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冬晴れの1日、大和三山を歩きました。<br />日本国家が成立した時代の舞台です。古代の歴史の道は古代人の想像を掻き立てられます。<br />都跡、神社、お寺、古墳、と限られた空間に、ぎっしり詰まっていました。<br /><br />

大和三山とその周辺を歩く(1/2)大和三山~古代を感じながらの里山歩き

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2020/02/28 - 2020/02/28

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akitaine

akitaineさん

冬晴れの1日、大和三山を歩きました。
日本国家が成立した時代の舞台です。古代の歴史の道は古代人の想像を掻き立てられます。
都跡、神社、お寺、古墳、と限られた空間に、ぎっしり詰まっていました。

旅行の満足度
5.0
交通手段
私鉄

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  • 大和三山を歩きました。<br />近鉄・大和八木駅をスタート。<br /><br />耳成山→藤原宮跡→香久山→本薬師寺跡→畝傍山→橿原神宮→今井町→大和八木駅、とコースを取りました。約20㎞の歩行です。<br />大和三山パートを記します。<br /><br />(写真は、畝傍御陵駅前に設置してある橿原市の案内図)

    大和三山を歩きました。
    近鉄・大和八木駅をスタート。

    耳成山→藤原宮跡→香久山→本薬師寺跡→畝傍山→橿原神宮→今井町→大和八木駅、とコースを取りました。約20㎞の歩行です。
    大和三山パートを記します。

    (写真は、畝傍御陵駅前に設置してある橿原市の案内図)

  • 朝9時、近鉄大和八木駅をスタート。すぐに田園地域に入ります。<br />駅から耳成山下まで1.5㎞くらいです。<br />きれいな三角形の形をしています。

    朝9時、近鉄大和八木駅をスタート。すぐに田園地域に入ります。
    駅から耳成山下まで1.5㎞くらいです。
    きれいな三角形の形をしています。

  • 山に入る入口。説明板があります。<br />山頂には耳成山口神社があります。

    山に入る入口。説明板があります。
    山頂には耳成山口神社があります。

  • 山に至る地図

    山に至る地図

  • 神社に至る道なので、灯篭が両側にあります。

    神社に至る道なので、灯篭が両側にあります。

  • 山頂近くにある耳成口神社

    山頂近くにある耳成口神社

  • さらに登ると山頂(140m)です。三角点もありました。

    さらに登ると山頂(140m)です。三角点もありました。

  • あまり眺望はききませんが、眼下に平野、その向こうに山が見えます。

    あまり眺望はききませんが、眼下に平野、その向こうに山が見えます。

  • 下の道に下りて、次のポイント・藤原宮跡へ向かいます。

    下の道に下りて、次のポイント・藤原宮跡へ向かいます。

  • 藤原宮へ至る一帯は畑が広がっています。<br />さきほど登った耳成山がよく見えます

    藤原宮へ至る一帯は畑が広がっています。
    さきほど登った耳成山がよく見えます

  • 耳成山から藤原宮跡までは1.5㎞くらい。<br />広い敷地にポツンと説明板があります。<br /><br />日本で初めて政務執行や式典の施設、天皇の住居や寺などを集め、長安の条坊制をモデルにした碁盤の目の都市でした。694年から710年と16年間の短い間でしたが、その後の平常京に引き継がれる京の先駆となった都でした。<br />

    耳成山から藤原宮跡までは1.5㎞くらい。
    広い敷地にポツンと説明板があります。

    日本で初めて政務執行や式典の施設、天皇の住居や寺などを集め、長安の条坊制をモデルにした碁盤の目の都市でした。694年から710年と16年間の短い間でしたが、その後の平常京に引き継がれる京の先駆となった都でした。

  • 大極殿跡。礎石跡の模型があります。<br /><br />耳成山、香久山、畝傍山の3点を結ぶと、きれいな二等辺三角形ができ、その中心に藤原宮があります。これは偶然ではないでしょう。

