポンポコリン」という腹鼓の音からきているのでしょうが、なんだってまたアサリの中に?
それはまたあとで説明します。 -
【 木更津港 】
その先には貨物積み下ろし用のコンクリート桟橋が何基か突き出ています。
この桟橋、私たちの子供のころからあり、絶好の飛び込み台になっていました。 湾内は遊泳禁止だったのですが、実際に注意をされたことはなく、夜など桟橋から見下ろすと泳いでいる人間の形に夜光虫が光って、それはそれはきれいなものでした。
堤防には十数年前に地元の高校生が描いた絵が。 -
【 堤防にもタヌキ 】
その絵の中にもタヌキが。
なぜやたらとタヌキが出てくるのかという説明がまだでしたね。 もうちょっと待ってください。 -
【 金毘羅宮 】
港を囲む歩道が直角に曲がるその角に、小さな社がありました。 金毘羅宮と書いてあります。
実は、こんな所にこんな神社があるということは全く知りませんでした。
まあ航海の安全を願う人々が海辺に金毘羅宮を建てるのは自然なことでしょうから、今まで気づかなかった私が罰当たりなのだとは思います。 -
【 またしてもタヌキ 】
で、その金毘羅宮のすぐそばにはまたしてもタヌキが。
・・・ったくもう! いい加減にしろよと目を転ずると・・・。 -
【 土産物屋にもタヌキ 】
そこには車海老やアサリなどの海産物を売りにする土産物屋が。
木更津はアサリとハマグリの名産地で、アサリを使った料理は数え切れませんし、私も市外の知人を訪ねるときはたいていアサリの佃煮などを手土産にしています。
さっきのアサリの中に入ったぽこちゃんは、木更津の名産を宣伝していたのでしょうね。
その店ですが、看板の上にはずらりとタヌキ。
そうそう、なんだってこう、タヌキ、タヌキで染まっているのかという説明でしたね。 もうちょっと、もうちょっとお待ちください。 -
【 中の島大橋 】
少々タヌキに辟易しながら先へ進むと、さきほど遠くに見えた「中の島大橋」のたもとに出ます。
この橋の独特な形に見覚えのある方はいらっしゃいますか?
2002年に放映された『木更津キャッツアイ』というテレビドラマでたびたび出てきたらしいのですが、私は観ていません。
なんでもその中で、「若い男女がおんぶして渡ると結ばれるという伝説がある」と紹介されたということで、橋は、たちまちおんぶ姿の男女で大騒ぎになったそうです。
うっそー! 橋ができたときからずっと木更津に住んでいるこの私は、そんな伝説、聞いたことがありません。 -
【 ん? ナニコレ? 】
橋の一番高い所にこんなものが。 各地で見かける南京錠です。
たぶん、柵に付けられて重みで柵が壊れたり鍵と一緒に腐食したりするのを避けるために、それ用の金網を取り付けたのでしょう。 その金網も潮風にさらされてすぐに錆び、腐った部分が鍵と共に海中に落ちてしまったのだと思います。
ざまぁ見ろ! -
【 橋の上部 】
この橋、長さは236m あるそうです。 その間すべて坂になっており、人をおぶって渡り切るには並外れた体力が必要でしょう。
途中でへたって彼女に罵られる男たちの顔が見てみたいものです。
そもそもそんなことをしなければ結ばれないような二人だったら、結ばれたあとだってどうなるか分かったものではないですよね。 -
【 湾口を出る貨物船 】
橋の高さは海面から27m で日本一だとか。 見下ろすと今しも湾を出て行く貨物船が見えました。
かつてはデッキに乗客をあふれるほど載せたフェリーが次々と出入りしていた港。 今は貨物船が係留されているだけで、こうして航行している様子はあまり見られません。
奥に見えるのは陸上自衛隊駐屯地・海上自衛隊航空補給処です。 私たちの子供のころは米軍基地で、何度か米兵の子供たちとの野球の親善試合に行きました。
今は米軍普天間基地に所属するオスプレイの点検整備が行われているほか、佐賀空港に配備予定の陸上自衛隊オスプレイ17機を佐賀空港の受け入れ態勢が整うまでの間暫定的に受け入れるという、なんだかよく分からない理屈で飛来が始まっています。 -
【 橋のたもとに 】
橋の上で「ざまぁ見ろ!」と喜んだ私ですが、そんな私が目をむくようなものが橋のたもとにあります。 全国各地にある「恋人の聖地」という客寄せ企画です。
よく「へどが出る」という言い方がありますが、私は旅行中この恋人の聖地という低俗きわまる場所にぶつかると、毎回ゲロを3リットルほど吐いてしまいます。
この辺り、私も結婚前に妻とよく来たものですが、それはひと気が無いのをねらってのことで、こんなもの目当ての「恋人」たちが集まるとなれば、誰が来るものかと思います。
-
【 目を転ずれば 】
それ以上つまらぬものを見ているとゲロが止まらなくなるので、目を西に転じます。
遠くに見える橋(紫の〇)は横浜ベイブリッジと鶴見つばさ橋(赤い〇)、水色の〇は横浜ランドマークタワーです。
空を見ましょう。 羽田空港に向かう旅客機(白〇)と、陸上自衛隊のCH-47大型ヘリコプター(黄〇)です。
ここにはときどき超望遠カメラを持った飛行機マニアが来ていますが、私の写真は携帯電話で撮ったものです。 -
【 バーベキュー弁当 】
では護岸に腰かけて弁当でも食べましょうか。
木更津で弁当といえばこれ、「浜屋のバー弁」です。 『ありえへん世界』とかいうテレビ番組でも紹介されてましたね。
包装紙にタヌキの絵が描かれていますが、中身はタヌキの肉ではなく豚ロースです。 ご飯が見えないほど豚肉が敷き詰められていますが、それ以外には何も入っていません。 きわめてシンプルなもので、値段は税込み690円。 美味くないという人に会ったことがありません。 -
【 木更津甚句記念碑 】
腹も膨れたところでまた歩きます。
おぞましい恋人の聖地から護岸沿いに200mほど南に、艶やかに踊る二人の芸妓さんの像があります。
木更津甚句、ご存知ですか?
ハァー
木更津照るとも 東京は曇れ
かわいお方が
ヤッサイモッサイ ヤレコリャドッコイ コリャコーリャ
日に灼ける
木更津が日が照ったとしても、東京は曇ってちょうだいな。 (東京にいる)いとしいあの人が日に灼けちゃうじゃないか。
という、木更津在住の女の気持ちを歌ったものだそうです。
色白のやさ男がいいんでしょうかねえ? -
【 鳥居崎海岸・見染めの松 】
記念碑のある一帯は鳥居崎海岸といい、あの切られ与三郎がお富を見染めた場所だということになっています。
二人は着物を松の枝に掛けてイチャついていたらしく、その松だという木が「袖掛けの松」とか「見染の松」とか呼ばれて松林の中に立っています。
そうそう、思い出しました。
私たちの子供のころは、泳ぐときといえば海水パンツを履いたり赤フンドシをしたりで色々でしたが、更衣室なんてものはありませんでしたから、たいていこの辺りの松にフンドシを掛けて着替えていました。 お富の着物と同じ枝だったかも知れません。
ちなみに、海水パンツを履くのは金持ちの子、フンドシは貧乏人の子と決まっていて、私はもちろん・・・。
-
【 タダほど安いものはなし 】
その鳥居崎海岸、昔は遠浅で、アサリやハマグリは採り放題でした。 私たち子供は潮が満ちると泳ぎ、引くと貝を掘り、毎日大量のアサリを引きずって帰ったものです。
今は埋め立てや浚渫が行われて潮干狩りはできなくなり、代わりにさきほど渡った中の島大橋の先に有料潮干狩り場ができました。
えっ、有料? 有料って、アサリ掘るのにおカネが要るの?
そうです。 それも1800円という地獄の閻魔も驚く金額です。 採った貝2kg分の代金が含まれているということですが、2kgなんてあっという間に採れてしまいますから、その先はひと掘りごとに加算されていきます。
で、妻と私は鳥居崎海岸から澪を隔てた非管理の砂浜に行ってタダで掘ることにし、何回か出かけました。 この写真は妻の癌が見つかるひと月前、死んだ日から数えてぴったり1年前の5月8日に行ったときのもので、1時間もしないうちに2つのザルと1つの網がいっぱいになりました。
アサリはタダで掘るもの。 私のポリシーに揺るぎはありません!
