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どちらかと言えば、ロンドンは避けてきて<br />1976年のクルーズの時に2泊して以来4年ぶり2回目。<br />飛行機はキャセイで伊丹・香港・ロンドンのはずだが…<br />パスポートのスタンプは 12月21日香港入出国、<br />12月22日フランス入国、英国のスタンプは不鮮明だが<br />多分 12月26日入国で両国とも出国スタンプはなく<br />12月30日香港入出国のスタンプが残っている。<br />つまり香港経由でパリ4泊、ロンドンに3泊した、<br />ことになるが、パリに行った記憶も写真もゼロ。<br />パスポートのスタンプ間違い、は原則ありえないが<br />ホントにパリに行ったとは信じがたい…<br />この年パリにいた証拠 (?) が見つかれば、また追加することに。<br />でもパリ4泊、ロンドン3泊というツアーは大いにありそうだし<br />だんだん その気になってきた…<br />(●やはりパリにいた証拠、つまり<br />映画を見た記録があったので最後に追加)<br />香港も帰りは入国したはずないが…<br />それはともかく、<br />写真は香港で見かけた大晦日コンサートのポスターだが、<br />2週間前の 12月8日にジョン・レノンが射殺された!<br />ビートルズ 4枚の半分の写真がレノンなのは偶然だろうが<br />恐らくコンサートはレノン追悼の場になったと思われる。<br />ちなみに電話番号が K-693095 とある。<br />K とは九龍のことで、香港島は Hだったはず。<br />市内通話は無料なので、携帯普及以後は見かけないが<br />昔は客が使いやすいように電話機を店先 (道路側) に<br />置く店も多かった。『恋する惑星』を見れば想像がつくだろう

1980年 ロンドン、ついでに香港 1/3: やっぱりパリにも行ってたか…

15いいね!

1980/12/21 - 1980/12/30

3352位(同エリア10343件中)

旅行記グループ 1980年 ロンドン・香港

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42

milouchat

milouchatさん

どちらかと言えば、ロンドンは避けてきて
1976年のクルーズの時に2泊して以来4年ぶり2回目。
飛行機はキャセイで伊丹・香港・ロンドンのはずだが…
パスポートのスタンプは 12月21日香港入出国、
12月22日フランス入国、英国のスタンプは不鮮明だが
多分 12月26日入国で両国とも出国スタンプはなく
12月30日香港入出国のスタンプが残っている。
つまり香港経由でパリ4泊、ロンドンに3泊した、
ことになるが、パリに行った記憶も写真もゼロ。
パスポートのスタンプ間違い、は原則ありえないが
ホントにパリに行ったとは信じがたい…
この年パリにいた証拠 (?) が見つかれば、また追加することに。
でもパリ4泊、ロンドン3泊というツアーは大いにありそうだし
だんだん その気になってきた…
(●やはりパリにいた証拠、つまり
映画を見た記録があったので最後に追加)
香港も帰りは入国したはずないが…
それはともかく、
写真は香港で見かけた大晦日コンサートのポスターだが、
2週間前の 12月8日にジョン・レノンが射殺された!
ビートルズ 4枚の半分の写真がレノンなのは偶然だろうが
恐らくコンサートはレノン追悼の場になったと思われる。
ちなみに電話番号が K-693095 とある。
K とは九龍のことで、香港島は Hだったはず。
市内通話は無料なので、携帯普及以後は見かけないが
昔は客が使いやすいように電話機を店先 (道路側) に
置く店も多かった。『恋する惑星』を見れば想像がつくだろう

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
交通
4.5
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
  • 一応ツアーには添乗員がいたが、香港は乗り継ぎだけで<br />市内観光はない。乗り継ぎが何時間あったか分からないが、<br />かなり長時間だったので入国したいと思った。<br />当然 添乗員は反対したが自己責任と言うことで<br />許可を得て出ようとしたら、同じ団体の女性2人と<br />男性1人が一緒に連れて行ってくれという。<br />仕方なく4人でタクシーに乗り、香港は初めてで<br />知識もないので、一番有名な場所に連れてって、<br />と言うと尖沙咀の九龍公園の下で降ろされた。<br />そこで彼らと別れて僕は1人に、<br />恐らく彼らは同一行動をしたと思う。<br />出来れば映画を見たかったが香港は初めてで<br />(当時の尖沙咀に映画館は少なかった)<br />ツアーなので余裕を持って空港に戻る必要があり<br />九龍公園と旺角あたりをブラブラしただけ。<br />公園内では人形劇をやっていた (シネスコだね??)

