2019/03/06 - 2019/03/10
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タヌキを連れた布袋(ほてい)さん
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「ブンガ・チナの大きな木が一面に大輪の白い花を附け,雨後のせいで強く匂っているのを見上げていた。
その花の匂いだけでなく,どの木も草も匂っている。土も匂っている。寺の廃墟の内部に入ると,屋根はなく筒抜けの青天井で,四方の壁の隙間にも,小さい木が枝を伸ばして髯を生やしたように繁っていた。毀れた窓からは青い海が覗いている。
『あら,空っぽ?』
『ポルトガル人が建てたのが,阿蘭陀(オランダ)人が攻めて来た時,毀してしまったんですね,古いものなんです。千六百何年っていうから,ざっと三世紀昔のものだ。』
何もない内陣の石の床に,羅典(ラテン)文を彫刻した平たい大きな墓石が寝かせてあるのが,織田信長の時代に日本に切支丹の布教に来たフランシスコ・ザビエルの遺骸が,この下に一時埋まってあった位置を記念する。その他にも幾つかの同じ形の墓標が,船の画や,紋章らしいものや文字に彫刻して残っているが,昔あった位置もわからなくなっているらしく,壁に立てかけて並べてある。頭蓋骨に,骨を二本組み合せて,墓には不似合いに感じられる絵もあった。
しかし,これは左衛子には,あまり興味のないことらしく,あたりを見廻していた。外陣の床も草で一面である。小鳥が外の木の繁みに隠れて啼いているだけだ。
『これだけです。』
『でも,いいところね。』
『いつか来た時は,朝だったせいか,蝙蝠(こうもり)が幾つも飛んでいましたっけ。』
歴史という考えが,画家の頭に泛(うか)んだ。
『最初に,ここに土人の王朝があって,そこへポルトガル人が攻め込んで来て城を作ったのを,阿蘭陀人が来て占領し,その後で英国が手に入れたんですね。それから今度は,日本人が来て……この後は,また,どこの国が来るんでしょうかね。黒子(ほくろ)のように小さい土地だけれど。』
『外の景色がいいわ。小野崎さん,どこか写生をなさるの。』
『あなたに待って頂くのは,お気の毒ですから。』
『いいんです。あたし,アブドラに運転させて,町の方を見て,いい時分にお迎えにまいりますわ。』
『それァ有難いんですが,買物をなさるにしても,もう町には何も残っていないでしょうよ。』
『女だけで危険なことは御座いますまいね。』
『いいえ,もう静かな,人気のいい町ですから。僕なんか,のんきに,ひとりでどこへでも入って行きますよ。やはり歴史のある古い町ですから,シンガポール辺りの,人間ばかりうようよしていて人気の悪い新開地と違うし,とにかく小さいんです。自動車でしたら,往来にいる誰かを探そうとなさったら,二十分も走らせたら必ず,どこかで見つかるでしょう。そんなに狭い……』
運転手は,芝刈りのマレー人のところへ行って,ふたりとも悠長に芝に腰をおろして話し込んでいた。
『ドラ!』
と,名前のアブドラをちぢめて澄んだ声で左衛子が呼ぶと,小腰をかがめて敏捷に,自動車のところに戻って来た。やがて自動車はエナメル塗りの背を光らせながら,ゆるやかに坂を降りて行き,青い樹立の陰に姿を隠した。
『買い出しだな。』
画家は,こう思うのだ。高野左衛子はそういう女なのである。椰子の林が,黒い花火を連発したような形で海を縁取っているデュフィ好みのマラッカの明るい風景や,三世紀も昔に日本にも来た耶蘇(ヤソ)の坊さまの墓などには興味はない。もっと,彼女は,現世的な本能を働かして動いている。」
「画家が丘の樹立の間を歩き廻って,漸く場所を決めて絵具箱をひらいた時分に,高野左衛子は町に在る印度人の貴金属商の店を見つけてアブドラに自動車を停めさせた。表通りだが狭く汚い町で,その店だって小さくて,唯一の硝子棚の中には耳飾りの類を貧しく陳列してあるだけで,はだかの土間には,印度人が噛んで吐き出す檳榔の実の唾が,血のように散らばっていて,足を入れるのが気味が悪かった。
麻の服を着て,鬚のたくましい印度人が,椅子から立ち上がって,左衛子を迎えた。
『ダイヤモンド,ない?』
自由なマレー語であった。
インド人は,ターバンにつつんだ頭を,横に振った。
『御座いません。』
左衛子は,独特の鉛色の顔に白眼が際立っている相手の笑い方に,隠れているものを読み取っていた。
『心配ないのよ。蔵(しま)ってあるんでしょう。』
『ルビーだけ。』
『じゃァ,お見せなさい。』
真昼の外の光が強烈だから,店の中は薄暗いが,自動車を走らせて風を受けて来た者には蒸し暑かった。左衛子は,日本の扇を帯から抜き取りながら,往来の方を見た。日本人は絶対に通らなかった。マレー女か華僑の男が歩いて過ぎるだけで,筋向うの店は空家のように埃によごれて戸が閉っているのは,何の店か,もう売るだけの商品を失くしたものに違いなかった。その屋根の上に,同じ塔を二つ並べた教会らしい建物が伸び上がっていた。暗緑色に塗って,青い立木とともに,乾いて侘しい風景である。左衛子は知らないが,ザビエルを記念した寺院であった。ルビーを数種類見て,黙って,その一つを言値で買い,軍票で支払いながら,
『ダイヤ,あるんでしょう。』
ルビーは,そう追及する前提として買取ったものであった。果して印度人の態度は変化して来ていた。
