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相変わらず記憶も記録もないが、どこか大手の<br />パリ8日間のフリーツアー。<br />この時は一緒にフランス語を習っていた女性と<br />2人で参加 (もちろん部屋は別です、念のため…)。<br />彼女は先生の助手も務める上級者だがパリは初めてなので、<br />フランス語では負けるがパリに関しては僕が上級者。<br />トランジットのフランクフルトで1泊したから<br />多分 ルフトハンザだったのだろう。<br />夜着いて翌朝出発なので観光はできなかったが<br />夜遅く彼女とオクトーバー・フェスじゃないが<br />いくつもの大きなテーブルが並んだ広い店でビールを飲んだ。<br />彼女とは親しいが普段は個人的な話はしない。 さすがに<br />この時はアルコールのせいもあり (?) 過去の恋愛の話とか<br />普段は話さないことも色々 (何も起きないので期待しないで?)<br />パリのホテルはモンパルナスの外れ (?) にある<br />PLMサン・ジャック (現マリオット・リヴ・ゴーシュ)<br />PLM とは Paris、Lyon、Marseille の頭文字で、<br />つまりパリとマルセイユを繋ぐ鉄道会社、<br />Compagnie des chemins de fer de<br />Paris à Lyon et à la Méditerranée のホテルだった。<br />1970年に出来たときはパリ最大 (812室)、一番モダンなホテルで<br />コンピューター予約を導入、高速 (?) エレベーター、<br />1,000人収容のコンフェランス・ルーム、<br />パリ初の日本食レストラン JUN と<br />話題には事欠かず多くの有名人が訪れた。 <br />例えばサミュエル・ベケット、ゲンズブール、<br />ジャン=ピエール・メルヴィルなど…<br />ちなみにメルヴィルは 1973年にホテルのレストランで死去している。<br /><br />写真は珍しくパリで見た芝居 (数回しか経験がない)。<br />演目は忘れたがローラン・テルジェフの1人芝居で<br />モンパルナスの Lucernaire Forum に彼女と見に行き、<br />併設のレストランで食事をした。<br />台詞だけの1人芝居は映画と違い理解しにくい…

1979年 パリの1月は寒かった

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1979/01/15 - 1979/01/22

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milouchat

milouchatさん

相変わらず記憶も記録もないが、どこか大手の
パリ8日間のフリーツアー。
この時は一緒にフランス語を習っていた女性と
2人で参加 (もちろん部屋は別です、念のため…)。
彼女は先生の助手も務める上級者だがパリは初めてなので、
フランス語では負けるがパリに関しては僕が上級者。
トランジットのフランクフルトで1泊したから
多分 ルフトハンザだったのだろう。
夜着いて翌朝出発なので観光はできなかったが
夜遅く彼女とオクトーバー・フェスじゃないが
いくつもの大きなテーブルが並んだ広い店でビールを飲んだ。
彼女とは親しいが普段は個人的な話はしない。 さすがに
この時はアルコールのせいもあり (?) 過去の恋愛の話とか
普段は話さないことも色々 (何も起きないので期待しないで?)
パリのホテルはモンパルナスの外れ (?) にある
PLMサン・ジャック (現マリオット・リヴ・ゴーシュ)
PLM とは Paris、Lyon、Marseille の頭文字で、
つまりパリとマルセイユを繋ぐ鉄道会社、
Compagnie des chemins de fer de
Paris à Lyon et à la Méditerranée のホテルだった。
1970年に出来たときはパリ最大 (812室)、一番モダンなホテルで
コンピューター予約を導入、高速 (?) エレベーター、
1,000人収容のコンフェランス・ルーム、
パリ初の日本食レストラン JUN と
話題には事欠かず多くの有名人が訪れた。
例えばサミュエル・ベケット、ゲンズブール、
ジャン=ピエール・メルヴィルなど…
ちなみにメルヴィルは 1973年にホテルのレストランで死去している。

写真は珍しくパリで見た芝居 (数回しか経験がない)。
演目は忘れたがローラン・テルジェフの1人芝居で
モンパルナスの Lucernaire Forum に彼女と見に行き、
併設のレストランで食事をした。
台詞だけの1人芝居は映画と違い理解しにくい…

