2019/11/10 - 2019/11/11
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montsaintmichelさん
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富山市ガラス美術館は、2015年に大和(だいわ)百貨店跡地の再開発として建造された複合ビル「TOYAMAキラリ(地上10階地下1階)」に開館した公立美術館です。ビルの設計は、2020年東京五輪 新国立競技場の設計者でもあり、「和の大家」とも称される隈研吾氏です。30年にも亘る「ガラスの街とやま」を目指したまちづくりの集大成と位置付けられた美術館であり、国内外の現代ガラスアートを展示する「ガラスの殿堂」です。
因みに、複合ビルの1階は共用エントランスと富山第一銀行本店営業部門、2~6階は富山市ガラス美術館と富山市立図書館(3~5階の北側)、7~8階は富山第一銀行本店業務執行部門、9~10階は富山第一銀行ホールになっています。
富山市ガラス美術館のHPです。
http://toyama-glass-art-museum.jp/
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 JR特急
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 読売旅行
-
富山市ガラス美術館
ユニークな建物「TOYAMAキラリ」の設計は、2020年東京五輪 新国立競技場の設計者でもあり、「和の大家」とも称される隈研吾氏です。10階建ビルのファサードは、厳冬の立山連峰にインスパイアされて発想したという、プリズムを彷彿とさせる縦ストライプの外観意匠が斬新です。 -
PCカーテンウォールには、御影石やガラス、アルミといった異なる光を反射するパネル約1000枚を角度を違えて配し、ビル全体を立山連峰を彷彿とさせる繊細なアートに仕上げています。
冬季には晴れ間の少ない北陸にありながら、美しい煌めきを放つ富山市のランドマーク的存在となっています。 -
角度を違えたパネルは光を反射して繊細な陰影をファサードに刻んでいます。
パネルにガラスやアルミ、御影石が採用されたのには意味があります。この建物の半分がガラス美術館であること、また、富山県は水力発電の恩恵を受けて電気代が安いため、アルミ製造工場が密集する一大生産拠点です。更には、魚津市を流れる早月川は古くから御影石の産地として知られています。
因みに、白御影石はビルに同居している富山第一銀行の旧本店の外観に使われていた部材のリサイクルだそうです。近接する野村證券は、景観に配慮して屋上の赤い大型看板を撤去したほどです。 -
愛称「TOYAMAキラリ」には、ガラスアートがキラキラ光るイメージが表現されていると共に、街中をキラキラと輝かせ賑やかにするランドマーク的な建物であって欲しいとの願いが込められています。
ロゴマーク「キラリ」は、外観ファサードや内観の特徴になっているルーバー(羽板)などの縦格子をモチーフにした長方形の板ガラス風デザインです。彩色は、翡翠の色のバリエーションから、富山ガラス工房で創られた「越翡翠」の翠色と「越碧」の碧色を採用しています。越翡翠は自然と調和した潤いと文化施設の落ち着きを、越碧は藍瓶に喩えられる富山湾のように澄んだ精神を表す色だそうです。
因みに、ロゴマークのデザインは、ナチュラル・デザインスタジオ代表 彼谷雅光氏の作品です。氏は、「第23回(2016年)とやまクリエーター大賞」を受賞されています。 -
あまり目立ちませんが、ロゴマーク「キラリ」は足元にもあります。
座っている人が居れば、つられて座ってしまいそうです。 -
1階エントランスホール
入口を入った所には、旧大和百貨店を顕彰するモニュメントとして、百貨店の外壁に施されていたレリーフが飾られています。「戦災以前からこの地に建ち、長く富山市民の生活の中心だった旧大和百貨店の外壁に彫られていた」との説明がなされています。
1934(昭和9)年に宮内大丸百貨店の富山進出に伴い建造された鉄筋コンクリート造7階建の建物を引き継いだのが大和百貨店富山店でした。新宿「伊勢丹」をモデルに建築されましたが、1945年8月2日未明の富山大空襲で99.5%が焼け野原となった富山市において、その姿を留めて歴史の生き証人となりました。
2007年まで百貨店として営業してきましたが、老朽化に伴い惜しまれながら近隣の再開発ビル「総曲輪フェリオ」に移転しました。富山市復興のシンボルとして戦後70年の富山市の繁栄を見守ってきた象徴的な建物だったそうです。