『ダイヤモンドは,日本軍が命令で買って行ったから,なくなりました。』
『でも,一つや二つは,残っているでしょう。シンガポールでも華僑の店に行けば,ちゃんと奥から出して来て見せてくれるのよ。』
『あっても高いです。』
『お見せ。』
たくましく傲慢に見えた鬚面は,遂に,譲歩の色を見せた。三カラットばかりの大きさのダイヤモンドは,左衛子の華奢な指に捕えられて,皮膚にプリズムの光を散らした。
『もっと大きいのが欲しいわね。』」
「たしかにマラッカは小ぢんまりした町であった。さかり場の広い通りは,五分も自動車で走ると,カンポン(郊外)の風景となって,人家がとぎれ椰子の林や畑が現れて来る。床の高いマレー人の住家が見つかったら,忽ちに町は終るのだ。
『チャイナ・タウン。』
と,左衛子は,運転手のアブドラに云いつけた。富も物資も南方では英国人が立ち去った後は華僑が一手に収めているからだ。
人家の間を流れるマラッカ川は,掘割にように水が濁っていて動かない。華僑の町は,そこの橋を渡ってから,海岸に沿って長く続いている。それも商店街となっているのは,橋の附近だけで,その奥は,シンガポールあたりの富裕な人たちの,隠宅や,大住宅が軒を並べていて,白昼も門の扉を固く閉ざして人通りも稀れな閑静な屋敷町が続くのである。建て方は,どれも同じ様子で,瓦屋根に反りを打たせ,壁が白い表構えに,板の厚い塗戸を左右から閉ざした門の真上には,漆塗りの大きな文字の額を掲げて,
天官賜福(てんかんふくをたまい)
五福臨門(ごふくもんにのぞむ)
といった風の文字を彫って朱や碧を塗った聯を掛けてある。客が外に立って案内を乞わない限り門を開けないので,内部に住む人の声も往来に漏れず,この炎熱の白昼に,この町の生活はまるで密封されたようにひっそりとしているのだ。左衛子のような外来者から見れば,空家ばかりの街を見るような具合で,ただ自動車を一直線に走らせるだけのことである。
印度人の店で,左衛子が買入れたダイヤモンドは三顆(か)であった。まだ他にも同じような店がありそうに思って窓から探しているのだが,城のような家ばかりが隙間もなく並んでいる閑静な町の外観は,失望に値した。マラッカは金持ちが隠居する町だと聞いたので,宝石商は多いものと期待して来たのだった。
『帰りましょう。』
左衛子は,丘の上で画を描いている画家のこと思い出した。」
大佛次郎著「帰郷」(毎日新聞昭和23年5月17日より同年11月20日まで連載,毎日新聞社1999刊)より
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
マレーシアへ戻ってきたので,何はともあれナシルマッを食べる。
-
宿のすぐ近くにあったというだけで入った食堂だったが,なかなかいけた。飯はかなりの大盛で,6MYR。(1MYR=約30円)
店のメニューには,Nasi Ayam Kukus(海南鶏飯)の他に,最近よく見かけるようになったNasi Ayam Buttermilkの名がみえる。
これはいわゆるバタミルク(バタを取った後の低脂肪乳,またはそれを発酵させたもの)とは関係がなく,小さめの鶏の唐揚げをバタと粉ミルクを入れたソースで煮いた西洋風のマレー料理である。
その下にあるNasi Kak Wokというのはまだ食べたことがない。ナシダガンやナシウラム,ナシクラブ(タイ南部のカーオヤムと同系,ナシクラブのほうは青飯になる)と並ぶ,クランタンやトレンガヌ(タイ国境に近いマレー半島東海岸の地域)の名物のようだ。 -
さて,KLIA2(クアラルンプール国際空港)までのバスの切符を確保しなければならない。
KLIA2まではマラッカ・セントラル(バスターミナル)からバスが頻発しているが,市内からは路線バス(17番)で20-30分くらいかかる。
それが面倒なら,少数ながらマラッカ中心部にあるマコタ医療センター(Mahkota Medical Centre)前から出るバスもある。 -
マコタ医療センターのこの入口を入ると,
-
中にこういうバス会社の窓口がある。
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早朝04:45から最終21:00まで一日9本,ほぼ2時間ごと。
所要約3時間で,KLIA-KLIA2の順に停車する。マコタ発の運賃は35MYR。
ちなみにセントラル発のバスの運賃は,安いのが25MYR前後。
そして中心部からセントラルまで,タクシー料金は20MYR,路線バスは一人2MYRだ。
人数や荷物の大きさ,時間などを考慮に入れると,どれを選択するべきかいつも悩ましい。 -
結局は路線バス+セントラル発KLIA2行きを選択することにして,17番バスでマラッカ・セントラルへやって来た。
何か大規模な改修工事をしていて,待合室が狭い。 -
どうやら,これまで各会社別に分かれていた切符売場の窓口を統合して自動化する工事をしているようだ。
-
皆,とまどいながら自動券売機を操作している。
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多くの人は,有人の窓口に並ぶ。
手っ取り早く,自動券売機のほうでKLIA2までの切符を入手した。 -
