2019/10/24 - 2019/10/25
300位(同エリア8626件中)
Pメテオラさん
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アンコール遺跡観光のお膝元、シエム・リアップは、絵に書いたような東南アジア風国際観光都市だった。
私も、日が暮れた後、人並みにオールドマーケットやパブストリートに行ってショッピングや食事。夜が明けると、トゥクトゥクやクルマに乗って、近隣の遺跡めぐりで汗だくになるというパターンを繰り返した。暑ければ、ホテルに帰ってクーラーの効いた部屋でひと眠り。
それにしても、アンコールワットの遺跡群というのは、こんなにたくさんの数があるというのも初耳でびっくり。同じパターンの寺院遺跡なので、だんだんと飽きてくるが、その中でも噂のとおり、バンテアイ・スレイ、バイヨン、象のテラス、コー・ケー、ベン・メリアなどは記憶に残るものだった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
1 シエム・リアップでショッピング
アンコールワット観光のお膝元がシエム・リアップ:Siem Reap の街。主に欧米系の人たちが「これぞ、アジアの観光地!」と、はしゃぐようなムードの都市だった。裏を返せば、芝居の大道具のような、お約束の国際観光都市。
だから、安全、安心、楽しい、少し安い、ほぼきれい、ちょっぴり混沌。
陽が傾くころ、私も街の中心部のオールドマーケット一帯に出かけた。写真は、シエム・リアップ川にかかるクメール建築風の歩道橋。高級な部類のショッピング・エリアの一角で、両岸に土産物屋や食べ物屋がびっしりと並んでいる。 -
「ナイト・マーケット」、「〇〇・マーケット」という呼称のショッピング街は、中心部から徒歩圏内に数カ所ある。どこでも、一坪か二坪の広さの店がびっちりと並んでいる。どのマーケットへ行っても、品揃えは五十歩百歩だ。
カテゴリーは、宝飾品、衣類、雑貨、食品の4分類くらい。生鮮食料品だけは、街の真ん中の「オールド・マーケット」という場所でしか売っていない。
私はクメール文字が全く読めないので、いつも英語が頼り。店員さんが顔つきを見て声を掛けてくるが、4割は中国語、3割は日本語、残りは英語でのお誘いだった。
「まあ、仕方がないな」 -
雑貨屋さんの店先。Tシャツは、値切って、だいたい1枚1ドル。エコ・バック、スカーフ、ズボン式のパンツ、スノードーム、日記帳、絵葉書など、なんでもあり。皆さんの体験談のとおり、少し駆け引きをすると言い値の半分以下になる。
私は、雑貨類、ドライフルーツ、コーヒーを買った。宝飾品や、コショウ、高級ビスケットは見るだけだった。 -
食料品店では、タバコ、コショウ類、コーヒー、ドライフルーツ、スナック菓子などが定番商品。値切り方は雑貨類と同じ。
途上国の土産物店やタクシーは、判で押したように値切り交渉の世界。それはそれで面白いのだが、疲れ気味のときや、じっくり品物を見たいときに、客の表情などお構いなしで話しかけられると面倒になるのも、偽らざる本音である。
合理的なレベルの定価販売で、値切り交渉に気を回すより、本来の目的である品物選びに注力できる方が、ずっとショッピング気分はいい。「ニッポン旅行って、治安は良いし、こういう面も含めて、けっこう気が休まる旅先なんだ」と、シエム・リアップでも思った。 -
2 有名なパブ・ストリートにも顔出し
シエム・リアップの観光客のメッカ、パブ・ストリート:Pub Street 体験もばっちりした。欧米系観光客が泣いて喜びそうな造りと雰囲気である。カンボジアの中の異国であることは間違いない。
陽が暮れるまでは人影もまばら。陽が暮れても午後8時ごろまでは、なんとなくノリが悪い。 -
写真は、パブ・ストリートきっての有名店レッド・ピアノ:Red Piano。正統な観光客である私も、1階のテラス席に座って一杯体験した。その日の客層は、欧米系7割、アジア系3割くらいだった。店員さんの応対は、普通に可もなく不可もなく。ガイドブックのとおり、チップ不要のお会計制度だ。
レッド ピアノ 創作料理
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イチオシ
