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 2004年の夏のアゼルバイジャン旅行記です(初日はトランジットでモスクワ1泊、また、途中グルジアを挟みます)。昔の手書き旅行日記を整理し、自分の備忘用兼ねて作成しました。<br /> <br /> 当時、アゼルバイジャンはまだ石油の大開発で潤う直前の時代(その始まりくらいの時代)で、今とは全く別世界だと思います。GDPでいうと、現在の2019年時点で2004年時の10倍以上だそうです!当時はまだ観光地化されていなくて、観光客にほとんど遭遇しないまま(日本人には1人も遭遇しないまま)、不自由ながら気ままに旅行できました。<br /> <br /> 世界最大の湖・カスピ海の素晴らしい眺め、石器時代の貴重な遺跡、絶品料理など楽しみました。<br /> <br /> 一方で!、ホテルぐるみでいかがわしい商売を斡旋していたことや、ほとんどお湯の出ないシャワー、地下鉄駅での警官による所持金検査、よくわからないホテルのシステム、夜になると街灯がなく真っ暗になること、ほぼすべての設備が故障している飛行機などなど、まだまだ旧態依然としたものも多くて貴重な体験?でした。外国人(東洋人?)がよほど珍しいらしく、子供が集団で後ろをついてきたり、現地の人に興味本位で話しかけられたりしたことも新鮮でした!<br /> <br /> また、この当時、まだ若かったので、「旅行で写真をパシャパシャ撮るのは邪道で、何かを感じることが大事だ」といった変な思い込みがあり、まともな写真を撮っていないことが、後の今となっては、強烈に後悔しています。また、もっと食に関心を持っていれば、もっと充実した旅だったのにという後悔もあります。<br /><br /> 以下がスケジュールです。<br /> このうち【アゼルバイジャン】の①と②と、その前の【ロシアでトランジット】がこの旅行記です。<br /><br />2004年<br />【ロシアでトランジット】<br />9/11 ≪成田空港→モスクワ≫ 赤の広場、モスクワ郊外の風景<br />9/12 ≪モスクワ→バクー(アゼルバイジャン)≫ アエロフロートで移動<br /><br />【アゼルバイジャン①】<br />9/12続き ≪モスクワからバクーへ到着≫ <br />9/13 ≪バクー≫ グルジアビザ発給や航空券購入に奔走、カスピ海クルーズ、旧市街・新市街散策<br />9/14 ≪バクー→トビリシ≫ 飛行機移動<br /><br />【グルジア(現ジョージア)】<br />9/14続き ≪バクーからトビリシへ到着~ムツヘタへ≫ ムツヘタ観光など<br />9/15 ≪トビリシ~ゴリ≫ 日帰りでゴリを訪問<br />9/16 ≪トビリシ→バクー(アゼルバイジャン)≫ バザールで危険な目に 飛行機移動<br /><br />【アゼルバイジャン②】<br />9/16続き ≪トビリシからバクーへ到着≫<br />9/17 ≪バクー~コブスタン、スムガイト≫ バクーから2か所日帰り旅行へ<br />9/18 ≪バクー≫ 市内散策など<br />9/19+1 ≪バクー→モスクワ経由成田空港≫ <br />

2004年アゼルバイジャン旅行【コーカサス地方10日間1/2】(石油で潤う前の時代)

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2004/09/11 - 2004/09/20

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shushutany

shushutanyさん

 2004年の夏のアゼルバイジャン旅行記です(初日はトランジットでモスクワ1泊、また、途中グルジアを挟みます)。昔の手書き旅行日記を整理し、自分の備忘用兼ねて作成しました。
 
 当時、アゼルバイジャンはまだ石油の大開発で潤う直前の時代(その始まりくらいの時代)で、今とは全く別世界だと思います。GDPでいうと、現在の2019年時点で2004年時の10倍以上だそうです!当時はまだ観光地化されていなくて、観光客にほとんど遭遇しないまま(日本人には1人も遭遇しないまま)、不自由ながら気ままに旅行できました。
 
 世界最大の湖・カスピ海の素晴らしい眺め、石器時代の貴重な遺跡、絶品料理など楽しみました。
 
 一方で!、ホテルぐるみでいかがわしい商売を斡旋していたことや、ほとんどお湯の出ないシャワー、地下鉄駅での警官による所持金検査、よくわからないホテルのシステム、夜になると街灯がなく真っ暗になること、ほぼすべての設備が故障している飛行機などなど、まだまだ旧態依然としたものも多くて貴重な体験?でした。外国人(東洋人?)がよほど珍しいらしく、子供が集団で後ろをついてきたり、現地の人に興味本位で話しかけられたりしたことも新鮮でした!
 
 また、この当時、まだ若かったので、「旅行で写真をパシャパシャ撮るのは邪道で、何かを感じることが大事だ」といった変な思い込みがあり、まともな写真を撮っていないことが、後の今となっては、強烈に後悔しています。また、もっと食に関心を持っていれば、もっと充実した旅だったのにという後悔もあります。

 以下がスケジュールです。
 このうち【アゼルバイジャン】の①と②と、その前の【ロシアでトランジット】がこの旅行記です。

2004年
【ロシアでトランジット】
9/11 ≪成田空港→モスクワ≫ 赤の広場、モスクワ郊外の風景
9/12 ≪モスクワ→バクー(アゼルバイジャン)≫ アエロフロートで移動

【アゼルバイジャン①】
9/12続き ≪モスクワからバクーへ到着≫ 
9/13 ≪バクー≫ グルジアビザ発給や航空券購入に奔走、カスピ海クルーズ、旧市街・新市街散策
9/14 ≪バクー→トビリシ≫ 飛行機移動

【グルジア(現ジョージア)】
9/14続き ≪バクーからトビリシへ到着~ムツヘタへ≫ ムツヘタ観光など
9/15 ≪トビリシ~ゴリ≫ 日帰りでゴリを訪問
9/16 ≪トビリシ→バクー(アゼルバイジャン)≫ バザールで危険な目に 飛行機移動

【アゼルバイジャン②】
9/16続き ≪トビリシからバクーへ到着≫
9/17 ≪バクー~コブスタン、スムガイト≫ バクーから2か所日帰り旅行へ
9/18 ≪バクー≫ 市内散策など
9/19+1 ≪バクー→モスクワ経由成田空港≫ 

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
3.5
グルメ
4.5
ショッピング
3.0
交通
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
15万円 - 20万円
交通手段
高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
航空会社
アエロフロート・ロシア航空
旅行の手配内容
個別手配