愚痴になりますが、このとき妻は元気いっぱいで、私も、よもや1年後に死ぬなどということはまったく頭にありませんでした。
神様は、何を基準に人の死を決めるのでしょうか。 -
【 マンホールの蓋に描かれたタヌキ 】
さて、駅方面への道を戻り始めると足元にマンホールの蓋が。
近年マンホールの蓋が様変わりして、その土地の代表的な風物などをデザインしたものが多くなっているということは知っていました。
コミュニティ活動を一緒にしている F君が旅行先でマンホールの蓋を写真に撮っているのを見たこともあります。
木更津でも遅れてならじとばかり左のようなものを作ったようですが、どうもインパクトに乏しいということなのか、最近は右のような色つきのものが使われているようです。 -
【 マンホールカード 】
で、マンホールカードというものを手に入れてみました。
これを集めている人は結構いるらしく、日本マンホール蓋学会という同好者のネット組織があるとか。
そのHPを開いてみると、見つけたマンホール蓋の写真を募集しているようで、よしきた! と思ってさらにスクロールすると、なんと木更津の蓋は既に載っていました。 それも木更津だけで12種類も。
なにごとも、その道の人のレベルというのは私なんぞとは世界が違うんですね。 -
【 證誠寺への案内看板 】
改めて見ると、次から次と現れるマンホールの蓋はすべてにタヌキがあしらわれています。 たいして興味もありませんが、なんとなく辿っていくと、横道の角にこんな看板が。
和菓子の老舗「栄太郎」です。
その先に證誠寺があるとも書かれていますが、まずは栄太郎に寄ってみましょう。 -
【 たぬき最中 】
栄太郎の売りはこれ、「たぬき最中」です。
昭和30年から販売している人気商品だそうですが、実は私は食べたことがありません。
今回は木更津探訪。 4トラの皆さんに木更津をご紹介するのが趣旨ですから、買ってみました。
小倉・こしあん・白あんとあって、それぞれ1個ずつを頼んだところ、
「510円になります」
と言われて初めて値段を知り・・・。 えーっ! だったら1個でいいや。 そう言いたかったのですが、見栄が邪魔をしてそのまま510円を払い、店を出てから唇を噛みました。 血がたらたらと流れ、あやうく貧血で倒れるところでした。 -
【 厳島神社 】
路上に点々と血痕を残しながら證誠寺に向かう途中、小さな鳥居の前で足を止めました。
なんだか小さいですが、厳島神社というれっきとした神社で、鳥居の扁額には「弁財天」と描かれています。 私たちはずっと「弁天様」と呼んで遊び場にしていましたが、それはご祭神が弁財天であったことからの通称なのだと知ったのはずっとあとのことでした。 -
【 波に白兎 】
正面の唐破風の下に虹梁があり、そこに波と白兎の漆喰彫刻がありました。
ここにこういうものがあることは今回初めて知ったことで、波と白兎の組み合わせが何を意味するのかもまったく分かりません。 まさか隠岐の島の海岸で遊ぶ因幡の白兎ではないでしょうが、波と兎の組み合わせはいろんな所で見られるそうですね。 -
【 名工の作が 】
正面の格子に顔をくっつけて中を覗くと、正面の欄間に「日の出に鶴」と呼ばれる漆喰彫刻があります。
縦45cm、横186cmの堂々たるもので、作者はあの有名な「波の伊八」だそうです。 これも今回初めて知りました。
へーっ! どうも・・・。 お見それいたしやした。 -
【 亀の池 】
社殿の周りは池になっています。 コンクリートの殺風景なものですが、そこには亀がうじゃうじゃと。
子供のころ、手を伸ばせば簡単に捕まえられるので裏返しにして遊んだりしましたが、亀は万年といいますので、もしかしたらこの中に私に裏返された亀がいるかも知れません。 そう思ってみると、中の1匹がどうも私の方をじっと睨んでいるような・・・。 -
【 證誠寺入口 】
その厳島神社(弁天様)から南に100mちょっとでしょうか、證誠寺入口の看板があります。 -
【 證誠寺 】
これが證誠寺。 浄土真宗本願寺派のお寺だそうです。
木更津で浄土真宗のお寺はここだけとのことで、調べてみると市内90寺のうち最多は真言宗の59寺、次は曹洞宗の13寺というようなことが分かりました。 これも今回初めて知ったことです。 -
【 親鸞聖人像 】
境内に入ってすぐの所に親鸞聖人の像があります。
高校のとき、『歎異抄』を読んでいないような低レベルの奴輩は学校を去れと先輩に言われ、慌てて読みましたが、どうもよく分からないままその後も勉強していません。
当然、親鸞聖人についても学校で習う程度の大雑把なことしか知りませんから、正面に立つのもいささか気が引けます。 -
【 タヌキの奉納額 】
本堂に掲げられた奉納額。 なんとタヌキがあしらわれています。
鶏や虎・馬などはよく見る気がしますが、タヌキというのは、いったいどういうわけでしょう?
さらにこのお寺では毎年中秋の名月の日に狸まつりというのが行われます。
證誠寺とタヌキには、なにか関係があるのでしょうか? -
【 證誠寺とタヌキの関係は? 】
それは、證誠寺に伝わるタヌキ伝説がもとになっているのです。
どなたもご存知のこととは思いますが、ひょっとしたらそれは木更津人の自惚れかもしれませんので、一応、ご紹介させてください。
昔、寺の内外が草木の生い茂る不気味な場所だったころ、和尚さんが夜中に目を覚ますと、庭がやけに賑やかなのでそっと覗いてみました。
するとそこでは何匹ものタヌキが月の光の中で腹鼓を打ちながら楽しげに踊っているではありませんか。
あまりに楽しそうなので、和尚さんも得意の三味線を持って輪に入り、腹鼓と三味線の競演になりました。
次の晩も、その次の晩も、互いに意地になって競い合っていましたが、4日目の晩、タヌキは1匹も現れませんでした。 朝になって和尚さんが庭に出てみると、あのタヌキ集団の中で一番大きかったタヌキが腹の皮が破れた姿で死んでいました。
可哀想に思った和尚さんは境内の一角にそのタヌキをねんごろに葬ったそうです。
というわけで、證誠寺とタヌキには切っても切れない関係があるのですね。
-
【 童謡碑 】
そのタヌキ伝説を知った野口雨情さんが作詞し、あとから中山晋平さんが曲をつけて大正13年に発表したのがあの「証城寺の狸囃子」です。 ご存知ですね?
「しょ、しょ、しょうじょうじ・・・」というやつです。
「Come come everybody ・・・」なんていう替え歌もありましたね。
それを記念した童謡碑が建っています。
お寺は「證誠寺」。 歌の題は「証城寺の・・・」。
字が違うのは、単なる間違いとも言われていますが、実在のお寺だとなにかと差し障りがあるのでわざと違えたという説もあります。
-
【 狸塚 】
境内にはまた、あの腹の皮が破れて死んだという大狸の供養のために建てられた「狸塚」があります。
石の形がタヌキに似ているということで、まあ、そういえば・・・。 これを作った人も目が悪かったのだと思います。
ということで、大変お待たせしました。 街のあちこちにタヌキがあしらわれている理由は、誰でも知っているこの童謡の舞台が木更津だということを売りにして木更津の町おこしをしようという魂胆からのことなのです。
私も小学校の学芸会で小坊主の恰好をして『証城寺の狸囃子』を踊ったことがありますが、あのころはまだ木更津も栄えていましたから、町おこしという意味はなかったのだと思います。
で、思うのですが、漫画やイラストに出てくる動物はそれぞれ愛くるしく、その動物の形をよく表していますね。
ところがタヌキだけは、実在のものとイラストとがまったく似ていません。 信楽焼のタヌキはあちこちに置いてありますが、やっぱり本物のタヌキとはかなり形が違いますね。
そもそも木更津市のマスコットキャラクターであるタヌキの「きさポン」からして、どう見ても動物のタヌキは連想できません。
昔、河内桃子さんという女優さんがこの證誠寺に生きたタヌキを寄贈してくれて、お寺では境内に檻を作って飼っていました。
全然可愛くないし、第一、臭くて臭くて、子供たちは近寄りもしませんでした。 -
【 八剱八幡神社 】
證誠寺から駅に戻る途中には八剱八幡神社があります。
源頼朝が先勝祈願に訪れたということですから、その前からあったのでしょうが、創建年代はよく分かりません。
頼朝はその後、鎌倉幕府を開き、その折、神領と社殿を寄進したということです。
ご祭神はどうやらスサノオノミコト、ヤマトタケルノミコトなど5柱もおわすそうですが、恥ずかしながらそれは今回初めて知りました。 -
【 参道 】
参道、といっても鳥居から本殿までの40mほどがすべてです。
左の駐車場は、子供のころ正月や夏祭りに見世物小屋がかかった場所です。 今見ると、車1台あまりの幅しかなく、こんな所でどうやってあの小屋を建てたのだろうと思ってしまいます。
右側の写真から外れた所には寄進者の名前が書かれた木札がずらりと並んでいますが、驚いたことに私の小・中学校時代の同級生の名前が結構ありました。 一金百萬円などと書かれたものもあります。 1個170円のたぬき最中で地団駄踏んでいた私と、本当に同級生でしょうか? -
【 拝殿 】
社殿は一度消失し、安政年間に再建されたものだそうで、その後何回か修理を重ねているようです。
写真手前の狛犬は、子供のころ、頭の上に立てるかを競ったもので、身軽な私はいつも簡単に登っていたのですが、今回見ると「文政8年」の文字がありました。
文政といえば、あの「文化文政時代」の文政ですよねえ。 そんな古いものに登っていたとは! いくらデキの悪いガキだったとはいえ、罰当たりなことをしたものです。
-
【 本殿 】
こうして改めて見ると、そこそこ由緒あるそこそこの神社のようですが、私にとっては長い間、子供のころの遊び場としての記憶しかありませんでした。
また、中学生のころには拝殿の下から潜り込んで、本殿の縁の下に回って、そこで寝泊まりしたことが何回かあります。 あまり楽しくなかったような気がしますが。 -
【 源頼朝お手植えの蘇鉄 】
石橋山の戦いに敗れた源頼朝が舟で上総に渡り、今でいう東京湾を回り込んで鎌倉に向かったことは知られていますが、その折り、ある家で兵馬の疲れを癒したあと、礼としてその家の庭に蘇鉄を植えたとのことです。
その蘇鉄をのちにここに移植したそうで、これがその蘇鉄だと説明板があります。 でも・・・、頼朝は旅の途中でどうして蘇鉄など持っていたのでしょうか?
子供だった私は、この蘇鉄の葉を折ってインディアンの羽飾りよろしく遊んだりした覚えはありますが、よもやそんなご大層なものだとは思いもよらず、こんな説明板もこの日初めて見ました。
どうも今回の市内散歩では、私が子供時代にいかに不勉強で不行儀で不心得なクソがきであったかを思い知るばかりで、いささかほろ苦い一日となってしまいました。 -
【 鳳神ヤツルギ 】
ジャジャーン!!
実はここ八剱(ヤツルギ)八幡神社では大和タケルという青年が働いているんです。
さきほど、ご祭神のうちの一柱が日本武尊(ヤマトタケルノミコト)だと書きましたが、青年の名前が大和タケルというのは・・・すごい偶然ですね!?
