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鹿角から乗ったバスを小坂の市街地で降りた。<br />旅の二日目の目的は、鉱山で栄えた街・小坂を歩くこと。<br />小坂町は、秋田県の北東部に位置し、北は青森県と接している。<br />幕末に発見された小坂鉱山により栄え、町内には当時の栄華を偲ぶ建物がいくつか残されている。<br />そして、その街には、鉄路の記憶も残されていた。

縄文に思いを馳せる旅【2】~栄華を偲ばせる街・小坂~

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2018/09/16 - 2018/09/16

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旅行記グループ 縄文に思いを馳せる旅

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旅猫

旅猫さん

鹿角から乗ったバスを小坂の市街地で降りた。
旅の二日目の目的は、鉱山で栄えた街・小坂を歩くこと。
小坂町は、秋田県の北東部に位置し、北は青森県と接している。
幕末に発見された小坂鉱山により栄え、町内には当時の栄華を偲ぶ建物がいくつか残されている。
そして、その街には、鉄路の記憶も残されていた。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
グルメ
3.0
交通
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 小坂小学校バス停で降り、まず向かったのは小坂鉄道レールパーク。<br />ここは、1994年に廃止された小坂精練小坂線の小坂駅だった場所。<br />2014年から、レールパークとして営業している。

    小坂小学校バス停で降り、まず向かったのは小坂鉄道レールパーク。
    ここは、1994年に廃止された小坂精練小坂線の小坂駅だった場所。
    2014年から、レールパークとして営業している。

    小坂鉄道レールパーク 名所・史跡

  • 入場券は、硬券の切符だった。<br />その入場券には、自分で日付を入れることが出来る。<br />しかも、昔、窓口で切符を買うと駅員さんが日付を入れてくれた、あの懐かしい器具が置いてあった。

    入場券は、硬券の切符だった。
    その入場券には、自分で日付を入れることが出来る。
    しかも、昔、窓口で切符を買うと駅員さんが日付を入れてくれた、あの懐かしい器具が置いてあった。

  • 駅舎の中には、チョークで書かれた時刻表も飾ってある。<br />接続列車の欄には、往年の名列車の名前がずらり。<br />こうして見ると、新幹線や特急の同じ名前に番号が付けられたものがいかにつまらないものかがよく分かる。

    駅舎の中には、チョークで書かれた時刻表も飾ってある。
    接続列車の欄には、往年の名列車の名前がずらり。
    こうして見ると、新幹線や特急の同じ名前に番号が付けられたものがいかにつまらないものかがよく分かる。

  • ホームへ出ると、懐かしい寝台車が展示されていた。<br />東北への旅では何度もお世話になった『あけぼの』の車両だ。<br />今は列車ホテルとして利用されているらしい。

    ホームへ出ると、懐かしい寝台車が展示されていた。
    東北への旅では何度もお世話になった『あけぼの』の車両だ。
    今は列車ホテルとして利用されているらしい。

  • ホームの奥には、小さな蒸気機関車や貴賓車も展示されている。<br />どちらも大正時代に造られた車両で、昭和37年まで使用されていたそうだ。

    ホームの奥には、小さな蒸気機関車や貴賓車も展示されている。
    どちらも大正時代に造られた車両で、昭和37年まで使用されていたそうだ。

  • 構内の片隅には、平成6年(1994)に廃止されるまで活躍したと言うキハ2101が留置されていたが、まさに廃車体そのものだった。

    構内の片隅には、平成6年(1994)に廃止されるまで活躍したと言うキハ2101が留置されていたが、まさに廃車体そのものだった。

  • ホームから機関庫へと向かう。<br />構内には、腕木信号も残って、今もまだ列車がやってくるようだ。

    ホームから機関庫へと向かう。
    構内には、腕木信号も残って、今もまだ列車がやってくるようだ。

  • 振り向けば、寝台列車が停まっている。<br />すでに走る姿を観られないのは残念だ。<br />夜行列車のほとんどが姿を消し、列車の旅も味気ないものになってしまった。<br />欧州では、Flight shame(フライトシェイム)運動が拡がり、鉄道利用客が増加し、夜行列車が復活したり増便され始めている。<br />日本では真逆の方向に進み、鉄道は衰退する一方。<br />フランスなどでは、航空券に課税し、鉄道の整備に使うという。<br />環境意識の高さの違いを見せつけられた感じだ。