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  • 1日目、9/11(土)<br /> ~成田からシェレメテボⅡ空港に到着、赤の広場、イズマイロボホテル~<br /><br />  本日はまずアエロフロートでモスクワに向かい、トランジットで一泊します。チェックインカウンターに並んでいる人の雰囲気が、周囲とは少し違っておもしろい。革ジャンに口髭の男たち、厚化粧の女性。。。機内はほぼ満席でロシア人と日本人が半々くらいの感じ。隣席は高校生~大学生くらいに見えるロシア人の女の子。箸を器用に使いこなしているところを見ると、留学生かな。機内の前方に一つある大きなスクリーンでハリーポッターやロシアの映画らしきものを上映していますが、画面がチカチカ光ってよく見えないです。<br /> <br /> 約10時間でシェレメテボⅡ国際空港に到着。どうやら、同乗の日本人の半分以上はトランジットで乗り継ぐらしい。モスクワに降り立った日本人はあまり多くないです。<br /><br />  <br /> 着いた瞬間、これが天下のモスクワの国際空港かと愕然とします。英語表示はあまりない。照明が暗くて陰鬱な雰囲気。思ったよりこじんまりした空港。税関職員や空港職員は地べたに座り込んで休んでいたりもします。ただ、入国審査は思ったよりも簡単にいきました。<br /><br /> 暗い空港の建物を出ると、例によってタクシーの客引きに一斉に囲まれます。「ニエット・スパシーバ(No thank youの意味)」と言って断ります。マルシルートカ(ミニバス、乗り合いバス)で地下鉄の駅まで行きます。運転手は若いのに全く英語が通じず、「スコーリカ・ストーイト?(How much?)」と言ってメモ帳を出し、筆談します。30分ほど乗って30ルーブル(90円くらい)。<br /><br /> 空港から中心部へ向かう風景がすごい!“巨大なボロボロ灰色マンション群”のド迫力。20階建てくらいの、壁が剥がれ落ちたりしている巨大灰色マンションが、何十、何百と連なっていて壮絶な光景です。ブダペストやブカレスト、タシケントなど他の旧社会主義国の大都市でもありましたが、やっぱりモスクワのものはケタ違いです。一方で新しい高層マンションはレンガ模様など灰色ではないものも増えつつあるようです。また、新しくてカラフルなガソリンスタンドやスーパーマーケットなどもあり、ソ連時代のものと、最近のものでは、明らかに“色合い”が違います。今後近いうちに確実に町の風景は変わっていくだろうなと感じます。<br /><br /> 道路はいつしか片側4車線くらいで混雑。排気ガスの臭いがものすごいです。<br /><br /> 2号線の地下鉄の駅(レチイノ・バグザール駅)に着きます。駅の周りには何日も風呂に入っていないような人や明らかに飲んで泥酔している人などが屯していて、ちょっと怖いです。地下鉄の車両も窓枠がゆがんでいたり、座席のカバーが外れていたり。。。

    1日目、9/11(土)
    ~成田からシェレメテボⅡ空港に到着、赤の広場、イズマイロボホテル~

      本日はまずアエロフロートでモスクワに向かい、トランジットで一泊します。チェックインカウンターに並んでいる人の雰囲気が、周囲とは少し違っておもしろい。革ジャンに口髭の男たち、厚化粧の女性。。。機内はほぼ満席でロシア人と日本人が半々くらいの感じ。隣席は高校生~大学生くらいに見えるロシア人の女の子。箸を器用に使いこなしているところを見ると、留学生かな。機内の前方に一つある大きなスクリーンでハリーポッターやロシアの映画らしきものを上映していますが、画面がチカチカ光ってよく見えないです。
     
     約10時間でシェレメテボⅡ国際空港に到着。どうやら、同乗の日本人の半分以上はトランジットで乗り継ぐらしい。モスクワに降り立った日本人はあまり多くないです。

      
     着いた瞬間、これが天下のモスクワの国際空港かと愕然とします。英語表示はあまりない。照明が暗くて陰鬱な雰囲気。思ったよりこじんまりした空港。税関職員や空港職員は地べたに座り込んで休んでいたりもします。ただ、入国審査は思ったよりも簡単にいきました。

     暗い空港の建物を出ると、例によってタクシーの客引きに一斉に囲まれます。「ニエット・スパシーバ(No thank youの意味)」と言って断ります。マルシルートカ(ミニバス、乗り合いバス)で地下鉄の駅まで行きます。運転手は若いのに全く英語が通じず、「スコーリカ・ストーイト?(How much?)」と言ってメモ帳を出し、筆談します。30分ほど乗って30ルーブル(90円くらい)。

     空港から中心部へ向かう風景がすごい!“巨大なボロボロ灰色マンション群”のド迫力。20階建てくらいの、壁が剥がれ落ちたりしている巨大灰色マンションが、何十、何百と連なっていて壮絶な光景です。ブダペストやブカレスト、タシケントなど他の旧社会主義国の大都市でもありましたが、やっぱりモスクワのものはケタ違いです。一方で新しい高層マンションはレンガ模様など灰色ではないものも増えつつあるようです。また、新しくてカラフルなガソリンスタンドやスーパーマーケットなどもあり、ソ連時代のものと、最近のものでは、明らかに“色合い”が違います。今後近いうちに確実に町の風景は変わっていくだろうなと感じます。

     道路はいつしか片側4車線くらいで混雑。排気ガスの臭いがものすごいです。

     2号線の地下鉄の駅(レチイノ・バグザール駅)に着きます。駅の周りには何日も風呂に入っていないような人や明らかに飲んで泥酔している人などが屯していて、ちょっと怖いです。地下鉄の車両も窓枠がゆがんでいたり、座席のカバーが外れていたり。。。

  •  すでに夕方で時間があまりないので、赤の広場だけ見てホテルに向かうことに決め、2号線地下鉄のテアトラリナヤ駅で下車。<br /><br /> 地上に出た瞬間、「ロシア!」という感じです。

     すでに夕方で時間があまりないので、赤の広場だけ見てホテルに向かうことに決め、2号線地下鉄のテアトラリナヤ駅で下車。

     地上に出た瞬間、「ロシア!」という感じです。

    赤の広場 広場・公園

  •  写真や映像で見慣れた赤の広場でした。グム百貨店、レーニン廟、聖ワシリー聖堂と歩いていきます。

     写真や映像で見慣れた赤の広場でした。グム百貨店、レーニン廟、聖ワシリー聖堂と歩いていきます。

    グム百貨店 百貨店・デパート

  •  モスクワ川まで散歩します。

     モスクワ川まで散歩します。

  •  その後、戻って旧KGB本部のほうまで歩きます。日本のタバコ、マイルドセブンの広告が目立ちます。しかし、驚くほど人が少なく、観光客にもあまり出会いません。土曜の夜なのに。。しかも、路上生活者っぽい人が至る所にいます。。

     その後、戻って旧KGB本部のほうまで歩きます。日本のタバコ、マイルドセブンの広告が目立ちます。しかし、驚くほど人が少なく、観光客にもあまり出会いません。土曜の夜なのに。。しかも、路上生活者っぽい人が至る所にいます。。

    旧KGB本部 史跡・遺跡

  •  今度は3号線の地下鉄に5駅分乗ってホテルの最寄駅、イズマイロフスキー・パルクに。ここはもう郊外といった雰囲気。と思ったら、一目でわかる巨大なイズマイロボ・ホテルが目に入ります。