そのタケル青年、窮地に陥った木更津の人々を救うために「鳳神ヤツルギ」に変身して妖怪と戦うなど大活躍するのです。
さらに毎年私の住む地域の盆踊りに現れて子供たちと交流してくれるのですからありがたいじゃーありませんか。
私は他県に住む孫がヤツルギ目当てでやってきた盆踊りで、写真を撮って送りました。
ところが・・・これはヤツルギではなく、ヤツルギの仲間の「ガイオン」だそうです。 ガガーン! わっかんねえなー。 -
【 みまち通り 】
さて、その八幡様から一歩出ると、そこは「みまち通り商店街」です。
商店街? そうです、商店街です。 かつては大いに栄えた通りで、小学生のときにコロッケ(5円)を1個買って食べながら遊んだ店、高校時代にパンツを買おうとして入った店もここにありました。(拙稿『とげ抜いて 祭りで浮かれて 初詣』にその件が書いてありますので、ご一読いただければ幸いです)
それが今ではご覧のとおりのシャッター街。 いっとき『木更津キャッツアイ』の舞台になったということでロケ地めぐりの客が殺到したとのことですが、そのころ私はテレビを観る暇もないバリバリの現役でしたので、そういうドラマが放映されていることも知りませんでした。 -
【 サッカー狸 】
気を取り直して通りを歩いてみましょう。
こんなタヌキがいました。 「田淵公平の墓」と書いてあります。
田淵公平というのは『木更津キャッツアイ』で岡田准一さんが演じた主人公だそうですね。 悪性リンパ腫で余命半年という設定だったそうですが、「墓」と書いてあるということは、ドラマの中で亡くなったのでしょうか?
「木更津キャッツ」という草野球チームのキャプテンだったようですが、手にサッカーボールを持っているのはなぜでしょう? -
【 カラオケ狸 】
この通りには、あちこちにタヌキの像があります。
これはカラオケ狸。 私はこぶとり爺さんかと思いましたが。 -
【 オジー狸と海鮮狸 】
その他にも。 左は『木更津キャッツアイ』で「朝だよー!」と叫ぶオジーというホームレスをタヌキにしたものだそうです。
右は海鮮狸というそうで、頭にタコが乗っているのですが、私にはどちらもよく分かりません。 -
【 芸者狸 】
これは分かります。
既に書いたとおり木更津は江戸との海運の要所として栄えた港町で、港といえば色町というのが相場ですから、往時には200人もの芸者さんがいたそうです。 木更津芸者と呼ばれて引く手あまただったと言いますから、まあタヌキが芸者に化けるのは自然ですね。
もっとも、今は10人ぐらいしかいないとのことで、それが閉まったシャッターの前に置かれているというのも、なんだか身につまされますが。 -
【 千両箱狸 】
千両箱を担いだタヌキです。
商店街ですから、商売繁盛を願ったものでしょうか? それとも儲かった商店に忍び込んで千両箱を盗み出すねずみ小僧のようなタヌキでしょうか? -
【 バーバー狸 】
これは分かりますね。 床屋さんの前に置かれたタヌキで、右手にハサミ、左手に櫛を持っています。
そういえば、『木更津キャッツアイ』の主人公の家は「バーバータブチ」という床屋さんだそうですね。 -
【 その他にもあれこれのタヌキが 】
丁寧に見ていくとその他にも色々なタヌキが置いてあります。
右端のタヌキは捩じった紐をネクタイのように巻いていますね。 どうやら俳優の中尾彬さんをイメージしているらしいのです。
中尾さんは私がここ木更津の高校に通っていたときに1級上にいて、とにかくやたら目立っていました。 私はとくに付き合いがあったわけではなく、体育祭のときに頭にゲンコツをくらった思い出しかありませんが、まさか俳優になるとは思ってもいませんでした。
その他にも趣向を凝らした像が並んでいますが、ほとんどの店が閉まっていますので、タヌキもなんだかゴーストタウンに取り残された家畜みたいで、見ている方がせつなくなります。 -
【 反対側から見たみまち通り 】
商店街の反対側入口に来ました。 かつての賑わいを知る私としては見てはならないものを見たような気分です。 ( 写真手前、2匹のタヌキは合成です。実際はこんなに大きくありません )
証城寺のタヌキ伝説にあやかって街中をタヌキで彩れば人が集まるだろうというもくろみは見事に外れたわけですが、それには東京湾横断道の開通が大きく影響しているようです。
世間ではアクアラインと呼んでいるこの横断道。 かつては車で横浜まで行くのに陸路2時間かかっていたのが30分足らずに短縮されたことで、ガソリン代も高速料金もおおいに節約できるようになったのですから、木更津市民にとっては夢の横断道とでも言える道・・・なのですが、おかげで横浜・川崎へのフェリーが廃止に追い込まれ、駅から港までの旧市街は人が絶えてしまったのです。
その前から、駅より東側の新市街が駐車場を備えた商業施設で人を呼び込んだことで、西口の衰退が始まっていたのも事実ですが、横断道の開通はそれにとどめを刺す役割を担ったのですね。 -
【 木更津駅西口 】
木更津駅に戻ってきました。
三日月の中でタヌキが逆立ちしているモニュメントがあり、「きぬ太くん」という名前がついています。
なぜ「きぬ太」かって? タヌキが逆立ちしているからキヌタだっちゃ。
なぜ逆立ちしてるかって? たまには物事を反対側から見て固定観念を打ち破ろうってな。
まあ、こういうのをこじつけと言うのでしょうが。
そろそろ陽も傾いてきました。 なにより疲れましたので、今回はこの辺で終わりにし、次は駅の東側を散策してみたいと思います。
わが町の紹介をしようと一日かけて歩いたわけですが、結果的にはどうもしょぼくれたジジイがしょぼくれた町を歩きながら昔を語っているだけの記事になってしまいました。
町おこしはタヌキなどに頼らず、まずは住んでいる人間が活動することで通りに浮き出た錆を落とすことから始めなければならないのでしょうね。
夏の花火大会や港まつりなどには何十万人という人が集まるのですから、その人たちが通年来てくれるようにしたいものです。
私も今日はバーベキュー弁当とたぬき最中で合計1200円を使いましたから、街の活性化に多少は貢献したと思います。
もしこの記事を読んで木更津に足を運んでくださる方がいらっしゃったら、私は間違いなく「市民功労賞」を贈られることになるだろうと思います。 ぜひ木更津にお出でください。
そのときはご連絡いただければ、あさり料理の店にでもご案内しますので、一緒に昼食でも食べましょう。 会計は・・・もちろんワリカンです。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (40)
-
- ちいちゃんさん 2023/08/11 11:45:04
- きみさらずタワーとアウトレット
- ねんきん老人さん、暑いなか外出して無駄なお金を使うより、旅行記で涼を取ろうと思い訪問させていただきました。お写真は曇天だったり抜けるような青空だったりと、何日もかけて足を運ばれたんですね。自虐ネタ満載の軽妙な語り口とは裏腹な心配りに、見習わなければとちょっとだけ思いました。
実家が船橋なので校外授業でよく木更津は訪れましたが、ガイドさんの説明、日本武尊の悲恋ににまつわる「きみさらずから木更津になりました」を全然信用しない嫌なガキだったのはいうまでもありません。
今はアウトレットができたので、日中の人口は多いんでしょうね。お写真を拝見すると木更津は由緒と歴史に彩られた高齢者にも暮らしやすそうな街に見えます。
ちいちゃん
- ねんきん老人さん からの返信 2023/08/12 12:12:49
- デタラメ満載!
- ちいちゃんさん、こんにちは。 暑いですねえ! 誰にアタッたらいいのでしょうか?
木更津紹介と言いながら内容はデタラメな雑文にお目をとめていただき、恐縮しています。
きみさらずから木更津になったなんて、木更津人の誰も信じていないことですから、ちいちゃんさんが信用しなかったのは当然で、むしろそのころから聡明でいらっしゃった証拠ですね。
このあと、後編として木更津の東半分について書くつもりだったのですが、この旅行記を投稿したあと読み返してみて、あまりの駄作ぶりに自信がなくなり、東側について余計なことを書いてまた恥をかくのもどうかと思い、実現していません。
私は町内会にかかわっていますので、町内はもちろん、木更津市全体の高齢化率なんていう数字にも神経をとがらせていますが、それを見ていると木更津がこの先、往時の賑わいを取り戻す日はこないだろうと思ってしまいます。
高齢化率を上げている一人として申し訳ない気持ちもないではありませんが、ちいちゃんさんのご実家がある船橋とはまるで違う、未来のない町ですので、こんな旅行記しか書けませんでした。 どうぞ悪しからず。
いやー、とにかく暑い! ちいちゃんさんもどうぞお体に気をつけて、もうしばらくは無理をなさらないでください。
夏は、ダラダラと過ごすのが理にかなっているのだそうですよ。
ねんきん老人
- ちいちゃんさん からの返信 2023/08/16 12:14:24
- RE: デタラメ満載!
- > ちいちゃんさん、こんにちは。 暑いですねえ! 誰にアタッたらいいのでしょうか?