    一応ツアーには添乗員がいたが、香港は乗り継ぎだけで
    市内観光はない。乗り継ぎが何時間あったか分からないが、
    かなり長時間だったので入国したいと思った。
    当然 添乗員は反対したが自己責任と言うことで
    許可を得て出ようとしたら、同じ団体の女性2人と
    男性1人が一緒に連れて行ってくれという。
    仕方なく4人でタクシーに乗り、香港は初めてで
    知識もないので、一番有名な場所に連れてって、
    と言うと尖沙咀の九龍公園の下で降ろされた。
    そこで彼らと別れて僕は1人に、
    恐らく彼らは同一行動をしたと思う。
    出来れば映画を見たかったが香港は初めてで
    (当時の尖沙咀に映画館は少なかった)
    ツアーなので余裕を持って空港に戻る必要があり
    九龍公園と旺角あたりをブラブラしただけ。
    公園内では人形劇をやっていた (シネスコだね??)

  • これも公園内だが、コンサートか何かの<br />催し用に舞台が造ってある

    これも公園内だが、コンサートか何かの
    催し用に舞台が造ってある

  • 今も唯一残っている中国プロダクツの<br />百貨店、裕華国貨公司の派手なネオン。<br />裕華が香港に出店したのは 1959年、 かなり<br />大きな店のようだが、今の佐敦本店かもしれない。<br />ただし撮りたかったのは、もちろん英国風ポストの方…<br />ちなみ啓徳空港を使っていた時代は<br />点滅するネオンは禁止だった

    今も唯一残っている中国プロダクツの
    百貨店、裕華国貨公司の派手なネオン。
    裕華が香港に出店したのは 1959年、 かなり
    大きな店のようだが、今の佐敦本店かもしれない。
    ただし撮りたかったのは、もちろん英国風ポストの方…
    ちなみ啓徳空港を使っていた時代は
    点滅するネオンは禁止だった

  • これは油麻地あたりだと思うが<br />中国らしい芝居の大看板がある。<br />エンターテイメントにしては珍しく<br />平日のみ 20時からの公演

    これは油麻地あたりだと思うが
    中国らしい芝居の大看板がある。
    エンターテイメントにしては珍しく
    平日のみ 20時からの公演

  • いや、別の写真を見ると看板の右端にS(?)TV<br />という文字があった。 どうやら芝居ではなく<br />TV番組の宣伝らしい。 それなら平日のみも納得。<br />それにしても大きい…

    いや、別の写真を見ると看板の右端にS(?)TV
    という文字があった。 どうやら芝居ではなく
    TV番組の宣伝らしい。 それなら平日のみも納得。
    それにしても大きい…

  • ところで、これは非常に貴重なもの (??)。<br />MTR Guide Book つまり MTR についての解説書で<br />駅で1ドルで買った。<br />見ての通り路線は Kwun Tong (觀塘) から<br />Chater (現在の中環) までの1つだけ!<br />最初の MTR は 1979年10月1日 に觀塘から石硤尾まで開通、<br />12月16日に尖沙咀まで延伸、そして この年 1980年2月12日に<br />中環まで伸びた。 だから地下鉄の乗り方が分からない人も多いので<br />こんなガイドブックが売られていた<br />

    ところで、これは非常に貴重なもの (??)。
    MTR Guide Book つまり MTR についての解説書で
    駅で1ドルで買った。
    見ての通り路線は Kwun Tong (觀塘) から
    Chater (現在の中環) までの1つだけ!
    最初の MTR は 1979年10月1日 に觀塘から石硤尾まで開通、
    12月16日に尖沙咀まで延伸、そして この年 1980年2月12日に
    中環まで伸びた。 だから地下鉄の乗り方が分からない人も多いので
    こんなガイドブックが売られていた