    大極殿跡。礎石跡の模型があります。

    耳成山、香久山、畝傍山の3点を結ぶと、きれいな二等辺三角形ができ、その中心に藤原宮があります。これは偶然ではないでしょう。

  • 藤原宮跡を後に、畑の中の道を香久山方面へ向かいます。

    藤原宮跡を後に、畑の中の道を香久山方面へ向かいます。

  • 路の途中に咲いていた桃と梅の花。早春です。

    路の途中に咲いていた桃と梅の花。早春です。

  • 香久山に登る前に、麓の天香山神社に立ち寄ります。

    香久山に登る前に、麓の天香山神社に立ち寄ります。

  • 簡素な造りながら、良い雰囲気の神社。<br />手前に紙垂(シデ)で三角形に囲われた石がありました。<br />

    簡素な造りながら、良い雰囲気の神社。
    手前に紙垂(シデ)で三角形に囲われた石がありました。

  • 何でしょう?と神社にいらした地元の方にお尋ねすると、かつてこの石の上で吉凶を占ったそうです。<br />(牛の骨にヒビを入れて占ったと神社前に説明書きがありました。)<br />白鳳時代からのものでしょうか。

    何でしょう?と神社にいらした地元の方にお尋ねすると、かつてこの石の上で吉凶を占ったそうです。
    (牛の骨にヒビを入れて占ったと神社前に説明書きがありました。)
    白鳳時代からのものでしょうか。

  • それでは香久山に登ります。<br />結構急な登りですが、高くないのでさほど時間はかかりません。

    それでは香久山に登ります。
    結構急な登りですが、高くないのでさほど時間はかかりません。

  • 頂上近くの標識。いろいろ見どころがありそうです。<br />今回、この地域以外でも、見たい場所はたくさんあったのですが、時間の制約もあるので、パスした箇所は次回のお楽しみとしましょう。

    頂上近くの標識。いろいろ見どころがありそうです。
    今回、この地域以外でも、見たい場所はたくさんあったのですが、時間の制約もあるので、パスした箇所は次回のお楽しみとしましょう。

  • 香久山・山頂(132m)に到着!<br />見晴らしの良い山頂です。目の前の三角形の山は、畝傍山。右手には二上山も見えます。

    香久山・山頂(132m)に到着!
    見晴らしの良い山頂です。目の前の三角形の山は、畝傍山。右手には二上山も見えます。

  • 山頂にあった山の説明板。<br />舒明天皇の御詠歌が一緒に書かれています。

    山頂にあった山の説明板。
    舒明天皇の御詠歌が一緒に書かれています。

  • 両神(国常立神と高龗神)を祀る小さな神社。

    両神(国常立神と高龗神)を祀る小さな神社。

  • 神社の名前は 國常立(クニトコタチ)神社。<br />国土形成の神様なんですね。<br /><br />下山時、イザナミの神様を祀る小さな神社(というより祠のような大きさ)もありました。イザナギは見落としました。

    神社の名前は 國常立(クニトコタチ)神社。
    国土形成の神様なんですね。

    下山時、イザナミの神様を祀る小さな神社(というより祠のような大きさ)もありました。イザナギは見落としました。

  • 山の麓まで下ると、天岩戸神社があるので、ここも見学。<br />神話の世界を総ざらいするような気分です。<br /><br />小さな鳥居が親しみやすく、とても入りやすい神社です。