>
> 木更津紹介と言いながら内容はデタラメな雑文にお目をとめていただき、恐縮しています。
> きみさらずから木更津になったなんて、木更津人の誰も信じていないことですから、ちいちゃんさんが信用しなかったのは当然で、むしろそのころから聡明でいらっしゃった証拠ですね。
>
> このあと、後編として木更津の東半分について書くつもりだったのですが、この旅行記を投稿したあと読み返してみて、あまりの駄作ぶりに自信がなくなり、東側について余計なことを書いてまた恥をかくのもどうかと思い、実現していません。
>
> 私は町内会にかかわっていますので、町内はもちろん、木更津市全体の高齢化率なんていう数字にも神経をとがらせていますが、それを見ていると木更津がこの先、往時の賑わいを取り戻す日はこないだろうと思ってしまいます。
> 高齢化率を上げている一人として申し訳ない気持ちもないではありませんが、ちいちゃんさんのご実家がある船橋とはまるで違う、未来のない町ですので、こんな旅行記しか書けませんでした。 どうぞ悪しからず。
>
> いやー、とにかく暑い! ちいちゃんさんもどうぞお体に気をつけて、もうしばらくは無理をなさらないでください。
> 夏は、ダラダラと過ごすのが理にかなっているのだそうですよ。
>
> ねんきん老人
ねんきん老人さん、「暑い」と言ったら千円没収という法律を作ったら、日本は国債の赤字もすぐに解消されそうですね。ねんきん老人さんの購読紙は朝日だろうと想像して、コメントを書いています。別にねんきん老人さんに気があるわけではないので念のため。
昨日の読売新聞に載っていた「沖縄で戦死した父親の万年筆が78年の時を経て娘の元に戻った」という記事。戦死した千葉県出身のMさん、筆まめだったその方は愛用の万年筆で家族に便りを欠かさなかったのですが、1945年に届いたお手紙が最後の一通になってしまいました。その中にはご自身の髪と爪が同封され、沖縄に行くと書かれていたそうです。
ボランティアによる遺骨収集作業で、壕の中から一本の万年筆が見つかったのは今年の2月。Mさんの万年筆だとわかったのは名前とともに「MATSUI KISARAZU」の文字が彫られていたからでした。
木更津駅前に「松井万年筆」というお店があったんだそうです。「あった」という表現から今はもう閉店しているのでしょう。もし木更津の後半の旅行記をお書きになるときは、自作の彫刻刀での名入れにこだわったという店主が切り盛りしていた「松井万年筆」の場所など紹介していただければ嬉しい限りです。
ちいちゃん
- ねんきん老人さん からの返信 2023/08/16 14:02:03
- 松井万年筆!
- ちいちゃんさん、暑いですねえ。 あっ、「暑い」と言ったら千円ですか? 今年の夏はとても年金で払える回数では済まないと思いますので、アイフルにでも行って借りてこようと思います。
仰るとおり、私の購読紙は朝日です。
「別にねんきん老人に気があるわけではないので念のため」 そうだったんですかあ。 私はてっきり気があると思って舞い上がっていたので、この落胆は言葉で表せません。 今日は頭痛薬でも飲んで早く寝ようと思います。
さてお申し越しの「松井万年筆」ですが、拙稿『町おこし タヌキに頼れど 人は来ず』の中に出てくる光明寺の隣りで、私の生まれ育った家からは100mちょっとの場所にあります。
子供のころはガキ共の溜まり場でもあり、私たちはおじさんが万年筆の先をヤスリで削って字の太さを加減したり、ペン先をペンチのようなもので広げてインクの出具合を調整したりするのを、魔法でも見るように見続けたものでした。
そのおじさんというのが、今回の記事に出てくる店主だったのですね。
もう何十年もその店のことは忘れていましたので、今もそこにあるのかどうか分からず、さっき見に行ってきました。
ありました。 昔のままの小さな店です。 ただ、全面のガラス一面にポスターのようなものが貼られていて、中の様子は分かりません。 (そのポスターの図柄はきれいに並べられた万年筆の写真でした)
それでも看板には「PEN SHOP マツイ」と書かれており、ポスター(?)の間には何枚かの張り紙がありました。 その張り紙には「ここは、万年筆店でございます。マツイ」「万年筆、ボールペンの名入れ 無料彫刻いたします。 手彫りでーす」というような言葉が書かれています。 原稿用紙に万年筆で書いたような文章もありました。
中が見えないので営業しているのかどうか、確かなことは言えませんが、少なくとも建物がそのまま残っているし、他の店に変わっているということもありませんでした。
※ 読売新聞の記事はネットにそのまま出ていたので、これもさっき読みました。
ただの遊び場としか思っていなかった松井万年筆店に、深い歴史の1ページがあったのですね。 あの頃のガキ仲間に会うことがあったら、話してやります。
良いことを知りました。 ありがとうございました。
ねんきん老人
- ちいちゃんさん からの返信 2023/08/16 19:18:26
- RE: 松井万年筆!
- > ちいちゃんさん、暑いですねえ。 あっ、「暑い」と言ったら千円ですか? 今年の夏はとても年金で払える回数では済まないと思いますので、アイフルにでも行って借りてこようと思います。
>
> 仰るとおり、私の購読紙は朝日です。
> 「別にねんきん老人に気があるわけではないので念のため」 そうだったんですかあ。 私はてっきり気があると思って舞い上がっていたので、この落胆は言葉で表せません。 今日は頭痛薬でも飲んで早く寝ようと思います。
>
> さてお申し越しの「松井万年筆」ですが、拙稿『町おこし タヌキに頼れど 人は来ず』の中に出てくる光明寺の隣りで、私の生まれ育った家からは100mちょっとの場所にあります。
> 子供のころはガキ共の溜まり場でもあり、私たちはおじさんが万年筆の先をヤスリで削って字の太さを加減したり、ペン先をペンチのようなもので広げてインクの出具合を調整したりするのを、魔法でも見るように見続けたものでした。
> そのおじさんというのが、今回の記事に出てくる店主だったのですね。
>
> もう何十年もその店のことは忘れていましたので、今もそこにあるのかどうか分からず、さっき見に行ってきました。
> ありました。 昔のままの小さな店です。 ただ、全面のガラス一面にポスターのようなものが貼られていて、中の様子は分かりません。 (そのポスターの図柄はきれいに並べられた万年筆の写真でした)
> それでも看板には「PEN SHOP マツイ」と書かれており、ポスター(?)の間には何枚かの張り紙がありました。 その張り紙には「ここは、万年筆店でございます。マツイ」「万年筆、ボールペンの名入れ 無料彫刻いたします。 手彫りでーす」というような言葉が書かれています。 原稿用紙に万年筆で書いたような文章もありました。
>
> 中が見えないので営業しているのかどうか、確かなことは言えませんが、少なくとも建物がそのまま残っているし、他の店に変わっているということもありませんでした。
>
> ※ 読売新聞の記事はネットにそのまま出ていたので、これもさっき読みました。
>
> ただの遊び場としか思っていなかった松井万年筆店に、深い歴史の1ページがあったのですね。 あの頃のガキ仲間に会うことがあったら、話してやります。
> 良いことを知りました。 ありがとうございました。
>
> ねんきん老人
ねんきん老人さん、暑い中、駅前探検してくださってありがとうございます。まだ営業していらっしゃるご様子に、自分には関係がないことなのに訳もなく飛び跳ねたいような気持になりました。なんだか心の貯金がまた一つ増えたような気がします。ちょっとした嬉しいことを、私は心の貯金と呼んでいます。きゅうりの漬物が美味しくできたとかささやかな事なんですが。
頭痛薬を飲んで眠りにつく前のねんきん老人さんに、心からお礼を申し上げます。どうぞ良い夢を、そして明日も目覚めますように。
ちいちゃん
-
- mistralさん 2022/02/26 16:55:25
- 沢山の思い出ある地で。
- ねんきん老人さん
こんにちは。
いつもご投票をいただきまして有難うございます。
同じ千葉県人として、生まれ育った町を今更ながら?振り返り
こうして楽しい旅行記にされることは、何やら嬉しい気分になりますね。
生まれた町でそのまま幼少時を過ごされ、さらにその地で結婚され、、、
だからこその思い出が一杯に詰まった、今回のような旅行記がお書きになれる、
と思いました。
私も時折木更津に所用があって参ります。
実は信頼しています整体の先生がおられ、調子が悪くなる前に伺って整体を
お願いしています。
ですので用事がすみ次第、すぐ帰ってきてしまいます。
小さい頃の潮干狩りの思い出があるぐらいです。
あとはショウジョウジのたぬき林ぐらいでしょうか。
今回、新たに知ったことが沢山ありました。
しかもねんきん老人さんのご案内ですと、次にはどんな地が?と興味が湧いてきます。
波の伊八の彫刻の残る小さな神社、(ウサギさんは違うのでしょうね)
可愛らしいタヌキのイラストを添えられた、たくさんのタヌキのご紹介などなど
楽しませていただきました。
潮干狩りに行かれた折の、ありし日の奥さまのお元気なお写真、
こんなに沢山のあさりがとの満面の笑顔に、ついつられて微笑んでいました。
病の突然の宣告は、本当に残酷なことでした。
天国で奥さまはきっと日々のご主人さまのことを見守っておられることと思います。
どうぞこれからも素敵な旅行記を投稿されて、4トラの皆さんを楽しませて
下さいますように。
mistral
- ねんきん老人さん からの返信 2022/02/26 17:53:32
- 御縁を感じます。
- mistral さん、こんにちは。 心が温かくなる書き込みをありがとうございました。 愚妻の病気について「残酷なことだった」と書いてくださり、思わず「そうでしょ? そうですよね」と言いたくなりました。 本当に神仏の気まぐれは、いくら恨んでも恨み足りません。
整体のため木更津にお出でになるとのこと。 お仲間ができた思いです。 私も千葉市に姉が二人住んでおり(千葉市といっても蘇我と浜野ですが)、二人とも高齢ですので、何かというと運転手がわりに使われています。
mistral さんが4トラに投稿されていた青葉の森公園にもよく行きました。
何か御縁があるような気がして、嬉しくなっています。
千葉はどこに行くにも便利ですし、都会の部分と自然の部分とがあって、良い所ですね。
木更津は旅行記に書いたとおり街としては寂れる一方ですし、かといって自然が豊かだというわけでもなく、どうも中途半端な所です。
それでも、住めば都とでもいいましょうか、気楽に過ごせる所ではありますので、今後どこかに移り住むことはないだろうと思います。 旅行記といえるものを書くほどのネタも転がっていませんが、気が向いたらまた、今回書かなかった場所についても書いてみるかもしれません。 そのときはどうぞよろしくお願いいたします。
コロナ、コロナで何もできない昨今ですが、どうぞお体に十分お気をつけてお過ごしください。
ねんきん老人
-
- メイリンさん 2021/12/20 20:07:06
- 栄太郎
- ねんきん老人さん、はじめまして。
ソコソコ近くに住んでいます。住んでいるだけでさほどはくわし
木更津の港側ですね、書き方が素晴らしいので引き込まれるように拝見しました。
東口側もよろしければ旅行記にあげていただけると嬉しいです。
栄太郎は、個人的にはミルフィーユが好きです。
- メイリンさん からの返信 2021/12/20 20:15:29
- Re: 栄太郎
- 途中で間違って送信してしまいました。
ねんきん老人さん、はじめまして。
ソコソコ近くに住んでいます。そしてよく読むと同窓のようです。住んでいるだけでさほど詳しくはないのですが、身近な風景にも色々なものがあるものですね。
木更津の港側ですね、書き方が素晴らしいので引き込まれるように拝見しました。
東口側もよろしければ旅行記にあげていただけると嬉しいです。
栄太郎は、個人的にはミルフィーユが好きです。
- ねんきん老人さん からの返信 2021/12/20 20:47:31
- 同窓!?