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
交通
4.5
同行者
友人
交通手段
鉄道 高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
  • 左の方に垂れ下がるツララが見えますね?<br />いかにも寒そうだが、実際に寒いんです。<br />調べると冬のパリに来たのは初パリの<br />1974年2月末、79年1月、2000年2月の<br />3回あった。 1974年のパリも寒かったが、<br />多分 この年が一番寒かった。<br />パリの1月の平均気温は最高で 6、7度<br />最低は2度ぐらいだが氷点下4度ぐらいまで<br />下がることも珍しくはない。<br />場所はロッキー・ホラーで有名な映画館<br />Studio Galande の斜め向かい 63番地にあった<br />Le navigator というレストラン。<br />2018年5月のSVまでは確認できるが<br />現在は閉店 (別の店が営業しているか不明)。<br />左の建物も改装され顔の飾りも消えている

    左の方に垂れ下がるツララが見えますね?
    いかにも寒そうだが、実際に寒いんです。
    調べると冬のパリに来たのは初パリの
    1974年2月末、79年1月、2000年2月の
    3回あった。 1974年のパリも寒かったが、
    多分 この年が一番寒かった。
    パリの1月の平均気温は最高で 6、7度
    最低は2度ぐらいだが氷点下4度ぐらいまで
    下がることも珍しくはない。
    場所はロッキー・ホラーで有名な映画館
    Studio Galande の斜め向かい 63番地にあった
    Le navigator というレストラン。
    2018年5月のSVまでは確認できるが
    現在は閉店 (別の店が営業しているか不明)。
    左の建物も改装され顔の飾りも消えている

  • 寒そうな写真が続くが、誰かが割った<br />氷の厚さで寒さが想像できるだろう。<br />『ダヴィンチ・コード』にも登場する<br />サン・シュルピス教会の前にある4人の枢機卿の噴水です。 <br />ちなみに突き当たりの看板は今はない映画館ボナパルトで<br />上映中の作品は『木靴の樹』

    寒そうな写真が続くが、誰かが割った
    氷の厚さで寒さが想像できるだろう。
    『ダヴィンチ・コード』にも登場する
    サン・シュルピス教会の前にある4人の枢機卿の噴水です。
    ちなみに突き当たりの看板は今はない映画館ボナパルトで
    上映中の作品は『木靴の樹』

  • 噴水の水は止めてある。 参考までに<br />左が南面の Jean-Baptiste Massillon (1663-1742)<br />右が 東面の François de Salignac de La Mothe-Fénelon (1651-1715)<br />反対側の西面は Esprit Fléchier (1632-1710) と<br />北面 Jacques-Bénigne Bossuet (1627-1704) の4人です。<br />(どうでもいいことを調べるのに苦労した)

    噴水の水は止めてある。 参考までに
    左が南面の Jean-Baptiste Massillon (1663-1742)
    右が 東面の François de Salignac de La Mothe-Fénelon (1651-1715)
    反対側の西面は Esprit Fléchier (1632-1710) と
    北面 Jacques-Bénigne Bossuet (1627-1704) の4人です。
    (どうでもいいことを調べるのに苦労した)

  • サン・シュルピス教会正面。<br />後ろに見えるのが噴水<br />(★後ろじゃなく前の広場ですね…)

    サン・シュルピス教会正面。
    後ろに見えるのが噴水
    (★後ろじゃなく前の広場ですね…)

  • 教会前に警察車輌が駐まっている…

    教会前に警察車輌が駐まっている…

  • 反対側の Rue Saint-Sulpice<br />から西方向

    反対側の Rue Saint-Sulpice
    から西方向

  • オーベルジーヌ (駐車取締まり婦人警官) が<br />休憩中の立ち話なのか (?) 大勢集まっている

    オーベルジーヌ (駐車取締まり婦人警官) が
    休憩中の立ち話なのか (?) 大勢集まっている

  • 突き当たりにサン・シュルピス教会が見えている。 <br />左手はマルシェ・サン・ジェルマン。 逆方向に戻れば<br />サン・ジェルマン大通り。  手前の看板には<br />Restaurant Aux Charpentiers とある。<br />1856年創業の老舗ビストロだが、<br />撮った理由は、何となく『地下鉄のザジ』に<br />出てきたような風景の気がしたから (未確認)