  • サイズは B7 とハンディで全 41ページもある。<br />イラスト入りの解説の最初は、何と &quot;駅に入る&quot;!<br />・各駅に複数ある入り口を降りると切符を買えるフロアーに出る<br />・券売機は 20、50セント、新1ドル、2ドル硬貨のみが使え 1、2ドルは<br />50セントに両替できる<br />・切符は表面を上で矢印方向に挿入、前に出てくる切符を取る<br /><br />ちなみにクレジット・カードより少し大きい<br />プラスチック製の切符は磁気式で<br />出るとき回収され磁気情報を書き換えて<br />再利用していたので券売機で買うと<br />少し傷んだ切符が出てくることもあった。<br />だから切符が反応しない場合や乗り越しの場合<br />改札手前にある案内所に行けと書いてある。<br />以下 電車の乗り方から駅の出方 (?) まで解説。<br />ほかには構内の各種ピクトグラムの説明、<br />駅から乗り継げるバスの番号、主要駅の周辺地図 etc

    サイズは B7 とハンディで全 41ページもある。
    イラスト入りの解説の最初は、何と "駅に入る"!
    ・各駅に複数ある入り口を降りると切符を買えるフロアーに出る
    ・券売機は 20、50セント、新1ドル、2ドル硬貨のみが使え 1、2ドルは
    50セントに両替できる
    ・切符は表面を上で矢印方向に挿入、前に出てくる切符を取る

    ちなみにクレジット・カードより少し大きい
    プラスチック製の切符は磁気式で
    出るとき回収され磁気情報を書き換えて
    再利用していたので券売機で買うと
    少し傷んだ切符が出てくることもあった。
    だから切符が反応しない場合や乗り越しの場合
    改札手前にある案内所に行けと書いてある。
    以下 電車の乗り方から駅の出方 (?) まで解説。
    ほかには構内の各種ピクトグラムの説明、
    駅から乗り継げるバスの番号、主要駅の周辺地図 etc

  • これは時刻表で始発は 6時頃だが終電は夜の遅い香港、<br />すでに開業当初から1時過ぎまで走っている!

    これは時刻表で始発は 6時頃だが終電は夜の遅い香港、
    すでに開業当初から1時過ぎまで走っている!

  • 料金は1ドルから3ドル。<br />海底を通るからか尖沙咀から金鐘までは<br />たった1駅なのに2ドルもしている。<br />ガイドブック最後には、禁煙に始まり<br />16項目の細かい規則が書いてあり、<br />一番最後には台風の時でも運行するが減便、<br />地上部分はレベル8以上の警報時は休止…<br /><br />ともかく誰にとっても初めてでもあり、<br />丁寧すぎるほど詳しく記載されていて<br />この年に僕が乗ったのは1回だけだと思うが<br />面白いし安いから買った (出てきてよかった…)<br />買ったのは英語版だが、当然 中国語版もあった

    料金は1ドルから3ドル。
    海底を通るからか尖沙咀から金鐘までは
    たった1駅なのに2ドルもしている。
    ガイドブック最後には、禁煙に始まり
    16項目の細かい規則が書いてあり、
    一番最後には台風の時でも運行するが減便、
    地上部分はレベル8以上の警報時は休止…

    ともかく誰にとっても初めてでもあり、
    丁寧すぎるほど詳しく記載されていて
    この年に僕が乗ったのは1回だけだと思うが
    面白いし安いから買った (出てきてよかった…)
    買ったのは英語版だが、当然 中国語版もあった

  • ロンドンのホテルが どこだったかも記憶にない。<br />ちょうどクリスマス時期なのでサンタには<br />見えないサンタ、いやスノーマン (?) の飾り物が

    ロンドンのホテルが どこだったかも記憶にない。
    ちょうどクリスマス時期なのでサンタには
    見えないサンタ、いやスノーマン (?) の飾り物が

  • さてロンドンに来たら<br />是非とも行きたかったのは<br />やはりアビー・ロード (スタジオ)。<br />EMI Abbey Road Studios と<br />複数になっている (3つあるから)<br />

    さてロンドンに来たら
    是非とも行きたかったのは
    やはりアビー・ロード (スタジオ)。
    EMI Abbey Road Studios と
    複数になっている (3つあるから)

  • かの、世界一有名な横断歩道。<br />ウィキによると、2010年に (僕は賛成しないが?) <br />建物以外で初めて、横断舗道が文化的歴史的遺産の指定を<br />受けている。 見ての通り観光客どころか人の姿がほとんどない。<br />寒い寒い真冬ですから…

    かの、世界一有名な横断歩道。
    ウィキによると、2010年に (僕は賛成しないが?)
    建物以外で初めて、横断舗道が文化的歴史的遺産の指定を
    受けている。 見ての通り観光客どころか人の姿がほとんどない。
    寒い寒い真冬ですから…