夜8時を回るとパブ・ストリート一帯は、さんざめくように賑わいを増した。このあたりの飲食代は、周辺の倍以上。街並みが整えられていて、観光客しかいないのだから仕方がない。その代わり、衛生観念に神経質な方でも入れるような構えの店もある。
ツアーなどで、アンコール遺跡に近い方の5つ星ホテルに泊まると、パブ・ストリート界隈まで往復するのも、トゥクトゥクやタクシーになってしまう。気軽なお散歩気分でローカル気分を味わいたい場合は、ホテルの場所選びに注意が必要だ。 -
3 旅の食はカジュアル路線
パブ・ストリート界隈を見物したあと、実際の食事は、ソクサン・ロード:Sok San Road や、その周辺で食べた。お店は十分にきれいだし、写真付きメニューが普通で明朗会計だ。
予習不足も含めて、カンボジア料理やクメール料理に対するイメージや期待がなかったので、普通の料理店で観光客風の食事をすればよいと考えていたからである。 -
観光客が歩いているような通りの店には、値札つきの写真メニューが掲げてある。メニューが出ていない店、クーラーが1台でもある店は「超」高級店。レッド・ピアノの1階だって、クーラーなしのテラス席のバル(カフェ)なのである。
シエム・リアップの街中には、街角や小川にゴミが積み上げれらていなかったので、相対的に衛生観念がしっかりしていると感じた。そのため、1皿1ドルとか3ドルのような価格帯の飲食店に入っても大丈夫だと思った。そして、その判断は間違っていなかった。 -
4 安めのカンボジア食いろいろ
食べたり飲んだりしたものを体験談的にリストアップしてみた。
まず、ココナッツ・ジュース。普通の店で1個1ドル、観光地価格の店で1.75ドルから2ドル。ココナッツの実を店先の箱の中で冷やしてあるので、了解を得て実際にさわり、「これ!」と言って指定してジュースに仕立ててもらおう。 -
カンボジア料理の代表例のひとつがアーモック(アモック)。ココナッツミルク仕立ての魚介または肉入り「けんちん汁」。ご飯がついてくる。店によるバリエーションが大きい印象。1人前2.5ドルから3ドルで、けっこう良い値。
背後は、ご当地の人気ビール「アンコール」。缶入りは1本0.5ドルから1.5ドルほど。ビン入りは、1本1ドルから3ドルくらいだ。おつまみつき、コップなし、など、店による出し方の差が大きかった。 -
カンボジアン・ステーキ、1皿4.5ドル也。肉は少し固め、ソースはやや甘め。全体的に現代カンボジア料理は、甘めの味付けが多い印象であった。あっているのだろうか。
背後は、カンボジア風チャーハン。1皿1ドルから1.5ドル程度が普通であるが、遺跡周辺の観光レストランに入ると6ドルが相場である。 -
左は、トンレ・サップ(湖)産の魚のフライで3ドル、右はカンボジア風焼きそばで1.5ドル。魚のフライには、ご飯がつくが、このときは麺類も頼んでいたので謝絶。
こんな感じで食べると、小食の方は1皿と飲物を取って3ドル内外、私のように2皿食べても5ドルから7ドル程度のお勘定だ。それでも、現地の物価感覚からすれば、1食2000円から3000円感覚の食事をしていると思う。
カンボジアでは、1ドル400-500円くらいのレートで考えると生活感と合う。 -
5 カンボジア料理のデザート
続いてデザートをリストアップ。果物の盛り合わせに、はちみつとココナッツミルクをかけたもの。カンボジア料理は、やっぱり甘口系なのだと改めて思った。
小サイズのミネラルウォーターは0.25ドル。
「誰だあ、ちっちゃな水に0.5ドルとか0.75ドル払っているのは!」 -
街の中心部のあちこちの屋台で売っているのが、英語名でアイスクリーム・ロール:Ice Cream Roll という冷たいデザート。甘いクレープみたいな材料を冷たい鉄板の上でロール状に巻き、トッピングやシロップを載せたり掛けたりしてカップに入れて出す。1カップ1ドルから2ドルで、値段の差はトッピング内容の差。パブ・ストリート界隈では1カップが2-3ドル。
夜の暑さも続くので、冷たいデザートは一服の清涼剤だ。普通は、お腹はこわさないと思う。 -
6 ものすごい物価高のガイジン客用レストラン
この写真は、現地の1日コースツアー参加時に寄った、ベンメリア遺跡近くのガイジン客向けレストランである。テーブルクロスがかかり、椅子やテーブルも木製である。冷房は、ほとんど効いていなかった。
屋台や、道沿いの茶店風食堂に、どうしても入れない方々にとっては、こういう店が最低の妥協ラインだろう。 -