    突き当たりにサン・シュルピス教会が見えている。
    左手はマルシェ・サン・ジェルマン。 逆方向に戻れば
    サン・ジェルマン大通り。 手前の看板には
    Restaurant Aux Charpentiers とある。
    1856年創業の老舗ビストロだが、
    撮った理由は、何となく『地下鉄のザジ』に
    出てきたような風景の気がしたから (未確認)

  • サン・ジェルマンと言えばの<br />サン・ジェルマン教会

    サン・ジェルマンと言えばの
    サン・ジェルマン教会

  • さて、ここはどこでしょう?<br />行ったことがある人なら分かるだろうが<br />写真だけでは、ちょっと想像しにくい凱旋門の屋上。<br />一応 初パリの彼女と有名な観光地も少しは…<br />チラッとエッフェル塔の頭が見えている

    さて、ここはどこでしょう?
    行ったことがある人なら分かるだろうが
    写真だけでは、ちょっと想像しにくい凱旋門の屋上。
    一応 初パリの彼女と有名な観光地も少しは…
    チラッとエッフェル塔の頭が見えている

  • 屋上から見える、そのエッフェル塔。<br />右下に柵があるのが分かるかな?

    屋上から見える、そのエッフェル塔。
    右下に柵があるのが分かるかな?

  • 『冒険者たち』の頃は柵がなく下を<br />覗き込むことができたが &quot;安全&quot; のため柵が作られた.<br />普通は柵の隙間から写真を撮るだろうが、<br />変化が分かるように敢えて柵を入れて撮影

    『冒険者たち』の頃は柵がなく下を
    覗き込むことができたが "安全" のため柵が作られた.
    普通は柵の隙間から写真を撮るだろうが、
    変化が分かるように敢えて柵を入れて撮影

  • とは言え、もちろん普通の写真も撮っている。<br /> Grand-Armée (右) と Foch が見える西方向

    とは言え、もちろん普通の写真も撮っている。
    Grand-Armée (右) と Foch が見える西方向

  • 少し左 Victor Hugo (右)と Klébert の間。<br />さすがに近辺の建物に大きな変化はない<br />(1階部分は別)

    少し左 Victor Hugo (右)と Klébert の間。
    さすがに近辺の建物に大きな変化はない
    (1階部分は別)

  • 凱旋門の真下には無名戦士の墓がある。<br />正面がシャンゼリゼ大通り。<br />毎日 18時30分に一番手前の丸い部分に<br />炎が点けられる。<br />(現在は周囲をロープで囲い近づけないようだ)

    凱旋門の真下には無名戦士の墓がある。
    正面がシャンゼリゼ大通り。
    毎日 18時30分に一番手前の丸い部分に
    炎が点けられる。
    (現在は周囲をロープで囲い近づけないようだ)

  • 反対方向、つまりラ・デファンス方面、<br />よく見れば高層ビル群が見えている。<br />それにしても相変わらず観光客の姿がない…

    反対方向、つまりラ・デファンス方面、
    よく見れば高層ビル群が見えている。
    それにしても相変わらず観光客の姿がない…

  • アーチ部分の天井

    アーチ部分の天井

  • アーチの壁面には革命戦争や第一帝政時代の<br />有名な将軍の名前が刻まれている。<br />これは北の柱部分

    アーチの壁面には革命戦争や第一帝政時代の
    有名な将軍の名前が刻まれている。
    これは北の柱部分

  • 凱旋門の横側、つまり南北にある小さいアーチで<br />Av.Wagram と Av.Kléber に抜ける。<br />1974年に初めてパリに来たときは<br />横側にもアーチがあることを知らず<br />遠くから見て形が違うので<br />エトワールの凱旋門じゃないと思った…

    凱旋門の横側、つまり南北にある小さいアーチで
    Av.Wagram と Av.Kléber に抜ける。
    1974年に初めてパリに来たときは
    横側にもアーチがあることを知らず
    遠くから見て形が違うので
    エトワールの凱旋門じゃないと思った…

  • 東の柱に入り口があったようだ<br />(現在とは違う?)

    東の柱に入り口があったようだ
    (現在とは違う?)