- メイリンさん、書き込みをありがとうございました。
なんと! 同じ高校ですか? だったら私がいい加減に書いた木更津の様子をお読みになって、さぞ腹立たしい思いをされたでしょうね。 申し訳ありません。
木更津の東半分についても書きたいとは思っているのですが、西側を書いたあと、コロナはますます激しくなり、今は近所のコンビニに行くのも人の目を避けてコソコソ行っているような状況で、街歩きはとてもできません。
もし私が生きているうちにコロナが収束するようでしたら、またウロウロしてつまらぬ記事を書いてみたいと思いますので、もしお目に止まりましたら嬉しい限りです。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- mi-naさん 2021/06/18 21:47:22
- たくさんのタヌキ。
- こんなに一度にたくさんのタヌキ、満喫してしまいました。
童謡で聞いたことがあるのはこちらの事だったのですね。
色々と勉強になりました。
西口の逆立ちのタヌキさん愛嬌があっていいですね。
あまり見かけなくなったタヌキケーキなどもこちらではありそうですね。
- ねんきん老人さん からの返信 2021/08/26 09:19:16
- 失礼の極み、申し訳ありません。
- mi-na さん、おはようございます。
今朝、ある部分の確認をしようとこの旅行記を読み返していたところ、mi-na さんが書き込みをしてくださっていることが分かりました。
通常、書き込みがあれば4トラからメールで知らせてくるのですぐに分かるのですが、今回は何をどうしたものかそれを見落としていたのだと思います。
もう2か月以上もそのままになっていた訳で、申し訳ありません。 私のボケもいよいよ本格化してきたなと、暗澹たる思いです。
どうかこれに懲りず、これからもお付き合いくださるよう、勝手ながらお願いいたします。
仰るとおり木更津にはあちこちにたくさんのタヌキがあります。 証城寺の狸囃子をネタに町おこしをしようという魂胆からなのですが、タヌキといえば群馬県館林市のぶんぶく茶釜や徳島県小松島市の阿波狸合戦が有名で、木更津のタヌキなどは影が薄いと思います。
まあ、何かのついでに木更津に来られた方が道端のタヌキ像を見て面白がったくれれば、それで十分です。
ねんきん老人
-
- kiyoさん 2021/03/14 17:33:41
- 楽しく読ませていただきました
- ねんきん老人さん、こんにちは。
私の旅行記にいいねしていただき、ありがとうございます。
木更津といえば、
以前、東京湾からフェリーで遊びに行こうとしたことがあります。
が、悪天候でフェリーは運休。
急遽、行き先を別の場所へ変更したのですが、
それ以来、木更津は近くて遠い場所というイメージです。
ですので、ねんきん老人さんのこの旅行記。
木更津って、こういう所なのねと楽しく読ませていただきました。
コロナ禍で自粛生活が続いておりますが、いかがお過ごしですか。
私は基礎疾患持ちということもあり、
外出と言えば、近所への買い物と、軽くジョギングしたり運動する程度です。
一緒に潮干狩りをされた奥様。
楽しい思い出ですね。
「神様は、何を基準に人の死を決めるのでしょうか」
ねんきん老人さんのこのお言葉に、私も同感です。
私の父も、肺癌が見つかってから、半年後に逝ってしまいました。
そんなにあっという間に逝ってしまうなんて、想像もしませんでした。
寿命は生まれた時に決まっていると言われますが、
こればかりは神様の思し召し。
元気に動けるうちは、
ねんきん老人さんを見習って
地元の楽しい場所探しをしてみようかと思いました。
kiyo
- ねんきん老人さん からの返信 2021/03/14 19:12:57
- 語るほどの地元ではないのですが。
- kiyo さん、寂れた地元を歩いただけの記録にわざわざのコメントをいただき、ありがとうございました。
フェリー欠航で木更津行きを変更されたとか。そういうことって、よくありましたね。 それだけに晴れた無風の日にフェリーで横浜に行ったときなどは本当に楽しかったことを思い出します。
私も kiyo さんと同じく、夕飯の買い出しぐらいしか外出しませんので、毎日がただ時間消化だけで過ぎてゆきます。
買い物といっても私は料理といえばヤカンでお湯を沸かしてカップラーメンに注ぐくらいしかできませんので、買うのは「サトウのごはん」と天ぷらなどの総菜、あとは食パンとバターくらいです。
つまり、買い物はちっとも楽しくありません。
でも、一人で下を向いて生きていては妻が心配すると娘にうるさく言われていますので、ボランティア活動の真似事などは積極的にやっています。いつか妻に会ったときに、「ちゃんとやってましたねえ」と言われるように。それだけは心に念じて生きています。
それと、4トラに投稿して、kiyo さんのように目を留めてくださる方がいらっしゃるのは、大袈裟に言えば自分の存在を認めていただいているような気分で、気持ちに張りができます。
本当に、本当に、ありがたいと思っています。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
コロナはまたまた感染拡大の局面にあるようです。くれぐれも対策を怠りなく、意義ある毎日をお過ごしください。
ねんきん老人
-
- salsaladyさん 2021/02/02 09:28:02
- やっと出てきた「証誠寺」!
- ☆千葉県人として、何度も房総半島を巡っていても、知らないことがたくさん~
☆木更津は学生時代に横濱から連絡船?(フェリー)で利用したり、家族が出来てからは向かいの観音崎からフェリーで訪れたり~と何度も訪れていますが。。。
☆証誠寺の狸!の童謡がこちらで生まれたことは聴いてまして、外房には「月の沙漠」碑もあるし、童謡の郷としてメドレーで歌おうよ(歌声ボランティアの時代)の声もありましたが~
☆ジモティーには普通のことが、よそ者には珍しく思える者です。証誠寺が浄土真宗?で有ることも初耳でした。縁があれば行ってみよう!
- ねんきん老人さん からの返信 2021/02/02 11:15:40
- 横浜航路をご存知でしたか。
- salsalady さん、書き込みをありがとうございました。
横浜からのフェリーをご存知だそうで、お仲間ができた感じです。 船は出発するときも着岸するときも、旅情があっていいですね。
今は東京湾横断道で15分ほどで渡ってしまうので、実に味気ない移動になってしまいました。 と言いながら、現実には陸を回って行くより時間も費用も節約できるので、ちょくちょく往復しますが。
でも、横断道の降り口はどこも市街を離れていますので、証城寺のある旧市街を訪れる人はほとんど皆無といっていい状態です。
証城寺も童謡のイメージを楽しんでいただくだけでいいと思います。実際に行ってみると何の変哲もないフツーのお寺ですからね。
まあ、木更津は私の人生の殆どを過ごしている場所ですので、それなりに愛着はありますが、それだけに寂れる一方の様子を見ているのは残念でもあります。
でも、salsalady さんが木更津をご存知だと知って、嬉しい気分もあります。
なにかのついでがありましたら、一度、タヌキの像でも探しながら歩いてみてください。 お寺が多いので、探訪されるのもいいかも知れません。
またよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- masamimさん 2021/01/23 16:19:09
- えらい数の狸が登場して驚きました。
- 年金老人さんこんにちは! masamimと申します。
旅行記楽しく拝見しました。
木更津ってさびれてるんですか?
私は毎月行きますが、アクアラインを渡る車はいっぱいだしアウトレットもできて賑わってると思ってましたよ。
木更津、木更津北、木更津南に木更津東。
みんなゴルフに行く時に高速を降りるインターなんで、いつも素通りですね。
狸で町おこしですか?
しかし、えらい数の狸が登場して驚きました。
たんたん狸の証城寺は木更津にあったんですね・・
私はぶんぶく茶釜のお寺と混同してました。あれは舘林の茂林寺でしたね^^
ところで、木更津に青柳の料理が食べられるところがあるとTVで見たことがあっていつか食べに行きたいと思ってるんですが、今だ実現しません。
東京側からアクアラインを渡る右手の岬の突端に立派なホテルが見えて、あの辺りで食べられるのかな?と思ってるんですが・・
機会があったら一度寄らせてもらいますね。
それとフォローさせていただきますので、よろしくお願いします。。
- ねんきん老人さん からの返信 2021/01/23 16:54:09
- 今の人は狸に化かされませんね。
- masamim さん、投票にフォローまで、ありがとうございました。
駄文を恥じる限りです。
masamim さんがそうであるように、東京湾横断道ができて人々が高速で海を渡るようになると、木更津はすっかり「通過点」になってしまい、木更津目当ての人はいなくなりました。
アウトレットは集客力がすさまじく、土日は車が動かないほどですが、そこから市内に足を伸ばす人はいません。 高速の右に見えるホテルは「ホテル三日月」。そう、あの前東京都知事の舛添要一さんが公費で妻子を遊ばせていた所です。温水プールと風呂が売りで、近くの老人クラブなどがよく利用していますが、料理はイマイチです。
青柳を召し上がるなら、木更津港近くの「宝家」がいいと思います。食通の中尾彬さんが贔屓にしている店で、海のものがおいしく食べられます。
masamim さんが証城寺と茂林寺を一緒くたにされていたのは、無理もありません。多くの人が同じ混同をしています。
舘林に行ったときは、さぞかし街中が分福茶釜に彩られていることと思い込んでいた私が拍子抜けするほどで、どこにもタヌキらしいものはありませんでした。 それでもタヌキと言うと皆さん茂林寺を思い浮かべるのですから、木更津とは実力が違うと感じました。
今回の木更津探訪記は、自分が田舎者であることを白状するようなものになってしまいましたが、どうか愛想づかしをなさらず、これからもよろしくお付き合いくださいますようお願いいたします。
ねんきん老人
-
- 三昧さん 2021/01/22 20:30:42
- 木更津と言ったら
- 今晩は。
木更津と言ったら、オイラにとっては遙か昔の20代の時に黒鯛釣りで木更津の冲堤防に大分通った事が思い出されます。品川の大井町から一般道で通いました。当時は海底トンネルも無く、首都高も今ほどでなかったので、結構、時間かかりました。
- ねんきん老人さん からの返信 2021/01/22 21:04:22
- 堤防? 私の縄張りではありませんか!