     今度は3号線の地下鉄に5駅分乗ってホテルの最寄駅、イズマイロフスキー・パルクに。ここはもう郊外といった雰囲気。と思ったら、一目でわかる巨大なイズマイロボ・ホテルが目に入ります。

  •  このホテル、1980年のモスクワオリンピックのために建てられられた28階建てが4棟、合計5000室ある世界最大と言われるホテル(経営は棟ごと別なようですが)。

     このホテル、1980年のモスクワオリンピックのために建てられられた28階建てが4棟、合計5000室ある世界最大と言われるホテル(経営は棟ごと別なようですが)。

    イズマイロゴ ガンマ ホテル ホテル

  •  その、なんと最上階に宿泊。眺めがすごい!きれいな夕焼けをバックに、灰色マンション群が灰色のスモッグの中に浮かび上がる、何とも言えない壮観すぎる光景です。

     その、なんと最上階に宿泊。眺めがすごい!きれいな夕焼けをバックに、灰色マンション群が灰色のスモッグの中に浮かび上がる、何とも言えない壮観すぎる光景です。

  •  部屋は意外と普通に清潔でした。

     部屋は意外と普通に清潔でした。

  •  周囲にレストランがなく、キオスクでサンドイッチを買います。すると、同年代の単身日本人旅行者を発見。しばし部屋で談笑し、飲みます。ロシア国内を回っているようです。<br /><br /><br /><br />2日目、9/12(日)<br />~バクーへ、散策、お湯の出ないアゼルバイジャンホテル~<br /><br /> シェレメテボⅠ空港9:25初のバクー行きの便に乗るため、7:00にタクシーに乗ります。シェレメテボⅠ空港は昨日着いたシェレメテボⅡ空港と違い、国内線や旧ソ連圏内くらいの近場の国際線を扱う空港です。したがって、英語表記が少ないⅡ空港よりさらに案内が悪いのは当然。英語表記はほとんどないし、日本人はもちろん、観光客らしき人もほとんど見かけません。チェックインも手荷物検査も長蛇の列。出稼ぎっぽい人たちが多く、薄い安っぽいビニールバッグに何やら大量に荷物を積めこんだ人ばかりなので、手続きに時間がかかるのです。<br /><br /> やっとのことで搭乗します。この飛行機がすごすぎる!!テーブルが傾いていて、コップを載せられない!機内食も手で支えながら食べないといけない!シートベルトの止める部分が壊れていて10回に1回くらいしかうまくカチャッとはまらない!リクライニングはできない(ボタンが壊れている)!といったように、、、、あらゆるものが壊れています!また、乗客は着陸寸前にもトイレに行くし、噂通り、無事着陸したときに拍手が起こる光景がいまだに見られます!<br /><br /> いよいよバクーに降り立ちます。ビザの発給は思ったよりもスムーズ。イミグレーションの職員が驚くほど親切で、わざわざ窓口から出てきて、書類の書き方など指さしたり英語で説明してくれたりしてくれた。。。旧ソ連圏でこのような親切さは期待していなかったので、かなり驚きました。空港を出ると例によってタクシーの勧誘。バスが不便らしく、しかたなくタクシーで市内中心部のホテルへ。40kmくらいで1500円くらい。モスクワよりは小規模ですが、やはり“灰色のマンション群”は多いですね。

     周囲にレストランがなく、キオスクでサンドイッチを買います。すると、同年代の単身日本人旅行者を発見。しばし部屋で談笑し、飲みます。ロシア国内を回っているようです。



    2日目、9/12(日)
    ~バクーへ、散策、お湯の出ないアゼルバイジャンホテル~

     シェレメテボⅠ空港9:25初のバクー行きの便に乗るため、7:00にタクシーに乗ります。シェレメテボⅠ空港は昨日着いたシェレメテボⅡ空港と違い、国内線や旧ソ連圏内くらいの近場の国際線を扱う空港です。したがって、英語表記が少ないⅡ空港よりさらに案内が悪いのは当然。英語表記はほとんどないし、日本人はもちろん、観光客らしき人もほとんど見かけません。チェックインも手荷物検査も長蛇の列。出稼ぎっぽい人たちが多く、薄い安っぽいビニールバッグに何やら大量に荷物を積めこんだ人ばかりなので、手続きに時間がかかるのです。

     やっとのことで搭乗します。この飛行機がすごすぎる!!テーブルが傾いていて、コップを載せられない!機内食も手で支えながら食べないといけない!シートベルトの止める部分が壊れていて10回に1回くらいしかうまくカチャッとはまらない!リクライニングはできない(ボタンが壊れている)!といったように、、、、あらゆるものが壊れています!また、乗客は着陸寸前にもトイレに行くし、噂通り、無事着陸したときに拍手が起こる光景がいまだに見られます!

     いよいよバクーに降り立ちます。ビザの発給は思ったよりもスムーズ。イミグレーションの職員が驚くほど親切で、わざわざ窓口から出てきて、書類の書き方など指さしたり英語で説明してくれたりしてくれた。。。旧ソ連圏でこのような親切さは期待していなかったので、かなり驚きました。空港を出ると例によってタクシーの勧誘。バスが不便らしく、しかたなくタクシーで市内中心部のホテルへ。40kmくらいで1500円くらい。モスクワよりは小規模ですが、やはり“灰色のマンション群”は多いですね。

  •  さて、予約したアゼルバイジャンホテルに着きます。が、フロントでは「予約は受けていない」と。20分くらいあーだこーだやって、さきほどよりも少し高級感のある4階のフロントに連れていかれます。どうやら同じホテルでも受付が一元化されていない、というよくわからないシステム。<br /><br /> 写真はホテルの部屋からの眺めです。2019年現在、アゼルバイジャンホテルはヒルトンに建て替わっていると知って衝撃的!

     さて、予約したアゼルバイジャンホテルに着きます。が、フロントでは「予約は受けていない」と。20分くらいあーだこーだやって、さきほどよりも少し高級感のある4階のフロントに連れていかれます。どうやら同じホテルでも受付が一元化されていない、というよくわからないシステム。

     写真はホテルの部屋からの眺めです。2019年現在、アゼルバイジャンホテルはヒルトンに建て替わっていると知って衝撃的!