  • 順序は逆だが凱旋門内部です。<br />&quot;1806年に竣工し1836年に完成した…&quot;<br />とかの経緯が書いてある。<br />Attic の部屋と言うそうです

    順序は逆だが凱旋門内部です。
    "1806年に竣工し1836年に完成した…"
    とかの経緯が書いてある。
    Attic の部屋と言うそうです

  • 凱旋門の一大事は4つだけ? ちょっと面白い…<br />1900年 初めて記録映画で撮影<br />1919年 勝利の凱旋<br />1921年 無名戦士の墓を設置<br />1944年 パリ解放

    凱旋門の一大事は4つだけ? ちょっと面白い…
    1900年 初めて記録映画で撮影
    1919年 勝利の凱旋
    1921年 無名戦士の墓を設置
    1944年 パリ解放

  • 何だか大層な書き方だが、早い話<br />落書きしたり傷つけたりするな、ってこと?<br />階段が螺旋じゃないね…<br />別の階段かな?

    何だか大層な書き方だが、早い話
    落書きしたり傷つけたりするな、ってこと?
    階段が螺旋じゃないね…
    別の階段かな?

  • 剣でも飾っているのか、と思ったら<br />単にリヨン駅はこっち、市役所はあっち、って表示…

    剣でも飾っているのか、と思ったら
    単にリヨン駅はこっち、市役所はあっち、って表示…

  • Funiculaireという文字が見える。<br />つまり今度はサクレ・クール寺院です

    Funiculaireという文字が見える。
    つまり今度はサクレ・クール寺院です

  • もちろん乗ったのは登りだけ、<br />フニクリ・フニクラを歌いながら?<br />

    もちろん乗ったのは登りだけ、
    フニクリ・フニクラを歌いながら?

  • Basilique du Sacré-Cœur  。<br />相変わらず観光客も多くないが、<br />まだ周辺の整備が余りされていない感じ

    Basilique du Sacré-Cœur 。
    相変わらず観光客も多くないが、
    まだ周辺の整備が余りされていない感じ

  • なぜか写真を撮って貰えない可哀相な鐘楼、<br />観光客は入れないようだ

    なぜか写真を撮って貰えない可哀相な鐘楼、
    観光客は入れないようだ

  • 条件が良ければ 30キロぐらい先まで見えるらしい。<br />これも、こっちには凱旋門とかのパノラマ景色の説明

    条件が良ければ 30キロぐらい先まで見えるらしい。
    これも、こっちには凱旋門とかのパノラマ景色の説明

  • 7 rue du Mont-Cenis にあった Le Grenier (現 Le Cenis) 。<br />店の前に変な像がある。 現在もあるがテラス席が広がり<br />目立たなくなっている

    7 rue du Mont-Cenis にあった Le Grenier (現 Le Cenis) 。
    店の前に変な像がある。 現在もあるがテラス席が広がり
    目立たなくなっている

  • 近づいてみると上に銘板があり<br />1436年に &quot;村&quot; で唯一の食料品店を<br />Jehan Doulcet が開いたとある。<br />(モンマルトルがパリに含まれるのは 1860年)<br />

    近づいてみると上に銘板があり
    1436年に "村" で唯一の食料品店を
    Jehan Doulcet が開いたとある。
    (モンマルトルがパリに含まれるのは 1860年)

  • モンマルトルには今もブドウ畑があり<br />1934年から毎年 10月に収穫祭が開かれている。<br />これがブドウ畑か分からないが、<br />何となく近い斜面のイメージで…

    モンマルトルには今もブドウ畑があり
    1934年から毎年 10月に収穫祭が開かれている。
    これがブドウ畑か分からないが、
    何となく近い斜面のイメージで…

  • モンマルトルの一角。<br />日本語の落書きがあり &quot;パリで たくさんポリ公&quot; とある。<br />(ついでに右の掲示文は小便禁止)<br />どういうつもりで誰が書いたか知らないが、<br />確かにパリ (フランス) は警察国家でデモなどに対する<br />過剰な暴力が批判されることも多いが、<br />警察は無条件で誰でも (?) 48時間拘束できたので<br />王皇室の訪問時には思想的に問題のありそうな人間を<br />大量に拘束したという話もある<br />

    モンマルトルの一角。
    日本語の落書きがあり "パリで たくさんポリ公" とある。
    (ついでに右の掲示文は小便禁止)
    どういうつもりで誰が書いたか知らないが、
    確かにパリ (フランス) は警察国家でデモなどに対する
    過剰な暴力が批判されることも多いが、
    警察は無条件で誰でも (?) 48時間拘束できたので
    王皇室の訪問時には思想的に問題のありそうな人間を
    大量に拘束したという話もある

