2018/10/05 - 2018/10/07
11269位(同エリア46544件中)
su3さん
せっかくの連休だし、京都に行こうよ。の一声から、友人と共に京の街を楽しんできました。丁度、話題の展示もあったので、ついでにと足を運んだのですが、思っていた以上の大人気で、学芸員さん達は嬉しいだろうなと思ってみたり。後半は、厄落としに東大阪にも足を運びました。御利益ありがたし。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
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友人との待ち合わせの前日、大津駅直結の綺麗なカプセルホテル、CALENDAR HOTELに宿泊。
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CALENDAR HOTELにはオシャレなレストランも併設していて食事も困りません。
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カプセルホテルに泊まるのは初めてだったのですが、ジャワーブースも共同スペースも綺麗で、寝る場所も快適でした。
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翌朝、チェックアウトを済まし、
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レストランエリアでコーヒーをいただいて目を覚まします。
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外はどんより曇り空。
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大津駅から9分で京都駅到着。近いなぁ。
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京都駅中央改札で友人と再会し、荷物をロッカーに預けて、いざ観光へ!
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バスに乗って船岡山のバス停で降り、看板を便りにてくてく歩いて行くと、建勲神社のある船岡山入口が見えてきました。
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船岡山は京都市風致地区・国の史跡・京都の自然200選に指定されているそうです。
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北参道の階段を上っていきます。
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あれ?なんか変な箇所がある。
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9月4日の台風21号で京都市内にも大きな被害が出たのですが、こちらも例に漏れず大きな木が倒れていました。根こそぎ倒れてる・・・。
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無事な周囲との対比が激しい倒木跡。
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更に階段を上ります。
しっとりと雨に濡れた苔が綺麗です。 -
全体の敷地図と説明がありました。船岡山の半分を占めているんですね。
御祭神は織田信長で大願成就・開運・難局突破・産業指導の神・災難除けの神として広く崇敬されているそうな。確かに全部、なんとかしてしまいそうな感じがある人だしね。 -
社号標横の階段を上り、
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奥に進むと、
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境内の広場に出ました。手水舎に台風の被害が見えます。手は清められないのは仕方がないね。
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手水舎横の階段を上がり、拝殿でお参り。
奥の神門にも台風の被害があったようで、雨よけのブルーシートがかかっていました。 -
社務所によって御朱印をいただきます。調度、御朱印のスタンプラリーが開催されていたので参加してみました。
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こちらに所蔵されている刀がゲームの擬人化で有名になったので、こんな色紙もありました。
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社務所から繋がって建っていた貴賓館。入れはしませんでしたが、実は瀟洒な近代和風建築なんだそうです。
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今度は元来た道とは違う参道を通りましょうか。
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こちらも台風被害がちらほら。東参道の鳥居がない場所しか通れない状態になっていました。
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これにて失礼いたします。ごきげんよう。
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建勲神社前のバス停まで行きます。
この頃には雨がすっかり上がっていました。 -
かなり前にバスが行ってしまっていたので、待ちながら近くの様子をキョロキョロ見ていたら、バスが来ました。早速、乗り込みます。
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バスに揺られて東山三条へ。だんだん晴れてきました。
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バス停から降り、てくてく歩いているとこんな碑が。ここで坂本龍馬の祝言が挙げられたんですね。
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お宿の看板犬かな。
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次の目的地である粟田神社に到着。