  •  16:00くらいになり、少し散策。ホテル近く、世界最大の湖、カスピ海の湖岸へ。湖岸は公園のようになっていますが、だだっ広くて人もまばら。寂しい感じです。<br /><br /> この街は、歩いていると結構視線を集めます。実際、東洋人(の顔)にはほぼ全く出会いません。ウズベキスタンやカザフスタンでは、モンゴル系、朝鮮系の顔立ちの人も多く、現地の人にとって日本人の顔でもそれほど違和感がない顔かもしれませんが、ここアゼルバイジャンではそういった顔立ちの人はほとんどいないですね。

     16:00くらいになり、少し散策。ホテル近く、世界最大の湖、カスピ海の湖岸へ。湖岸は公園のようになっていますが、だだっ広くて人もまばら。寂しい感じです。

     この街は、歩いていると結構視線を集めます。実際、東洋人(の顔)にはほぼ全く出会いません。ウズベキスタンやカザフスタンでは、モンゴル系、朝鮮系の顔立ちの人も多く、現地の人にとって日本人の顔でもそれほど違和感がない顔かもしれませんが、ここアゼルバイジャンではそういった顔立ちの人はほとんどいないですね。

  •  新市街のほうに散策します。新市街はけっこうきれいでにぎわっていますね。疲れていたので気軽に入れるピザハットで夕食を摂ります。<br /><br /> ホテルに戻りますが、シャワーのお湯がほとんど出ない!ほぼ常温の水で震えながらシャワーを浴びました。<br /><br /><br /><br />3日目、9/13(月)<br />~グルジアビザ取得など手続きに奔走、旧市街、カスピ海クルーズ、ホテルでのハプニング~<br /><br /> 本日は、グルジアのビザを取得し、グルジアへの鉄道チケットと航空券を買います。“手続きの日”になりそうです。朝食はホテルのレストランでカスピ海を見ながら食べます。やはり外国人専用のフロア?なのか、高級感のあるレストランで周囲にも欧米人っぽい人が多いです。<br /><br /> 朝食後、日本では1泊しか予約していなかったので、もう1泊伸ばしてもらおうとフロントに依頼します。すると、支配人らしい男の部屋に案内されます。一泊60ドル、とのこと。一泊目、40ドルで予約できたので交渉しようとしましたが値段は下がらず、こちらも他の宿を探す手間も省きたかったため、仕方なく応じることに。<br /><br /> 気を取り直して、グルジア大使館へ。ビザは25ドルで即日発給してくれるらしいが、パスポートを16時まで預かるとのこと。その時パスポートのコピーを持参していなかったので、慌ててホテルに戻ります。少し疲れていたのでホテルの部屋でウトウト。すると、部屋のドアをドンドンドン!と強くたたく音が。日本での旅行会社とやりとりしていた現地のエージェントの人らしいが、なぜ訪ねてきたのか全く不明。私がいるのを確認すると、帰っていきました。<br /><br /> 次に、パスポートのコピーを持ってアゼルバイジャン航空のオフィスへ。グルジアへは、行きは陸路鉄道、帰りに空路を使いたかったので、帰りの飛行機のチケットのみ買おうとします。しかし、さんざんたらいまわしにされたあげく、片道のみの航空券は発券できないとのこと。ビザの兼ね合いだろうか?グルジア航空のオフィスへ行け、とのこと。言われた通りグルジア航空のオフィスに行くと、今度は「この便は25日(2週間先)までない」とのこと。トビリシ往復両方飛行機ではつまらないが、往復両方陸路で行く時間はないため、往復航空券を購入。158ドルでした。<br /><br /> その後、タクシーで旧市街へ。7分ほど乗って600円ほど。ぼったくられたような気がします。

     新市街のほうに散策します。新市街はけっこうきれいでにぎわっていますね。疲れていたので気軽に入れるピザハットで夕食を摂ります。

     ホテルに戻りますが、シャワーのお湯がほとんど出ない!ほぼ常温の水で震えながらシャワーを浴びました。



    3日目、9/13(月)
    ~グルジアビザ取得など手続きに奔走、旧市街、カスピ海クルーズ、ホテルでのハプニング~

     本日は、グルジアのビザを取得し、グルジアへの鉄道チケットと航空券を買います。“手続きの日”になりそうです。朝食はホテルのレストランでカスピ海を見ながら食べます。やはり外国人専用のフロア?なのか、高級感のあるレストランで周囲にも欧米人っぽい人が多いです。

     朝食後、日本では1泊しか予約していなかったので、もう1泊伸ばしてもらおうとフロントに依頼します。すると、支配人らしい男の部屋に案内されます。一泊60ドル、とのこと。一泊目、40ドルで予約できたので交渉しようとしましたが値段は下がらず、こちらも他の宿を探す手間も省きたかったため、仕方なく応じることに。

     気を取り直して、グルジア大使館へ。ビザは25ドルで即日発給してくれるらしいが、パスポートを16時まで預かるとのこと。その時パスポートのコピーを持参していなかったので、慌ててホテルに戻ります。少し疲れていたのでホテルの部屋でウトウト。すると、部屋のドアをドンドンドン!と強くたたく音が。日本での旅行会社とやりとりしていた現地のエージェントの人らしいが、なぜ訪ねてきたのか全く不明。私がいるのを確認すると、帰っていきました。

     次に、パスポートのコピーを持ってアゼルバイジャン航空のオフィスへ。グルジアへは、行きは陸路鉄道、帰りに空路を使いたかったので、帰りの飛行機のチケットのみ買おうとします。しかし、さんざんたらいまわしにされたあげく、片道のみの航空券は発券できないとのこと。ビザの兼ね合いだろうか?グルジア航空のオフィスへ行け、とのこと。言われた通りグルジア航空のオフィスに行くと、今度は「この便は25日(2週間先)までない」とのこと。トビリシ往復両方飛行機ではつまらないが、往復両方陸路で行く時間はないため、往復航空券を購入。158ドルでした。

     その後、タクシーで旧市街へ。7分ほど乗って600円ほど。ぼったくられたような気がします。

  •  旧市街は、さすが美しい!バクーは1000年位前から栄えていた街で古い町並みが残っています。欧米人っぽい観光客が、少しですがいました。しばらく散策して15時にグルジア大使館へ。無事ビザを受け取りました。<br /><br /> 続いてカスピ海方面へ歩いていきます。ホテル近辺の湖岸より賑わっていて良い雰囲気です。公衆トイレがあります。15円くらいです。屋台で、ケバブサンドを買い遅い昼食。羊肉にトマト、香菜が絡んでうまい!50円くらいです。

     旧市街は、さすが美しい!バクーは1000年位前から栄えていた街で古い町並みが残っています。欧米人っぽい観光客が、少しですがいました。しばらく散策して15時にグルジア大使館へ。無事ビザを受け取りました。

     続いてカスピ海方面へ歩いていきます。ホテル近辺の湖岸より賑わっていて良い雰囲気です。公衆トイレがあります。15円くらいです。屋台で、ケバブサンドを買い遅い昼食。羊肉にトマト、香菜が絡んでうまい!50円くらいです。

