1978/07/24 - 1978/08/07
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milouchatさん
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7月24日から 8月7日まで2週間の、パリ、マドリード、
そしてマジョルカ島に行くツアー。
(今はマヨルカ表記が一般的だが当時はマジョルカのほうがメジャー)
今でこそ日本人にとっても普通の観光地になりツアーも
わりとあるが、1978年当時は極めてマイナーな場所だった。
(手元にあった 1996年の昭文社ガイドブックには
マジョルカもイビサも項目はないが、地図ではマジョルカ表示)
スパンタックスという今はないスペインのチャーター専門の航空会社が
初めて日本に就航するキャンペーンで格安のツアーがあり、
(子供2人は親に預け) パートナーと友人女性の3人で参加した。
初就航なので成田では機長に花束贈呈とかのセレモニーがあり
マジョルカ島に着いたときは空港にマスコミが大挙 (?) 押し寄せ
タラップを降りる僕らの写真を撮り、翌日新聞のトップを飾ったほど。
もちろん、それ以前に日本人観光客が来なかったわけではないが
3つか4つの旅行会社が合同で1つの飛行機をチャーターしたので
一度に 100人以上の日本人団体客が訪れるのは史上初だったらしい。
写真は花束贈呈だが生きた植物持ち込んでいいの?
形だけで回収処分したのか、昔は緩かったのか…
しかしツアーはマジョルカがメインではなかったのか、
パスポートを見るとスペインには 8月3日入国、6日出国で
(フランスの入出国スタンプはないが珍しいことではない)
パリに 9泊もしたのに、マドリードとマジョルカ合わせて3泊と
常識ではあり得ない変則的なツアーだったのか?
でも旅行記を見れば分かるがマドリードでもマジョルカでも
結構ノンビリしていて、もっと長くいた気がするので、
またしても納得できていない…
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
ウィキによると成田 (新東京国際空港) の開港は
78年 5月20日なので出来たばかり。
そう言えば三里塚闘争は続いていたので
バスで空港敷地に入る前に検問があったり、
飛行機の窓から空港建設反対の
スローガンが見えたことを思い出す… -
この写真を見て突然思い出した。
向こうの飛行機に LOFTLEIDIR ICELANDIC という
アイスランドの飛行機がある。給油のため
アイスランドのケプラヴィーク空港に降りていた!!
日本からヨーロッパに行くのに
アイスランドを経由する便はないはず。
チャーター便だから変則的なコースが取れたのだろう、
(フランクフルトにも降りた気もするが確かではない。
いずれにしろ給油のため複数の飛行場に降りたはず) -
国際空港ではあるが非常に小さな空港。
一応 小さな免税品店はあった -
飛行機を3人の人間が手で押して
バックさせている珍しい写真!?
のどかですね… -
これは夜だからパルマ・デ・マジョルカの空港だろう。
SPANTAX の機体です -
まったく記憶にはないが写真枠に 78とあるので
この年の写真で市内観光が付いていたのだろう。 雨のようです…
ところでドゴール空港に着いて、ちょっとしたトラブルがあった。
それはロスト・バゲッジ。 初めての経験で以後はない、
(というか、90年代以降は荷物は預けないが)
僕らの団体の3家族の荷物が出てこない。 確か3日目に戻った。
添乗員付きのツアーだったので金額は忘れたが
当座の費用が支給され、僕はこれ幸いと、まったく関係ない
"一家に一冊" と言われた優れもののルコントの区分地図を買った。
予備の下着はあるし僕らは特に不便も感じなかったが
北海道から参加していた女性の母親はショックで
寝込んでしまい、ホテルに籠もったままで可哀相だった… -
当時 習っていたフランス語教室 (語学学校ではなく私塾) を
日本旅行中にゲストで訪れたエレーヌが
サンジェルマン大通りの (西じゃなく) 東の端に住んでいて訪ねた。
部屋は非常に狭いが立地は最高、たまたま彼女の友人男性も来ていた。
僕が羽織っているハッピ (?) は、日本の消防署のものだが
彼女が日本で買ったもの -
彼女の家にも近いから、その時に寄ったと思うが、
パリ第6大学の前。Map ではティノ=ロシ庭園になっている。
SV を見ると前の建物群は今と同じだが護岸 (?) が少し変化、
手前の円形部分は花壇になっている -
ベルシー地区が再開発される前は、この辺も
倉庫街だったようで貨物線路の跡が残っている -
さらに中に入り込む。
最初は写真の場所が特定できなかったが、
大学だったような気がするので調べると… -
後ろの高いビルが決め手で現在のパリ第6大学だと分かった。
SV では前のビルのデザインが少し違うが、中庭の建物群の端で
屋上の丸い部分が確認できる。つまり現在アラブ世界研究所の
左にある建物群はまだ出来ていない -
多分その隣の Jardin des Plantes だろう.
