2019/10/03 - 2019/10/21
52位(同エリア597件中)
くっさんさん
(まえがき)
〇アンナプルナサーキットトロンパス越えの達成感に浸っていたところ、友人の年賀状に「トロンパス越えの投稿はまだかぁ?」とあり、急遽、奮起して投稿することにした。
(挑戦)
〇一昨年(平成30年10月)、友人と古希を1年前にして初めてアンナプルナ内院トレッキングに挑戦し、今回もその友人と古希にして初めてアナンプルナサーキットトロンパス越え(5416m)に挑戦、そして、踏破した。
〇この投稿が、特に「アンナプルナサーキットトロンパス越え」挑戦を思案中の古希前後の方の参考に資すことができたら、大変幸いであります。
(日程)
〇10/3 日本発⇒(バンコック経由)⇒10/4 カトマンズ'着
〇10/5 カトマンズ発⇒ポカラ着(飛行機利用)
〇10/6~10/16 ポカラを発し11日間かけてアンナプルナ山群の外周を一周してポカラへ帰る
〇10/17~1018 ポカラ滞在
〇10/19 ポカラ発⇒カトマンズ着
〇10/20 カトマンズ発⇒(バンコック経由)⇒10/21帰国
(ハプニング発生)
①期間が、ヒンドゥー教の「Dashain(ダセイン)」祭りにぶち当り、カトマンズ⇒ポカラ間のツーリストバスの予約が取れず。~急遽ホテル支配人をして飛行機を予約。(※バスであれば約1500ルピーで行けるところ、1万ルピーの出費(?))
②カトマンズ空港で機内預けしたダッフルバッグがポカラ空港で出てこない。~空港職員に「日本語」でまくしたてる。(同様無い人が私他3人がいた。)職員は、次の後続機に載ってくるとのこと。ヒヤヒヤしながら後続機を待ったがその後続機には載っていない。すると、そのあと、4人分のみの荷物だけを載せた「特別機」が到着した。やっと荷物をゲット。(※荷物の引換半券の重要性を改めて実感した。)
③「ダセイン祭り」でガイドもポーターも休みでいない。ホテルオーナーをしてようやくガイドは探したものの肝心のポーターが見つからないという。(※ポーター無しで約16キロのダッフルバッグを背負っていく自信は到底ない。)交渉の結果、ガイドが、祭りで休みの実弟(学生)を連れて来ることで話がついた。(※ガイド料が少し高めとの条件あり~5万ルピーとチップを少し弾んでほしいとのこと~。もちろんOK。チップは終了後、当然弾んで支払った。)
(2人に感謝)
※ガイド ~Rabin(ロビン君) …24歳(英語堪能)
※ポーター~Parbin(パビン君)…18歳
【NO2では、マナン⇒ヤクカルカ間の写真を投稿 ご笑覧を!】
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 飛行機
- 航空会社
- タイ・エアアジア
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
NO1
・10/4 14:10発カトマンズポカラ行きは約1時間30分遅れで離陸(※飛べばよい。気にしない!)
・幸いにして座席は機体後方右の窓側。ひょっとして「マナスル」を望むことができるのではないか?と、期待したが離陸時は雲が立ち込めどんよりとした空模様。
・飛行機は離陸して約20分後に雲上に出た。すると、その約5分後、なんと雲上にマナスルが顔を出していたぁ~。(「やったぁ!」と、心の中で叫ぶ。飛行機代は、これでチャラしても良いと、納得(笑))
※マナスル~標高8163m 世界第8位 。 1956年5月9日、日本隊が初登頂に成功した。マナスルは、別名「精霊の山」と呼ばれている。 -
NO2
・飛行機の出発は遅れたが、アテンダントはこのような綺麗な方。機内説明は真剣そのものでした。 -
NO3
・機内でキャラメルの配布がありました。
・なめ終わったころ機体が降下し始めた。 -
NO4(ハプニング発生~機内預けのダッフルバッグが載ってない)
・搭乗手続きの際預けたはずの私の「ダッフルバッグ」が搭乗機に乗っていない。(職員に詰め寄る)職員は私の引換半券番号を確認しどこかへ携帯で電話。言うには、全体の荷物重量がオーバーしたため次便で運ぶことにしているとのこと。(※最終的に、私他3人の荷物が載っていなかった。)
・しかし、次便は約30分後に到着したものの、この後続機には積み込まれていなかった。イライラ、ハラハラ、ドキドキ感は増すばかり。すると、その後、すぐに1機が到着した。なんと、この1機はカトマンズから我々4人分の荷物のみを積み込んできた特別機であった。兎に角、ダッフルバッグをゲットしてひと安心!