    振り向けば、寝台列車が停まっている。
    すでに走る姿を観られないのは残念だ。
    夜行列車のほとんどが姿を消し、列車の旅も味気ないものになってしまった。
    欧州では、Flight shame(フライトシェイム)運動が拡がり、鉄道利用客が増加し、夜行列車が復活したり増便され始めている。
    日本では真逆の方向に進み、鉄道は衰退する一方。
    フランスなどでは、航空券に課税し、鉄道の整備に使うという。
    環境意識の高さの違いを見せつけられた感じだ。

  • そんなことを考えながら機関庫に入ると、油で黒ずんだディーゼル機関車が並んでいた。<br />もう貨物列車を引くことは無いが、今でも動くことが出来るそうだ。

    そんなことを考えながら機関庫に入ると、油で黒ずんだディーゼル機関車が並んでいた。
    もう貨物列車を引くことは無いが、今でも動くことが出来るそうだ。

  • 機関車の側面には、汽車会社製を示す銘板が取り付けられていた。<br />昭和42年製と言うことは、もう半世紀以上生きているのだな。<br />やけに親近感を感じる奴だった。

    機関車の側面には、汽車会社製を示す銘板が取り付けられていた。
    昭和42年製と言うことは、もう半世紀以上生きているのだな。
    やけに親近感を感じる奴だった。

  • レールパークから散策を始める。<br />向かい側に、明治時代と思われる紳士淑女の像が立っていた。<br />ここから続く道は、明治百年通りと呼ばれている。

    レールパークから散策を始める。
    向かい側に、明治時代と思われる紳士淑女の像が立っていた。
    ここから続く道は、明治百年通りと呼ばれている。

  • その道を歩いて行くと、右手に大きな白い建物が見えて来た。<br />康楽館と呼ばれるもので、小坂鉱山の構成施設として、明治43年(1910)に建てられた芝居小屋だそうだ。<br />この日は公演があり、内部を観ることは出来なかった。

    その道を歩いて行くと、右手に大きな白い建物が見えて来た。
    康楽館と呼ばれるもので、小坂鉱山の構成施設として、明治43年(1910)に建てられた芝居小屋だそうだ。
    この日は公演があり、内部を観ることは出来なかった。

    国重要文化財「明治の芝居小屋 康楽館」 名所・史跡

  • その先の駐車場の一角に、レンガ造りのお洒落なカフェがあった。<br />壁に案内板があったので読んでみると、明治37年(1904)に建てられた『旧小坂鉱山工作課原動室』を移築・復原したものだそうだ。<br />見た目は煉瓦造りだが、柱は木が使われている珍しい木造煉瓦造の建物らしい。

    その先の駐車場の一角に、レンガ造りのお洒落なカフェがあった。
    壁に案内板があったので読んでみると、明治37年(1904)に建てられた『旧小坂鉱山工作課原動室』を移築・復原したものだそうだ。
    見た目は煉瓦造りだが、柱は木が使われている珍しい木造煉瓦造の建物らしい。