    バクー旧市街 散歩・街歩き

  •  次にカスピ海のクルーズ船に乗ります。40円くらい!で約30分のクルーズです。すると、バクーの町が大きく変わろうとしているのがよくわかります。

     次にカスピ海のクルーズ船に乗ります。40円くらい!で約30分のクルーズです。すると、バクーの町が大きく変わろうとしているのがよくわかります。

    カスピ海 滝・河川・湖

  •  カスピ海上の至る所で油田の開発工事が行われ、陸ではマンションがすごい勢いで進んでいます。数年のうちにバクーの町やアゼルバイジャンが様変わりするだろうと思われます(実際そうなりました)。さて、クルーズ船は若い現地人のカップルが2,3組で、観光客は全くいません。<br /><br /> 夕方になり、新市街のほうに散策に行きます。やはり新市街はきれいで栄えています。アゼルバイジャンで唯一らしいマクドナルドもあります。ソニーやサムスンの電化製品を売る店、CD店、美術品店などが多いです。そんな中、“PUFUM”という文字が目立ちます。香水ですね。この街では、香水を売る店がやたら多いですね。大量のサンプルを置いている店もあれば、CD店で香水を売っている店もあります。また、新市街から旧市街へ抜けるあたりは大学もあるらしく、本屋さんも多いです。私は地図を購入。<br /><br /> 夕食は歩いていて雰囲気の良さそうな、トルコ料理(というかアゼルバイジャン料理?)風のメニューがあるお店へ。ナス、ジャガイモがトマトソースで煮込まれているもの、ヨーグルトスープ、ライスを注文。うまい!

     カスピ海上の至る所で油田の開発工事が行われ、陸ではマンションがすごい勢いで進んでいます。数年のうちにバクーの町やアゼルバイジャンが様変わりするだろうと思われます(実際そうなりました)。さて、クルーズ船は若い現地人のカップルが2,3組で、観光客は全くいません。

     夕方になり、新市街のほうに散策に行きます。やはり新市街はきれいで栄えています。アゼルバイジャンで唯一らしいマクドナルドもあります。ソニーやサムスンの電化製品を売る店、CD店、美術品店などが多いです。そんな中、“PUFUM”という文字が目立ちます。香水ですね。この街では、香水を売る店がやたら多いですね。大量のサンプルを置いている店もあれば、CD店で香水を売っている店もあります。また、新市街から旧市街へ抜けるあたりは大学もあるらしく、本屋さんも多いです。私は地図を購入。

     夕食は歩いていて雰囲気の良さそうな、トルコ料理(というかアゼルバイジャン料理?)風のメニューがあるお店へ。ナス、ジャガイモがトマトソースで煮込まれているもの、ヨーグルトスープ、ライスを注文。うまい!

  •  バクー・ソヴィエティ駅からサヒール駅まで地下鉄に乗ってホテルに戻ります。写真のように地下鉄はやたら設備が大掛かりです。<br /> <br /> バクーの地下鉄では、入り口に必ず警官がいます。外国人だと分かるとつかまります。別室へ連れていかれ、所持品検査。財布の中身を数えられます。ウズベキスタン旅行の時、この全く同じ状況で警官にお金をスられたので、緊張しましたが、今回はそのようなことはありませんでした。車両はモスクワのものよりもさらにガタガタで駅のホームも車内も暗いですが、雰囲気は悪くなく犯罪の臭いみたいなものも全く感じませんでした。地下鉄駅の入り口でも香水を売っています。<br /><br /> 翌日、7:50初トビリシへの便に乗るため、5:30にタクシーに乗る必要があるので、その旨フロントで手配しようとします。ところが、女性のスタッフは「分かった分かった」と何やらニヤニヤしてうなずくだけで、どこかに電話しようとするわけでもないので心配になりますが、もうどうにでもなれ、という感じでした。それどころか、しきりに「マダム・マッサージ?ビューティフル・マッサージ?」と“マッサージ”を勧めてきます。その様子から怪しげなサービスだろうなと思い、「No thank you!」と断ります。<br /><br /> 部屋に戻って冷たいシャワーを浴びてしばらくゆっくりしていると、ドアをノックする音が。出てみると、さっきのフロントの女性スタッフが「マダム・マッサージ、ビューティフル・マッサージ」と、例のフレーズを繰り返します。すると、向こうから、厚化粧の女性が走ってきます。あれだけ強く断ったのに。。。また「No thank you」と断ります。すると、女性が「I’m not beautiful?」と聞いてきます(英語が話せる!)。なので、「You are beautiful, but…….No thank you」と、自分でもわけのわからんことを言ってるなと思いながら断ると、少々むっとした様子で去っていきました。ホテルぐるみで、しかも女性スタッフがこういうことを斡旋しているということ自体、驚きでした!!<br /><br /><br /><br />4日目、9/14(火)<br />~すごい飛行機でグルジアへ~<br /><br /> 朝5時に起床。準備して出る。建物の中も外も真っ暗。タクシーが無事手配されているか恐る恐るロビーに行くと、「ミスター!エアロポルト!」と言う、男の声が聞こえる。はじめは暗くてよくわからなかったが、どうやら警官っぽい制服を着ているよう。とにかく、タクシーに乗り込みますが、大都市とは思えないくらい街灯がほとんどなく、真っ暗な中を、男と二人で移動するのが不気味です。無事空港に着くのか不安になりましたが、ちゃんと空港に着き、空港の出発ロビーは意外と明るくて清潔でした。<br /><br /> 出国審査も無事済んで、搭乗。これがまたすごい飛行機。バクーからトビリシへ、首都どうし、百万人都市を結ぶ飛行機とはとても思えない。定員は20名くらい、一列に3人座るプロペラ機。設備が。。。まず、前の人がシートにもたれるだけで(つまり普通に座るだけで)、シートが歪むのでテーブルが収納できなくなる、エアコンのつまみが壊れていて常に強風が出てきている、そのつまみを触るとつまみがはずれる、リクライニングなんて当然壊れている。文字通り鉄の塊がただ“飛んでいるだけ”の飛行機でした!<br /><br />→以降一時的に、グルジアの旅行記(2泊3日分)に移行します。<br /><br /><br /><br /><br />6日目、9/16(木)<br />~グルジアから戻る、ホテル・ヴェロトレク、飲食店でトラブル?~<br /><br /> グルジアに2泊3日し、バクーに飛行機で無事到着。<br /> グルジアから到着すると、やはり格段にグルジアよりは裕福な国だと分かります。空港が格段にきれいで、アジア人、欧米人、アラブ人あらゆる国のビジネスマンもいて、“インターナショナル色豊か”です(しかし日本人には旅行を通じて1人も出会わず)。

     バクー・ソヴィエティ駅からサヒール駅まで地下鉄に乗ってホテルに戻ります。写真のように地下鉄はやたら設備が大掛かりです。
     
     バクーの地下鉄では、入り口に必ず警官がいます。外国人だと分かるとつかまります。別室へ連れていかれ、所持品検査。財布の中身を数えられます。ウズベキスタン旅行の時、この全く同じ状況で警官にお金をスられたので、緊張しましたが、今回はそのようなことはありませんでした。車両はモスクワのものよりもさらにガタガタで駅のホームも車内も暗いですが、雰囲気は悪くなく犯罪の臭いみたいなものも全く感じませんでした。地下鉄駅の入り口でも香水を売っています。