(初の体験!、荷物引換半券は絶対紛失してはならないことを身をもって体験した。今は、(笑)で済ませて良かった。) -
NO5
・アンナプルナサーキット11日間の行程見取図(●印は宿泊場所)
・「NO1」では
〇10/3~10/9
〇サーキット第1~第4日目まで
〇カトマンズ⇒ポカラ⇒ベシサハール⇒チャーメ⇒マナンまで -
NO6(10/6 アンナプルナサーキット第1日目)
・ポカラ⇒ベシサハールまでバス移動。
・早朝、タクシーでポカラ旧市内のバスセンターに赴き、このバスに乗り込んた。(午前8時20分出発)普通のバスを想像していたが、なんと、「トヨタハイエース」でないか。日本では、絶体、車検に通りそうもない車。しかも、超満員。(ガイドの計らいで助手席に乗車)
・写真は表に出せないが、運転席には運転手含め大人3人子供2人の5人が乗り合わせた。~日本では乗車定員違反。しかも、道中、客があれば拾って乗せるために車内は立見のギュウギュウ詰め。
・荷物はもちろん車上へ~落ちないかハラハラ。
・運転手の運転は相当なもの。お構いなく、追い抜き、そして飛ばすが優秀な運転技術(?)で、目的地までは事故無し。 -
NO7(第1日目)(ポカラ⇒ベシサハール)
・ヒンドゥー教の「Dashain(ダセイン)祭り」で、道中の道端では、各地で、牛や羊等の肉解体処理を行っていた。(※牛の首が転がっているキワドイ写真は割愛) -
NO8(第1日目)
・NO7と同じ -
NO9(第1日目)
・ポカラを出て約1時間30分のところでトイレ休憩となった。
・日本でいうところの「ドライブイン」。けっこう車両が立ち寄っていた。
・飲食店が立ち並んでいた。 -
NO10(第1日目)
・10/6午後0時30分「ベシサハール」着。
【ポカラ⇒ベシサハール間の所要時間~約4時間】
・写真右手が宿泊ホテル
・標高760m -
NO11(10/6 第1日目)
・ベシサハールの街散策
・アンナプルナサーキットやマナスルへの玄関口か(?)。 -
NO12(第1日目)
・ベシサハールの街散策
・サーキット道中の中では大きな街であった。 -
NO13(10/7 第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
【ベシサハールからジープに乗って10/7 8:00発】
・運転席には運転手含め大人3人、後部座席には大人4人、更にその後ろの座席には大人6人、計13人が乗車。(ネパールには定員オーバーの基準無しかぁ(?)。とにかく、ギュウギュウ詰め。
・ホテル発してすぐの道路脇でも写真のように肉解体処理中。 -
NO14(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・川水の流れる中に道路あり。 -
NO15(第2日目)
・我々の乗ったジープがベシサハールを発して約20分走行したところで、車のサスペンションを修理した。
・毎日悪路を走るジープなので痛むのも無理はなかろう。 -
NO16(第2日目)
・若者が手際よく良く修理していた。(修理時間~約1時間) -
NO17(第2日目)
・村の生活。ここには「幸せ」がある。 -
NO18(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・ベシサハールのホテルを発して、約1時間30分走行したところに設けられたチェックポイント -
NO19(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・10/7 9:36 前方正面に、初めて「ラムズン・ヒマール(Lamjun Himal)」(6983m)が顔を出した。 -
NO20(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・10/7 9:50頃、坂道に差し掛かったところで、上がる道路が損壊し通行止めとなっているとのこと。解除されるまで相当の時間がかかるという。我々はジープを降車し麓にある村の中で待機した。 -
NO21(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・通行止めが解除されるまで約1時間30分村の中で待機した。 -
NO22(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・通行止めは解除となった。(解除時間10/7 11:10)
・写真は、道路損壊(ガタゴト)のため、ガイドが運転手に代わって降車し、車が走行できるように敷石を置くところである。(10/7 11:52) -
NO23(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・断崖に造られた道路をチャーメに向け、ジープは走行した。(10/7 11:55) -
NO24(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・昼食場所に到着(10/7 12:00) -
NO25(第2日目)
・愛層の良い優しい女将さんでした。
・皆さんは「ダルバード」をお腹一杯食べていましたが、私は、口に合わず、スパゲティのような物を注文した。(※正直、ネパールの人には悪いが、ネパール料理は本当に苦手です。)
・約50分、食事タイムをとった。
・メモにはこの場所を「ジャムチェ」と書いておりますが、定かではありません。 -
NO26(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・昼食場所から約10分(10/7 13:07)走行したところに大滝があった。
・運転者が写真撮影タイムをとってくれた。
・落差は優に50mあると思う。 -
NO27
・滝は瀑布となって「マルシャンディ川」に流れ込んでいた。虹が出ており壮観! -
NO28(第2日目)(^ベシサハール⇒チャーメ)
・道路損壊と落石のため、運転手以外全員降車した。こんな石が落ちてくるとアウトだぁ!