  • ちょうどアメリカ人のカップルと出くわしたので<br />横断歩道を渡る写真を互いに撮り合った

    ちょうどアメリカ人のカップルと出くわしたので
    横断歩道を渡る写真を互いに撮り合った

  • 横断舗道の両端に黄色い球体が立っている。<br />(確か香港でも見た覚えがある)<br />常時点滅だったかは覚えていないが<br />信号のない横断歩道で時々見かけた。<br />(後に1年住んだから覚えているロンドンは<br />ラッセル・スクエアのフラット前の<br />SVを見ると、やはり現在も設置されている)

    横断舗道の両端に黄色い球体が立っている。
    (確か香港でも見た覚えがある)
    常時点滅だったかは覚えていないが
    信号のない横断歩道で時々見かけた。
    (後に1年住んだから覚えているロンドンは
    ラッセル・スクエアのフラット前の
    SVを見ると、やはり現在も設置されている)

  • 見事に人がいない。 クリスマス休暇だからか、<br />車も ほとんど走っていない

    見事に人がいない。 クリスマス休暇だからか、
    車も ほとんど走っていない

  • 実に閑散としている。<br />これじゃビートルズが出歩いても問題ないね…<br />(まだ観光地化されていない時代に来ると余計感慨深い?)

    実に閑散としている。
    これじゃビートルズが出歩いても問題ないね…
    (まだ観光地化されていない時代に来ると余計感慨深い?)

  • 急にワープするが、ロック繋がりで…<br />この激しいトイレの落書きはどこでしょう?<br />一番上に BEATLES という名前も見える。<br />Anti-Christ なんてのもあるからピストルズのファンでしょう。<br />かの有名な今はないライブハウス Marquee のトイレです。<br />(セックス・ピストルズは 76年3月に<br />エディ&ザ・ホット・ロッズの前座で出演、以後出入り禁止に)<br />最初は 1958年に 165 Oxford Street に Ball Room としてオープン、<br />1964年に、ここ 90 Wardour Street に移転、<br />老朽化で 1988年には 105 Charing Cross Road に移転、<br />その後 何回も移転し短期間ずつ営業しているようだが、<br />もはや同一の店とは言えない

    急にワープするが、ロック繋がりで…
    この激しいトイレの落書きはどこでしょう?
    一番上に BEATLES という名前も見える。
    Anti-Christ なんてのもあるからピストルズのファンでしょう。
    かの有名な今はないライブハウス Marquee のトイレです。
    (セックス・ピストルズは 76年3月に
    エディ&ザ・ホット・ロッズの前座で出演、以後出入り禁止に)
    最初は 1958年に 165 Oxford Street に Ball Room としてオープン、
    1964年に、ここ 90 Wardour Street に移転、
    老朽化で 1988年には 105 Charing Cross Road に移転、
    その後 何回も移転し短期間ずつ営業しているようだが、
    もはや同一の店とは言えない

  • これが置いてあったチラシで<br />毎日7時開場、8時から 11時まで2ステージ、<br />メインのバンドは9時15分、<br />バーは2つありスナックもある、<br />と言っても、もちろんテーブル席などはない。<br />左のページには、歴史として<br />1962年のクリス・バーバー、アレクシス・コーナーなど<br />各年に出演した主要バンドの一覧が、<br />63年にストーンズ、 65年に衝撃的だったザ・フー…<br />しかしビートルズは、すでにビッグになりすぎていたからか<br />客としては来ているが出演はしていない

    イチオシ

    これが置いてあったチラシで
    毎日7時開場、8時から 11時まで2ステージ、
    メインのバンドは9時15分、
    バーは2つありスナックもある、
    と言っても、もちろんテーブル席などはない。
    左のページには、歴史として
    1962年のクリス・バーバー、アレクシス・コーナーなど
    各年に出演した主要バンドの一覧が、
    63年にストーンズ、 65年に衝撃的だったザ・フー…
    しかしビートルズは、すでにビッグになりすぎていたからか
    客としては来ているが出演はしていない

  • 僕が行った 80年 12月のスケジュール表。<br />行ったのは 28日で出演は Atomic Roosters と Mandy H、<br />入場料は わずか2ポンド。 クリスマスの 25日と<br />ボクシング・デイの2日間は休み…<br />