  • ワインなどを売っている店で<br />黒板に何かを書いている

    ワインなどを売っている店で
    黒板に何かを書いている

  • 暫くして戻ってくると完成していた。<br />レストランの今日のお勧めのような看板かな…<br />場所は9区の 30 Rue Tronchet 。<br />SV を見ると現在はカバンや財布などの店<br />Maroquinerie になっているが<br />左の扉は今も同じものだった

    暫くして戻ってくると完成していた。
    レストランの今日のお勧めのような看板かな…
    場所は9区の 30 Rue Tronchet 。
    SV を見ると現在はカバンや財布などの店
    Maroquinerie になっているが
    左の扉は今も同じものだった

  • イエロー・キャブのような車が駐まっているが<br />タクシーではなくシンボルカラーが黄色と言えば…<br />ビルには Postes Telecomunications と書かれていて <br />上には Bureau 92 と見える。 つまり ここは郵便局。<br />郵便局には昔は (今も?) 番号が付けられていて<br />92 はマドレーヌ寺院の裏、9区 38 rue Vignon にある。<br />SV を見ると現在も郵便局だが Bureau 92<br />という文字は消されている。 なぜ、わざわざ消したのか…<br />持っている 70年代 (まだ P.T.T.の時代) の区分地図には<br />各区の郵便局の Bureau 番号が載っているが<br />アラビア数字以外に例えば XIII というローマ数字が<br />複数あったりでよく分からない。<br />新しい区分地図には番号は不掲載。<br />消した理由に関係ありそう…

    イエロー・キャブのような車が駐まっているが
    タクシーではなくシンボルカラーが黄色と言えば…
    ビルには Postes Telecomunications と書かれていて
    上には Bureau 92 と見える。 つまり ここは郵便局。
    郵便局には昔は (今も?) 番号が付けられていて
    92 はマドレーヌ寺院の裏、9区 38 rue Vignon にある。
    SV を見ると現在も郵便局だが Bureau 92
    という文字は消されている。 なぜ、わざわざ消したのか…
    持っている 70年代 (まだ P.T.T.の時代) の区分地図には
    各区の郵便局の Bureau 番号が載っているが
    アラビア数字以外に例えば XIII というローマ数字が
    複数あったりでよく分からない。
    新しい区分地図には番号は不掲載。
    消した理由に関係ありそう…

  • 今度は警察所だと思うが、右の壁には大きく<br />DEFENSE d&#39;AFFICHER LOI DU 29 JUILLET 1881 とある。<br />つまり 1881年 7月29日の法律により張り紙禁止、<br />という意味で街のあちこちで結構 見かける。<br />100年以上前の法律が今も生きているのだが、<br />一見 警察 (国家) 権力の誇示のようだが、<br />むしろ逆で出版や報道の自由を認める代わりに<br />決められた場所以外での広告物などを貼ることを<br />禁じた法律だったのです<br />

    今度は警察所だと思うが、右の壁には大きく
    DEFENSE d'AFFICHER LOI DU 29 JUILLET 1881 とある。
    つまり 1881年 7月29日の法律により張り紙禁止、
    という意味で街のあちこちで結構 見かける。
    100年以上前の法律が今も生きているのだが、
    一見 警察 (国家) 権力の誇示のようだが、
    むしろ逆で出版や報道の自由を認める代わりに
    決められた場所以外での広告物などを貼ることを
    禁じた法律だったのです

  • だから建物の壁ではなく、こういう工事中の<br />臨時の壁などにはポスターが大量に貼られる。<br />右から3つ目は歌手の Ann Sylvestre だが、その流れで (?)<br />昔からカフェやレストランには芸術関係の貼り紙が多い。<br />さて、ここは Rue des Halles と Rue de la Lingerie の角で、<br />右の店は現在 asics などスニーカーの店になっているが<br />右端の古風な道路表示はそのまま…<br />SV を見ると 2016年現在、また (まだ?) 道路工事をしている

    だから建物の壁ではなく、こういう工事中の
    臨時の壁などにはポスターが大量に貼られる。
    右から3つ目は歌手の Ann Sylvestre だが、その流れで (?)
    昔からカフェやレストランには芸術関係の貼り紙が多い。
    さて、ここは Rue des Halles と Rue de la Lingerie の角で、
    右の店は現在 asics などスニーカーの店になっているが
    右端の古風な道路表示はそのまま…
    SV を見ると 2016年現在、また (まだ?) 道路工事をしている