・こんな道路を走行するジープのサスペンションが痛むのも十分理解できるなぁ。
・場所は、大滝過ぎてすぐのところ(10/7 13:14) -
NO29
・車の離合も大変だぁ~。 -
NO30(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・チャーメまでは未だ未だ距離がある。 -
NO31(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・崖が崩落したした悪路をジープは走行した。(10/7 13:34)
・右下は断崖絶壁、運転を誤って転落すれば一巻の終わり。運転手に命を預けるしかない。 -
NO32(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・単車便が、けっこう走行していた。
・悪路を単車で走るのは大変だと思うのだが・・・ -
NO33(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・道中、至るところで滝が道路に流れ出していた。(10/7 14:04) -
NO34(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・「タラバ二」のチェックポイント(10/7 14:18) -
NO35(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・右下は断崖となって川が流れている。狭い道幅、緊張が走る。
(10/7 15:08) -
NO36(第2日目)(ベシサハール⇒チャーメ)
・チャーメ着(10/7 16:07)
【ベシサハール⇒チャーメ間の所要時間 約10時間】
・道路左手の建物が宿泊ホテル
・ジープ代金1人2000ルピー(2000円) -
NO37(第2日目)(チャーメ)
・宿泊ホテル~ホテルローヤルガーデン
・標高~2670m
・宿泊料金~1000ルピー(1000円)
・綺麗で快適なホテルであった。 -
NO38(第2日目)(チャーメ)
・中庭にはマリーゴールド等の花が植えられており、疲れを癒してくれた。その心遣いが嬉しい。 -
NO39(第2日目)(チャーメ)
・青い建物は温泉の建物という。
・聞くと、タトパニ温泉よりはややぬるめだという。(※入浴せず) -
NO40(第2日目)
・本来であれば、この方向(東)に「マナスル(8163m)」が聳えているというが、生憎見えない。残念! -
NO41(10/8 第3日目)(チャーメ⇒ピサン)
【本格的トレッキングの開始 ホテル発10/8 7:35】
・この地域からはチベット仏教の聖地。これからの道中、チョルテン(仏塔)が随所にあった。(撮影時間 7:48) -
NO42(第3日目)(チャーメ⇒ピサン)
・振り返ると、アンナプルナ第Ⅱ峰(7937m)が聳えていた。(10/8 7:52) -
NO43(第3日目)
・チャーメのホテルを発し約30分歩くと、道路両側に「リンゴ園」があり、日本でいう「道の駅」らしき建物内ではリンゴが販売されていた。
・今や、ネパールではリンゴが各地で栽培されている。小さいが美味しい! -
NO44(第3日目)(チャーメ⇒ピサン)
・リンゴ販売所で小休止後、約10分歩いた先の崖のところで川を覗き込む人だかり有り。何事かと、急いでかけつけ断崖下を流れるマルシャンディ川を覗くと、なんと、川へ転落したジープの残骸が激流にもまれていた。
(10/8 9:55) -
NO45(第3日目)
・激流にもまれているジープの残骸。
・載っていた人の安否を気遣うが、この道路から転落したとすれば・・・多分助からなかったと思う。残骸を引き上げようにもできないのだと思う。 -
NO46(第3日目)(チャーメ⇒ピサン))
・ジープ転落場所から約30分歩るくと、左手を流れる川に架かる吊橋有り。この吊橋を渡って森林帯の中を入り、非常にキツイ林の中の急坂を登って行った。
・川上の右手丘の斜面は、大きな一枚岩が広がっていた。
(10/8 10:25) -
NO47(第3日目(チャーメ⇒ピサン)
・前NO46番の吊橋から約300m登った急坂の林の中腹に茶屋(女性がひとりいた)があった。この茶屋から先は幾分緩やかな上りとなり、少々楽になった。
・この茶屋で、しばし休憩をとった。(スプライトがうまい!)