    イチオシ

    僕が行った 80年 12月のスケジュール表。
    行ったのは 28日で出演は Atomic Roosters と Mandy H、
    入場料は わずか2ポンド。 クリスマスの 25日と
    ボクシング・デイの2日間は休み…

  • ★これは 98年の再掲になるが<br />マーキーのあった 90番地、と思い込んでいたが<br />実際は右隣だった。 何で間違えたんだろう…<br />しかし!!<br />英語ウィキを見ると、この店の写真が中央だし、<br />Knowledge Of London というブログでも<br />現在の Mezzo Bar だと書いている。<br />少なくとも現在、確かに 90番地は右の建物で、<br />ここで演奏したとキース・ムーンのプラークもあるが、<br />かすかな僕の記憶でも表は、こちらの方が近い気がする。<br />右にある、やや長い通路を進んだ気がするが…<br />(その日のライブはカセットで録音した)

    ★これは 98年の再掲になるが
    マーキーのあった 90番地、と思い込んでいたが
    実際は右隣だった。 何で間違えたんだろう…
    しかし!!
    英語ウィキを見ると、この店の写真が中央だし、
    Knowledge Of London というブログでも
    現在の Mezzo Bar だと書いている。
    少なくとも現在、確かに 90番地は右の建物で、
    ここで演奏したとキース・ムーンのプラークもあるが、
    かすかな僕の記憶でも表は、こちらの方が近い気がする。
    右にある、やや長い通路を進んだ気がするが…
    (その日のライブはカセットで録音した)

  • これは 165 Oxford Street にあった映画館<br />The Academy Cinema 3 で<br />28日にコクトーの『オルフェ』とルノワールの<br />『ピクニック』という凄い2本立てを見た。<br />1913年オープンの古い劇場だが 1986年に閉館。<br />さらに何と!!! 50年代には Marquee の前身にあたる<br />Marquee Ballroom が この映画館の地下にあったという

    これは 165 Oxford Street にあった映画館
    The Academy Cinema 3 で
    28日にコクトーの『オルフェ』とルノワールの
    『ピクニック』という凄い2本立てを見た。
    1913年オープンの古い劇場だが 1986年に閉館。
    さらに何と!!! 50年代には Marquee の前身にあたる
    Marquee Ballroom が この映画館の地下にあったという

  • 映画館繋がりで<br />ホームズのベーカー・ストリート 96番地に<br />にあった Sherlock Holmes Centa<br />上映中の作品は『風と共に去りぬ』。<br />1978年オープンで 83年に閉館したが、<br />84年に Screen on Baker Street として再開、<br />(2000年に一度だけ入った)<br />2009年に現在と同じ Everyman Baker Street<br />になった 。<br />ちなみに右隣の角店は 67年12月から 68年7月31日まで<br />ビートルズのアップル・ブティックがあったビル!<br />ついでながら、ビルに付けられた<br />ブルー・プラーク (青い円形の銘板) は<br />原則 故人のみで、2007年に付けられたときは<br />ジョンの名前だけだったが 2013年にジョージの名前も<br />加えられた (ジョージの死は 2001年なのに?)

    映画館繋がりで
    ホームズのベーカー・ストリート 96番地に
    にあった Sherlock Holmes Centa
    上映中の作品は『風と共に去りぬ』。
    1978年オープンで 83年に閉館したが、
    84年に Screen on Baker Street として再開、
    (2000年に一度だけ入った)
    2009年に現在と同じ Everyman Baker Street
    になった 。
    ちなみに右隣の角店は 67年12月から 68年7月31日まで
    ビートルズのアップル・ブティックがあったビル!
    ついでながら、ビルに付けられた
    ブルー・プラーク (青い円形の銘板) は
    原則 故人のみで、2007年に付けられたときは
    ジョンの名前だけだったが 2013年にジョージの名前も
    加えられた (ジョージの死は 2001年なのに?)