メニューの一例で、焼きそば6ドル、焼き飯類7ドル等々。コーラは1.5ドル、ココナッツジュースは1.75ドルだった。一期一会のご縁で、ツアーの他のお客さんといっしょに入ったのであるが、店員さんは、注文をひとつ聞き忘れるし、飲みものはなかなか持って来ないうえ、料理の盛りは少なく、味はコメントしたくないレベルであった。
前の日に、トゥクトゥクのドライバーが寄ってくれた店も同類の店であった。入店しない旨を告げたら、店員といっしょになって「なんで、なんで」の大騒ぎ。バックマージンの1ドルか2ドルをもらい損ねたようだ。
アンコールワット観光では、「選択肢がある限り、遺跡近くのレストランには入るな」と思った。日本やヨーロッパの類似例と比べて、一般店との落差がめちゃくちゃ大きい。後日、見学したバンテアイ・スレイ遺跡のカフェテリア風レストランでは、欧風コースランチが35ドルの表示だった。
「・・・・・・・・・」。 -
イチオシ
7 2番人気はアンコール・トム遺跡
1) ユーモラスな南大門
日の出鑑賞以外の朝は、のんびりと出発。午前9時すぎに、陽光に照らされたアンコール・トム:Angkor Thom の南大門で、トゥクトゥクをいったん降りて、ひと歩き。
ここは、クルマやトゥクトゥクが譲り合いながら、狭い門をくぐり抜ける場面が有名。ヨーロッパの古い都市の城壁の門と同じ雰囲気だ。門の上の大きなブッダの顔が、アンコール遺跡へ来たという強烈な印象として残った。 -
門の外側のお濠を跨ぐ道沿いには、大きくて百面相の人面彫刻がずらりと並んでいて、壮観というか、とってもユーモラス。一部は明らかに修復済みだった。
こういう光景がヒントになって、人面妖怪がいっぱいのアニメや、シュールな芸術作品ができたのね、と内心ほくそえんでいた。クメール芸術って、すごい。アンコール トム 南大門 史跡・遺跡
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2) バイヨン人気に納得
大きなブッダの顔が、塔の四面にいっぱい彫られたバイヨン:Bayon も、とてもユニークで、見ているだけでも飽きない。アンコール・ワットに次ぐ人気遺跡であるのも当然だ。
ブッダの全身像や座像ではなく、顔だけ彫ろうと考えたバイヨンの建立者であるジャヤバルマン7世の頭の中って、どういうセンスだったのだろう。バイヨン 史跡・遺跡
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バイヨンに限らず大半の遺跡では、石組みが少しずれたり、隙間ができていて、壁面や彫刻がヒビ割れて見えるが、これがオリジナルの状態なのだろうか。こんなに筋が入った彫像で王様や職人が満足したはずはないと思うのだが、誰も何も語っていない。
バイヨン 史跡・遺跡
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バイヨンでニッポン人修学旅行生の一団と出会った。高校の修学旅行で、それなりに遠い国へ海外旅行できるなんて、うらやましい。ちょっとだけ話しかけてみた。
「遺跡や歴史に興味ないと、こんなところばっかり回っても飽きるでしょ」
「いいえ、友達とずっといっしょにいられるので楽しいです」
前向きな気持ちがいいね。バイヨン 史跡・遺跡
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3)象のテラス、癩王のテラスは良いセンス
バイヨン遺跡の続きにあるのが、象のテラスと、癩王のテラス、という”ヒナ壇”。軍隊の閲兵場だったそうだ。
象や、象の鼻を上手にデザインした芸術的センスが素晴らしい。象のテラス 史跡・遺跡
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こちらは、癩王のテラスの埋もれた壁の内部から見つかったというヒンドゥー教の神々の彫刻。いろいろな顔の神々に、ずらーりと並んで見つめられると、くすぐたったい気分だった。
写真の右下はナーガの彫刻。私はヘビが嫌いなので、ヘビをモチーフにしたナーガの像には、最後まで親しみを覚えることができなかった。ライ王のテラス 史跡・遺跡
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4) お化けムードの北大門
