1980/12/21 - 1980/12/30
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milouchatさん
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どちらかと言えば、ロンドンは避けてきて
1976年のクルーズの時に2泊して以来4年ぶり2回目。
飛行機はキャセイで伊丹・香港・ロンドンのはずだが…
パスポートのスタンプは 12月21日香港入出国、
12月22日フランス入国、英国のスタンプは不鮮明だが
多分 12月26日入国で両国とも出国スタンプはなく
12月30日香港入出国のスタンプが残っている。
つまり香港経由でパリ4泊、ロンドンに3泊した、
ことになるが、パリに行った記憶も写真もゼロ。
パスポートのスタンプ間違い、は原則ありえないが
ホントにパリに行ったとは信じがたい…
この年パリにいた証拠 (?) が見つかれば、また追加することに。
でもパリ4泊、ロンドン3泊というツアーは大いにありそうだし
だんだん その気になってきた…
(●やはりパリにいた証拠、つまり
映画を見た記録があったので最後に追加)
香港も帰りは入国したはずないが…
それはともかく、
写真は香港で見かけた大晦日コンサートのポスターだが、
2週間前の 12月8日にジョン・レノンが射殺された!
ビートルズ 4枚の半分の写真がレノンなのは偶然だろうが
恐らくコンサートはレノン追悼の場になったと思われる。
ちなみに電話番号が K-693095 とある。
K とは九龍のことで、香港島は Hだったはず。
市内通話は無料なので、携帯普及以後は見かけないが
昔は客が使いやすいように電話機を店先 (道路側) に
置く店も多かった。『恋する惑星』を見れば想像がつくだろう
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
一応ツアーには添乗員がいたが、香港は乗り継ぎだけで
市内観光はない。乗り継ぎが何時間あったか分からないが、
かなり長時間だったので入国したいと思った。
当然 添乗員は反対したが自己責任と言うことで
許可を得て出ようとしたら、同じ団体の女性2人と
男性1人が一緒に連れて行ってくれという。
仕方なく4人でタクシーに乗り、香港は初めてで
知識もないので、一番有名な場所に連れてって、
と言うと尖沙咀の九龍公園の下で降ろされた。
そこで彼らと別れて僕は1人に、
恐らく彼らは同一行動をしたと思う。
出来れば映画を見たかったが香港は初めてで
(当時の尖沙咀に映画館は少なかった)
ツアーなので余裕を持って空港に戻る必要があり
九龍公園と旺角あたりをブラブラしただけ。
公園内では人形劇をやっていた (シネスコだね??) -
これも公園内だが、コンサートか何かの
催し用に舞台が造ってある -
今も唯一残っている中国プロダクツの
百貨店、裕華国貨公司の派手なネオン。
裕華が香港に出店したのは 1959年、 かなり
大きな店のようだが、今の佐敦本店かもしれない。
ただし撮りたかったのは、もちろん英国風ポストの方…
ちなみ啓徳空港を使っていた時代は
点滅するネオンは禁止だった -
これは油麻地あたりだと思うが
中国らしい芝居の大看板がある。
エンターテイメントにしては珍しく
平日のみ 20時からの公演 -
いや、別の写真を見ると看板の右端にS(?)TV
という文字があった。 どうやら芝居ではなく
TV番組の宣伝らしい。 それなら平日のみも納得。
それにしても大きい… -
ところで、これは非常に貴重なもの (??)。
MTR Guide Book つまり MTR についての解説書で
駅で1ドルで買った。
見ての通り路線は Kwun Tong (觀塘) から
Chater (現在の中環) までの1つだけ!
最初の MTR は 1979年10月1日 に觀塘から石硤尾まで開通、
12月16日に尖沙咀まで延伸、そして この年 1980年2月12日に
中環まで伸びた。 だから地下鉄の乗り方が分からない人も多いので
こんなガイドブックが売られていた -
サイズは B7 とハンディで全 41ページもある。
イラスト入りの解説の最初は、何と "駅に入る"!