- 三昧さん、書き込みありがとうございました。
木更津の沖堤防に通われたのですか?
あそこは私の縄張りで、宮川丸という釣り船屋には随分世話になりました。
狙いはもちろん黒鯛です。
もっとも、縄張りを主張している私に遠慮する釣り人は一人もおらず、宮川丸の船長も、私のことは「いつも坊主で帰ってくるドシロウト」ぐらいにしか思っていなかったと思いますが。
私に同行した同僚たちも私のことをやたらと糸をからませる「おまつり男」だと陰口をきいていたと思います。
久しぶりにあのころの釣りを思い出しました。私は結構な年になるまで通いましたから、ひょっとしたら、堤防で三昧さんに会っていたかも知れません。
これも何かのご縁。 これからもよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
- 三昧さん からの返信 2021/01/22 21:40:41
- Re: 木更津と言ったら
- 宮川丸の常連さんでしたか。
オイラは、栄宝丸で渡ったり、宮川丸で渡ったりしてました。
最近、4トラに旅行記投稿してませんが、昔のハンドルネームは生意気に「黒鯛釣師」で投稿していました。
-
- pedaruさん 2020/12/24 07:25:01
- 木更津とは
- ねんきん老人さん おはようございます。
いつも軽妙洒脱な文章でファンを魅了し続けるねんきん老人さん、今日現在で226票の評価が物語っております。いくら頑張っても、いくら私が美男でもこればかりは敵いませぬ。
木更津は偉人の墓が多いのですね、切られ与三郎、蝙蝠安、超有名な方ですね。
狸で有名とは、薄々知っていました。しかし、私のふるさと舘林の分福茶釜には敵わないだろう、と高をくくっておりました。しかし、市内何処にでもあるたぬきの像,証城寺の狸の名声を高めようとする行政の姿勢には並々ならぬ熱意が感じられます。
舘林も油断がなりません。とりあえず民家のトタン塀などにたぬきの絵を描くよう市長に進言します。まあ、貧乏くささに拍車がかかると拒絶されそうですが。
最中の値段のあまりの理不尽なつけ方に由来する口からの出血、路上に点々と血痕を残し・・・こういう人がいたようだ、と妻に言ったところ、「まぁー、大変ねー、そういうことってあるのねぇ」と真剣に同情していました。私の妻は、こういう人です。・・
pedaru
- ねんきん老人さん からの返信 2020/12/24 16:01:27
- 節度のない文章に反省しきりです。
- pedaru さん、愉快な書き込み、ありがとうございました。
木更津に偉人の墓が多いとのご感想、恐れ入りました。 切られ与三郎も蝙蝠安もヤクザですし・・・。 いつだったか、有名人と著名人の違いをテレビで解説していましたが、与三郎も安も、確かに有名人ではありますね。
タヌキで人を集めようという魂胆も、どうも中途半端で、境港の妖怪のように町をあげての取り組みがないので、なかなか広がりません。
舘林の茂林寺には私も行きましたが、タヌキのタの字もなく、拍子抜けしました。それでも舘林といえば分福茶釜、分福茶釜といえば舘林と、これは全国の人が知っています。 木更津は証城寺の狸囃子と言っても「ふーん、そうなの?」としか言ってもらえず、舘林とは勝負になりません。
まあ、民家のトタン塀にたぬきの絵を描くのは市長さんも賛成しないことでしょう。
最中の値段に切歯扼腕した話ですが、奥様に同情していただいて、ありがたいやら申し訳ないやら。
妻が生前、何度か私に注意したことがあります。
冗談を言うときは、冗談と分かるような顔で言えとのことです。 私が真面目腐った顔で言うので、妻の友達は、私の話の真偽が分からなくて、リアクションに苦労しているというのです。
面と向かって言うときでもそうですから、文章だけではなおさら冗談か事実かは分かりませんね。・・・反省です・・・
民家のトタン塀はむずかしいとしても、シャッター街と化した通りの空き店舗のシャッターにタヌキの絵を描くという提案をしたら、地元の高校の美術部員たちは喜んで参加すると思います。
市長とは接点がありませんが、知り合いの市会議員と飲むときに話題にしてみようかと思います。(飲み会自粛のムードが緩んでからですが)
面白いヒントをありがとうございました。
ねんきん老人
-
- しにあの旅人さん 2020/12/19 05:37:42
- おはようございます
- 千葉県は島です。利根川とナントカ川が野田のあたりでつながっているとか。私は島外に出るときはアクアラインを使います。あれは木更津市か、袖ケ浦市ですか。固定資産税はどっちに入るんだろう。
一時期、袖ヶ浦市の裕福な税収を狙って、周辺の都市が合併を狙ったという話を聞きました。木更津もかんでいましたか。
フランスから帰ってくる前、移住先を探して、何回か木更津にも来ました。久留里線の沿線だったかな。木更津駅周辺も歩きましたが、石のタヌキは見かけませんでした。
ヤマトタケルの追っかけをやっていた時も木更津近くを行ったり来たり。きみさらずタワーにも行きました。
私には縁がある所です。
イラストを使い始めましたね。私よりレベルがずっと上ですね。背景から切り抜いて、合成するレベルまできている。私はもっかこれもできない残念な段階。もっともWindowsについてくるおまけソフトしか使っていないので、やはり元手をかけないとダメかな。
チーママ散歩さんとはいかないまでも、頑張らなくちゃとは思っています。ただ長くパソコンを見ていると、目がクシャクシャしてだめ。年寄りの冷や水でしょうか。
まずねんきん老人さんを目標に努力します。
- ねんきん老人さん からの返信 2020/12/19 09:00:08
- 千葉県は島?
- しにあの旅人さん、早朝から書き込みをしてくださり、ありがとうございました。
千葉県が島であるとのご指摘については、高校時代に仲間と口角泡を飛ばして議論したことがあります。
「海に囲まれていてこそ島であるのに、千葉県は淡水の川で切られている。川は陸地の一形態に過ぎず、千葉県が島であるとの論は通らない」
と主張する者がいて、一方では
「大きな川の中にある陸地を中の島と言うではないか。周りの水が海水か淡水かということは問題ではない」
と言う者がいて、
「川の中の陸地は島ではない、洲だ」
と言い返されたり・・・侃侃諤諤でした。
結論はうやむやに終わったような気がしますが、久しぶりに思い出しました。
東京湾横断道はどこからが千葉県でどこからが神奈川県なのか? 横断道の見学会に参加したときに聞いてみました。
答えは、なんと「分からない」ということです。 東京湾上に県境がないので、道路上に県境線は引いてないのだとか。
ただ、海ほたるまでは木更津市が、風の塔までは川崎市が管理しており、その間は両者が管理しているというような説明でした。なんだか分かったような分からないような・・・。
昔、木更津の商工会議所青年部あたりが主導して、木更津・君津・富津を合併させようという「三津会」というなんともマンマなグループができました。大きな経済圏を作って、その勢いで袖ケ浦(当時は袖ケ浦町)を吸収することを視野に入れており、3市1町構想として騒がれましたが、ご指摘のとおり袖ケ浦は経済的に潤っていましたので誘いに乗らず、構想はとん挫しました。
稚拙な画像処理についてお褒めをいただき、穴があったら入りたい気分です。
年々、というより日々に根気が無くなってきている昨今、画像をいじる気力が湧きません。
チーママ散歩さんの動画を拝見しましたが、あまりの出来栄えに当方は完全に競争心を失いました。 せめて4トラへの投稿意欲を失わないようにと自分を叱るのが精いっぱいです。
画像処理とは違いますが、しにあの旅人さんの古典考証のエネルギーにも白旗を揚げます。 今からどうやってもしにあの旅人さんのように読者を納得させるだけの研究は無理ですので。
まあ、年寄りの茶飲み話程度の記事しか書けませんが、どうぞお見限りなくご指導くださいますよう、お願いいたします。
ねんきん老人
-
- ケイティさん 2020/12/16 20:57:14
- すみません(汗)
- すみません、コメントを書いている途中なぜか送信してしまいました。。
なんだっけ、そう、木更津というとなぜかヤンキーの街という印象でした。
今から思うと木更津キャッツアイ(見てないけど)の影響だったのかも。。
その当時少しバイトしていたお店が中尾彬さん御用達のお店で、ある時はお一人で、ある時は奥様をお連れしてお見えになっておられました。
テレビの時だけでなく、私生活でも必ずねじねじを身に着けておられましたよ。
いつでもジェントルな方という印象でした。
それから、しょじょじの歌のお寺、木更津にあるのですね。
。。なんだか支離滅裂なコメントになってしまいましたが、どうしてもコメントしたくなって、このようなことになってしまいました。
すみません。。
追伸 ちょっとアルコールをたしなみつつ、コメントさせていただいておりますことをお許しください。
ケイティ
- ねんきん老人さん からの返信 2020/12/16 21:40:48
- お仲間を得た思いです。
- ケイティさん、嬉しい書き込みをありがとうございました
一番うれしかったのは、「アルコールをたしなみつつ」という部分です。
夕食後にくつろいでお酒を楽しまれている貴重な時間に私ごとき者の駄文にお付き合いくださっているというのは、書いた本人としては最高の気分です。
勝手ですが、なんだか古くからのお仲間に入れていただいたような・・・。
ケイティさんがバイトをされていたお店というのは、木更津でしょうか? 木更津だったとすれば、中尾彬さんが奥様と一緒に行っておられたのは「宝や」という料亭ではないでしょうか。 昔は旅館だったのですが、木更津の衰退と共に宿泊客が減少し、今は料理部門のみ営業しています。 そこの女将さんは、私の同級生の奥さんで、同級生は当然私と同じ学年ですから、中尾さんの後輩です。 そんな縁からか、中尾さんはその「宝や」の宣伝大使のようになっていて、私も何回か店内で出会ったことがあります。
ケイティさんが中尾さんと奥さんによくお会いになっていたとは・・世間は狭いとはこのことですね。
木更津がヤンキーのイメージで知られているのはその通りです。 暴走族の拠点がありましたし、そもそも昔は「やくざの町」と言われていたのですから。
私の次男が小さいとき、銭湯で、間違ってとなりの人の風呂桶を使ってしまいました。 となりにいたのは全身に入れ墨をしたいかつい男性で、「坊や、それはおじさんの桶だぞ」と言いました。 次男は全身を硬直させて謝ることもできず立ち尽くしましたが、男性はニヤッと笑って「そうか、じゃあ、おじさんはこっちでいいや」と言って別の桶を使い、次男はほっとして湯舟の方に行きました。
木更津で育った私たちは、入れ墨なんて毎日見ていたのです。
木更津が、キャッツアイという架空の物語の舞台に選ばれたのも、そういう雰囲気が木更津にあったからではないでしょうか。
ケイティさんに書き込みをしていただいたおかげで、私もこれを書きながら缶ビールをもう一本あけたところです。
楽しい時間をありがとうございました。
ねんきん老人
-
- ケイティさん 2020/12/16 20:39:34
- はじめまして!