「南」大門があれば、「北」大門があるのが自然な流れ。いわゆる、遺跡めぐり大回りコースをすると、癩王のテラスを通ったあとに北大門をくぐりぬける。交通量もめっきり減り、苔むして陰気な感じ。夜になると、顔がぴくりと動きそうだ。 -
8 バンテアイ・スレイで痛恨のミス
日を改めてバンテアイ・スレイ遺跡:Banteay Srei へ行った。
アンコール地区から北へトゥクトゥクで1時間ほどかかるが、お薦め度は高い。また、途中の田んぼと木々の緑いっぱいの田園風景がとてもやさしい。電線や看板がほとんどない農村風景は、日本が失ってしまった素朴な美しさを見せていた。 -
イチオシ
10世紀の建立というバンテアイ・スレイは、赤っぽい砂岩の建造物が、あざやかな緑とコントラストをなす、美しくて優しい感じのする遺跡だった。
表参道を入った瞬間、リンガ、リンガ、リンガあ・・・・・。男根のシンボルがずらりと並び、ここがヒンドゥー教のお寺であることを如実にアピールしていた。バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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本堂はこじんまり。お濠と壁に囲まれて、華奢な美しさを放っていた。心安らぐ風景にうっとり。
バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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バンテアイ・スレイ観光の目玉は、本堂と両脇の祠堂に掘られたデヴァターという女神の彫刻の数々。その中でも、ピカイチな美女のデヴァターが「東洋のモナリザ」と称賛の的。
けれども、本堂周辺は立入禁止で、彫刻類は遠目に見えるだけ。肉眼で見ると、デヴァターの数々も、はるか彼方にあるのみで小さく、細部まで見分けられない。ガイドブックの写真みたいに、間近かで拝めないのである。
当然、「東洋のモナリザ」という表示はなし。通り過ぎて行くガイドさんが自分のお客に向かって、「ほら、あれです」と指さしているわけでもない。訳知り顔の観光客が、特定の像の前で望遠レンズを構えて、ひとしきり連写している訳でもなかった。
「いったい、どうなってんの?」
「話が違うぞ!」バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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そのため、ものの見事に「東洋のモナリザ」見物に失敗した。
「確か、左向きで、崩れ方が少ないデヴァターだったよな」と思い出して写した像は、「東洋のモナリザ」像に似ていたが、違っていた。言い訳ではあるが、肉眼ではこんなに大きく、はっきりと見えないのである。
順光、逆光の中で、ていねいに見たつもりが、とんだ大失敗であった。「後の祭り、後悔先に立たず」と、今でもがっかり。バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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デヴァターには二つと同じ表情の像がないが、私は、このボーイッシュな感じのデヴァターが意外に脳裏に焼き付いている。こっちにも気を取られていたので、肝心かなめの「東洋のモナリザ」を見落としたのかも知れない。
「浮気した罰よ」
「とほほ・・・」バンテアイ スレイ 史跡・遺跡
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9 「ああ、これね」のタプローム
アンコールワット一帯の遺跡は、似ているものが多いので、いくつか見物しているうちに飽きてくる。そのうえ猛暑なので、体力が続かない。
リンガ、デヴァター、シヴァ神、ナーガ、壁の彫刻、無造作に崩れた石造物、木の根が張った建物、のオンパレード。もう遺跡化しているので、現役時代の様子も分からないし、お坊さんの生活が想像できるわけでもない。よっぽどヒンドゥー教に興味がないと次第に不感症気味になる。ごめんなさい。