  • 駐車場を横切ると、目の前に瀟洒な建物が現れた。<br />これが、小坂町の象徴である小坂鉱山事務所だった。

    駐車場を横切ると、目の前に瀟洒な建物が現れた。
    これが、小坂町の象徴である小坂鉱山事務所だった。

    国重要文化財「小坂鉱山事務所」 美術館・博物館

  • 近くまで寄ってみると、その大きさに圧倒される。<br />明治時代、北東北の山間の街に、こんなに立派で大きな洋風建築が建っていたと言うことに驚かされる。

    近くまで寄ってみると、その大きさに圧倒される。
    明治時代、北東北の山間の街に、こんなに立派で大きな洋風建築が建っていたと言うことに驚かされる。

  • 館内を観る前に建物の周りを歩いてみることにする。<br />すると、建物の周りには、失われた病院棟の一部や解体された旧電練場妻壁などが残されていた。

    館内を観る前に建物の周りを歩いてみることにする。
    すると、建物の周りには、失われた病院棟の一部や解体された旧電練場妻壁などが残されていた。

  • 一周してから館内へと入る。<br />中は、移築の際に復元されたので、往時を窺い知ることが出来る。<br />小坂鉱山の歴史が学べる展示もあり、小坂精練小坂線の車内の展示もあった。

    一周してから館内へと入る。
    中は、移築の際に復元されたので、往時を窺い知ることが出来る。
    小坂鉱山の歴史が学べる展示もあり、小坂精練小坂線の車内の展示もあった。

  • 正面玄関から二階へと上がる螺旋階段は、欅で造られているそうで、黒光りする姿がとても美しかった。<br />この階段は、当時の最新技術で造られたそうだ。

    正面玄関から二階へと上がる螺旋階段は、欅で造られているそうで、黒光りする姿がとても美しかった。
    この階段は、当時の最新技術で造られたそうだ。

  • 事務所はロの字型になっていて、内側には中庭がある。<br />庭に面した建物は、洋風だが、どこか和の趣が感じられる意匠だ。

    事務所はロの字型になっていて、内側には中庭がある。
    庭に面した建物は、洋風だが、どこか和の趣が感じられる意匠だ。

  • 館内の見学を終え、外に出る。<br />脇の門から出ると、そこには鉱山事務所の真っ白な外観とは相容れない、渋い色合いの木造の建築物があった。<br />詳しくはわからなかったが、事務所の守衛室のようなものなのか。

    館内の見学を終え、外に出る。
    脇の門から出ると、そこには鉱山事務所の真っ白な外観とは相容れない、渋い色合いの木造の建築物があった。
    詳しくはわからなかったが、事務所の守衛室のようなものなのか。

  • 鉱山事務所の斜め後ろには、平屋の長い建物が建っていた。<br />天使館と言う施設で、小坂鉱山で働く従業員のための幼児教育施設として、昭和7年(1932)に建てられたそうで、当時は聖園マリア園と呼ばれていたそうだ。<br />随所に洋風建築の意匠が見られ、なかなか美しい建物だった。

    鉱山事務所の斜め後ろには、平屋の長い建物が建っていた。
    天使館と言う施設で、小坂鉱山で働く従業員のための幼児教育施設として、昭和7年(1932)に建てられたそうで、当時は聖園マリア園と呼ばれていたそうだ。
    随所に洋風建築の意匠が見られ、なかなか美しい建物だった。

    旧聖園マリア園「天使館」 名所・史跡

  • 天使館の先の丁字路を左へ折れると、道は線路を渡る。<br />草に埋もれた線路は、小坂精練小坂線のもの。<br />線路は町外れで大きく西へと向きを変え、JR大館駅まで続いていた。

    天使館の先の丁字路を左へ折れると、道は線路を渡る。
    草に埋もれた線路は、小坂精練小坂線のもの。
    線路は町外れで大きく西へと向きを変え、JR大館駅まで続いていた。

  • 国道に出て道沿いに南へと歩いていると、十和田湖高原ポーク桃豚なるものを売っている店があった。<br />『こもも』と言うその店では、コロッケを販売していたので購入。<br />サクッとした歯触りで、ソース無しでも甘みのある美味しさだった。

    国道に出て道沿いに南へと歩いていると、十和田湖高原ポーク桃豚なるものを売っている店があった。
    『こもも』と言うその店では、コロッケを販売していたので購入。
    サクッとした歯触りで、ソース無しでも甘みのある美味しさだった。