・各駅に複数ある入り口を降りると切符を買えるフロアーに出る
・券売機は 20、50セント、新1ドル、2ドル硬貨のみが使え 1、2ドルは
50セントに両替できる
・切符は表面を上で矢印方向に挿入、前に出てくる切符を取る
ちなみにクレジット・カードより少し大きい
プラスチック製の切符は磁気式で
出るとき回収され磁気情報を書き換えて
再利用していたので券売機で買うと
少し傷んだ切符が出てくることもあった。
だから切符が反応しない場合や乗り越しの場合
改札手前にある案内所に行けと書いてある。
以下 電車の乗り方から駅の出方 (?) まで解説。
ほかには構内の各種ピクトグラムの説明、
駅から乗り継げるバスの番号、主要駅の周辺地図 etc -
これは時刻表で始発は 6時頃だが終電は夜の遅い香港、
すでに開業当初から1時過ぎまで走っている! -
料金は1ドルから3ドル。
海底を通るからか尖沙咀から金鐘までは
たった1駅なのに2ドルもしている。
ガイドブック最後には、禁煙に始まり
16項目の細かい規則が書いてあり、
一番最後には台風の時でも運行するが減便、
地上部分はレベル8以上の警報時は休止…
ともかく誰にとっても初めてでもあり、
丁寧すぎるほど詳しく記載されていて
この年に僕が乗ったのは1回だけだと思うが
面白いし安いから買った (出てきてよかった…)
買ったのは英語版だが、当然 中国語版もあった -
ロンドンのホテルが どこだったかも記憶にない。
ちょうどクリスマス時期なのでサンタには
見えないサンタ、いやスノーマン (?) の飾り物が -
さてロンドンに来たら
是非とも行きたかったのは
やはりアビー・ロード (スタジオ)。
EMI Abbey Road Studios と
複数になっている (3つあるから) -
かの、世界一有名な横断歩道。
ウィキによると、2010年に (僕は賛成しないが?)
建物以外で初めて、横断舗道が文化的歴史的遺産の指定を
受けている。 見ての通り観光客どころか人の姿がほとんどない。
寒い寒い真冬ですから… -
ちょうどアメリカ人のカップルと出くわしたので
横断歩道を渡る写真を互いに撮り合った -
横断舗道の両端に黄色い球体が立っている。
(確か香港でも見た覚えがある)
常時点滅だったかは覚えていないが
信号のない横断歩道で時々見かけた。
(後に1年住んだから覚えているロンドンは
ラッセル・スクエアのフラット前の
SVを見ると、やはり現在も設置されている) -
見事に人がいない。 クリスマス休暇だからか、
車も ほとんど走っていない -
実に閑散としている。
これじゃビートルズが出歩いても問題ないね…
(まだ観光地化されていない時代に来ると余計感慨深い?) -
急にワープするが、ロック繋がりで…
この激しいトイレの落書きはどこでしょう?
一番上に BEATLES という名前も見える。
Anti-Christ なんてのもあるからピストルズのファンでしょう。
かの有名な今はないライブハウス Marquee のトイレです。
(セックス・ピストルズは 76年3月に
エディ&ザ・ホット・ロッズの前座で出演、以後出入り禁止に)
最初は 1958年に 165 Oxford Street に Ball Room としてオープン、
1964年に、ここ 90 Wardour Street に移転、
老朽化で 1988年には 105 Charing Cross Road に移転、
その後 何回も移転し短期間ずつ営業しているようだが、
もはや同一の店とは言えない -
イチオシ
これが置いてあったチラシで
毎日7時開場、8時から 11時まで2ステージ、
メインのバンドは9時15分、
バーは2つありスナックもある、
と言っても、もちろんテーブル席などはない。
左のページには、歴史として
1962年のクリス・バーバー、アレクシス・コーナーなど
各年に出演した主要バンドの一覧が、
63年にストーンズ、 65年に衝撃的だったザ・フー…
しかしビートルズは、すでにビッグになりすぎていたからか
客としては来ているが出演はしていない -
イチオシ
僕が行った 80年 12月のスケジュール表。
行ったのは 28日で出演は Atomic Roosters と Mandy H、
入場料は わずか2ポンド。 クリスマスの 25日と
ボクシング・デイの2日間は休み… -
★これは 98年の再掲になるが
マーキーのあった 90番地、と思い込んでいたが
実際は右隣だった。 何で間違えたんだろう…
しかし!!