遺跡の上に熱帯樹の根がとぐろを巻くようにして生えている場面が有名な「タ・プローム」遺跡も、初めて見ると「わあー、すげえ」。遺跡めぐり4カ所目くらいだと「ああ、これね」。タ プローム 寺院・教会
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タ・プローム寺院遺跡は、アンコールワットから近い割に密林ムードがあるので人気も上々。観光客がたくさんいた。立地に恵まれているなあと思う。
ここは、アメリカの有名映画『トゥーム・レーダー』のロケ地と、ひんぱんに書かれている。「何で、自分たちのキリスト教関連遺跡でロケしないの?。キリスト教の遺跡を『墓荒し=トゥーム・レイド:Tomb raid 』まがいに探訪する娯楽映画作りは気が引けるんでしょ?」と、思ってしまう。タ プローム 寺院・教会
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10 プリア・カーンで緑のリンガに出くわした
あれこれ思っても、せっかく来たので、なるべく多くの遺跡を訪ねた。ヒンドゥー教の現世的な彫刻を見たり、人間性にあふれたヒンドゥー神話を聞くのは面白い。
いわゆる大回りコースになると観光客の数もめっきり減り、崩れた石の上を跨いで歩くことも多くなる。プリア・カーン遺跡でも、「突然、天井が崩れたらどうしよう」と思う場所もあった。
日本を含むアジア圏では、建築学上のアーチ構造を習得できなかったので、天井がもろい傾向があるのだ。そのうえ、長年、放置されてきたため、石組みが歪みはじめていて、壁や建物が”かしいで”いる。遺跡感満点の代わりに恐怖感も出る。
また、美人のデヴァターちゃんが、胴体のあたりで、ずれていたりすると、ちょっとのけぞってしまう。 -
イチオシ
プレア・カーン遺跡のお堂の中心部に来たら、半分緑色に苔むした大リンガが鎮座していた。上を向くと、尖塔の先が崩れたか、壊されていて空が見えていた。「高温多湿な空間で雨に打たれれば、こうなるよね」という感じである。
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11 水辺のニャック・ポアンは、すがすがしく
「からみつくヘビ 」という意味のニャック・ポアン:Neak Pean 遺跡は、周囲の池に映る青空と真っ白な雲が、とても広々とした空間を創っていた。崩れた石組みと熱帯樹とヒンドゥー彫刻ばかり目にしていたので、とても新鮮で開放感があった。ニャック ポアン 史跡・遺跡
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大きな人工池の真ん中の人工島の中に、もうひとつ池があって、そこがヒンドゥー教の祠の跡。昔の薬草園だそうだ。
俗っぽい目で見ると、「真ん中に奇抜なデザインの水神様を祀った釣り堀」。ニャック ポアン 史跡・遺跡
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12 暑い日のプレ・ループは熱い
アンコール遺跡の大回りコースのひとつ、プレ・ループ遺跡:Pre Rup は、プノンバケンに次ぐ夕陽鑑賞スポットだそうだ。私は、プノンバケンで夕陽は見たので、昼下がりに寄った。四角い敷地の真ん中に内陣があり、3本の塔があるパターンは、もう、すっかり馴染んだ光景になった。赤っぽい石材が、華やかなりし頃をアピールしている。プレ ループ 寺院・教会
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ここの正面階段は昔のままの急階段。女性がスカートの裾の隙間を気にするくらいの急こう配である。
私も安全第一で、次の段の階段に手をついて一歩ずつ塔へ登ったが、熱帯の太陽は想像以上に容赦なく地面に照り付けているようだ。階段に手を置くと、思わず「あちっ!」。手のひらをべったりつけないようにして、おっかなびっくり登るしかなかった。プレ ループ 寺院・教会
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プレループ上段からの眺め。森の中にたたずむ美しい遺跡であるが、暑いこと極まりない。アンコール遺跡めぐりは、てんこ盛りに見物スケジュールを詰め込むものではないなというのが実感。
ちなみに、後でぐるっと回り込んだら、正面右脇に観光客用の木製階段が取り付けてあった。プレ ループ 寺院・教会