- ねんきん老人さま
はじめまして!
ケイティと申します。
とても興味深く拝見させていただきました。
私は20年ほど前、数年東京と千葉に住んでいたことがありまして、その頃、船橋駅前の道端でざるに入れたあさりを売っているおばさんたちから、よく肥えた元気なあさりを買っていた記憶があります。
その当時、印象というと(行ったことはなかったのですが)ヤンキーの街
-
- カメポンニュさん 2020/12/15 16:15:52
- 木更津へ行きたくなりますね。
- ねんきん老人様
はじめまして。
木更津の町は地理的には知っていたのですが、関西在住なのでなかなか行く機会がありません。車で行くとアクアラインを避けると(海底トンネルが怖いです。)、都心を回るので渋滞につかまりそうな気がしています。
今回記事を読ませてもらったら木更津の町がかなり魅力的に感じました。いたるところにいるタヌキを探しながら歩くのも楽しそうです。
光明寺の「舞鶴の松」は左側に首を伸ばして飛んでいる鶴の姿が私には見えます。強度の近視に乱視、老眼に加え、白内障気味なのがよかったのかもしれません。
中の島大橋は、本当にたくさんのカップルがいたらいやですが、橋自体は気持ちのよさそうな感じでする。ぜひ渡ってみたいものです。
厳島神社の亀さんはお友達になりたいものです。この亀の集まりに加わりたいです。
證誠寺は絶対に行きたいお寺ですね。あの有名な同様のルーツに興味があります。
たくさんの紹介をありがとうございました。
- ねんきん老人さん からの返信 2020/12/15 21:07:24
- 是非、海底トンネルで。
- カメポンニュさん、旅費ゼロの市内散策記にお付き合いくださり、その上、投票・書き込みまでしていただきまして、ありがとうございました。
仰るとおり、木更津へは海底トンネルを使わずに東京経由でいらっしゃると、時間がかなりかかります。 トンネルはわずか10分で通過しますので、是非チャレンジなさってください。(海面下57mを通ります)
光明寺の松が「首を伸ばして飛んでいる鶴の姿」に見えるとのお言葉、命名者に聞かせたら泣いて喜ぶと思います。 やはり豊かな感性をお持ちの方は同じものを見ても想像力が働くのでしょうね。 私などは何度見ても松は松にしか見えず、我ながら忸怩たる思いです。
中の島大橋に若い男女が群がったのはほんの一時期だったそうで、今は静かです。 ただ、近くの自衛隊基地から飛び立つオスプレイを撮ろうと、超望遠レンズを高級カメラにつけたオジサンたちが三脚を並べて陣取っていますから、どうも橋の風情は損なわれています。
証城寺には若い男女もカメラマンもいませんので、静かではありますが、童謡との関係を知らない人にはただのしょぼくれた寺にしか見えないと思います。
厳島神社のカメは健在です。 今度行ったら、声をかけてやろうと思います。
「もしもしカメよ、カメさんよ。 関西にお住まいのカメポンニュさんという方が君たちに会いたいと言ってくれてるよ。 カメポンニュさんというくらいだから、きっとその方のご先祖は君たちの親戚だと思うよ」
自分で書いておきながら無責任な話ですが、木更津は寂れた退屈な町です。
でも、関西という遠くにお住まいのカメポンニュさんが興味をもってくださったということは木更津人としては感激のいたりで、また時間がとれたらもう一度ゆっくり歩いてみようかという気になりました。
重ねてありがとうございます。 どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- エヌエヌさん 2020/12/13 09:16:32
- 木更津
- ねんきん老人さん
こんにちは!
房総とは以前、中々ご縁がありまして・・・
昔、木更津に墓がありました。
富津に親父の知人が民宿を営んでおり、2回程墓参りの後泊まりました。
青柳(向うではバカ貝)が沢山出て来たのを記憶しております。
また富津岬の展望台やジャンボプールも行きました。
その際には川崎からのフェリーを利用しました。
高校は佐貫町の全寮制に入稿して・・・
たまに君津や木更津へ繰り出しました。(#^.^#)
川﨑のフェリーは高かったので久里浜⇔金谷を良く利用しました。
木更津たまには行ってみようかな(#^.^#)
- ねんきん老人さん からの返信 2020/12/13 10:09:18
- 世間は狭いとはよく言ったもので。
- エヌエヌさん、お早うございます。 わざわざの書き込み、ありがとうございました。
房総にご縁をお持ちの方だとはついぞ知りませんでした。 木更津にお墓があったということなら、そのご縁は浅からぬものと思います。
私の知人も富津で民宿をやっていました。バカ貝は当然のごとく出されましたし、私自身も今の東京湾横断道の付け根である金田で、バケツに何杯も掘ったことがあります。
富津のジャンボプールへも、もちろん何回も行っています。 川崎へのフェリーもよく乗りました。
佐貫町の全寮制高校といえば房総学園高校でしょうか? 何回か行って生徒さん達と交流したことがあります。
というわけで、エヌエヌさんには私の雑文からでも木更津の様子がご理解いただけたものと、勝手に思っております。
わざわざおいでいただいても、これといった見どころはありませんが、何かのついでがありましたらまたお寄りください。 エヌエヌさんのいらっしゃったころとはずいぶん変わっていると思いますが、青春時代を回顧するきっかけにはなると思います。
コロナ禍での毎日、気が滅入りますが、次なるご旅行に備えての充電にお努めください。
ねんきん老人
-
- nimameさん 2020/12/07 18:26:31
- 中の島大橋。
- ねんきん老人さん・ご無沙汰しています。
今日は木更津の様子を詳しく書いて頂き、なるほど~と読ませて頂きました。
さすが木更津育ちなので・詳しいですよね・
でも我が町も意外と知らない場所も又ありますよね!
木更津がこんなに狸・タヌキとはモナカまであるのね^^
実はnimame木更津は2度行った事があります。
何故か・息子が就職したのが木更津でして・・何年居たのかな?・
今は1時間ほどの近くに帰って来ましたが、木更津に居た時にバスで行き・
東京からバスに乗ると海ホタルって背中になるので・振り向かないと見えない!
知らないから息子に海ホタル無いわ(笑)
もう大笑いした記憶があります。
帰りにはしっかり見えますけどね!
その時に車借りて中の島大橋に行きました。
それで表紙の写真見て懐かしい~
思い出しました。
後は龍宮と言ったはずですが・そこでバイキングの食事して帰って来たと言う・
お風呂には入らず食事だけした記憶が・・
それからアサリですが、昔息子も帰って来た時アサリ持参で・かなり大きなアサリだった様な!!
でもnimame料金払ってと思わず、思い切り酒蒸しにしたら・・えーーーぇこんなに使ったの!
高かったんだよ!!
それでも今一意味が解らず((笑)
久しぶりに奥様のアサリ取の姿も見られ嬉しかったです。
本当に1年前はあんなに元気だったのに!!って・人生これから自分が一日一日楽しまなくては・
今年はコロナでどうなるのかしら!!
不安だらけですが・又木更津も大きいですから別の角度で取材して頂けたら読むほうも嬉しいです。
有難う御座います。
nimame
- ねんきん老人さん からの返信 2020/12/07 22:28:05
- なんということでしょー!