    山の麓まで下ると、天岩戸神社があるので、ここも見学。
    神話の世界を総ざらいするような気分です。

    小さな鳥居が親しみやすく、とても入りやすい神社です。

  • なるほど。<br /><br />神妙にお詣りしました。

    なるほど。

    神妙にお詣りしました。

  • 里道に戻ります。里道から見た香久山。

    里道に戻ります。里道から見た香久山。

  • バイパス近くで、発掘調査作業がおこなれていました。

    バイパス近くで、発掘調査作業がおこなれていました。

  • ここは、かつて紀寺というお寺があった跡です。<br />謎の多いお寺だとか。今は何もない広場です。

    ここは、かつて紀寺というお寺があった跡です。
    謎の多いお寺だとか。今は何もない広場です。

  • 説明板だけで、想像するしかありません。

    説明板だけで、想像するしかありません。

  • どんどん行きます。<br />次は本薬師寺跡です。

    どんどん行きます。
    次は本薬師寺跡です。

  • 飛鳥川を渡り、本薬師寺跡へ。

    飛鳥川を渡り、本薬師寺跡へ。

  • 本薬師寺跡。小さな神社のお堂と礎石がある、さほど広くない場所です。<br /><br />現在の薬師寺は、奈良市西ノ京町にありますが、創建されたときはこの地にありました。天武天皇が皇后の病気全快を願って建てたのですが、平城京に遷都したため、お寺も移りました。それだけ大切なお寺だったということですね。

    本薬師寺跡。小さな神社のお堂と礎石がある、さほど広くない場所です。

    現在の薬師寺は、奈良市西ノ京町にありますが、創建されたときはこの地にありました。天武天皇が皇后の病気全快を願って建てたのですが、平城京に遷都したため、お寺も移りました。それだけ大切なお寺だったということですね。

  • 礎石。狭い敷地に似合わぬ大きさです。<br />敷地内部から入口を見ています。

    礎石。狭い敷地に似合わぬ大きさです。
    敷地内部から入口を見ています。

  • 敷地内のお墓の隣にある像。猿でしょうか。飛鳥の名残のような気がします。

    敷地内のお墓の隣にある像。猿でしょうか。飛鳥の名残のような気がします。

  • 仏様の首。首しかありませんが、お顔は穏やかです。<br /><br />本薬師寺跡は、思ったより雑然としていましたが、奈良以前の雰囲気を感じる印象深い場所でした。

    仏様の首。首しかありませんが、お顔は穏やかです。

    本薬師寺跡は、思ったより雑然としていましたが、奈良以前の雰囲気を感じる印象深い場所でした。

  • 三山最後の山、畝傍山を目指します。

    三山最後の山、畝傍山を目指します。

  • 近鉄・畝傍御陵前駅近くまで来ました。<br />駅下のトンネルをくぐり、橿原神宮エリアに向かいます。<br /><br />橿原神宮は畝傍山の麓にあります。

    近鉄・畝傍御陵前駅近くまで来ました。
    駅下のトンネルをくぐり、橿原神宮エリアに向かいます。

    橿原神宮は畝傍山の麓にあります。

  • 橿原神宮一帯は、人家や畑は無く、広い公園(若桜友苑)となっています。<br />芝生が敷き詰められた道を進み、山道に入ります。

    橿原神宮一帯は、人家や畑は無く、広い公園(若桜友苑)となっています。
    芝生が敷き詰められた道を進み、山道に入ります。

  • 急な山道。三山の中で一番標高が高く、汗をかいて登りました。

    急な山道。三山の中で一番標高が高く、汗をかいて登りました。

  • 畝傍山(199m)到着。山頂には神社があったようです。

    畝傍山(199m)到着。山頂には神社があったようです。

  • 畝傍山山頂から西側を見ます。<br />山の下左側の集落は、昨年歩いた葛城古道・風の森周辺。<br /><br />葛城氏が活躍した古墳時代から、時代は下り、飛鳥・大和時代の中心地に今います。<br />たくさんの人が、戦い、交流し、生きてきた地を歩き、自分が今ここに立っていることが、少し不思議な感じがします。<br /><br />里山の美しさが、静かで安らかな歩きをさせてくれました。<br /><br />長い歴史を経て、今、荒れた地になっていないことは先人皆さまの努力の賜物でしょう。

    畝傍山山頂から西側を見ます。
    山の下左側の集落は、昨年歩いた葛城古道・風の森周辺。

    葛城氏が活躍した古墳時代から、時代は下り、飛鳥・大和時代の中心地に今います。
    たくさんの人が、戦い、交流し、生きてきた地を歩き、自分が今ここに立っていることが、少し不思議な感じがします。

    里山の美しさが、静かで安らかな歩きをさせてくれました。

    長い歴史を経て、今、荒れた地になっていないことは先人皆さまの努力の賜物でしょう。

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