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13 コー・ケーで素朴なカンボジア風景を見る
別の日に、現地申込のツアーに参加して、コー・ケー遺跡:Koh Ker とベン・メリア遺跡に行った。英語ガイド、ランドクルーザーかミニバン使用、ホテル送迎と水付き、入場料と食費は別の1日ツアーで、おひとり様40ドルであった。シエム・リアップから、コー・ケー遺跡は110km、ベン・メリア遺跡は45kmほど離れている。
途中で通過したカンボジアの農村や集落風景が素朴で美しかった。いずれ、電線と看板とゴミだらけになるのだろうが、私たち日本人も歩んだ道なのだ。 -
コー・ケー遺跡のチケット・センター。全然、人がいない。入場料は1人10ドル。クルマで10分から15分くらい走る範囲に、寺院遺跡が点在している。西暦921年から944年までの短期間とはいえ首都が置かれたので、それなりに広がりがある。寺院遺跡の他は、ほぼ、うっそうとした熱帯樹林だ。
-
プラサット・プラム:Prasat Pram は、5つの塔のお寺という意味だよとガイドさんの弁。「あるある」感丸出しの、木の根がレンガ造りの寺院に寄生するように生えたタイプ。
ここで、別のガイドさんに連れられた日本人のうら若き女性2人組の旅行者と会った。
「こんなところまで遠出するなんて、すごいですね」
「来て、良かったです」 -
ニアン・クマウ:Neang Khmaw。「黒い婦人」という意味で、最近の命名とのこと。「クマウ」が「黒い」の意味で、形容詞が後ろからかかっている言葉だ。
ここは、クメール・ルージュ撲滅の焦土作戦で炎にさらされながらも奇跡的に破壊や炎上を免れたとの説明があった。孤高の遺跡感ばっちりの風景である。
ガイドさんによると、カンボジアにもお化けが出るという。戦死した兵士や、無念を残して亡くなった方のお化けもいるし、座敷童(ざしきわらし)みたいにポジティブ指向のお化けもいるのだそうだ。これを聞いて、アンコール遺跡群の枯れ果てたような姿と、現代カンボジア人のイメージが、ちょっぴりだけ重なった。 -
ニアン・クマウの堂内に残っている見事なリンガ。敵方が、ちょっと壊してお茶を濁した感じ。ヒンドゥー教の現世的な信仰感をひしひしと感じた。
ヒンドゥー教の女性が見たら、どのように感じるのだろうか。その一方、現代の日本人のお姉さんは、どう感じるのだろう。思わずなでてみたくなるのだろうか。
ガイドさんは、いっさい、そのようなことには触れない。
「これはリンガです」、以上。 -
コー・ケー遺跡の中心、プラサット・トム:Prasat Thom と呼ばれるピラミッド型寺院遺跡への入口。ひなびた藁葺き(わらぶき)屋根の土産物店兼食堂からの呼び込みもそこそこ。ちょっと上を見たら、ばっちりソーラーパネルが取り付けてあった。観光産業がもたらす現代生活への影響力、おそろしや。
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イチオシ
ほぼ崩壊している門や参道を2-3分進むと、プラサット・トムの中心、7段ピラミッド状の本殿が目の前にでーんと現れた。どっしり感がすごい。そして、ガイドさんも言うように、「天に届くようにピラミッドを造ろう」というのは人類共通の心の叫びだ。
コーケー遺跡群 史跡・遺跡
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裏手に回って、頂上まで続く観光用の木製階段を昇った。
上の段にあがるにつれて、傾斜はきつくなり、下を見ないようにして昇った。コーケー遺跡群 史跡・遺跡
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「まさに絶景かな」
周囲に見えるのは360度、緑深いカンボジアのジャングル。遠くに、うっすらとタイ国境の山々が霞んでいた。近くに見える集落は、2001年ごろまで最後の抵抗をしていたクメール・ルージュ派だった村だそうだ。
熱帯なので、ピラミッド上を吹き渡る風も、もわっとしていて、さわやかではない。コーケー遺跡群 史跡・遺跡