三条通の参道入口にある、提灯がいっぱいつり下がっている屋根付き鳥居?をくぐります。 -
こちら粟田神社では、建速素盞嗚尊・大穴牟遅命を主祭神として祀り、厄除け・病除けの神と崇敬されてきてるのですが、京都の東の出入口の土地柄もあり、旅立ち守護・旅行安全の神としても知られています。この旅の祈願もしておきましょうかね。
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粟田神社に現在伝わる剣鉾は18基あり、いずれも精緻な細工が施されているそうです。大燈呂とは大きな灯篭の山車のこと。どちらも粟田祭で見られるとか。
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粟田焼って何だろう?と思って後で調べたら、京都の陶磁器発祥の地が粟田口なんだそうです。
ちなみに江戸時代に発祥した粟田焼自体は、跡継ぎに恵まれず、一度、滅んでしまいました。しかし、粟田焼の窯元「鍵屋」の後継者である安田浩人という方が復活させたそうです。 -
参道の一之鳥居。
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民家の間を通る参道なんですね。
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参道と道路を挟んで見える二之鳥居。
扁額に感神院新宮の文字が見えます。粟田神社で昔に祀っていた方にまつわる神社の呼び名ですね。 -
江戸時代までは粟田天王社と呼ばれていたそうです。
将軍塚東山トレイルコースがあるんですね。 -
さあ、本殿に向かいましょう。
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お邪魔しまーす。
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植物でおしゃれなことになっていますね。
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緑のトンネルが美しい上りの石段とスロープ。紅葉シーズンも美しいのだろうな。
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まずは本殿に行き、お参りしましょう。
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この楓が赤く色づいたら、かなり綺麗でしょうね。この楓の近くには、光格天皇御胞衣之松の石碑が近くにありました。元々あった松は、枯死してしまったんだそうです。
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粟田祭が近いためか、境内では着々と準備が進んでいました。
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桧皮葺拝殿には京神輿が鎮座していました。手前のミニ神輿は子供用かしら。
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この輿は何でしょうか。
祓串? -
この輿は何でしょうか。2
神楽面?天狗? -
これは・・・輿?神楽の奉納時に使うのかな。
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粟田祭の準備で大わらわな境内。
左側の鳥居は北向稲荷神社の鳥居で、雪丸稲荷と言う稲荷神さまがいらっしゃいます。この稲荷神は、三条宗近が一条天皇の勅命により作刀に取り掛かった際、童子に姿を変えて相槌を打って助けたんだそう。打ち上げた刀は一条天皇の宝刀・小狐丸になりました。謡曲「小鍛冶」は有名ですよね。 -
能楽堂の屋根が面白い。
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社務所に行って御朱印をいただきましょう。
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自転車用のお守りがあるんですね。
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境内を後にします。
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階段横にこんな場所もありました。何の祭壇でしょうかね。
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下りの景色も綺麗です。
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二の鳥居の横にある駐車場の奥をふと見ると、あれ?神社があるよ。
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鍛冶神社だそうで、祭神は作金者の祖である天目一箇神、刀工・三条小鍛冶宗近、刀工・粟田口藤四郎吉光も祀られています。つまり鍛冶の神様たちですね。
余談ですが、天目一箇神はひょっとこのモデルとされています。また、鍛冶に関わると目が潰れる方が多いといわれ、この神様もそこから天目一箇という名がついているのかもしれません。 -
注連縄をくぐって神域へ。
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お参りしましょう。そうしましょう。
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ふと右手側を見ると
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「太刀 真心を こめて錬ひし たちこそは 乱れぬくにの まもりなりけれ」という明治天皇の歌碑がありました。16枚の菊花紋が刻まれており、足下には三日月。
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あ、カマキリがいる。
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鍛冶神社をあとにして
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お腹も空いたのでお昼にしましょう。
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おいしいよと評判だった彩味こかじへGO!
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カウンターとお座敷を合わせて10人程度しか入らない小さなお店ながら、人気があるようで、我々が入った後は直ぐに満員でした。
