2019/06/19 - 2019/06/28
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tono202さん
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道東の4泊目は中標津のホテル。
朝が白んでくると目が覚めて、時計を見ると四時前。
しかし、もう眠れない。老人の性です。
朝の散歩に出かけます。
かつての中標津駅跡周辺を歩いて帰ってこようかと思っていたのですが・・・
小さな出会いが中標津にある4つの登録文化財への道を開いてくれました。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
朝5時過ぎ 気温は2度
まだ誰もいない町中を歩いて行くと標津川の支流が町中を北に流れていきます。 -
その川を背にして「野外劇場」が整備されています。
どんなイヴェントがここで開かれているのだろうと思いながら歩いていると・・ -
こんな標識に出会いました。
今回の道東巡りのテーマの一つが「山田洋次監督と根釧平野の牧場」なのです。
「家族」という映画は、倍賞千恵子が民子という女性を演じた「民子3部作」の第1話で、大坂で万博のあった1970年に作られます。長崎県の炭鉱閉山に伴って、中標津までやってくる家族の姿がドキュメンタリー風に撮られていました。そして中標津駅に降り立ち、開拓村に入り酪農を始めるまでが描かれます。その続編が10年後に撮られた「遙かなる山の呼び声」になります。 -
今は中標津駅は操車場も含めて、こんな芝生の広場になっています。
中標津のラジオ体操会場になっているようで、ぼちぼちと老人が集まり始めました。
ここで大地を相手に酪農を始めた民子たちのその後に思いをめぐらせます。
ロケ地になった民子の牧場巡りも、後でしたいと思います。 -
時間があるのでもう少し歩いて見ましょう。
中標津は標津川の河岸段丘の底に、開けた町のようです。
段丘の上に行って見ましょう。 -
中標津保健所の前の階段にやって来ました。
ここからは、段丘の下に広がる街並みがよく見通せます。
北海道の町らしく市街路もまっすぐです。
実は、この下の道も映画で使用されていました。
「はるかなる山の呼び声」で、高倉健に懲らしめられたハナ肇が兄弟二人をつれて
血相を変えながらジープで民子の牧場に向かうシーンが撮られた場所です。 -
ここから始まる大地には白樺並木が続きます。
その奥の赤い屋根の建物が気になります。 -
並木の中にある建物をのぞき込むと・・・
「伝成館」と書かれていますが「あなたは、一体何者?」 -
散歩中の人がいたので、聞いてみると
「かつての農事試験場です。よかったら内部を見ますか?」と言ってくれます。
お言葉に甘えて、案内していただくことにしました。 -
まるで、ミニ国会議事堂のよう。
役場の庁舎よりも立派です。
話を伺うと、新しい農事試験場が出来る際に保存運動に取り組み、現在はNPO法人のメンバーとして、この建物を使って色々な活動を行っているメンバーの方でした。 -
登録文化財で北海道の101号指定です。
「中標津では4つの登録文化財があるんですが、その内の3つがこの農事試験場関係の物です。明治以後の新しい建物だから価値はない、取り壊すと言われたら、北海道には国宝になる建築物は将来も残りません。何でも残せとは言いません。でも、これは残すべきだという建物はあるはずです。そう考えて、この建物の保存を訴え、その経緯上、管理運営も行っています」とのこと。 -
入口を入ると
これは何か分かりますか?
下駄箱です。職員は、ここで靴から上履きに履き替えたようです。
下駄箱の丈が高いのは、長靴も入るようにしているためのようです。 -
そして、まず通されたのが所長室です。
かつての公官庁の所長室は2F建ての建物は、玄関上の最も日当たりの良い部屋が宛てられることが暗黙のルールだったようですが、ここもそうでした。南向きのまどから陽光が差し込みます。 -
農事試験場の所長の椅子に座ってみました。
この座に座ることは非常に重かったようです。
開拓民への農業指導や営農指導など、開拓農民の生活の最重要部分にに係わる機関でした。そういう意味では、町役場とは比較にならない権限と影響力をもっていたようです。それが、この威風堂々とした建物の姿にも現れています。この建物が現れた当時、2F建てのコンクリートの大きな建物は、この付近にはなかったそうです。開拓民はこの建物と、そこからの指導などに信頼感を持っていたのです。 -
所長室の窓の外には、付属の建物が見えます。
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この建物も登録文化財。
農具倉庫だそうです。 -
部屋の外に出ると、学校の廊下のようです。
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展示室には、戦前の開拓当寺の写真がありました。
農地を耕す馬 -
冬 雪原をそりで泥炭(炭?)を運ぶ馬
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切り出した木を運ぶ馬
馬が大きな働きをしていたことが分かります。 -
この建物の建設当時の写真です。
その後、左右に増築されているようです。
そして「道立根釧農業試験場」の看板が掲げられています。
建物から出ると、実はもう一つの有形文化財があるのですが別の所に移築されているんです。ご案内しますが見に行きますかと言われました。
即座に「お願いします」と応えていました。 -
やってきたのは、中標津市街の北側に広がる緑が丘森林公園の森の中。
今は郷土資料館の分館と呼ばれている建物です。 -
森の中に貴婦人のような佇まいで建っていました。
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この建物は、元々は先ほどの農事試験場の本館の前にあったようです。
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先ほどの本館が101号 そしてこれが102号です。
使用用途は?とお尋ねすると
「会議場の役割を果たしていたようです。根釧台地全体の営農指導員や各地区の農業指導者などを集めた会が開かれるときにはこの建物が使われたようです。」とのこと。 -
根釧台地の開拓の方針や新作物、品種改良などの方針は、この会場に集まった指導者を通じて根釧台地の開拓民に伝えられたようです。
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今は、森の中でひっそりと余生を送っているような・・
そんな老婦人にも見えてきました。
「4つ登録文化財があるとお聞きしましたが、もうひとつは?」とお聞きすると
「駅逓跡です。」との答え。
昨日、立ち寄ったのは奥行臼駅逓は別海町、ここは中標津町。
中標津町にも駅逓が残っているようです。
ホテルまで送ってもらって、行って見ることにします。 -
やってきたのは、神武佐駅跡です。
ここは標津線が通っていたところ -
そして「はるかなる山の呼び声」のロケ地として使われた駅です。
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「逃亡者」として民子の牧場に身を隠して働く高倉健と、兄との「密会」シーンが撮られました。弟の「殺人事件」の責任をとって高校教師を辞めた兄。珈琲豆の差し入れをするシーンとやりとりが印象に残ります。この映画に深みの襞を刻む場面です。
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しかし、ここも廃線。
ここは駅舎もレールも残っていません。
「自然」に帰っていました。
この看板がないと忘れ去られていきそうです。 -
その「駅前通り」跡に建っているのがこの建物。
-
登録文化財94号です。
農事試験場の3つの建物よりも、こちらの方が登録が早いようです。
ここも駅逓として機能した建物です。 -
しかし、建設当時の状況を出来るだけ残しながら、ここで住んでいる人がいます。
素敵な建物として活用されていました。 -
早朝散歩が中標津町の4つの登録文化財と、映画のロケ地めぐりになってしまいました。長々とお付き合いありがとうございました。
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