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コー・ケー遺跡の森は深くて平らである。いまは、どこの遺跡も、石造建築の寺院跡だけ残して、木造建築その他はきれいになくなっている。往時は、どんな感じだったのだろうと思ってみても、その片鱗さえ残っていないのが寂しい。
それでも気分は、カンボジア風「ジャングルや、つわものどもが、夢のあと」。コーケー遺跡群 史跡・遺跡
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14 ベン・メリアで虚しくなる
コー・ケーを後にしてランチを終え、崩落現場が観光の目玉であるヒンドゥー寺院遺跡ベン・メリア:Beng Mealeaに入った。入場料は5ドルだ。
日本人人気が高い場所なのに、日本人には出会わなかった。おそらく見物パターンのずれだ。ベンメリア 森林・ジャングル
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ベン・メリア遺跡は、うわさのとおり、ほとんど崩れていて、コケが少しこびりついている石材の山だった。私はアニメ映画にうといので、「これが皆さま絶賛の『天空のラピュータ』という映画の世界のイメージなんだ」と思っただけ。
それでも、ところどころに崩れきっていないお堂跡が残っている。観光しやすいように、視界をさえぎる樹木をだいぶ切ったとのこと。ベンメリア 森林・ジャングル
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観光客は、専用の木道を歩いて、石材の山や樹木の根のからみついた建造物の残滓を見ながら回遊する。
これだけ石材があるのに、なぜ「少し持ち出して、俺んち作っちゃうもんね」ということにならなかったのか不思議。ベンメリア 森林・ジャングル
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順路の最後の方で、崩落を免れている第2回廊の内部に50メートルほど入る。奈落の底に入って行くような雰囲気であるが、真っ暗なトンネルの先に、ポツンと出口の明かりが見えるので怖くない。
崩れた石材が壮大に積み重なったベン・メリア遺跡を一周してくると、クメール文明が、現在のカンボジアに連綿と受け継がれなかったことが分かる。
「どうして、ご先祖様の偉業を忘れちゃったの!」
了ベンメリア 森林・ジャングル
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この旅行記へのコメント (3)
-
- mom Kさん 2020/03/29 13:29:57
- よく伝わります
- Pメテオラさん、旅行記に共感してくださってありがとうございます。バンテアスレイまで行かれたのですね。少し離れているから大変でしたね。でもその値打ちありますもの。モナリザは今は近くまで行けないとは。観光客が激増なら無理もありません。小さくてひっそり優し気なお顔でした。私は2005年でした。空港に降り立った時、ぽつんと郊外のバス停のような感じで町までどうすればと思ったものです。
私の訪れていない遺跡のお写真も楽しませていただきました。もう一度行けるかなあ。行きたいなあ。ワットの上から密林への落陽見られましたか。よい旅を!
- Pメテオラさん からの返信 2020/03/29 17:52:15
- Re: よく伝わります
- mom kazukoさま。コメントありがとうございます。2005年と2019年では、おそらくアンコールワット観光事情は激変していると思います。東洋のモナリザも、あえて注目されないようになっているかもと、古い体験談から想像しています。がっくり・・・・。まさに、正統派大観光地ですから、体が弱ったら安いオフシーズンに再訪するくらいの確率はあるかも、です。平和あってこその観光なんだなとコロナで閉塞状態の今、改めて実感しつつ。御礼方々。
-
- XYZさん 2019/11/18 17:00:28
- リピートして下さい!
- 写真、コメントみてPメテオラさんと同じ空気を感じます。
もし、再訪されるのであれば、タイ国境のブレアビヒア、空港近くの西バライ、プラサット・グラヴァンなど観賞して下さい。
コーケーは日本人が多数観光していますよ!!メキシコの遺跡と共通点あります。
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