    桃豚直売所 こもも (小坂店) お土産屋・直売所・特産品

  • コロッケを味わった後、すぐ際の交差点を右に入った。<br />そして、次に立ち寄ったのは小坂町立の総合博物館。<br />館内には、小坂町の歴史や郷土資料が展示されている。

    コロッケを味わった後、すぐ際の交差点を右に入った。
    そして、次に立ち寄ったのは小坂町立の総合博物館。
    館内には、小坂町の歴史や郷土資料が展示されている。

    小坂町立総合博物館「郷土館」 美術館・博物館

  • 屋外展示場には、旧小坂駅の駅舎も移築保存されていた。<br />簡素な木造造りの駅舎を見ると、子供の頃に暮らしていた八柱駅を思い出す。<br />小さくて立派ではないかもしれないが、町の玄関口としては、木と人の温もりが感じられるこんな駅舎のほうがいい。

    屋外展示場には、旧小坂駅の駅舎も移築保存されていた。
    簡素な木造造りの駅舎を見ると、子供の頃に暮らしていた八柱駅を思い出す。
    小さくて立派ではないかもしれないが、町の玄関口としては、木と人の温もりが感じられるこんな駅舎のほうがいい。

  • 博物館から、バス停へと向かう。<br />その途中で、地図に見所が載っていたので寄り道することにした。<br />その途中の道沿いにあった古びた建物の脇に標柱があり、『相馬大作が潜んだ土蔵』と書いてある。<br />相馬大作なる人物を知らなかったので内容を読んでみると、江戸時代の『檜山騒動』に関わる人物で、盛岡藩士だそうだ。<br />津軽藩主の行列を矢立峠で襲撃した後、この土蔵に隠れていたらしい。<br />後に江戸で捕まり、処刑されたそうだ。

    博物館から、バス停へと向かう。
    その途中で、地図に見所が載っていたので寄り道することにした。
    その途中の道沿いにあった古びた建物の脇に標柱があり、『相馬大作が潜んだ土蔵』と書いてある。
    相馬大作なる人物を知らなかったので内容を読んでみると、江戸時代の『檜山騒動』に関わる人物で、盛岡藩士だそうだ。
    津軽藩主の行列を矢立峠で襲撃した後、この土蔵に隠れていたらしい。
    後に江戸で捕まり、処刑されたそうだ。

  • その土蔵のすぐそばにも標柱が建っていた。<br />読めば、江戸時代、ここには小坂の御制札所が立っていたそうだ。<br />ようするに、掟などが掲げられていた町の中心だった場所なのだ。<br />今は小坂駅近くが中心だが、標柱のあった細い道が濁川街道で、街道沿いだったこの辺りが小坂の中心だったらしい。

    その土蔵のすぐそばにも標柱が建っていた。
    読めば、江戸時代、ここには小坂の御制札所が立っていたそうだ。
    ようするに、掟などが掲げられていた町の中心だった場所なのだ。
    今は小坂駅近くが中心だが、標柱のあった細い道が濁川街道で、街道沿いだったこの辺りが小坂の中心だったらしい。

  • そして、地図に載っていた『旧工藤家』に着いた。<br />工藤家は江戸時代の小坂の地主で、明治時代には町長を務めた家柄。<br />かなり屋根の高い大きな建物だったが、間取りを見ると二階建てだった。<br />建てられたのは明治18年(1885)。<br />昭和期に大きく改築されtらしいが、町に寄贈された後、元の姿に復元したそうだ。<br />中を観たかったが、閉館しているようだった。

    そして、地図に載っていた『旧工藤家』に着いた。
    工藤家は江戸時代の小坂の地主で、明治時代には町長を務めた家柄。
    かなり屋根の高い大きな建物だったが、間取りを見ると二階建てだった。
    建てられたのは明治18年(1885)。
    昭和期に大きく改築されtらしいが、町に寄贈された後、元の姿に復元したそうだ。
    中を観たかったが、閉館しているようだった。