- nimameさん、こんばんは。
びっくりする書き込み、ありがとうございました。
nimameさんが木更津にいらっしゃったことがおありとは! まあ、絶対にあり得ないということではないのですが、ご子息が木更津で働いていらっしゃったということは、ただただ驚きです。 もしご子息が拙稿をご覧になったら、「この爺さん、いい加減なこと書いてるなあ」と呆れることでしょう。
nimameさんがバスで木更津にお出でになったときに海ほたるが無いと思われたとの記述を読み、思わず笑ってしまいました。 なるほど、川崎方面から来るときには海ほたるは見えませんね。 言われて初めて気がつきました。 私は木更津在住なので、初めてあの道を通ったときは当然木更津から川崎方面に向かって進みましたので、いやでも目に入りますから、海ほたるが見えないという思いをしたことがありません。
当たり前だと思っていたことが、ちょっとした状況の差で違って見えるのですね。 今度、酒の席でその話をしてみようと思います。 きっと大受けすることでしょう。
「龍宮」というのはホテル三日月のことですね。 あの前東京都知事の舛添さんが公費を使って家族で宿泊した所です。
ご子息がお土産にされたアサリを無造作に使われてという話にも笑ってしまいました。 私もアサリはタダで獲るものという感覚が身に沁み込んでいますので、昨今のアサリの高さではとても気楽には食べられません。
因みに、私がお勧めするアサリの最高の食べ方は、掘りながら貝どうしをぶつけて割り、足元の海水で洗ってそのまま食べることです。 今は海で自由に掘れませんので、仕方なく買いますが、やはりナマで食べています。 家ですから醤油とワサビをつけて食べますが、妻は私の分を剥くだけで、自分の分は煮たり焼いたり、酒蒸しにしたり味噌汁にしたりという具合でした。 アサリをナマで食べる私を気持ちの悪い野蛮人のように思っていたようです。
残された時間で、妻と行った場所を可能な限り再訪したいと思っていますし、妻が行きたいと言っていた場所もできれば残らず回りたいのですが、コロナでずっと出かけていません。
一日も早く収束することを祈るばかりです。
nimameさんも用心の上にも用心を重ねて、次のご旅行に備えていただきたいと思っております。
ありがとうございました。
ねんきん老人
-
- mikikoママさん 2020/11/28 14:32:16
- こんにちは・・・
- ねんきん老人さんへ
いつもご訪問ありがとうございます
私は アサリを掘ったりしたことがないので今お金を取ってまで・・・なかなか理解できません しかしテレビのニュースなどでは 最近ハマグリが異常に繁殖してるとか?? 取らないでくださいというニュース拝見しました
木更津は 主人が1度定年を迎えて2度目の人生「木更津の出張所」に勤務しておりました 5年ほど勤めて 今はまた 都内で勤務しております
木更津と言えば私の思い出は 「大番」という名前だったと思いますが そこで食事をしたのを 覚えています もう何年も前のことですから 今はどうでしょうか??
今は私も主人と楽しく生活していますが どちらか一人になった時のことを考えるとなんか寂しくなります
何時もありがとうございます お元気でお過ごしくださいませ
mikikoママ
- ねんきん老人さん からの返信 2020/11/28 15:45:44
- 世間は狭いとは、このことですね。
- mikikoママさん、書き込みをありがとうございました。
ご主人が木更津に5年もお勤めだったとは! 木更津のことなど誰も知らないと思ってお気楽に書きましたが、くわばらくわばら、デタラメを書かなくてよかったと胸を撫でおろしています。
「大番」には私も現役時代によく行きました。 まあ飲むのが主ですから、個々の料理については覚えていませんが、よく行っていたということは美味かったのだと思います。
退職してからはとんと行かなくなり、妻が死んでからは一度も行っていません。 気にしていませんでしたので確かではありませんが、たぶん今もあると思います。
夫婦のどちらかが欠けるということは、残された者の人生をほとんど無意味なものにしてしまうと思いますので、どうかお二人揃っていつまでもお元気で過ごされますよう、お祈りいたします。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。木更津人からご主人によろしくとお伝えください。
ありがとうございました。
-
- エンドレスジャーニーさん 2020/11/25 13:43:46
- 相変わらずねんきん先輩の旅行記はおもしろいです
- なあーに、遠くへ行くばかりが旅じゃない。 近くても掘り下げる視点と
文才があれば十分楽しいです。
證誠寺のタヌキって木更津だったんですね。 知らなかった。
タヌキといえば、なんとなく群馬県館林を記憶してました。 あちらは
茂林寺の文福茶釜だそうで。
これからは紅葉も見ごろになります。 お散歩でもいいからまた旅行記
をお待ちしています。
- ねんきん老人さん からの返信 2020/11/25 20:22:20
- 掘り下げる視点・・・う~ん・・・。
- エンドレスジャーニーさん、わざわざの書き込み、ありがとうございました。
4トラの皆さんがGoToとかマイルとか言って名所旧跡を探訪していらっしゃる中で、旅費ゼロの地元散策というのはいかにも情けないという思いでしたが、それも旅だと仰っていただいて、救われました。
ただ、「掘り下げる視点があれば」とのお言葉は、今後に大きな宿題を与えられた気分です。
私の場合は掘り下げるエネルギーとしての知識がないものですから、どこに行っても何を見ても、ただ「ふーん」「へえー」というだけで、上っ面をなでるだけの見聞に終わってしまい、ほかの方の旅行記を拝見して忸怩たる思いにとらわれています。
木更津はタヌキ、タヌキと売り込んでいますが、その実、ちっとも売れません。その点、舘林の文福茶釜は黙っていても全国区ですから、たいしたものです。 私も茂林寺に行ったとき、参道から本堂までタヌキのデコレーションで埋め尽くされているものと思っていたのですが、どこを見渡してもタヌキのタの字もなく、拍子抜けした覚えがあります。
房総半島は紅葉が遅いことで知られていて、12月に入ってからが本番です。
行ってみたい気持ちと、最後の紅葉を見ようと押し寄せる人の群れを避けたい気持ちとで揺れています。 今回の3連休を見ても、観光地に集まる人というのはコロナなどどこ吹く風という勢いですから、私のような年寄りは右に左に突き飛ばされて、たとえコロナに感染しなくても、怪我や疲労で死んでしまうのではないかと思います。
終活にメドがついたら、行ってみようと思います。
新聞を読んでもテレビを観ても、ため息ばかりが出てくるご時世ですが、お元気でお過ごしくださるよう、祈っております。
ありがとうございました。
ねんきん老人
-
- ねんきん老人さん 2020/11/15 14:21:57
- 讃岐、さぬき、サヌキ → タヌキ !?
- olive kenji さん、ご丁寧な書き込み、ありがとうございました。
すっかりご無沙汰してしまい、申し訳ありません。 なにしろ本文にも書きましたとおり、近所のコンビニ以外にまったく行っていないものですから。
さすがにコンビニ探訪では記事になりません。 悪口を書いて営業妨害と言われても困りますし、褒めちぎって宣伝記事のようになっても削除されてしまうでしょうし。
ところで私を「師匠」に格上げしてくださったとのこと、びっくり仰天しました。てっきりパソコンの誤変換だろうと思って「ししょう」という単語を探してみましたが、「支障」「死傷」「刺傷」「私娼」などとろくな言葉が出てきません。 で、勝手に「召使」を業界読みにした言葉だろうと納得した次第です。
飛行機から見下ろされたという工業地帯はたぶん新日鉄君津製鉄所だろうと思います。その名のとおり、木更津の隣にある君津市です。 木更津の反対隣りは袖ケ浦市、市原市にまたがる京葉工業地帯があります。 それらに挟まれた木更津には工場がありません。つまり税金が入ってこないということで、木更津は慢性的な財政不足に苦しんでいます。
松戸にお住まいの経験から、千葉県人は郷土愛意識を一体化するのが大変だろうとのご推察ですが、そのとおりで、千葉県にある「東京ディズニーランド」や「東京ドイツ村」に異を唱える県民はいません。「東京〇〇」という名前に酔っているのは、ほかならぬ千葉県人ですから。
平成狸合戦で香川県がモデルになっていたとは知りませんでした。お見それしました。サヌキとタヌキ・・・なるほど!
これまで香川県にはたぶん7~8回行っていると思いますが、次回はタヌキを意識して観光してみたいと思います。 それに讃岐うどんを食べるときはキツネを注文することにします。
仰るとおり、コロナのように注意すれば防げる病気と違って、癌は降って沸いた災難のようで、運不運としか言いようがありません。 それも何の前兆もなく突然現れ、あっという間に命を奪っていくのですから。
私も、今はとくに病気もなく過ごしていますが、1年後にこの世にいるかどうかは分からないと思うようになりました。 フォートラへの寄稿もあと何回できることやら分かりませんが、体の動くうちに行っておきたいと思う所もありますので、癌や脳卒中といった急なことがなければいいなと思っています。
olive kenji さんも、ご自分で気をつけられることには十分ご注意なさって、これからも「召使」たる私へのご指導をよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- olive kenjiさん 2020/11/15 06:58:42
- 讃岐のタヌキは木更津の狸に驚く
- 年金師匠さま(今回から先輩から師匠に格上げです)新作旅行記楽しみにしていました。
師匠の毒舌を目にしないと、お体大丈夫かなと心配しておりました。
この頃、私も旅行記に愛車などを出す様になり、師匠のいちばん嫌いな成金風情を見せびらかせてすみません。私もこんな男じゃなかったのですが、やはり根が貧困なんでしょうね。
飛行機で羽田へ着陸態勢になった時、千葉東京湾の工業都市の上空を通過しますが、そこをいつも木更津と思っていますがよろしいでしょうか。それ以外の町名を知らないので。
ところで、私も一時期松戸市に住んでいて東京に通っていましたが、全く千葉県民の意識はありませんでした。千葉県民は郷土愛意識を一体化するのが大変かと思います。
木更津がタヌキとこんなに縁がある町とは知りませんでした。
私は地元の香川が狸の本家かと思っていました、名所の屋島には狸が奉られており、ジブリアニメ平成狸合戦ポンポコリンのモデルにもなりました。それに地名讃岐がタヌキと発音が似通っているせいかもしれません。ちなみに讃岐うどんはタヌキよりキツネの方が人気あります。
ショショショジョジの原産地がまさかこことは思いもしませんでした。
やはり知名度、愛着心からいっても、ショジョジの木更津タヌキが讃岐タヌキより人気高しです。
ここに讃岐の狸より木更津タヌキ様に脱帽です。
木更津の皆様、町起こしにドンドン狸キャラを活用して下さい。
奥様の元気な潮干狩り姿が病発覚1ヶ月前とは信じられません。
今はコロナ騒ぎですけど、感染注意すれば防げる病に比べ、癌は予期せず来るものですからこれ程怖いもの悲しいものはありません。写真を拝見しながら残念無念を感じざるを得ません。
でも、今も美味しい浅利汁を召し上がっている思います。
師匠、今度は駅東側でも、なんでも身近な事でもいいですから旅行記に仕上げて下さい。
師匠の旅行記で健在ぶりを確認できると共に、私の栄養剤でもあります。
お互い元気でコロナに打ち勝ちましょう。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
木更津(千葉) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
40
62