子供をポニーに乗せている -
パリの中心に戻って、サン・ジャックの塔が見える。
サンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼の出発点の1つだったね。
『サムライ』でドロンが この道を走る -
レ・アールのイノサンの泉
遠くに Saint-Eustache 教会が見えているが
現在は Forum des Halles があるので
逆立ちしても見えない (当たり前か)。
レ・アール開発の歴史を調べてみると
旧中央市場の解体が 72年から始まり
79年にガラスの滝と呼ばれる建物が完成、
83年に地上部分が完成、 86年に西側の公園造成。
しかし様々な問題が発生し、再々開発が決定。
2011年から工事が始まり 2016年に完成している -
レ・アール近くにあった
オルタナティブな本が専門の書店。
ここでパティ・スミス 「WITT」 など
何冊か本を買った -
バカンス・シーズンは工事が多いのです
-
言わずと知れた鉄骨剥き出しでも
工事中ではないボーブールのポンピドゥー・センター -
右の落書きが気に入ったので撮った。
J'ai rien à dire (言いたいことなんて何もない!)
じゃあ書くな!? -
落書きだから珍しくないが
Merde なんて汚い (と言っても普通に使う) 卑語も -
ポンピドゥー・センター前広場では
よく大道芸をやっている。 緩い坂なので座って見るのも楽。
偶然なのか線でもあったのか見事な円弧を作ってる -
サーカスだろうか、テント掛けの小屋が見える
-
Le Caveau Henri IV とあるが場所は不明。
現在 13 Place du Pont Neuf にある
Taverne Henri IV の可能性もあるが… -
昔はパリに来れば
必ず寄ったノートルダム -
もう1枚ノートルダムの写真?
前の広場だが、Urinoir や Cireur という言葉を
初めて知った。 普通習わないよね…
地下トイレに靴磨きもいるんです -
これは犬用のトイレ。
と言っても別に何もない。 掃除しやすいように
歩道じゃなく排水溝の側で、というお願い。
でも犬には分からないのでパリ名物がチラホラ -
必ずじゃないが3回は来ているサンテ刑務所の高い塀。
Rue Jean-Dolent の西向き -
有名な Bir-Hakeim じゃない高架下、
サンテ刑務所最寄りのメトロ 6号線
Glacier と St.Jacques の間、
Bd.Saint-Jacques ですね -
今度は高架じゃなく地下世界。
地下にも地上と同じ道路標示があるので、
ジャン・バルジャンが逃げ込んでも迷子にならない。
ここは Avenue Bosquet です -
ヨーロッパは石の街なので地下は昔から
発達 (?) していて下水道も立派です。
下水や水道管だけでなく電気や電話の配管、
さらに現在は使われていない気送郵便の管などが
埋設されていて『ラ・ジュテ』の地下世界を思い出す -
今は博物館もあるようだが、
展示物を見た記憶はないから、
多分 あとから出来たのだろう -
向こうに見えるのは Avenue de Villars からの
アンヴァリッドだがトラムの線路が残っている。
メトロができるまでは路面電車はあちこちにあったが
車の増大とともに消えていき 1938年には廃止されている。
しかし 1992年からペリフェリックから外に復活し
現在8路線ある (一度だけT2に乗ったことがある) -
同じくアンヴァリッド、Rue des Estrées あたりから。
トラックで運ぼうとしてる?
わざと邪魔なトラックを入れて撮影… -
これは、もちろんチュイルリーの
円い方の Grand Bassin -
同じくチュイルリーからヴァンドーム広場、
ヘップバーンの『昼下りの情事』で有名な円柱が見える。
それにしても障害物を入れて撮るのが好きだね… -
リュクサンブール公園内の
Rue Michelet から北方向、
突き当たりに見えるのが宮殿です -
Rue Valette から見たパンテオンの北側
-
同じく Rue Valette からのパンテオンだが
左の建物の解体中、当然SVでは新しくなった
9番地の建物 -
ノートルダムじゃないが、こんな風に
石造りに見えても内部は木造なんですね…
ポスターを見ると右端上は
(知らないけど) Liewe Visser という
バス・バリトンのオペラ歌手、
Vivaldi、Bach という文字も見える、
2つ左の下はカーラ・ブレイとギル・エヴァンス、
もちろん2人ともジャズ・ピアニストです -
パンテオン斜め向かい Rue Cujas の2番地は
Sainte-Geneviève 図書館 (右)
そして左の4番地には… -
名門校のリセ、ルイ・ルグランがある。
(当たり前だが現在はススは清掃されキレイになっている)
『平手打ち』という映画でギャング映画の大スター、
あのリノ・ヴァンチュラが、この学校の地学の教師役!