  • 次はロイヤル・アルバート・ホール。<br />ここも 1999年のプロムスで入ったことがある

    次はロイヤル・アルバート・ホール。
    ここも 1999年のプロムスで入ったことがある

  • アルバート・ホールの向かいは<br />ケンジントン公園。 公園内の<br />サーペンタイン湖にはピーター・パン像がある。<br />これも見たかったものの1つ

    アルバート・ホールの向かいは
    ケンジントン公園。 公園内の
    サーペンタイン湖にはピーター・パン像がある。
    これも見たかったものの1つ

  • 横からも1枚。<br />このあたりは大好きな『フォロー・ミー』に出てくる

    横からも1枚。
    このあたりは大好きな『フォロー・ミー』に出てくる

  • ここに像がある理由は原作を読んでください<br />(ディズニー映画じゃないよ)

    ここに像がある理由は原作を読んでください
    (ディズニー映画じゃないよ)

  • 同じくケンジントン公園内の Albert Memorial

    同じくケンジントン公園内の Albert Memorial

  • 同じくケンジントン公園内の Italian Gardens

    同じくケンジントン公園内の Italian Gardens

  • ハロッズが見える。<br />何度か入ったことはあるが<br />多分 何かを買ったことはないはず。<br />明るいので分からないが<br />クリスマス用の電飾がついている。<br />ほとんど毎年一緒で派手さはない

    ハロッズが見える。
    何度か入ったことはあるが
    多分 何かを買ったことはないはず。
    明るいので分からないが
    クリスマス用の電飾がついている。
    ほとんど毎年一緒で派手さはない

  • これは蚤の市で有名なポートベロ。<br />エレクトリック・シネマ向かいあたりで<br />緑のテントの向こうに見えるのは<br />フレナム・クレセント角 171番地の<br />レストラン First Floor (現 London Spirit)<br />『ノッティングヒルの恋人』のウィリアムの店は<br />同じ通りの少し南なので、当然この辺も映画に登場する。<br />相変わらず現在の人通りから想像できないほど人が少ない<br />

    これは蚤の市で有名なポートベロ。
    エレクトリック・シネマ向かいあたりで
    緑のテントの向こうに見えるのは
    フレナム・クレセント角 171番地の
    レストラン First Floor (現 London Spirit)
    『ノッティングヒルの恋人』のウィリアムの店は
    同じ通りの少し南なので、当然この辺も映画に登場する。
    相変わらず現在の人通りから想像できないほど人が少ない

  • 同じくポートベロの 101番地あたりから北方向。<br />真ん中の青い看板に Antique Arcade とあるが<br />現在は Antiques Gallery となっている

    同じくポートベロの 101番地あたりから北方向。
    真ん中の青い看板に Antique Arcade とあるが
    現在は Antiques Gallery となっている

  • ★オマケで 1999年のノッティングヒル・カーニバルの<br />旅行記にも載せたが偶然撮った店 (現 140 Portbello)の<br />左隣がウィリアムの本屋だった!<br />現在は Notting Hill Gift Shop だが、ちゃっかり<br />映画のポスターを貼り、本屋でもないのに<br />上部に The Travel Book Shop を残している<br />

    ★オマケで 1999年のノッティングヒル・カーニバルの
    旅行記にも載せたが偶然撮った店 (現 140 Portbello)の
    左隣がウィリアムの本屋だった!
    現在は Notting Hill Gift Shop だが、ちゃっかり
    映画のポスターを貼り、本屋でもないのに
    上部に The Travel Book Shop を残している

  • ウエストエンドに移って<br />シャフツベリーのアポロシアター (右) とリリック・シアター (左)。<br />上演中の芝居は右が 78年からロングランの<br />ロジャー・ホール作 「Middle Age Spread」 <br />(Laurence Olivier Award Comedy of the Year 受賞作)<br />左がアラン・アイクボーン作の 「Taking Steps」 で<br />1980年9月2日から上演中 (現在は 「スリラー」 のロングラン)。<br />リリック・シアターは シャフツベリー最古の劇場で<br />1888年12月にオープン。<br />ウィキによると今も水力で緞帳を動かしているらしい。<br />この頃は時間的にも気持ちの上でも<br />芝居を見る余裕はなかった

    ウエストエンドに移って
    シャフツベリーのアポロシアター (右) とリリック・シアター (左)。
    上演中の芝居は右が 78年からロングランの
    ロジャー・ホール作 「Middle Age Spread」
    (Laurence Olivier Award Comedy of the Year 受賞作)
    左がアラン・アイクボーン作の 「Taking Steps」 で
    1980年9月2日から上演中 (現在は 「スリラー」 のロングラン)。
    リリック・シアターは シャフツベリー最古の劇場で
    1888年12月にオープン。
    ウィキによると今も水力で緞帳を動かしているらしい。
    この頃は時間的にも気持ちの上でも
    芝居を見る余裕はなかった