     翌日、7:50初トビリシへの便に乗るため、5:30にタクシーに乗る必要があるので、その旨フロントで手配しようとします。ところが、女性のスタッフは「分かった分かった」と何やらニヤニヤしてうなずくだけで、どこかに電話しようとするわけでもないので心配になりますが、もうどうにでもなれ、という感じでした。それどころか、しきりに「マダム・マッサージ?ビューティフル・マッサージ?」と“マッサージ”を勧めてきます。その様子から怪しげなサービスだろうなと思い、「No thank you!」と断ります。

     部屋に戻って冷たいシャワーを浴びてしばらくゆっくりしていると、ドアをノックする音が。出てみると、さっきのフロントの女性スタッフが「マダム・マッサージ、ビューティフル・マッサージ」と、例のフレーズを繰り返します。すると、向こうから、厚化粧の女性が走ってきます。あれだけ強く断ったのに。。。また「No thank you」と断ります。すると、女性が「I’m not beautiful?」と聞いてきます(英語が話せる!)。なので、「You are beautiful, but…….No thank you」と、自分でもわけのわからんことを言ってるなと思いながら断ると、少々むっとした様子で去っていきました。ホテルぐるみで、しかも女性スタッフがこういうことを斡旋しているということ自体、驚きでした!!



    4日目、9/14(火)
    ~すごい飛行機でグルジアへ~

     朝5時に起床。準備して出る。建物の中も外も真っ暗。タクシーが無事手配されているか恐る恐るロビーに行くと、「ミスター!エアロポルト!」と言う、男の声が聞こえる。はじめは暗くてよくわからなかったが、どうやら警官っぽい制服を着ているよう。とにかく、タクシーに乗り込みますが、大都市とは思えないくらい街灯がほとんどなく、真っ暗な中を、男と二人で移動するのが不気味です。無事空港に着くのか不安になりましたが、ちゃんと空港に着き、空港の出発ロビーは意外と明るくて清潔でした。

     出国審査も無事済んで、搭乗。これがまたすごい飛行機。バクーからトビリシへ、首都どうし、百万人都市を結ぶ飛行機とはとても思えない。定員は20名くらい、一列に3人座るプロペラ機。設備が。。。まず、前の人がシートにもたれるだけで(つまり普通に座るだけで)、シートが歪むのでテーブルが収納できなくなる、エアコンのつまみが壊れていて常に強風が出てきている、そのつまみを触るとつまみがはずれる、リクライニングなんて当然壊れている。文字通り鉄の塊がただ“飛んでいるだけ”の飛行機でした!

    →以降一時的に、グルジアの旅行記(2泊3日分)に移行します。




    6日目、9/16(木)
    ~グルジアから戻る、ホテル・ヴェロトレク、飲食店でトラブル?~

     グルジアに2泊3日し、バクーに飛行機で無事到着。
     グルジアから到着すると、やはり格段にグルジアよりは裕福な国だと分かります。空港が格段にきれいで、アジア人、欧米人、アラブ人あらゆる国のビジネスマンもいて、“インターナショナル色豊か”です(しかし日本人には旅行を通じて1人も出会わず)。

  •  空港からタクシーで、ロンリープラネットで目をつけていたホテル・ヴェロトレックへ。2003年にできた新しいホテルで、1泊10ドル。良心的です。テレビはないし、朝食もないが、そこそこ居心地が良いです。ソ連時代からある旧インツーリスト系の、設備に比してやたら割高な、前回のアゼルバイジャンホテルなどよりよっぽど良いです。

     空港からタクシーで、ロンリープラネットで目をつけていたホテル・ヴェロトレックへ。2003年にできた新しいホテルで、1泊10ドル。良心的です。テレビはないし、朝食もないが、そこそこ居心地が良いです。ソ連時代からある旧インツーリスト系の、設備に比してやたら割高な、前回のアゼルバイジャンホテルなどよりよっぽど良いです。

  •  夜8:00くらいでしたが、夕食と、明日の朝食の買い出しのため外出します。ホテル近くの、軽食と食料の買い出しができそうなお店に入ります。ドネル・ケバブという、羊肉と香菜のサンドイッチを食べます。うまい!<br /><br /> すると、現地の若者数人に話しかけられます。「ブルースリー」と言われます。彼らは当時のインスタントカメラ(写るんです)に興味を示しています。一緒に写真を撮ります。すると、カメラを取り上げられ、返してくれません。「これはアゼルバイジャンでは現像できない」などと必死に英語で説明しても通じません。返せとしつこく言うと、「金をくれ」と要求します。「この野郎」と思いましたが、こんなところでトラブりたくないため、4000マナト(約800円)出し、身振りで「これでビールでも飲め」と言うと、すんなり返してくれました。まあ、写真への出演料と思えば良いかなと。後から考えると、まったく理不尽な話で、私の行動も適切なものではないかもしれませんが、警察も信用できない国で、どのように自分を守ってよいかわからず、安易にお金をふるまってしまったことを反省しました。<br /><br /> 少しすると、店員さんが来て、「今、お金をあげた?」と、片言の英語で聞いてきます。「うん」と答えると、「ポリスへ行け」とのこと。いつのまにか、5,6人の男が集まってきて何やら話し合っています。これからは全く想像ですが、以下のような会話だったのではないかと思います。「やっぱり警察に行くべきだよ」「誰だ?金を巻き上げたのは」「金なんて渡すなよ!この日本人!」「4000マナトくらいならまだいいじゃないか」・・・・・。<br /><br /> そのうちの若者一人がホテルまでついてきてくれて、ホテルのスタッフに事情を説明しています。その当時はあまり自分では深刻に考えていなかったため、「No problem」と言いそうになりますが、みなさんが熱心に対応してくださるので、そうも言えません。しばらくすると、「もう部屋に戻って休め」と言われます。結局、飲み物も翌日の朝食も買えずじまいになりました。<br /><br /><br /><br />7日目、9/17(金)<br />~コブスタン、スムカイトへ日帰り旅行~<br /><br /> 昨日朝食を買えなかったので、何日か前にモスクワで買ったクッキーみたいなもの(意外とおいしい)を食して朝食代わりに。<br /><br /> 本日は、16世紀までアゼルバイジャンの中心だったという、シャマフ(バクーから100kmくらい)に向かおうとします。人に聞いたりしてもどうしてもバスも見つからず、仕方なく予定変更して、石器時代の遺跡があるという、コブスタンに向かうこととします。<br /><br /> 別のバスターミナルから出るため、タクシーに乗りますが、市内でも600円くらい。前回と同じくらいの金額です。ここではアジア的な価格交渉はないので、これが正規料金なのでしょうか。他の物価と比べるとちょっと高い気がします。<br /><br /> コブスタン行きのバスに乗ります。これまたすごいバスで、日本の昭和40年代くらいのバス?ですが、意外とスムーズに走ります。コブスタンまで約60km、カスピ海沿いを走ります。油田の開発が急ピッチで進められていることがよく分かります。いたるところで工事しています。<br /><br /> 車中、外国人(東洋人?)は相当珍しいらしく、乗り合わせた乗客20人くらいのほぼ全員が私に興味を持ち、しきりに話しかけてきます。「I love you は日本語で何と言うか」など、くだらないことですが、純粋に楽しいです。英語を解す人は一人もいません。<br /><br /> そうこうしているうちにコブスタンに着きます。60km約一時間半乗って40円くらい。タクシーの相場と比べると、うそのように安いです。<br /><br /> バスを降りると、同乗して必死に話し掛けてくれたうちの一人が案内してくれ、コブスタンの遺跡に行くタクシー乗り場に連れて行ってくれます。こういう人たちは、後から“ガイド料”を要求するでもなく、ごく自然な親切心からやってくれることで、本当に助かりますし、うれしいですし、感動します。こういうのは、観光化されていない地域ならではですね。<br /><br /> そして、ソ連製のぼろいタクシーに乗ると、運転手の子供も乗ってきます。その子供は、「What’s your name?」などと片言の英語を話し、やり取りできると、ニッコっと微笑み、かわいいです。