イザベル・アジャーニの、ほぼデビュー作で
日時・劇場は不明だが、この年パリで見ている -
Le Boul' Mich という名のカフェ、
Boul' Mich とは、もちろん Boulvard St.Michel の通称で
116 boulevard Saint Germain に今もあるが
場所は Odeon でBoulevard Saint-Michel から
少し離れているけど? (まあいいか)
このカフェ 28日に入っていたことが分かった -
お馴染み fnac のモンパルナス店で
1974年にオープンした時、ちょうどパリにいたが
パリらしくないガラス張りの斬新なデザインが
話題になった。 写真は Rue Blaise-Desgoffe 側で
ガラスに向かいの建物が見事に映っている -
モンジュの朝市のあとですね
-
どこだったか…
分からない袋小路 -
これは芝居だが劇場ではなく屋外で、もちろん無料。
よく読めないが La campagnie des Saltimbanques
という劇団、つまり仮面劇ではないけど
コメディア・デ・ラルテのような軽業的旅芸人のようです -
だから舞台装置などは簡素
-
コメディなので、大げさな演技
-
これは路上で演じる別のグループ。
"サン・ジェルマン祭" だったような気がする -
劇場は不明だが ジェラール・フィリップの
『花咲ける騎士道』も見たが、先生に連れられた
小学生の団体と一緒だった。
ほかには『コンボイ』『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』
なども見ているが、面白い体験というか映画を間違えて
「New York City Inferno」 を Dragon という映画館で見た。
昔から外国の映画館は原則的に入替制なのに、
そこは途中からでも入場できる。その時点で気づくべきだったが
実はハードコアのゲイ映画専門館だった…
そのものズバリの映画も見たくないが (レズビアン映画なら好き??)
映画そのものより上映中に席を立ってトイレに行くカップルが続出、
(いわゆる発展場) 幸い (?) 誘われはしなかったが
落ち着けず 30分ほどで退散した。
(普通は下らない映画でも最後まで見る)
途中のゲイ向けのクラブなどの CM には美少年 (?) も登場するが
本編は薔薇族表紙のような男ばかり、そして劇場を出ると
歩いてる男たちが全員ゲイに見えて…
[初パリで1か月いたこともあり、数日の滞在では
欲求不満があったが、このことがきっかけで
"別の世界" であることを再認識し、
(実際には、その後もないが)、たとえ1日の滞在でも
納得できるようになった]
ちなみに本来見たかったのは
ポール・シュレーダーの『ハードコアの夜』で
ストーリーに似たところがある。
ああ、もちろん見たのは僕1人で、覚えていないが
女性陣とは夕食以外は別行動だったと思う -
映画専門書店 Le Zinzin d'Hollywood
当時のパリには映画専門書店が何軒もあった。
ちなみに Le Zinzin d'Hollywood とは
ジェリー・ルイスの『底抜け便利屋小僧』の
フランス語題。
(原題は The Errand Boy で、もしフランス人と
話すときフランス語題名を知らないと通じないかも…) -
テレビの放送開始終了前後に流される昔懐かしい (?)
テストパターン。 下に見える ANTENNE 2 は
1974年に ORTF の分割でできた TV局 (現 France 2) -
わざわざ Publicité (CM) と表示してある。
何のコマーシャルかは覚えてないが -
モンパルナス駅の長い長いムーヴィング・ウォーク。
大都市の地下鉄で乗り換える場合、
(あるなら) 大きなターミナル以外の乗り換え駅を使うべき -
サンジェルマン・デ・プレ駅ホーム
-
同じデ・プレ駅だがホームの端に珍しいものが見える。
そう自動改札!
当然 普通は駅構内に出入りする場所にあるが
なぜかホーム端に出入り2つずつ設置されている -
Porte d'Orleans と見えるから4号線の
デ・プレ駅ですね。 その上に
"1 ère Classe" とあるのが分かるかな?
つまり当時はメトロも1、2等があったのです -
★これは前年 77年の3号線、ガリエニ方面だが
1ère Classe と書かれ、向かいホームの同じ場所に
黄色い車輌が停まっている。 それが1等車で
青いのは2等車、当然 料金も違うので
車輌間の通り抜けはできない。
1等の乗客は、この看板の停車位置で待つ -
★同じ 77年の写真だが、さらに古いタイプの赤い1等車で
窓の下に " I " と見える。『シャレード』の1等車はこちら。
新車両に換わるのは路線によって時期が違うので
新旧の車輌を同時期に見ることができる
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この旅行記へのコメント (1)
-
- churros さん 2020/10/31 16:06:59
- 1978年当時・・・
- !Hola!milouhatさん、お見受けする所同年配の様な?。
1978年当時私はエウロパにはあまり興味が無く、もっぱらアメリカに買い付けに行っていました、milouchatさんの写真を見て合図ちを打つ私に吹き出しました、当時ハワイに飛行機で着くと、タラップが飛行機の搭乗口の横付けしてタラップを降りると、ムームーを着た美女がレイを首に掛けてくれた事を思い出しました。
歳を重ねると驚きは少なくなるのですが、郷愁(懐かしさ)は増す様で古い写真を見ると、思い出がこみ上げて来ますね。
churros
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