「TOYAMAキラリ」は、富山市の過去と未来を繋ぐランドマークとして建てられたことが窺えます。 -
1階エントランスホール
1階には富山第一銀行 本店営業部が入居しているため、白色系の都会的なデザインでまとめています。最新技術を駆使し、形状に拘った円柱石造風のファサードは、旧本店の面影を偲ばせるものです。
7・8階に総合企画部、営業企画部などの本部機能を集約させ、このビル内で行員約140名が働かれています。 -
1階エントランスホール
こんなゴージャスな場所にあるATM機なら、毎日訪れてもいいかも!? -
1階エントランスホール
文字フォント・フェチの琴線をくすぐる丸っこい可愛らしいフォントは、この建物のイメージに合わせて隈研吾建築都市設計事務所が創ったオリジナルです。鉄パイプを曲げて作られています。
青森県立美術館は館内のフォントやピクトグラムがアートディレクター 菊地敦己氏のオリジナル作品として話題になっていますが、これに倣ったのかもしれません。 -
グラス・アート・パサージュ(2F)
ガラス美術館では常設展として、展示スペースにてガラスアートを展示しています。2~4階までの「グラス・アート・パサージュ」には壁面に富山所縁のガラス作家による約50点の作品が展示され、2~3階の展示室では現代ガラス芸術の巨匠リノ・タリアピエトラ氏の作品展が開催されていました。
また、4階では「変化する光景」と「チェコの作家たち」という2つのテーマから展示作品を絞り込んだコレクション展が開催されており、目の保養ができました。これらの展示物は撮影禁止です。 -
2Fフロア
エスカレータを1段上がって仰ぎ見た驚きの光景です。
エスカレータとルーパー、ガラス、鏡がトップライト(天井)からの採光を柔らかく乱反射し、まるで光にざわめく木漏れ日の中に居るような心地よさです。 -
2Fフロア
内観の最大の特徴は、2~6階まで垂直ではなく斜めに伸びた吹抜け(光の筒)を囲むように配された「スパイラル・パサージュ(螺旋状フロア)」にトップライトから自然光を採り込み、それを最大限に活かす設計です。また、建物内部の壁や仕切りに、立山産杉材ルーパーを角度を違えて配置したのも隈氏の拘りです。角度を変えることで遮音効果も向上させており、無響室を彷彿とさせます。尚、ルーパーには不燃処理を施し、使用した板の総延長は約10kmにも及ぶそうです。館内が何となく温かく穏やかに感じられ居心地がいいのはこのためです。美術館と図書館が違和感なく融合した不思議な空間であり、杉材ルーバーを潤沢に用いた巨大な美術館は感涙ものです。
隈研吾氏のHPには、この建物の設計コンセプトが紹介されています。
https://kkaa.co.jp/works/architecture/toyama-kirari/ -
2Fフロア
約2000枚を複雑に配置した杉材ルーパーに囲まれた吹き抜けに向かって淡々と伸びるエスカレータは、立山へ登るイメージを膨らませたデザインだそうです。エスカレータの縦・横軸への重畳がもたらす雄大さ、スケール感が否が応でも立山連峰を想起させます。 -
2Fフロア
吹抜け「スパイラル・ヴォイド」は実施設計の段階で織り込まれたアイデアだそうで、斜めに配置したルーバーで縦軸への動線にインパクトを与えています。柱のない吹抜け、かつ耐震性という二律背反を両立させるため、吹抜けの周囲には斜め梁や片持ち梁を採用し、スパイラル・パサージュの床はその上方に配されたフィーレンディール構造で支持し、床を吊り下げているイメージです。また、フィーレンディール両端の柱にはCFT(コンクリート充填鋼管)構造を採用し、無柱の吹抜け空間を実現しています。こうした所が「キラリ」と光る実施設計の腕の見せ所です。 -
2Fフロア
エレベータもスケルトンにして目立たないよう配慮されています。 -
富山市図書館 3F児童書フロア
45万冊を超える図書を所蔵し、ファッション誌からビジネス誌・芸術誌など書店の店頭にはないような専門性の高いものまでを約500タイトルを揃えているそうです。
蔵書検索機により、書名や著者名などから資料を探すことができます。検索結果にある階数とアルファベットを元にその棚を探します。
まさに「美」と「知」を高いレベルで融合させた斬新な空間設計です。 -
5Fフロア
上層階から見下ろすと、全てのフロアが一体化したかのようなインスタレーション(空間芸術)になっていることに吃驚させられます。また、北側に整然と置かれた図書館の本棚が美術館と共存するかのように顔を覗かせるのも、よいアクセントになっています。