  • 来た道を戻り、小坂操車場バス停へ。<br />しばらく待ち、12:00ちょうど発の尾去沢行きのバスに乗車。<br />乗客は私を含めて二人だけ。<br />バスは小坂を離れ、花輪へと向かう。

    来た道を戻り、小坂操車場バス停へ。
    しばらく待ち、12:00ちょうど発の尾去沢行きのバスに乗車。
    乗客は私を含めて二人だけ。
    バスは小坂を離れ、花輪へと向かう。

  • まだ時間があったので、途中の毛馬内上町バス停で下車。<br />近くに城跡があると言うので、行ってみることにした。<br />その城は。柏崎新城と言い、地元の豪族毛馬内氏が築城したものだそうだ。<br />搦手口から登ってみたが、本丸跡らしきものがあるだけだった。

    まだ時間があったので、途中の毛馬内上町バス停で下車。
    近くに城跡があると言うので、行ってみることにした。
    その城は。柏崎新城と言い、地元の豪族毛馬内氏が築城したものだそうだ。
    搦手口から登ってみたが、本丸跡らしきものがあるだけだった。

  • 毛馬内は、歩いてみると、結構風情のある町だった。<br />菅江真澄も訪れた町で、酒が良いと書き残している。

    毛馬内は、歩いてみると、結構風情のある町だった。
    菅江真澄も訪れた町で、酒が良いと書き残している。

  • 小1時間ほど歩き、町外れの毛馬内町バス停に辿り着く。<br />近くには、立派な民家が建ってた。<br />土蔵もあり、かなりの規模だが、生活感が感じられなかった。

    小1時間ほど歩き、町外れの毛馬内町バス停に辿り着く。
    近くには、立派な民家が建ってた。
    土蔵もあり、かなりの規模だが、生活感が感じられなかった。

  • 13:19発の花輪行きのバスに乗り、改めて花輪を目指す。<br />途中で、懐かしい南十和田駅を通った。<br />平成5年(1993)の秋、八甲田と八幡平を訪れた時に降り立った駅だ。<br />かつては、十和田湖へ向かうバスが発着し賑わっていたが、急行列車もバスも廃止されてしまい、今や見る影もない。

    13:19発の花輪行きのバスに乗り、改めて花輪を目指す。
    途中で、懐かしい南十和田駅を通った。
    平成5年(1993)の秋、八甲田と八幡平を訪れた時に降り立った駅だ。
    かつては、十和田湖へ向かうバスが発着し賑わっていたが、急行列車もバスも廃止されてしまい、今や見る影もない。

    十和田南駅

  • 30分足らずで花輪市街地の横丁バス停に着いた。<br />ここから裏道へと入り、花輪市歴史民俗資料館へと向かう。<br />見えて来た資料館の建物は、洋風の瀟洒な意匠をまとっていた。<br />その建物は、鹿角郡公会堂として大正5年(1916)に建てられたものだそうだ。<br />館内の展示は、かなり地味なものだった。

    30分足らずで花輪市街地の横丁バス停に着いた。
    ここから裏道へと入り、花輪市歴史民俗資料館へと向かう。
    見えて来た資料館の建物は、洋風の瀟洒な意匠をまとっていた。
    その建物は、鹿角郡公会堂として大正5年(1916)に建てられたものだそうだ。
    館内の展示は、かなり地味なものだった。

    花輪図書館 (旧鹿角郡公会堂) 名所・史跡

  • 史料館を見学したと、花輪の街を北から南へと歩いてみる。<br />旧鹿角街道である県道66号線沿いが古い花輪の中心。<br />古い建物は少なかったが、元は酒店であった小田島家住宅は千本格子が見事だった。<br />現在は鹿角地域にしか現存しないという『こもせ』と呼ばれる雪国ならではの軒先も観られた。

    史料館を見学したと、花輪の街を北から南へと歩いてみる。
    旧鹿角街道である県道66号線沿いが古い花輪の中心。
    古い建物は少なかったが、元は酒店であった小田島家住宅は千本格子が見事だった。
    現在は鹿角地域にしか現存しないという『こもせ』と呼ばれる雪国ならではの軒先も観られた。