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予約していたミニ懐石をいただきました。
はじめはお造り。鯛に鱧にマグロ。 -
野菜の寿司。彩り豊かで、山形で食べた漬物寿司ともまた違う感じ。
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鯛そうめん。まだまだ暑い日が続いていたので、つるつるのど越しがうれしい一品。
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豆腐の豆乳湯葉がけ。
豆腐の味が濃かったのでそのまま食べても美味しいし、ごまをすって入れても美味しいし、調味料を入れても美味しいし、三度楽しめる味でした。 -
イチジクを揚げて味噌をつけた一品。
初めての料理にびっくりしながらも、口に入れると「おいしい~!」 -
野菜の炊き合わせ、シメジの和え物、西京焼き、鰊の炊いた物など。
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おばんざいもお漬物もおいしいので、ついついご飯のおかわりをしてしまいました。
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次から次に美味しい料理が出てきて、最後は自家製の紫蘇ジュースとメロン。飲みやすい紫蘇ジュースはとても美味しかったです。
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お店を出て少し歩き、神宮道のバス停から博物館三十三間堂前までバスに揺られて移動します。
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京都国立博物館近くに降りるので、そのまま横を素通りします。
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暗雲立ちこめ、ラスボスがいそうな雰囲気。
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豊国神社へ。豊臣秀吉を御祭神としています。
名前はよく聞いていたけれど、行ったことなかったんだよね、ここ。 -
石の鳥居がお出迎え。
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参道を通り、手水舎で手を清めます。
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参道の先に見える唐門は、伏見城の遺構で桃山期の遺構と伝えられ、二条城から南禅寺の金地院を経て現在の地に移築されたものだそうです。
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祝い事用のタクシーだ。
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ちょうど式を挙げたご家族が写真を撮っていらっしゃいました。お嫁さん、綺麗だな。
秀吉の馬印になぞらえたひょうたん型の絵馬が門の両脇にずらりとつるされていました。 -
1598年に豊臣秀吉は東山阿弥陀ヶ峰の中腹に葬られました。その麓には廟社が造営されたのですが、徳川幕府により取り壊され、豊臣秀吉の御霊は新日吉神社に移されました。その後、この地に社殿が再建され別格官幣社として復興され、廟も阿弥陀ヶ峰の頂上に再建されました。
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社務所にて御朱印を頂きに行きます。いただいている途中にザーと通り雨。社務所の軒下で雨宿り。
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ほんの1・2分後には晴れてきました。暑かったのが少し涼しくなったね。
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七条駅から電車に乗って墨染駅まで向かい、京都でも特に歴史ある古刹である藤森神社へ。
勝運、馬関連、学問に、ご利益があると言われる神社です。 -
南門の石造鳥居をくぐります。
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あれ?扁額がありません。
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この石造鳥居には、かつて後水尾天皇宸筆の扁額がかけられていました。そのため、この扁額の前と通る時、駕籠から降りて拝礼し、槍なども倒して通行しなければ行けませんでした。新撰組局長の近藤勇が、動乱の時代にこのような悠長な事をしていてはいけないと、扁額を外してしまったとか。
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鳥居をくぐった先にある参道なのですが、
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正面の参道から拝殿の方向を眺めた景色はまるで流鏑馬会場。それもそのはず。藤森祭の時には、こちらで京都市登録「無形民俗文化財」に指定されている駈馬神事が行われる参道馬場なんだそうです。
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参道馬場を進んだ先には拝殿が見えます。
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境内には、藤が生えていました。藤森神社と呼ばれ始めたのは室町時代以降くらいで、この一帯にその昔藤の木がたくさん生えていたことから、この名前が着いたそうです。
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藤森神社は競馬関係者の信仰が厚く、毎月5日にはハズレ馬券を焼納する願駈祭まで行われているんだとか。立派な絵馬も奉納されていました。
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絵馬舎の横には、神馬像がありました。躍動的な像だね。
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拝殿に着きました。この拝殿は建物の中心を通り抜けることができる構造になっています。