  • シャフツベリーとルパートの南角。<br />2階に International House という文字が見える。<br />建物の名前だと思うが、検索しても<br />語学学校しか出てこない。 その上には<br />リチャード・エリスの何かの宣伝が…<br />いわゆるウエストエンドの劇場街での中心で<br />アポロ、リリック、ギルグッド、クイーンズ に<br />囲まれている。 なぜ撮ったかは不明…<br /><br />

    シャフツベリーとルパートの南角。
    2階に International House という文字が見える。
    建物の名前だと思うが、検索しても
    語学学校しか出てこない。 その上には
    リチャード・エリスの何かの宣伝が…
    いわゆるウエストエンドの劇場街での中心で
    アポロ、リリック、ギルグッド、クイーンズ に
    囲まれている。 なぜ撮ったかは不明…

  • Argyll Street にある London Palladium 併設 (?) の<br />1980年オープンの蝋人形館で主としてホラー映画がテーマ 。<br />(いつ消えたかは不明)<br />もちろん Cellars とはワイン・セラーのことで、<br />元はセラーとして劇場の地下に造られたもの。<br />パラディアムと言えばビートルマニア誕生のきっかけになった、<br />TV番組 Sunday Night At The London Palladium の<br />会場として有名で 1963年10月13日にビートルズが出演した。<br />余談だが、この劇場の変遷は面白い。 まず 1871年にサーカスとして<br />オープン、1884年に建て替えられアイススケート場に。<br />劇場になったのは 1910年末で、時々映画も上映された。<br />1928年には完全に映画館になったが、1930年には再び劇場に、<br />そして &quot;Sunday Night at the London Palladium&quot; が<br />1955年から始まる。<br />ヒッチコック『39階段』のロケ地でもある

    Argyll Street にある London Palladium 併設 (?) の
    1980年オープンの蝋人形館で主としてホラー映画がテーマ 。
    (いつ消えたかは不明)
    もちろん Cellars とはワイン・セラーのことで、
    元はセラーとして劇場の地下に造られたもの。
    パラディアムと言えばビートルマニア誕生のきっかけになった、
    TV番組 Sunday Night At The London Palladium の
    会場として有名で 1963年10月13日にビートルズが出演した。
    余談だが、この劇場の変遷は面白い。 まず 1871年にサーカスとして
    オープン、1884年に建て替えられアイススケート場に。
    劇場になったのは 1910年末で、時々映画も上映された。
    1928年には完全に映画館になったが、1930年には再び劇場に、
    そして "Sunday Night at the London Palladium" が
    1955年から始まる。
    ヒッチコック『39階段』のロケ地でもある

  • 場所は不明だがウエストエンドの<br />カッコいい (?) おまわりさん。<br />拳銃は持っていません

    場所は不明だがウエストエンドの
    カッコいい (?) おまわりさん。
    拳銃は持っていません

  • これも場所不明だがウエストエンド。<br />信号の下の店には Travel 、Theatre という文字が見える。<br />つまりプレイガイドのような店だが、<br />ウエストエンドには、このような小さなプレイガイドが<br />数軒あり当日券などを安く買える

    これも場所不明だがウエストエンド。
    信号の下の店には Travel 、Theatre という文字が見える。
    つまりプレイガイドのような店だが、
    ウエストエンドには、このような小さなプレイガイドが
    数軒あり当日券などを安く買える

  • 全然見えないが、どこかの駅の<br />クリスマスの運転状況、<br />今と違い手書きなので読みにくいが<br />クリスマスは全日運休、翌日の Boxing Day は<br />始発を2時間遅らせ…<br />とか色々<br />

    イチオシ

    全然見えないが、どこかの駅の
    クリスマスの運転状況、
    今と違い手書きなので読みにくいが
    クリスマスは全日運休、翌日の Boxing Day は
    始発を2時間遅らせ…
    とか色々