(10/8 10:36) -
NO48(第3日目)(チャーメ⇒ピサン)
・NO46番の吊橋からの坂道を約1時間30分かけて上り切ると平坦な整地された広い道路に出た。
・そして、その整地された道をまっすぐ約30分進むと、川を渡る橋のところに出た。(NO46番の吊橋から歩いて約2時間のところ)(橋の撮影~10/8 12:33) -
NO49(第3日目)(チャーメ⇒ピサン)
・前NO48番の橋からはなだらかな上り道が続き、この整地された道を約45分歩くと左斜めの小道に入った。前方に今晩宿泊するピサン村のホテルが見えてきた。
(10/8 13:16) -
NO50(第3日目)(ピサン)
・宿泊ホテル~「HOTER ALOBAR」に到着(10/8 13:30)
・ピサンの標高~3300m
・天気は崩れホテルに着後、雨となり、早朝まで降り続いた。(道中はなんとか雨に降られなくて良かったぁ~)
・宿泊料金は600ルピー(綺麗な部屋であった分、非常に安いと感じた~ありがとう!)
【チャーメ⇒ピサン間の所要時間~約6時間】 -
NO51(第4日目~10/9)(ピサン)
・前日から降り続いた雨も上がったので、早朝、暗い中、ホテルのテラスに出て、早朝撮撮影を試みた。(10/9 5:36)
・南方向にアンナプルナⅡ(7937m)とアンナプルナⅣ(7525m)が聳えていた。 -
NO52(第4日目~10/9)(ピサン)
・テラスより下方(東)を望むと、林の中に雲海が発生していた。ここは標高3300mである。 -
NO53(第4日目~10/9)(ピサン)
・アンナプルナⅡ峰(7937m)の山頂に朝日が射した。撮影を試みる者としてはこの瞬間がたまらない。(10/9 6:06) -
NO54(第4日目~10/9)(ピサン)
・稜線(アンナプルナ)の雪煙が朝日に照らし出された。(10/9 6:07) -
NO55(第4日目~10/9)(ピサン)
・寒い中、辛抱してこの瞬間を待っていたのだ!。この瞬間の絶景を見るために来たのだ!!!~感動
(10/9 6:07) -
NO56(第4日目)(ピサン)
・アンナプルナⅡ峰(左)とアンナプルナⅣ峰(右)の山頂に朝日が射す。
(10/9 6:07) -
NO57(第4日目~10/9)(ピサン)(ピサン⇒マナン)
・朝日に燃えるアンナプルナⅡ峰(7937m)
・私にとって感動する瞬間である。この後、どんな絶景が待ち受けているのだろうと想像するだけも胸がドキドキする。(10/9 6:09)
・いつまでも眺めていたい絶景ではあるが、7:25ホテル発して、次のマナンに向うこととした。 -
NO58(第4日目~10/9)(ピザン⇒マナン)
【トレッキング開始 7/9 7:25発】
・ホテルを発して谷へ下りて行った。(10/9 7:28)
・天気も回復して絶好のトレッキング日和となった。 -
NO59(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・谷へ下りる途中、藪の中から突然、牛の出現(おはようの挨拶かぁ~)。(びっくり仰天!)