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拝殿を抜けると本殿に着きました。さあ、お参りしましょう。
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藤森神社の本殿は本座、東座、西座と全く別の3神社から構成されています。
本座では、神功皇后、須佐之男命、別雷命、日本武尊、応神天皇、武内宿彌、仁徳天皇の7柱。東座では、舎人親王、天武天皇の2柱。日本書記の編者である舎人親王を祭神としているため、学問の神様としても信仰されているようです。西座では、早良親王、伊豫親王、井上内親王の3柱。
歴史を遡ると分かるのですが、神社のある深草の地の周辺にあった三つの神社が統合されて、現在もその名残として三つの座(中座、東座、西座)が設けられているのです。
色々な神様がぎゅっと祀られていますね。 -
本殿横には、御旗塚がありました。203年に三韓征伐から凱旋した神功皇后が、山城国・深草の里の藤森に軍旗を立て、兵具を納め、塚を作り、祭祀を行ったのが藤森社の起源なんだそうですが、その塚がコレ。旗塚の木の株をさすり祈ると腰痛が治るという話もあるそうで、新撰組の近藤勇も参拝し、腰痛を治したとか。
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本殿の右手側には、水が流れる石が。
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藤森神社の境内にある石組みからでる「不二の水」の意味は、2つと無いおいしい水という意味なんだそうで、武運・勝負運が開け、頭が良くなる水といわれています。近所の方が毎日水をくみにきて、これでお茶やコーヒーを煎れると美味しいのよと教えてもらいました。薦められるままに、空のペットボトルに水を入れて飲んでみましたが、確かにおいしい水ですね。
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神楽殿の前には藤袴がずらり。
こちらの神社は紫陽花も有名です。
更に、菖蒲の節句の発祥地でもあります。
蝦夷の乱の征討将軍の勅を受けた早良親王が、藤森神社に詣でて戦勝を祈願し出陣されました。その出陣の日が5月5日で、駈馬神事の始まりとなり、菖蒲の節句に武者人形を飾るのが安土桃山時代から始まったそうです。 -
参集殿という建物に社務所がありました。こちらで御朱印をいただきます。
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御朱印の受け渡しを待つ間、近くにいる猫を観察。歳をとっていて痩せてる猫で、人慣れしまくっていました。
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自販機に馬の写真がついてるね。
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宝物殿にも行ってみましょう。
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最近、太刀の鶴丸の写しが造られたようで、玄関先にはそれに対するお礼とお願いが書かれていました。
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こちらもゲームの擬人化した刀があるそうで、そのキャラクターグッズがたくさん奉納されたようです。ショーケースにびっしり飾られていました。
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玄関先以外の館内は撮影禁止でしたので、じっくり宝物殿を見学して、藤森神社を後にします。
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電車に乗って京都駅まで向かい、荷物をピックアップしたら、今日のお宿がある奈良へ。
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ホテルに荷物を置き、夕御飯を食べに外に繰り出すついでに興福寺に寄り道。いつ見ても五重塔は美しいな。
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ちょうど次の日がお披露目だった中金堂がライトアップされてる!
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おぉぉ!ライブ会場みたい(笑)思わず柵越しににじっと見入ってしまいました。五色の幕が風で揺らめきまくっていました。
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うーん、何を食べようかね。と奈良駅から続く商店街をふらついていたところ、天丼屋さんに入ることになりました。疲れた体に染みわたるほうじ茶。
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カウンター席に通されて手際良く揚がっていく天麩羅を楽しくながめました。
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食べきれるかどうか不安だったので、できるだけ量が少なめの天丼で・・・と選んだものがこちら。サクサクの天ぷらとご飯がカロリー摂取している気分になりますよね。おいしい。最後はやはりちょっと頑張って、なんとか食べきりました。
重くなったお腹を抱えてホテルに戻り、お風呂に入るといつの間にか就寝。 -
朝早めに起き、ホテルを出発し、京都駅からタクシーで開館30分前の京都国立博物館につくも、門の外までの列ができていました。
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列に並んで、少しすると館内外をぐるっと取り囲むように列が動き出しました。おかがで予想外の博物館散策ができたっていう。
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散策がてらいろいろ見ていたんですが、やはり建物が良いんですよ。細かなところまで面白い。
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平成知新館の建物が見えてきました。
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明治古都館の建築かっこいい!さすが片山東熊。赤坂離宮を設計しただけありますな。
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さあ、平成知新館に行くぞ!