ガラス美術館と図書館は、それぞれが2~5階までを共有フロアとしており、来訪者がお互いの施設を行き来することにより、相乗効果を生むことを狙いとしています。 -
6Fフロア
隈氏の設計コンセプト通り、トップライトからの自然光が遮る物なく直接2階フロアに降り注ぐ一方、周囲に配されたルーバーやガラス、鏡から乱反射された光が絶妙にブレンドされ、館内はやさしい光に包まれています。また、柱は目立たないように鏡張りにしています。柱に映り込んだルーバーが天井や壁面のルーバーと繋がって見えるため、空間の一体感や視界的な広がりと共に浮遊感を高揚させます。 -
グラス・アート・ガーデン
6Fフロアでは、現代ガラスアートの巨匠 デイル・チフーリ氏の工房「チフーリ・スタジオ」が制作したインスタレーション作品を展示しています。
代表的なシリーズ作『トヤマ・ペルシャン・シーリング』をはじめ5作品が堪能できます。まさに、ガラスの魔術師の真骨頂であるガラスという素材の美しさと透明感の可能性を広げ、色鮮やかで生命感溢れる作品に固唾を呑みます。これまでのガラスの概念を打ち破った作品は世界の注目の的です。
作品群は、カメラのストロボや三脚などを使用しなければ、自由に撮影可能です。 -
グラス・アート・ガーデン 『シャンデリア』(2015年)
廊下スペースの天井に吊られた3色のシャンデリアで構成された作品です。また、ガラスアートだけでなく、ライティングワークに拠る陰影とのコンビネーションも見所です。
これらのシャンデリアは、米国スタジオで制作され、ここまで運ばれてきた作品です。氏の作品の真骨頂は、無機質のガラス細工とは思えない、生物的で有機的な造形です。これはどの作品にも共通しています。こうしたインスタレーションは感性で観るものですから、解説は控え目にしておきます。
日本古来の伝統色「深緋(こきあけ)、瑠璃色、鬱金(うこん)色」で彩られたシャンデリア3作品です。間近で見るとガラスとは思えないほどの躍動感と質感に驚かされます。これをガラスで創作してしまう感性とその技巧に脱帽です!今までは無機質のガラスには透明でクールという固定観念を抱いていましたが、表現の仕方次第ではその印象を変えられることを学びました。
深緋は、紫みを帯びた暗い赤色をいいます。茜草と紫根を重ねて染めた色彩で、名称にある緋の色感はなく、本来は黒みの強い色です。10世紀の法典『延喜式』では紫に次ぐ高位の朝服の色とされ、飛鳥時代や奈良時代には役人の装束の色とされました。明治時代の装束に関する文献『歴世服飾考』では、「たとへば桑の実の、初は赤きが、後黒となりたるが如しといへり」と評しています。 -
グラス・アート・ガーデン 『シャンデリア』
瑠璃色は、濃い紫みを帯びた鮮やかな青色をいいます。本来「瑠璃」とは仏教界の中心に聳える須弥山 で産出される宝石を指し、仏教の七宝のひとつです。その宝石の色に因む瑠璃色も至上の色として神聖視され、透明感のあるその色合いは静かで幻想的な深海を思わせます。光沢のある鮮やかな濃青色は「碧瑠璃(へきるり)」とも呼ばれました。金沢にある成巽閣の「群青の間」を彷彿とさせる色合いです。
洋名は「ラピスラズリ」といい、主にペルシャで産出され、中国経由で日本に伝わりました。また、欧州では、アフガニスタンから海路でラピスラズリが運ばれたため、ウルトラマリンとも呼ばれます。 -
グラス・アート・ガーデン 『シャンデリア』
こうしたガラスアートの素晴らしさを演出するのに不可欠な要素がライティング技術です。ここの照明器具は、山田照明㈱のワイヤレス調色・調光ソリューション「ECOwine」と電球色から昼白色まで細かく制御できるミュージアムスポットライト577台を駆使しています。照明制御配線から解放され、簡単な操作で個別の照明器具の調色・調光ができるようになり、ライティングの自由度を高めることで、きめ細かな空間演出を可能としています。
因みに、個々の照明器具に無線モジュールを組み込んだ複数の照明器具を管理するワイヤレス照明制御システムは、㈱村田製作所が開発したものです。 -
グラス・アート・ガーデン 『シャンデリア』
鬱金色は、鮮やかな赤みを帯びた黄色をいいます。派手な色が好まれた元禄時代には、着物の地色として緋色に次いで好まれ、また、鬱金という字が「金が盛んに増える」との意味に通じることから、縁起を担いで財布や風呂敷の染色として人気を博しました。その豪華で鮮やかな色合いは、元禄文化を象徴する色のひとつとされます。英名は「ターメリック」。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・リーズ』(2015年)