     夜8:00くらいでしたが、夕食と、明日の朝食の買い出しのため外出します。ホテル近くの、軽食と食料の買い出しができそうなお店に入ります。ドネル・ケバブという、羊肉と香菜のサンドイッチを食べます。うまい!

     すると、現地の若者数人に話しかけられます。「ブルースリー」と言われます。彼らは当時のインスタントカメラ(写るんです)に興味を示しています。一緒に写真を撮ります。すると、カメラを取り上げられ、返してくれません。「これはアゼルバイジャンでは現像できない」などと必死に英語で説明しても通じません。返せとしつこく言うと、「金をくれ」と要求します。「この野郎」と思いましたが、こんなところでトラブりたくないため、4000マナト(約800円)出し、身振りで「これでビールでも飲め」と言うと、すんなり返してくれました。まあ、写真への出演料と思えば良いかなと。後から考えると、まったく理不尽な話で、私の行動も適切なものではないかもしれませんが、警察も信用できない国で、どのように自分を守ってよいかわからず、安易にお金をふるまってしまったことを反省しました。

     少しすると、店員さんが来て、「今、お金をあげた?」と、片言の英語で聞いてきます。「うん」と答えると、「ポリスへ行け」とのこと。いつのまにか、5,6人の男が集まってきて何やら話し合っています。これからは全く想像ですが、以下のような会話だったのではないかと思います。「やっぱり警察に行くべきだよ」「誰だ?金を巻き上げたのは」「金なんて渡すなよ!この日本人!」「4000マナトくらいならまだいいじゃないか」・・・・・。

     そのうちの若者一人がホテルまでついてきてくれて、ホテルのスタッフに事情を説明しています。その当時はあまり自分では深刻に考えていなかったため、「No problem」と言いそうになりますが、みなさんが熱心に対応してくださるので、そうも言えません。しばらくすると、「もう部屋に戻って休め」と言われます。結局、飲み物も翌日の朝食も買えずじまいになりました。



    7日目、9/17(金)
    ~コブスタン、スムカイトへ日帰り旅行~

     昨日朝食を買えなかったので、何日か前にモスクワで買ったクッキーみたいなもの(意外とおいしい)を食して朝食代わりに。

     本日は、16世紀までアゼルバイジャンの中心だったという、シャマフ(バクーから100kmくらい)に向かおうとします。人に聞いたりしてもどうしてもバスも見つからず、仕方なく予定変更して、石器時代の遺跡があるという、コブスタンに向かうこととします。

     別のバスターミナルから出るため、タクシーに乗りますが、市内でも600円くらい。前回と同じくらいの金額です。ここではアジア的な価格交渉はないので、これが正規料金なのでしょうか。他の物価と比べるとちょっと高い気がします。

     コブスタン行きのバスに乗ります。これまたすごいバスで、日本の昭和40年代くらいのバス?ですが、意外とスムーズに走ります。コブスタンまで約60km、カスピ海沿いを走ります。油田の開発が急ピッチで進められていることがよく分かります。いたるところで工事しています。

     車中、外国人(東洋人?)は相当珍しいらしく、乗り合わせた乗客20人くらいのほぼ全員が私に興味を持ち、しきりに話しかけてきます。「I love you は日本語で何と言うか」など、くだらないことですが、純粋に楽しいです。英語を解す人は一人もいません。

     そうこうしているうちにコブスタンに着きます。60km約一時間半乗って40円くらい。タクシーの相場と比べると、うそのように安いです。

     バスを降りると、同乗して必死に話し掛けてくれたうちの一人が案内してくれ、コブスタンの遺跡に行くタクシー乗り場に連れて行ってくれます。こういう人たちは、後から“ガイド料”を要求するでもなく、ごく自然な親切心からやってくれることで、本当に助かりますし、うれしいですし、感動します。こういうのは、観光化されていない地域ならではですね。

     そして、ソ連製のぼろいタクシーに乗ると、運転手の子供も乗ってきます。その子供は、「What’s your name?」などと片言の英語を話し、やり取りできると、ニッコっと微笑み、かわいいです。

  •  5分ほどで、すぐに遺跡に到着します。観光客は一人もいませんでしたが、小さい博物館と英語を解す観光ガイドさんがいます。ガイドさんに連れられて、案内されますが、あまりに昔のこと(石器時代?)のことで、正直あまり実感がわきません。。。

     5分ほどで、すぐに遺跡に到着します。観光客は一人もいませんでしたが、小さい博物館と英語を解す観光ガイドさんがいます。ガイドさんに連れられて、案内されますが、あまりに昔のこと(石器時代?)のことで、正直あまり実感がわきません。。。

    ゴブスタン 山・渓谷

  •  こんな感じです。<br /> <br /> トータル、1時間ほどタクシーを拘束したのに600円くらいで安いです。とても素朴な親子でした。<br /> <br /> コブスタンの町に戻り、バクーへ戻るバス(と言ってもマルシルートカ・乗り合いミニバス)を待ちます。頻繁に来るのですが、“バス停”はないので、ヒッチハイクみたいに手を挙げてマルシルートカを止めます。これが慣れないとなかなか難しく、5台くらい無視されてようやくつかまります。その間、現地の小学生十数人に取り囲まれます。相当外国人が珍しいのでしょう。<br /><br />  <br /> バクーの町に戻り、14:00くらい。まだ時間があるので、公園の売店でドネルケバブ(羊肉と香菜のサンドイッチ)を食し、もう一か所日帰り旅行を試みます。スムカイトという街に行くことにします。ここは、ロンリープラネットによると、ソ連時代に化学工場があり、深刻な環境問題を引き起こし、多くの奇形児や障害児、乳児死亡事例が誕生したという、にわかには信じがたいエピソードのある町とのこと。ということで、スムカイトには“Baby Cemetry”(赤ちゃんの墓?)なるものがあるとのこと。 