  • そこから塀沿いに左にパンすると、<br />突き当たりに Saint-Eustache 教会が見えるが<br />現在この角度で見える広い道路は存在しない。<br />Rue des Halles はここから地下道路になってしまった…

    そこから塀沿いに左にパンすると、
    突き当たりに Saint-Eustache 教会が見えるが
    現在この角度で見える広い道路は存在しない。
    Rue des Halles はここから地下道路になってしまった…

  • 恐らく同じレ・アール地区だと思うが<br />大々的な再開発で街を破壊 (??) している

    恐らく同じレ・アール地区だと思うが
    大々的な再開発で街を破壊 (??) している

  • あちこちで取り壊しが進む…

    あちこちで取り壊しが進む…

  • 再開発とは無関係の工事で<br />セメントか何か、工事材料を吊したバケツで運んでいる。<br />エレベーターのない建物が多いので大変です

    再開発とは無関係の工事で
    セメントか何か、工事材料を吊したバケツで運んでいる。
    エレベーターのない建物が多いので大変です

  • これは道路の貼り紙ではなく<br />不動産屋さんの広告。 全部手書きですね…

    これは道路の貼り紙ではなく
    不動産屋さんの広告。 全部手書きですね…

  • 少し似ているが、今度は どこかの建物廊下にあった<br />労働組合の掲示板 (勝手に入っていいのか?)。<br />フランスと言えばストライキというイメージが強いが<br />実は労働組合の組織率は 10%にも満たずヨーロッパ最低、<br />組合員数も先進国の中では圧倒的に少ない (個人主義だから?)。<br />それなのに、なぜ? ということは難しいから置いといて…<br />フランスの労働組合は日本と違い企業別ではなく<br />産業・職種別が主体なのでストの形態も違う。<br />左に F.O という文字が見える。 1947年に一番大きい<br />共産党系の CGT から分裂した Force Ouvrière のこと。<br />ほかの貼り紙も F.Oが多いので、この会社の主流派らしい

    少し似ているが、今度は どこかの建物廊下にあった
    労働組合の掲示板 (勝手に入っていいのか?)。
    フランスと言えばストライキというイメージが強いが
    実は労働組合の組織率は 10%にも満たずヨーロッパ最低、
    組合員数も先進国の中では圧倒的に少ない (個人主義だから?)。
    それなのに、なぜ? ということは難しいから置いといて…
    フランスの労働組合は日本と違い企業別ではなく
    産業・職種別が主体なのでストの形態も違う。
    左に F.O という文字が見える。 1947年に一番大きい
    共産党系の CGT から分裂した Force Ouvrière のこと。
    ほかの貼り紙も F.Oが多いので、この会社の主流派らしい

  • この奇妙な気持ち悪い (?) 絵は…<br />カルティエ・ラタンのどこかの画廊。<br />昔は日本でも外国でも画廊には よく行った。<br />もちろん有名な画家の展覧会ではなく<br />どちらかと言えば前衛的で個性的な展示の時に…

    この奇妙な気持ち悪い (?) 絵は…
    カルティエ・ラタンのどこかの画廊。
    昔は日本でも外国でも画廊には よく行った。
    もちろん有名な画家の展覧会ではなく
    どちらかと言えば前衛的で個性的な展示の時に…

  • これはレ・アールにあった別の画廊で<br />レオノール・フィニーの版画 (パステル画?) を<br />1万円で買った。絵を買うのは初めての体験…

    これはレ・アールにあった別の画廊で
    レオノール・フィニーの版画 (パステル画?) を
    1万円で買った。絵を買うのは初めての体験…

  • これが買ったもので絵のサイズは B5、<br />もちろん A4より少し大きい額に入っている。<br />フィニーは一応 シュルレアリスムの画家で<br />1996年に他界。 もちろん一部では非常に<br />有名だが、まあ知らない人のほうが多いだろう。<br />2005年に日本各地で展覧会があったが<br />多分それぐらいだと思う。<br />(そう思ってみれば上の絵も色調など<br />フィニーの作品に似てなくもない…)<br />彼女も大変な猫好きで数十匹飼っていたという。<br />フクロウの絵も多いが何となく顔が似てるからね…<br />右下にエンピツでサインがあり、左下には E.A とある。<br />普通版画には例えば 20/100 (100部のうちの 20番目)<br />とか番号が書かれているが E.A とは Epreuve d’artiste の略で<br />本来は作家自身が保存用に取っておくものなので<br />市場に出ることはないはずだが、現実には E.A も複数あって<br />出回るので特に希少価値が高いわけではない