青い鋭利かつ繊細なガラス(高さ2m)と地を這う丸太のコラボ作品です。一見、剣山を彷彿とさせますが、ライトアップや自然光が交錯し、絶妙なコントラストで魅了します。因みに、「Reeds(リーズ)」は葦(Reed)の複数形を意味し、林立する青色のガラスは葦を表しています。また、作品に使われている丸太は富山産の木材だそうです。葦が表現しているのは、パスカルが感じたのと同じように自然界における存在としての「か弱さ」でしょうか…。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・リーズ』
チフーリ氏が日本文化に詳しいとは思えませんが、日本神話では葦を創生神話の立役者としており、『古事記』に最初に登場する植物が葦です。千田稔著『古事記の宇宙 ー 神と自然』には、「国はまだ稚く、海に浮いている脂のように、まるでクラゲが漂っているときに、アシの芽を萌え上がらせる力のようなものによってウマシアシカビヒコジ( 宇摩志阿斯訶備比古遅 )の神が生まれた」とあります。因みに、原文では「葦の芽」は「 葦牙( あしかび )」と記されています。
葦が最初に登場する理由には2つあり、葦が持つ「生命力の強さ」と「邪気を払う力」です。
一つ目は、何処にでも生える逞しさから頷けます。この生命力が、地上世界に生命を誕生させるエネルギーになったということです。
2つ目は、葦には邪気を払う霊力があると考えられていたからです。実際、葦には水質を浄化する作用があり、「水が 清らか→葦は邪気を払う 」と連想したのでしょう。こうしたことを古代人は経験的に知っており、葦を「 世界を支える大切なもの?」と捉えてこの世界は葦から始まったと考えたのです。 -
グラス・アート・ガーデン
『トヤマ・ペルシャン・シーリング(天井)』(2015年)
ライティングされた天井一面に約400個のガラスパーツを散り嵌めた光の廊下です。ガラスに生命が吹き込まれ、曲線に満ちたしなやかなフォルムと、どこか情緒的な色遣いが幻想的な世界を紡ぎます。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ペルシャン・シーリング』
天地を逆さまにすれば海底を彷彿とさせる作品です。
ヒトデや貝に交じり天使も登場しますが、どこかお花畑にでも迷い込んだような牧歌的な空間にも感じられます。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ペルシャン・シーリング』
見方を変えれば、海底から色彩豊かなクラゲの浮遊を見上げているような感覚にも捉われます。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ペルシャン・シーリング』
固唾を呑み、言葉を失い、しばしヒーリングの世界に浸ります。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ペルシャン・シーリング』
天使が潜むエリアです。(中央下部) -
グラス・アート・ガーデン『トヤマ・ペルシャン・シーリング』
ガラスアートも美しいのですが、色ガラス造形を透過した淡い光が四方の白壁に映し出す神秘的な揺曳も見逃せません。
どこかサグラダ・ファミリアのステンドグラスの揺曳を思い出させます。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・フロート』(2015年)
暗室に入った途端、その神秘的・幻想的な艶やかさに目が点になります。漁に使うフロート(浮玉)が117個も並び、そのうち95個がチフーリ・スタジオや富山ガラス工房、富山ガラス造形研究所がコラボして富山で制作された作品です。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・フロート』
この作品のポイントはフロートと共に舟を登場させていることです。舟は富山の伝統的かつ土着的な象徴でもあり、この笹舟は富山平野を流れる神通川で鮎やサクラマス漁で実際に使用されていたものだそうです。
画像だけではスケール感は伝わり難いのですが、とてもスケールの大きな作品です。オールの大きさでイメージできるかと思います。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・フロート』
丸みのあるやさしい静寂感漂う作品です。
フロートのカラフルさと絵柄は、縁日の「ヨーヨー釣り」を彷彿とさせるポップなデザインですが、不思議と「和」のテイストが散り嵌められた作品です。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・フロート』