  • これも駅は不明だが、やはり人がいない。<br />エスカレーター横の広告の向きは<br />ロンドンも香港も同じ方式

    これも駅は不明だが、やはり人がいない。
    エスカレーター横の広告の向きは
    ロンドンも香港も同じ方式

  • どこかチューブの駅のポスター。<br />上の 「Slow Motion」 とは<br />ゴダールの『勝手に逃げろ/人生』のこと。<br />その下はバカの (?) ロッド・スチュワート<br />●さてさて、見た映画は一応記録しているので<br />調べると、この年パリでは<br />22日に 上の『勝手に逃げろ/人生』を<br />14 Juillet Bastille で14フラン、<br />23日 レ・アール Forum3 で『女の都』、<br />24日 Action Republique で 「Beschreibung einer Insel」<br />10フランとVideostone で作品名不明、<br />25日 UGC Odeon で 「AC/DC :Let There Be Rock」  19フランと<br />Hautefeuille で『アメリカの伯父さん』21フラン、と 6本見ていた。<br />差し当たりパリの写真は見つからないが、<br />多くの映画館の写真などは過去の旅行記に載せている。<br />●パリの写真が出てきたので時系列には合わないが<br />3/3 として旅行記の最後に付けることに。<br />なぜ写真が見つからなかったかというと…<br />例えばピーター・パンの写真を見ると枠外に 81 とある。<br />帰国が 12月30日なので、当然 出来上がりは翌年で<br />枠外の表示は 81になっている。<br />そのためPCのフォルダーを 81Paris にしていたため<br />探しても 80年のパリがなかった…

    どこかチューブの駅のポスター。
    上の 「Slow Motion」 とは
    ゴダールの『勝手に逃げろ/人生』のこと。
    その下はバカの (?) ロッド・スチュワート
    ●さてさて、見た映画は一応記録しているので
    調べると、この年パリでは
    22日に 上の『勝手に逃げろ/人生』を
    14 Juillet Bastille で14フラン、
    23日 レ・アール Forum3 で『女の都』、
    24日 Action Republique で 「Beschreibung einer Insel」
    10フランとVideostone で作品名不明、
    25日 UGC Odeon で 「AC/DC :Let There Be Rock」 19フランと
    Hautefeuille で『アメリカの伯父さん』21フラン、と 6本見ていた。
    差し当たりパリの写真は見つからないが、
    多くの映画館の写真などは過去の旅行記に載せている。
    ●パリの写真が出てきたので時系列には合わないが
    3/3 として旅行記の最後に付けることに。
    なぜ写真が見つからなかったかというと…
    例えばピーター・パンの写真を見ると枠外に 81 とある。
    帰国が 12月30日なので、当然 出来上がりは翌年で
    枠外の表示は 81になっている。
    そのためPCのフォルダーを 81Paris にしていたため
    探しても 80年のパリがなかった…

  • こちらはロンドンで見た映画のチケット。<br />左端上は 12月26日に見た『夜よ、さようなら』だが<br />劇場は不明、その右は 12/26 Amy**** とメモってるが<br />判読できず不明、劇場は恐らく Warner West End だろう。<br />(1993年に Vue West End になっている)<br />左下が先に書いた『オルフェ』を見た Academy、<br />その右は 12月27日に見た『殺しのドレス』。<br />そして上の右端は映画館と同じ形式の切符だが<br />Marquee のチケット £2 と大きく書かれている。<br />座席の標示が Lounge、 Stall、 Circle と違ってるのが面白い

    こちらはロンドンで見た映画のチケット。
    左端上は 12月26日に見た『夜よ、さようなら』だが
    劇場は不明、その右は 12/26 Amy**** とメモってるが
    判読できず不明、劇場は恐らく Warner West End だろう。
    (1993年に Vue West End になっている)
    左下が先に書いた『オルフェ』を見た Academy、
    その右は 12月27日に見た『殺しのドレス』。
    そして上の右端は映画館と同じ形式の切符だが
    Marquee のチケット £2 と大きく書かれている。
    座席の標示が Lounge、 Stall、 Circle と違ってるのが面白い

  • また記録漏れのチケットが1枚見つかった。<br />12月27日 Hopscotch とメモしていて<br />ビデオスルーだが、ウォルター・マッソー主演の<br />『ホップスコッチ/或るエリート・スパイの反乱』、<br />劇場はレスター・スクエアのオデオン2 料金は不明

    また記録漏れのチケットが1枚見つかった。
    12月27日 Hopscotch とメモしていて
    ビデオスルーだが、ウォルター・マッソー主演の
    『ホップスコッチ/或るエリート・スパイの反乱』、
    劇場はレスター・スクエアのオデオン2 料金は不明

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