    これが買ったもので絵のサイズは B5、
    もちろん A4より少し大きい額に入っている。
    フィニーは一応 シュルレアリスムの画家で
    1996年に他界。 もちろん一部では非常に
    有名だが、まあ知らない人のほうが多いだろう。
    2005年に日本各地で展覧会があったが
    多分それぐらいだと思う。
    (そう思ってみれば上の絵も色調など
    フィニーの作品に似てなくもない…)
    彼女も大変な猫好きで数十匹飼っていたという。
    フクロウの絵も多いが何となく顔が似てるからね…
    右下にエンピツでサインがあり、左下には E.A とある。
    普通版画には例えば 20/100 (100部のうちの 20番目)
    とか番号が書かれているが E.A とは Epreuve d’artiste の略で
    本来は作家自身が保存用に取っておくものなので
    市場に出ることはないはずだが、現実には E.A も複数あって
    出回るので特に希少価値が高いわけではない

  • 次は お馴染みボーブール (ポンピドゥー・センター)。<br />鉄骨剥き出しだが工事中じゃなく完成品です。<br />でも、よく見ると手前に柵があり木が植えられているような…<br />オープンは 1977年なので、当然 中に入れるはずだが。<br />右端の赤い建造物も現在は見当たらない

    次は お馴染みボーブール (ポンピドゥー・センター)。
    鉄骨剥き出しだが工事中じゃなく完成品です。
    でも、よく見ると手前に柵があり木が植えられているような…
    オープンは 1977年なので、当然 中に入れるはずだが。
    右端の赤い建造物も現在は見当たらない

  • 一瞬ノートルダムかと思ったが<br />ボーブール南の Saint-Merry 教会でした

    一瞬ノートルダムかと思ったが
    ボーブール南の Saint-Merry 教会でした

  • もちろん この年もノートルダムには行ったが<br />写真は過去の旅行記に集めたので省略

    もちろん この年もノートルダムには行ったが
    写真は過去の旅行記に集めたので省略

  • こちらは Saint-Merry 教会の少し南のサン・ジャックの塔。<br />サンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼の出発点 (の1つ)

    こちらは Saint-Merry 教会の少し南のサン・ジャックの塔。
    サンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼の出発点 (の1つ)

  • シャトレー駅だろうか…<br />RER ができてから地下鉄構内も大改造が進んだ

    シャトレー駅だろうか…
    RER ができてから地下鉄構内も大改造が進んだ

  • 多分同じ駅じゃないかと思うが<br />構内が新しく改装されている。<br />(それにしても、なんで人がいないの?<br />早朝はありえないから深夜か、人が僕を避ける?)

    多分同じ駅じゃないかと思うが
    構内が新しく改装されている。
    (それにしても、なんで人がいないの?
    早朝はありえないから深夜か、人が僕を避ける?)

  • ほら、人が逃げていく (?)<br />一部工事中の構内

    ほら、人が逃げていく (?)
    一部工事中の構内

  • これも どこだったかのメトロ構内。、<br />人工呼吸のやり方が書いてある

    これも どこだったかのメトロ構内。、
    人工呼吸のやり方が書いてある

  • 有名な出版社 Robert Laffont 。<br />カルティエ・ラタンには出版社や書店が集中している

    有名な出版社 Robert Laffont 。
    カルティエ・ラタンには出版社や書店が集中している

  • パリの道路の多くは真ん中が高い円弧状になっている。<br />そして舗道側に排水溝があり、毎朝 散水車が水を撒き<br />ゴミを下水に流し込む。<br />しかしカルティエ・ラタンなどの<br />古い道路には逆に真ん中が低い場所も少なくない。<br />ぞの理由は…<br />馬車の時代には、当然ながら馬や牛が道の真ん中で排尿・排便する。<br />(戦後の日本でも便所の汲み取りは馬車だったんですよ)<br />だから真ん中を低くすることで道に広がるのを<br />防いでいたわけです。それで写真のように排水溝も<br />道の真ん中にあるのです

