2019/08/15 - 2019/08/15
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ぱっちゃんさん
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お盆休みに岐阜・長野に家族旅行してきました。
1日目:飛騨古川と飛騨高山
2日目:白川郷と日本一の星空ナイトツアー
3日目:武田信玄終焉の地長岳寺と松本旧開智学校
いよいよ超大型台風10号上陸。当初予報では中部・近畿地方への上陸だったので、松本までの高速道路、そして帰りのJR中央本線での運行を心配しましたが、実際は愛媛県へ上陸し、そのまま日本海へ抜けていきました。思いのほか天気も良く、武田信玄終焉の地長岳寺、そして松本に移動して松本城と思いきや旧開智学校へと向かいます。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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温泉に入って、朝食を食べて、いよいよ三日目のスタートです。全く予定になかったのですが、ホテルの観光案内に武田信玄終焉の地・長岳寺のポスターがあったので即決。車で15分くらいで長岳寺に到着。伝教大師が東国に教えを広めようと、この地を訪れた際に創建されたそうです。建立当初は、この場所ではなかったのですが(中央高速の建設地だったので)、現在の阿智川沿いに移ってきたそうです。
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武田信玄は三方ヶ原の戦いで徳川家康を退けた後、野田城を攻ますが、病が重くなり三河から信州伊那を経て甲府へ帰還しようとしました。しかしながら、元亀4年・天正元年4月12日信州伊那の駒場の山中で53歳で亡くなりました。
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昭和49年、信玄公400年祭の折、火葬塚より火葬灰を境内に移し、供養塔として十三重塔が建立されました。
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御朱印を書いていただいている間に、お寺を案内してもらいました。長岳寺の本堂にある襖には、それぞれ四季折々の景色が描かれています。春はしだれ桜、夏はアルプスの山々、秋は紅葉、冬は雪をまとった街道です。なんとなく写真を撮ってはいけない雰囲気だったのですが、頼んで撮れば良かったと、後の後悔。
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武田信玄の遺品である、兜の前立て2種「鍬形台三輪菊唐草透彫三鈷柄付」「大日の丸練革製朱塗」なども拝見しました。武田信玄は、戦いで亡くなった人を供養する為に、とても小さな仏様を兜に忍ばせていたそうです。それが兜の前立てだそうです。
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二つの御朱印をいただきました。
一つは、本尊の観音様「大悲殿」、もう一つは、薬師如来「瑠璃殿」。 -
長岳寺を後にして、一路中央高速を松本へ。
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旧開智学校は、明治6年(1873年)5月に開校され、明治9年に新築されて昭和38年(1963年)まで90年間使われた、日本最古の小学校のひとつです。この門は現在は使われていない為、左手に回って入口へ。
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入口脇には、とても青が印象的な建物が。フランス人のクレマン神父の住居で、明治22年に建築されました。長野県内に現存する最古の宣教師館です。
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地元の大工棟梁立石清重が設計した擬洋風建築の建物です。文明開化の時代を象徴する洋風とも和風ともいえない不思議な建築を「擬洋風建築」と呼ぶそうです。GWに行った金沢の尾山神社に雰囲気が似ています。
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90年使われただけあって、手摺とかはいい丸みを帯びています。歩いてみると、ギシギシ音がしますが、まだまだしっかりしている感じです。
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教室に入ってみます。建物は結構奇麗に残っていますが、机と床はぼろぼろ。子供達が毎日使っていただけのことはあります。
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懐かしいストーブ。私の小学校でも使っていました。明治大正時代ではありません。昭和です、しかも昭和40年代。それも東京23区。
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ガリ版も良く使っていましたが、ここまで古くはありませんでした。よく学級新聞を作っていました。
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これはモダンな螺旋階段。これもよく使われていて、ピカピカ。残念ながら立ち入り禁止でした。
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ドアの彫刻も立派です。このドアは、元々浄林寺にあったものだそうですが、このドアには龍が、もう一つのドアには波の彫刻がありました。
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天井のライトの装飾も手が込んでいます。そして灯りが、なんとなく柔らかに感じられます。
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ここは講堂で、入学式や卒業式が行われたのでしょうか。写真の右手には開智学校の朱色の校旗が立てられ、中央には「愛正剛」という校訓が掲示されています。
ステンドグラスは輸入品だそうです。 -
大正末から昭和初期にかけて使用されていた視力検査表です。手の向きや動物のシルエットは幼児用だそうです。今でも十分使えそう。
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2階の窓からの景色。台風が接近しているとは思えない程の良い天気。
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中央上部に八角形の塔があり、それぞれにドアというか窓がついています。正面玄関は雲や龍の彫刻で飾り、屋根は寺院で見かける唐破風で、キューピッドが支える設計です。
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八角塔上の避雷針には東西南北の方角を示す文字が固定されています(写真ではちょっと見にくいですが)。ハイカラさんが通る風な衣装で記念撮影。これで3日間の観光は終了。松本駅近くのレンタカー屋さんに車を返して、遅い昼ご飯。
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松本と言えば、馬刺しとお蕎麦。2時過ぎだったので、馬刺し専門店はやっていなくて(調べ方は悪かったのかもしれませんが)、駅前のお蕎麦屋さんへ。
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まずは、馬刺し。馬刺し専門店ではないので、定番の赤身と霜降りをいただきました。家でもたまに馬刺しを食べますが、柔らかさというかなめらかさが違います。しかも味がしっかりしています。
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そしてお蕎麦。なにもいうことありません。
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あずさ・かいじはほとんど満席でした。ちょうどお盆の時期だったので、えきねっとの事前予約で席をとったのは正解でした。
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15:10松本発 あずさ24号で八王子経由、横浜へ帰りました。松本駅ではちらほら席は空いていましたが、そのうち満席に。デッキには立っている人もいました。台風の影響もなく、定刻通り八王子着。富山から岐阜、愛知をかすめて長野と4県を3日間でまわる駆け足旅でしたが、とても充実した旅でした。次はどこへ行こうかな。
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