さて,せっかくセントラルまで来たのだから,今日は「マラッカ空港(バトゥ・ブレンダム空港)」まで足を伸ばしてみよう。
マラッカ空港を利用することはほとんどなさそうな気がするが,エアアジアがペナン島との間を飛ばしていたりする。
実は,酔狂に陸路・海路をたどってきたプカンバル(スマトラ島)との間も,マリンドエアがひとっ飛びで結んでいる。 -
職員に尋ねると,マラッカ空港へ行く路線バスは21Aと23だという。
バス乗場1Aで少し待ったところで23番バスはやってきたが,これはとてもラッキーなことだった。
車内に張られた時刻表を見ると,バスは2時間に一本しか運行していない。
(21Aのバスはバス乗場1から。こちらも2時間に一本。)
詳細及び他路線は↓のRoutes & Schedulesを参照
http://panoramamelaka.com.my/ -
23番バスは,セントラルを出て少し南の方向へ走り(マラッカ空港はセントラルの真北方向),それから方向を変えて北へ向かった。乗客は5~6人程度だ。
空港の西側エリア(Taman Meldeka)を通り抜け,北側を回り,東側を南下する。
そして滑走路南東端にある空港ターミナルの横を通り抜ける。
バスが空港ターミナルに乗り入れる気配はないので,そのあたりで下車する。セントラルを出てから約1時間かかった。 -
大通りから空港ターミナルへ通じる脇道を歩き,
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滑走路を右手に歩くとターミナルの標識が現れる。
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ターミナルに着いた。大通りから徒歩で10分もかからない。
やはり路線バスが実質2時間に1本(21Aと23の二路線はそれぞれ2時間に一本の運行なのだが,セントラルの発車時刻はほぼ同じ)というのがネックだ。使い勝手は悪いと言わざるを得ない(マレーシアのバスは,たいがいそんなものだが)。 -
空港から大通りへ戻り,少し南のほうへ歩く。
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すると,道路沿いにホーカーズのような場所が現れた。
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ここは,最近えらく流行っているというココナッツシェイクの店だ。
(「Coconut Shake Batu Berendam」Google座標:2.251833,102.253827) -
たくさんのミキサーを並べて注文を捌いている。
小3.2 中3.7 大4.2(MYR)である。(1MYR=約30円) -
もちろん,シェイク以外のものも色々ある。
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クエケリアは,マラッカ名産の椰子砂糖グラメラカでグレーズしたサツマイモのドーナッツ。
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ところが,クエケリアの横に,普通のドーナッツ4~5個分くらいの質量がある巨大なシュガードーナッツが置いてある。
値段を聞くと,一個なんと1MYR。浅ましくもこちらを買ってしまった。 -
ココナッツシェイクも頂く。
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卓上には,お冷やの代わりに黒糖を溶かしたココナッツウォーターのジャグが置いてある。お得感がいや増すサービスだ。
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この黒糖ココナッツウォーターの中にはナツメやランブータンが入っているので,適量をスコップですくってコップに移し入れるのがよい。
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平日の昼下がりだが,地元のお客がたくさん入っている。マレー系だけでなく,華人系もいる。
マラッカは安くて旨いものだらけの街だが,今日もまた面白いものに出会うことができた。 -
そして,この街の締めは定番の肉骨茶(バクテー)で。
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夜に食べるときは,この「亜輝肉骨茶(Ah Hui Bak Kut Teh)」が便利。
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ここでは,ヤムライスと白飯の両刀使いで肉骨茶を頂く。
肉骨茶一人前14MYR,飯類一碗1.8MYR,普洱茶6MYR。(1MYR=約30円)
副菜(青菜炒めなど)を注文しなければ,そこそこリーズナブルに済む。
これは私見だが,肉骨茶店で副菜や他の一品料理を食べるくらいなら,一碗でも多くの飯を掻きこみ,急須の湯を何度も注ぎ足すべきだと思う(店は困るかも知れないが)。 -
肉用のつけだれの小皿は,きざみニンニクたっぷりと適量の生唐辛子で。
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