    パリの道路の多くは真ん中が高い円弧状になっている。
    そして舗道側に排水溝があり、毎朝 散水車が水を撒き
    ゴミを下水に流し込む。
    しかしカルティエ・ラタンなどの
    古い道路には逆に真ん中が低い場所も少なくない。
    ぞの理由は…
    馬車の時代には、当然ながら馬や牛が道の真ん中で排尿・排便する。
    (戦後の日本でも便所の汲み取りは馬車だったんですよ)
    だから真ん中を低くすることで道に広がるのを
    防いでいたわけです。それで写真のように排水溝も
    道の真ん中にあるのです

  • 同じく排水溝が真ん中にある狭い通りだが…<br />捨ててあるのはテレビじゃない?<br />ちょっとヒドイね…<br />いや多分スーツケースだろう

    同じく排水溝が真ん中にある狭い通りだが…
    捨ててあるのはテレビじゃない?
    ちょっとヒドイね…
    いや多分スーツケースだろう

  • この頃はツアーばかりで自分でホテルを<br />取ることはなかったが、そのうち泊まりたいと<br />写真だけ撮りに来た『鬼火』の舞台となった<br />Hôtel du Quai Voltaire (1986年に泊まった)。<br /><br />さて、当時のツアーでは1人参加同士を同室にするのが<br />一般的だった。 今回の同室者は僕より一回り年上の人だが、<br />少し変わった人で突然ツアーを離脱し数日遅れで合流した。<br />つまり僕は幸いにも1人で部屋を使っていたのだが、<br />ある日ホテルに帰ると…<br />彼はベッドに座りウィスキーを飲んでいる (酒飲みなんです)。<br />僕は買ってきたものをベッドに投げだし、<br />(当時はレコードや雑誌など結構 買っていた)<br />今からシャワーを浴びるから、<br />勝手に開けて見ていろ、そうすれば僕が<br />どんな人間か分かるだろうからと、シャワーを浴びた。<br />それを見れば僕が映画好きだと言うことは一目瞭然だが、<br />実は彼は某大手映画会社のカメラマンで、友人夫妻と<br />3人でツアーに参加していたので彼が僕と同室になった。<br />彼の友人は相当有名なカメラマンだった。<br />僕は何度もパリに来ているので、どこか いいところは?<br />と聞かれヴィル・ダヴレーを紹介したので彼ら3人で行き、<br />感激していた。彼らは京都在住なので帰国後も<br />付き合いは続き、何度か泊まりに行ったこともある…<br /><br />この年も『銀行』や『フリッツ・ザ・キャット』など<br />何本か映画を見ているが映画館の写真は<br />&quot;1993年 パリところどころ 3/6&quot; の旅行記に載せたので省略…

    この頃はツアーばかりで自分でホテルを
    取ることはなかったが、そのうち泊まりたいと
    写真だけ撮りに来た『鬼火』の舞台となった
    Hôtel du Quai Voltaire (1986年に泊まった)。

    さて、当時のツアーでは1人参加同士を同室にするのが
    一般的だった。 今回の同室者は僕より一回り年上の人だが、
    少し変わった人で突然ツアーを離脱し数日遅れで合流した。
    つまり僕は幸いにも1人で部屋を使っていたのだが、
    ある日ホテルに帰ると…
    彼はベッドに座りウィスキーを飲んでいる (酒飲みなんです)。
    僕は買ってきたものをベッドに投げだし、
    (当時はレコードや雑誌など結構 買っていた)
    今からシャワーを浴びるから、
    勝手に開けて見ていろ、そうすれば僕が
    どんな人間か分かるだろうからと、シャワーを浴びた。
    それを見れば僕が映画好きだと言うことは一目瞭然だが、
    実は彼は某大手映画会社のカメラマンで、友人夫妻と
    3人でツアーに参加していたので彼が僕と同室になった。
    彼の友人は相当有名なカメラマンだった。
    僕は何度もパリに来ているので、どこか いいところは?
    と聞かれヴィル・ダヴレーを紹介したので彼ら3人で行き、
    感激していた。彼らは京都在住なので帰国後も
    付き合いは続き、何度か泊まりに行ったこともある…

    この年も『銀行』や『フリッツ・ザ・キャット』など
    何本か映画を見ているが映画館の写真は
    "1993年 パリところどころ 3/6" の旅行記に載せたので省略…

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