英語ウィキを見ると、この店の写真が中央だし、
Knowledge Of London というブログでも
現在の Mezzo Bar だと書いている。
少なくとも現在、確かに 90番地は右の建物で、
ここで演奏したとキース・ムーンのプラークもあるが、
かすかな僕の記憶でも表は、こちらの方が近い気がする。
右にある、やや長い通路を進んだ気がするが…
(その日のライブはカセットで録音した) -
これは 165 Oxford Street にあった映画館
The Academy Cinema 3 で
28日にコクトーの『オルフェ』とルノワールの
『ピクニック』という凄い2本立てを見た。
1913年オープンの古い劇場だが 1986年に閉館。
さらに何と!!! 50年代には Marquee の前身にあたる
Marquee Ballroom が この映画館の地下にあったという -
映画館繋がりで
ホームズのベーカー・ストリート 96番地に
にあった Sherlock Holmes Centa
上映中の作品は『風と共に去りぬ』。
1978年オープンで 83年に閉館したが、
84年に Screen on Baker Street として再開、
(2000年に一度だけ入った)
2009年に現在と同じ Everyman Baker Street
になった 。
ちなみに右隣の角店は 67年12月から 68年7月31日まで
ビートルズのアップル・ブティックがあったビル!
ついでながら、ビルに付けられた
ブルー・プラーク (青い円形の銘板) は
原則 故人のみで、2007年に付けられたときは
ジョンの名前だけだったが 2013年にジョージの名前も
加えられた (ジョージの死は 2001年なのに?) -
次はロイヤル・アルバート・ホール。
ここも 1999年のプロムスで入ったことがある -
アルバート・ホールの向かいは
ケンジントン公園。 公園内の
サーペンタイン湖にはピーター・パン像がある。
これも見たかったものの1つ -
横からも1枚。
このあたりは大好きな『フォロー・ミー』に出てくる -
ここに像がある理由は原作を読んでください
(ディズニー映画じゃないよ) -
同じくケンジントン公園内の Albert Memorial
-
同じくケンジントン公園内の Italian Gardens
-
ハロッズが見える。
何度か入ったことはあるが
多分 何かを買ったことはないはず。
明るいので分からないが
クリスマス用の電飾がついている。
ほとんど毎年一緒で派手さはない -
これは蚤の市で有名なポートベロ。
エレクトリック・シネマ向かいあたりで
緑のテントの向こうに見えるのは
フレナム・クレセント角 171番地の
レストラン First Floor (現 London Spirit)
『ノッティングヒルの恋人』のウィリアムの店は
同じ通りの少し南なので、当然この辺も映画に登場する。
相変わらず現在の人通りから想像できないほど人が少ない -
同じくポートベロの 101番地あたりから北方向。
真ん中の青い看板に Antique Arcade とあるが
現在は Antiques Gallery となっている -
★オマケで 1999年のノッティングヒル・カーニバルの
旅行記にも載せたが偶然撮った店 (現 140 Portbello)の
左隣がウィリアムの本屋だった!