     こんな感じです。
     
     トータル、1時間ほどタクシーを拘束したのに600円くらいで安いです。とても素朴な親子でした。
     
     コブスタンの町に戻り、バクーへ戻るバス(と言ってもマルシルートカ・乗り合いミニバス)を待ちます。頻繁に来るのですが、“バス停”はないので、ヒッチハイクみたいに手を挙げてマルシルートカを止めます。これが慣れないとなかなか難しく、5台くらい無視されてようやくつかまります。その間、現地の小学生十数人に取り囲まれます。相当外国人が珍しいのでしょう。

      
     バクーの町に戻り、14:00くらい。まだ時間があるので、公園の売店でドネルケバブ(羊肉と香菜のサンドイッチ)を食し、もう一か所日帰り旅行を試みます。スムカイトという街に行くことにします。ここは、ロンリープラネットによると、ソ連時代に化学工場があり、深刻な環境問題を引き起こし、多くの奇形児や障害児、乳児死亡事例が誕生したという、にわかには信じがたいエピソードのある町とのこと。ということで、スムカイトには“Baby Cemetry”(赤ちゃんの墓?)なるものがあるとのこと。 

  •  バスでそのスムカイトを訪問すると(バスで30分20円くらい!)、人口28万の結構大きな町で、写真のように暗い雰囲気は一切ありません。少々拍子抜けです。ガイドブックに地図はありませんし、現地の人に「Baby Cemetry?」と聞いても誰一人分かる人もいません。仕方なく、カフェで紅茶を飲んで、またバクーに帰ります。<br /> <br /> ロンリープラネットで調べた目当てのトルコ系料理レストラン“Star”というお店へメトロで移動。メトロも一回約5円で激安です。スープ、サラダ、ケバブ、ドリンクで500円程度。<br /><br /><br />8日目、9/18(土)<br />~市内散策~<br /><br /> 本日は一日バクー市内です。ゾロアスター教の寺院があるという町に行こうとしますが、鉄道駅に行くと、さんざん並ばされた挙句、13時しかないというのであきらめます。

     バスでそのスムカイトを訪問すると(バスで30分20円くらい!)、人口28万の結構大きな町で、写真のように暗い雰囲気は一切ありません。少々拍子抜けです。ガイドブックに地図はありませんし、現地の人に「Baby Cemetry?」と聞いても誰一人分かる人もいません。仕方なく、カフェで紅茶を飲んで、またバクーに帰ります。
     
     ロンリープラネットで調べた目当てのトルコ系料理レストラン“Star”というお店へメトロで移動。メトロも一回約5円で激安です。スープ、サラダ、ケバブ、ドリンクで500円程度。


    8日目、9/18(土)
    ~市内散策~

     本日は一日バクー市内です。ゾロアスター教の寺院があるという町に行こうとしますが、鉄道駅に行くと、さんざん並ばされた挙句、13時しかないというのであきらめます。

  • 写真はバクーの駅周辺です。

    写真はバクーの駅周辺です。

    バクー駅

  •  仕方なく、バクーの町が一望できるという高台に上ります。途中、「殉教者の小道」という立派なお墓があるエリアも通ります。

     仕方なく、バクーの町が一望できるという高台に上ります。途中、「殉教者の小道」という立派なお墓があるエリアも通ります。

    殉教者の小道 散歩・街歩き

  •  周囲は気持ちの良い公園になっています。

     周囲は気持ちの良い公園になっています。

    ハイランドパーク 広場・公園

  •  そして、展望台に到着すると、、、素晴らしいカスピ海を望んだバクーの町が一望できます。

     そして、展望台に到着すると、、、素晴らしいカスピ海を望んだバクーの町が一望できます。

  •  気持ちの良い風景です。<br /><br /> その後、試しに郊外の駅まで地下鉄で行き、地元のスーパーマーケットなど見学します。地下鉄で市内中心部に戻りますが、メトロ内でも若者3人組に話しかけられます。やはり観光客(東洋人?)は相当珍しいようです。<br />

     気持ちの良い風景です。

     その後、試しに郊外の駅まで地下鉄で行き、地元のスーパーマーケットなど見学します。地下鉄で市内中心部に戻りますが、メトロ内でも若者3人組に話しかけられます。やはり観光客(東洋人?)は相当珍しいようです。

  •  夕食を摂り、夕方から夜のカスピ海沿いを歩きます。途中、観覧車があり、乗ります。しかし!日本のものと違って金属の柵が一本あるだけでアッパッパー。かなり高いところまで行きます!怖い!!しかも、バクーは“風の町”の意味で実際風が強く、観覧車が揺れに揺れ、危うく落ちそうになります。これがトラウマで高所恐怖症になってしまい、15年以上たった今でも治りません(日本の安全な観覧車ですら乗れません)。<br /><br /> ともあれ、土曜の夜だからか、カスピ海岸は賑わっています。屋台、オープンカフェのレストラン、“体重計屋さん”など・・・。良い雰囲気です。逆にこういう場所に一人でいることが強烈な寂しさ、空虚感を誘発します。<br /><br /> と、長々と書いてきましたが、ほろ苦い旅でした。翌日はバクーからモスクワ経由で成田に帰国し、9/20に日本に帰国。しかし、その間にハプニングがもう一つ。帰りのモスクワ~成田のアエロフロート機内食で、サーモンの生っぽいものにあたり、帰国後1週間、下痢に悩まされました。。。<br /> と、最後まで波乱の旅でした。。。<br />

     夕食を摂り、夕方から夜のカスピ海沿いを歩きます。途中、観覧車があり、乗ります。しかし!日本のものと違って金属の柵が一本あるだけでアッパッパー。かなり高いところまで行きます!怖い!!しかも、バクーは“風の町”の意味で実際風が強く、観覧車が揺れに揺れ、危うく落ちそうになります。これがトラウマで高所恐怖症になってしまい、15年以上たった今でも治りません(日本の安全な観覧車ですら乗れません)。

     ともあれ、土曜の夜だからか、カスピ海岸は賑わっています。屋台、オープンカフェのレストラン、“体重計屋さん”など・・・。良い雰囲気です。逆にこういう場所に一人でいることが強烈な寂しさ、空虚感を誘発します。

     と、長々と書いてきましたが、ほろ苦い旅でした。翌日はバクーからモスクワ経由で成田に帰国し、9/20に日本に帰国。しかし、その間にハプニングがもう一つ。帰りのモスクワ~成田のアエロフロート機内食で、サーモンの生っぽいものにあたり、帰国後1週間、下痢に悩まされました。。。
     と、最後まで波乱の旅でした。。。

    海岸公園 広場・公園

  • 最後に、当時のアゼルバイジャン通貨です。

    最後に、当時のアゼルバイジャン通貨です。

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