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平成知新館のエントランスに、なんかいる。
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とらりんだ!刀剣男子の文字が書かれたTシャツを着ている(笑)
展示室は人でいっぱいだったけれど、広い場所でちゃんと分りやすく流れに沿って見せてくれている上に、体験イベント的なものにも参加できたり、色々な楽しみ方ができるようになっていたので、気が付いたら5時間近くいてしまいました。 -
お次はこちらの展示会場です。
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館内には、キャラクターのパネルがずらりと並び、物販所がありました。建物内の見応えもあり、これはこれで面白い展示でした。
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京都国立博物館の展示を見終え、昼食を食べ損ねてふらつく足取りの元、たまたま手元にあったパンをかじりつつバスに揺られて北野天満宮へ。一の鳥居ってこんなに大きかったっけ?と昔の記憶と比べつつ中へ。
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参道には屋台などもあり、道の両脇には臥牛、奥には楼門がみえます。楼門には「文道大祖 風月本主」の額が掲げられていました。
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三光門。
後西天皇が書いた「天満宮」の勅額が掲げられ、天井には日と月と星の3つの光が彫刻として彫られていることから名が付いたとも言われていますが、実際には星の彫刻だけがありません。平安京造営当初の大内裏があった場所から、帝が北野天満宮を遥拝される際に、この三光門の真上に北極星が瞬いていたので星は刻まれていないという伝説があるそうです。 -
本殿に到着。少しでも残念な頭が良くなりますように…。
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宝物殿に向かいましょう。
今回は有名な絵巻物などはなく、KYOTO NIPPON FESTIVALの開催にあわせて刀剣がほとんどの展示になっていました。
こちらは日本地図が刻印された鏡。でっかいものが入口にどーん。
宝物殿はカメラの撮影禁止でスマホの撮影はOKという謎な仕様になったいたんですが、きっとこれは、インスタに上げてもっと広めてねってことだと解釈して、そっとカメラをしまいました。 -
鬼切丸の特別展示があるということで、池坊による作品も展示されていました。擬人化したキャラクターイメージと合わせた作品なのでしょうね。
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件の鬼切丸はこんな感じで展示されていました。
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こんなものもありました。梅干しに金平糖だそうです。梅など北野天満宮ならではのものですね。
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かっこいい虎の絵馬。
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巴形薙刀は刃長が短く、先幅が広く、かつ反りも深く、非力な女性の体格に応じて、扱いやすくしたものなんだそうです。嫁入り道具の一つにさえなったとか。
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躍動感ある絵馬ですね。
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青江の刀の拵えに使っている柄巻きや下緒は青江だから青なんでしょうか。いや、違うよね。
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包丁みたいな厚さの脇差。これは、腰につけたら鉈みたいに見えそうだな。
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猫丸なんて可愛い名前だな、なんて思いながら説明書きを見てみたら、『道真公が壁に立てかけておいたら、走ってきた猫が当たり、瞬時に胴体が真っ二つになったことから名付けられている』という結構エグイ話が書いてありました。ひえぇ。
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反りがあまりないから、磨上された太刀かな。鞘の蒔絵が凄い。
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両刃造りの直刀だ。珍しいな。きっと典礼用として造られたんだろうね。
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馬の装束。キラキラしていてゴージャスだけれど、こいつは重いだろうな。
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友人が新幹線に乗る前に夕食をとろうと向かった京都駅地下街のラーメン屋さん。鶏だしが効いていて柚子の薫りが心地良いラーメンでした。こういうの、好きだな。
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京都駅でタワーを眺めた後は、友人と別れ、宿のある奈良へ。宿の方に色々楽しいお話をきいたり、のんびり本を読んだりした後、就寝。
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軽く朝食をとったあと、近鉄奈良駅から電車に乗り、平城京横を通って石切駅まで向かいます。
駅を出てすぐ見える石切劔箭神社の鳥居。商店街の方々のようこそが嬉しいですね。 -
てくてく歩いて坂道を降っていった先には、石切参道商店街が広がっています。
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石切劔箭神社に着きました。宝物殿も特別公開しているんですね。お参りがてらちょっと見ていきましょうか。
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ちょうど神火祭があるという話を聞いたので、御火焚祭神木に願いを書いて炊き上げてもらうことにしました。御火焚祭神木は、授与所で一本300円で売っています。これに、名前と願い事と数えの年を書きます。
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本殿と授与所の間の通りは雨よけの屋根が架けられ、面白い空間になっています。
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そこから神火祭を執り行なうため、ずらりと列んだ神職の方々がこちらから出発していました。
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納札所の入口から入った神職の方々が御火焚祭神木などが詰まれた八角形の部分を越えて、神火殿に歩いていきます。
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神火殿の中で祝詞を上げたり、巫女さんたちが舞を奉納していました。
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お祓いをして
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お清めを撒き、
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いざ点火!
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四方から火を付けていきます。
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一礼したあと、
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更に御火焚祭神木をくべていきます。
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全て御火焚祭神木をくべる前に電車の時間の都合で石切劔箭神社を後にしました。
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小腹が空いたので、帰り道の石切参道商店街で気になった石切あげを購入。
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ここで食べれますよ、といわれたのでお醤油をかけてもらってモグモグ。ほんのり温かい石切あげ(がんも)は美味しかったです。
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近鉄奈良駅にもどり、ナポリス ピッツァ&カフェで昼食。気軽にピザをいただけるのがいいですね。お腹も満たされたので、JR奈良駅から京都駅に向かい、新幹線に乗って帰りました。
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