  • 県道を挟んで斜向かいには、造り酒屋だった旧関善商店の主屋があった。<br />江戸時代の安政3年(1856)の操業だが、昭和58年に廃業したそうだ。<br />建物は、花輪大火後の明治38年(1905)に建てられたもので、こちらにも『こもせ』が付いている。

    県道を挟んで斜向かいには、造り酒屋だった旧関善商店の主屋があった。
    江戸時代の安政3年(1856)の操業だが、昭和58年に廃業したそうだ。
    建物は、花輪大火後の明治38年(1905)に建てられたもので、こちらにも『こもせ』が付いている。

    旧関善酒店 名所・史跡

  • 中に入ると、黒ずんだ大きな梁に圧倒される。<br />土間の部分が吹き抜けになっているので、構造がよく分かる。

    中に入ると、黒ずんだ大きな梁に圧倒される。
    土間の部分が吹き抜けになっているので、構造がよく分かる。

  • 旧関善商店を後にして、通りを戻ることにする。<br />途中には、『おせど』と呼ばれる水場があった。<br />上の段は、野菜や飲み物を冷やす場所で、下段が洗い物をする場所とのこと。<br />花輪には、このおゆな水場がいくつもあるそうだ。

    旧関善商店を後にして、通りを戻ることにする。
    途中には、『おせど』と呼ばれる水場があった。
    上の段は、野菜や飲み物を冷やす場所で、下段が洗い物をする場所とのこと。
    花輪には、このおゆな水場がいくつもあるそうだ。

  • 秋北バスの花輪営業所の前を通り、花輪駅へと歩いて行く。<br />駅に近づいて来ると、花輪駅がよく見える場所があった。<br />列車に乗って行きたいものだが、時間の都合で高速バスなのが残念だ。

    秋北バスの花輪営業所の前を通り、花輪駅へと歩いて行く。
    駅に近づいて来ると、花輪駅がよく見える場所があった。
    列車に乗って行きたいものだが、時間の都合で高速バスなのが残念だ。

    鹿角花輪駅

  • 花輪駅前から、14:53発の『みちのく号』に乗り、今宵の宿がある盛岡を目指す。<br />車窓には、色付き始めた田んぼが広がっている。<br />空に浮かぶ雲も印象的だった。<br />盛岡駅までは1時間半ほど掛かるので、ここで一眠りしておこう。

    花輪駅前から、14:53発の『みちのく号』に乗り、今宵の宿がある盛岡を目指す。
    車窓には、色付き始めた田んぼが広がっている。
    空に浮かぶ雲も印象的だった。
    盛岡駅までは1時間半ほど掛かるので、ここで一眠りしておこう。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • hot chocolateさん 2019/10/14 22:16:21
    小坂の瀟洒な洋風建築物!
    旅猫さま

    引き続き小坂の旅行記にお邪魔しています。

    芝居小屋の「康楽館」といい、小坂町の象徴である「小坂鉱山事務所」といい、小坂鉱山で働く従業員のための幼児教育施設「天使園」といい、明治時代の東北にこのような瀟洒で洋風な建築物があったというのが驚きです。
    小坂という町は、余程栄えていた街なのですね。

    >子供の頃に暮らしていた八柱駅を思い出す。

    って、八柱霊園の八柱ですか。
    あの辺は、しょっちゅう車で通ります。(笑)

    hot choco

    旅猫

    旅猫さん からの返信 2019/10/15 19:50:13
    Re: 小坂の瀟洒な洋風建築物!
    hot chocoさん、続けてありがとうございます!

    秋田の内陸部、今となっては中心から外れた町ですが、そこにあのような瀟洒な建物があるのは驚きですよね。
    いかに鉱山が栄えていたかわかりますね。

    八柱霊園の八柱です(笑)
    20年近く住んでいました。

    旅猫

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