(7:40) -
NO60(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・谷を流れる川に吊橋が架かっており、この吊橋を渡って対岸に出た。(7:48) -
NO61(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・川沿いを進むと仏塔【チョルテン】があった。仏塔はその左側を通行することとなっている。(7:56)
・この地はチベット仏教の聖地。 -
NO62(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・前61番のチョルテンの横を通り整地された緩やかな上り道を歩くこと約1時間、その道路が大きく左U字カーブするので、我々は、近道するため突当たりの山をまっすぐ上へ(急坂)を登った。登ること約5分、先ほどの整地された道路に出た。
・そして、その整地された緩やかな上り道を歩くこと約1時間、右手にチョルテンがあり、そのチョルテンを過ぎると、写真のようなU字谷が飛び込んできた。正に昔、氷河が削ってできた谷である。(8:57)
・ここが峠となっており、我々は下って行った。 -
NO63(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・U字谷の左手を下って行くと紅葉している林の中に入った。(9:05) -
NO64(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・62番の峠から林(途中から松林となる)を下ること約15分、整地された広い道路に出た。
・左手にはアンナプルナⅢ峰(7555m)が聳えており、そのアンナプルナⅢ峰を見ながらそのⅢ峰の裾野を歩いた。(写真は峠から約1時間歩いた付近【9:52】)
・振り帰ると、左手前方にピサン・ピーク(6002m)が聳えていた。 -
NO65(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・道路左手は麦畑と蕎麦畑が続いており、地元の人達が刈入れの作業中であった。こちらを向いて手をあげてくれた。ネパール人は良い人達だ・・・。(9:56) -
NO61(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・蕎麦刈り中(10:05)
・長野県伊那市の「赤蕎麦祭り」の案内看板に「原産地はヒマラヤ」とあったのを思い出した。その原産地の赤蕎麦である。今回、食べていないので美味しさはわからないが、いつかは食べてみてみようと思いながら歩いた。 -
NO62(第4日目)(ピサン⇒マナン)
【フムディ村(Humde)】(10:10)
・村に入る手前には石門があり、これをくぐって村の中に入った。
・標高3280m -
No63(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・フムディ村のチェックポイント(10:12)
・ここで小休止した。 -
N064(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・フムディには小さな空港がある。(フムディ~ポカラ間)
・離発着する航空機には出会えなかったので滑走路を撮影した。(10:30) -
No65(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・滑走路を右手に見た後、整地された道を歩くこと約30分、川に架かる橋があり、この橋を渡った。(10:56) -
NO66(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・橋の左手前方にはアンナプルナⅢ峰が聳えていた。(10:56) -
NO67(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・左手のアンナプルナⅢ峰を見ながら歩いた。前方のガンガプルナ峰(7454m)やティリチョ・ピーク(7134m)といった高峰が視界に入ってきた。
(11:07) -
NO68(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・振り返ると、後ろに牛が・・・ついてきていた。(笑)(11:10) -
NO69(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・前から歩いてくる「馬隊」とすれ違った。きっと、重たい荷物を運んでの帰りだろうか・・・(ご苦労さん) (11:20) -
NO70(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・フムディ村から歩いて約1時間、川に架かる橋があり、この橋を渡って進んだ。(11:23) -
NO71(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・フムディ村を発して約1時間15分、昼食場所「バラカ(Braka)」に到着した。
(11:31)
・標高3439m -
NO72(第4日目)
【バラカ】~標高3439m
・我々が食べている横で猫が居眠りスヤスヤ・・・。(発つまで「ネンね」していた・・・)(12:03) -
NO73(第4日目)(vピサン⇒マナン)
・食事を終え、発してすぐのところ(左手)にチョルテンがあった。(12:45) -
NO74(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・このような未舗装の道を歩いて「マナン」に向かったが、前方からは猛スピードで砂埃をあげながら走って来るバイク便有り。この砂埃には参った。(12:53)
・食事場所から発して約30分付近。 -
NO75(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・左手には綺麗な川が流れており、この川沿いをひたすら歩いた。(12:58) -
NO76(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・ラサのポタラ宮を小さくしたチベット仏教の寺院が右手に見えてきた。
(13::07) -
NO77(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・寺院の周辺は、パキスタン北部の名峰「カテドラル」と同じような山並が続いていた。(13:11) -
NO78(第4日目)(vピサン⇒マナン)
・道路中央部に分離帯(?)があった。(13:13)
・マナン村に近づいてきた。 -
NO79(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・「マナン村(Manang)」に入る手前には大きな門があった。
(13:33) -
NO80(第4日目)(ピサン⇒マナン)
・マナン村ホテルに到着した。(13:40)
・標高3540m
【ピサン⇒マナン間の所要時間~約6時間15分】
【高度順応のためマナン村で2泊 以後は、「NO2」を!】
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