フロートのひとつ一つが独特の色彩と輝きを放つ中、個々が何を意味し、そこにどんな思いが込められ、この舟の向かう先は何処なのかを自問することで自分なりの鑑賞ができる仕組みです。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ミルフィオリ』(2015年)
シャープやくねくねした躍動的なイメージを主体にし、その中に丸みを帯びたナイーブな感性を同居させた作品です。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ミルフィオリ』
真っ直ぐに伸びる葦と首を傾げた茎など、未知なるジャングルに足を踏み入れたかのような幻想的かつエキゾチックな気分に浸れます。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ミルフィオリ』
360度どこからでも鑑賞できるというのが、生け花の発想にも似ています。それもそのはず、「ミル・フィオリ」とはイタリア語で「千の花」を意味しています。
見る方向を違えると作品のイメージ自体も変わります。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ミルフィオリ』
デイル・チフーリ(Dale Chihuly)氏を簡単に紹介しておきます。
氏は、1941年生まれのワシントン州タコマ出身のガラス彫刻家&起業家です。ワシントン大学でインテリアデザインを学ぶ中でガラスアートと出会い、卒業後にウィスコンシン大学マディソン校でスタジオグラスの創始者 ハーヴェイ・リトルトン氏に学んでガラス彫刻の理学修士を修得しました。その後、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン在学中に奨学金制度「フルブライト・プログラム」を利用し、ヴェネチアのムラーノ島にあるヴェニーニ工房でヴェネチアン・グラスを学び、現代ガラスの「粋」とムラーノ・ガラスの伝統的な「美」を融合させて美術学博士号を取得しました。
帰国後はコブローパイプ(ガラス吹きパイプ)から重力や遠心力を利用して自然にできる造形を探求しながら、多彩な色ガラスによる独特の色彩美と造形美を探求しました。その後、1971年にパートナーと共にピルチャック・グラス・スクールを開校し、制作活動を行なう一方、後進の教育にも努めました。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ミルフィオリ』
順風満帆かと思った矢先の1976年、35歳の時に英国滞在中に交通事故に巻き込まれ、左目を失明すると共に右足が不自由になりました。更にその3年後、ボディサーフィン中の事故で肩を脱臼し、ガラス吹きパイプを持つことが困難になりました。それ以降、自ら作品を制作することができなくなり、ディレクターに徹してパートナーに制作を依頼するようになっています。
しかし、そうした苦難を乗り越え、1992年には米国初の人間国宝(National Living Treasure )に選ばれました。現在、氏が主宰するチフーリ・スタジオは90名を超えるスタッフが所属する大きなガラス・スタジオにまで成長しています。
インタビューでは次のように語っています。「私は事故によって、幸か不幸か、多くの視点から作品を見ることができ、より早く問題を予想することができるようになったんだ。…私は、ダンサーではなく振り付け師。選手ではなく監督。俳優ではなくディレクターなのさ」。
こうした逆転の発想から、アーティストとしてだけでなく、アントレプレナーとしても大成功を成し遂げています。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ミルフィオリ』
『ブラタモリ』風に、「何故、富山市はガラスアートの街になったのか?」について探ってみましょう。
富山市とガラスの接点は、300年以上の伝統を今に受け継ぐ「富山の売薬」に由来します。製薬産業の歴史を持つ富山市では、明治~大正時代には薬の周辺産業として薬用ガラス瓶の製造が盛んに行われ、全国トップシェアを誇りました。また、戦前には、富山駅を中心に溶解炉を有するガラス工場が10社以上操業していたそうです。こうした経緯から、富山市では新しい文化の創出と地場産業育成という観点から、ガラス芸術の振興に力を入れ、早くからガラスによる街づくりが企画されていました。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ミルフィオリ』