現在は Notting Hill Gift Shop だが、ちゃっかり
映画のポスターを貼り、本屋でもないのに
上部に The Travel Book Shop を残している
-
ウエストエンドに移って
シャフツベリーのアポロシアター (右) とリリック・シアター (左)。
上演中の芝居は右が 78年からロングランの
ロジャー・ホール作 「Middle Age Spread」
(Laurence Olivier Award Comedy of the Year 受賞作)
左がアラン・アイクボーン作の 「Taking Steps」 で
1980年9月2日から上演中 (現在は 「スリラー」 のロングラン)。
リリック・シアターは シャフツベリー最古の劇場で
1888年12月にオープン。
ウィキによると今も水力で緞帳を動かしているらしい。
この頃は時間的にも気持ちの上でも
芝居を見る余裕はなかった -
シャフツベリーとルパートの南角。
2階に International House という文字が見える。
建物の名前だと思うが、検索しても
語学学校しか出てこない。 その上には
リチャード・エリスの何かの宣伝が…
いわゆるウエストエンドの劇場街での中心で
アポロ、リリック、ギルグッド、クイーンズ に
囲まれている。 なぜ撮ったかは不明… -
Argyll Street にある London Palladium 併設 (?) の
1980年オープンの蝋人形館で主としてホラー映画がテーマ 。
(いつ消えたかは不明)
もちろん Cellars とはワイン・セラーのことで、
元はセラーとして劇場の地下に造られたもの。
パラディアムと言えばビートルマニア誕生のきっかけになった、
TV番組 Sunday Night At The London Palladium の
会場として有名で 1963年10月13日にビートルズが出演した。
余談だが、この劇場の変遷は面白い。 まず 1871年にサーカスとして
オープン、1884年に建て替えられアイススケート場に。
劇場になったのは 1910年末で、時々映画も上映された。
1928年には完全に映画館になったが、1930年には再び劇場に、
そして "Sunday Night at the London Palladium" が
1955年から始まる。
ヒッチコック『39階段』のロケ地でもある -
場所は不明だがウエストエンドの
カッコいい (?) おまわりさん。
拳銃は持っていません -
これも場所不明だがウエストエンド。
信号の下の店には Travel 、Theatre という文字が見える。
つまりプレイガイドのような店だが、
ウエストエンドには、このような小さなプレイガイドが
数軒あり当日券などを安く買える -
イチオシ
全然見えないが、どこかの駅の
クリスマスの運転状況、
今と違い手書きなので読みにくいが
クリスマスは全日運休、翌日の Boxing Day は
始発を2時間遅らせ…
とか色々 -
これも駅は不明だが、やはり人がいない。
エスカレーター横の広告の向きは
ロンドンも香港も同じ方式 -
どこかチューブの駅のポスター。
上の 「Slow Motion」 とは
ゴダールの『勝手に逃げろ/人生』のこと。
その下はバカの (?) ロッド・スチュワート
●さてさて、見た映画は一応記録しているので
調べると、この年パリでは
22日に 上の『勝手に逃げろ/人生』を
14 Juillet Bastille で14フラン、
23日 レ・アール Forum3 で『女の都』、
24日 Action Republique で 「Beschreibung einer Insel」
10フランとVideostone で作品名不明、
25日 UGC Odeon で 「AC/DC :Let There Be Rock」 19フランと
Hautefeuille で『アメリカの伯父さん』21フラン、と 6本見ていた。
差し当たりパリの写真は見つからないが、
多くの映画館の写真などは過去の旅行記に載せている。
●パリの写真が出てきたので時系列には合わないが
3/3 として旅行記の最後に付けることに。
なぜ写真が見つからなかったかというと…
例えばピーター・パンの写真を見ると枠外に 81 とある。
帰国が 12月30日なので、当然 出来上がりは翌年で
枠外の表示は 81になっている。
そのためPCのフォルダーを 81Paris にしていたため
探しても 80年のパリがなかった… -
こちらはロンドンで見た映画のチケット。
左端上は 12月26日に見た『夜よ、さようなら』だが
劇場は不明、その右は 12/26 Amy**** とメモってるが
判読できず不明、劇場は恐らく Warner West End だろう。
(1993年に Vue West End になっている)
左下が先に書いた『オルフェ』を見た Academy、
その右は 12月27日に見た『殺しのドレス』。
そして上の右端は映画館と同じ形式の切符だが
Marquee のチケット £2 と大きく書かれている。
座席の標示が Lounge、 Stall、 Circle と違ってるのが面白い -
また記録漏れのチケットが1枚見つかった。
12月27日 Hopscotch とメモしていて
ビデオスルーだが、ウォルター・マッソー主演の
『ホップスコッチ/或るエリート・スパイの反乱』、
劇場はレスター・スクエアのオデオン2 料金は不明
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1980年 ロンドン・香港
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