最初に、富山大空襲や戦後のプラスチックの台頭により廃れたガラス産業を再興する目的で、1985(昭和60)年に富山市民大学ガラス工芸コースを開設しました。また、ガラスをテーマとした街づくりの方向性を市の内外にアピールするため、1991年には全国唯一の公立ガラス作家養成専門機関として西金屋・古沢地区に市立富山ガラス造形研究所を開設。更に、1994年にはそこから輩出された多くの作家たちが創作に勤しむ場として富山ガラス工房を整備し、ガラスアート作家の独立を支援する工房「グラス・アート・ヒルズ富山」を設立し、全国からガラスアーティストを富山に呼び寄せました。こうした長年に亘る弛まぬ努力が実を結び、今や富山市は国内外のガラス業界に注目される街にまで成長しました。 -
グラス・アート・ガーデン 『トヤマ・ミルフィオリ』
富山市にガラス文化を根付かせるには、ある程度の時間が必要かもしれません。例えば「高岡銅器」や「富山の薬」にしても、数百年単位の長い歴史の産物です。その時間スパンに比べれば「富山のガラス」はまだヨチヨチ歩きと見做されるのかもしれません。本質的な意味で世界に認知されるのは、数百年後なのかもしれません。真の文化は、それくらいのスパンで築かれていくものではないかと思います。
ともあれ、まちづくりの集大成として擁立した「富山市ガラス美術館」の入館者の内、市民の割合が20%程に留まることから、市民のガラスに対する関心を向上させるカンフル剤の投与が先決かもしれません。作家と市民が「ONE TEAM」にならないと文化は根付きません。我々団体ツアーの来館が市民への刺激になればと願ってやみません。 -
3Fフロア
館内のピクトグラム(案内用図記号)もフォントと統一され、判り難いのか授乳室などにはアイコンにルビが入れられています。 -
3Fフロア
男性用トイレのピクトグラムです。
トイレの表示は、万国共通になるとインバウンドの方々も迷うことはないのですが…。
年配の方はトイレの表示と思わないかもしれません。 -
FUMUROYA CAFE TOYAMAキラリ店
こちらは、2Fに併設されているカフェです。創業 慶応元年(1865年)の金沢 加賀麩の老舗「不室屋」がプロデュースしており、スイーツやランチを提供されています。カーテンに花を散らした間仕切りが圧迫感なく空間を区分けしており、とても素敵なカフェです。
金沢は京都と並ぶ生麩や飾り麩の産地として知られています。生麩は天平年間に遣唐使によって京都に伝来しましたが、金沢のそれは加賀藩主 前田氏の料理人 舟木伝内の工夫とも伝わり、寺の多い土地柄ゆえに精進料理の食材として重宝されてきました。また、保存食としても用いられ、その後、時代の変化と共に様々な趣向が施されて金沢を代表する食文化のひとつとに発展してきました。
「不室屋」では、不室六右衛門が金沢 尾張町で麩づくりを始めて以来、開業当初の製法・味・技を伝承しながら加賀麩をつくり続けられています。 一方で、伝統を活かしながら、時代の変化の中で新しい麩の創作にも尽力し、近年ではこうしたカフェなどの運営を通じて麩料理、およびそれを食する環境や文化の提案にも注力されています。このカフェもそうした活動の一環を担っています。 -
ミュージアムショップ (2F) ガラスの器『キクズ』
複合施設「TOYAMAキラリ」の開館1周年を記念して創作された、隈研吾氏監修のガラスの器『キクズ』です。氏のイメージに基づいて富山県在住のガラス作家が制作した宙吹きガラスの中に、富山市ガラス美術館の内装に用いたのと同じ立山産杉材のチップを封じ込めてあります。
『キクズ』というネーミングは「小さな屑のひとつひとつのばらつきの中にこそ、木のスピリットがあると感じられる」と語る氏の信念に基づくものであり、まさに建物の記憶を閉じ込めたガラスの器と言えます。
楕円球に近い「マル」と楕円状をした盃に似た「サラ」の2種類あり、大きさはそれぞれ直径15cmと20cmの2サイズあります。 -
デ7000形路面電車
レトロなデ7000形も今だ健在です!
東京都電8000形をモデルとして日本車輌製造で1957~65年にかけて22両が製造された、富山地方鉄道軌道線初のボギー車です。
ボギー台車とは、曲線をスムーズに通過できるように車体に対して水平方向に回転可能なピボット機構を有した台車(車輪部)の総称です。
この続きは、情緒纏綿 越中富山紀行⑥庄川峡観光遊覧船でお届けします。
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