2019/05/01 - 2019/05/03
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大熊500さん
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ゴールデンウィーク、こんな長い連休にどこにも行かないなんて、あり得ません。とは言え、人混みは極力避けたいけど、混んでいない観光地なんでない!
こんな自問を繰り返しながらも、早く目的地を決めないと宿も取れない・・・。
そこで、私の「一度は行ってみたいリスト」にある福島県裏磐梯にある五色沼をメインの目的地に設定し、宿泊地はいわき市。
1日目はスパリゾートハワイアンズで遊び、2日目には五色沼を回り、野口英世記念館を見学、猪苗代湖を見ながらホテルに戻り、3日目は国道6号を北上して原発事故で帰還困難区域に指定されているエリアの様子を見て帰ってきました。
五色沼のきれいな湖面、残雪の残る磐梯山の雄姿、寒風吹きつける猪苗代湖畔など、これまでなかなか行けなかった景勝地でしたので、大満足でした。そして、福島の偉人、世界の医学者野口英世の生家も訪れることができました。納得のゴールデンウィークでした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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旅の初めは朝食から
常磐道下り線守谷ICで朝食をとりました。 -
いわき湯本ICを下りてすぐのスパリゾートハワイアンズへ
もう何度目でしょうか、何度来ても楽しいスパリゾートハワイアンズです!! -
連休期間ですが、ちょっと空いています。
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この流れるプールは子どもだけでなく、大の大人も流れに身を任せて楽しめるプールです。
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帰りにお土産売り場をのぞくと、常磐音楽舞踊学院55周年記念のグッズがありました。『全力で、生きる。』のタイトルが東日本大震災、原発事故からの復興のシンボルのようで、福島県人のみならず、震災にあった人々の心の支えのように感じられます。
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こんなかわいいものもあります。
のんびり温泉に浸かって楽しい一日でした。 -
2日目
磐越道に入り、西に向かいます。途中、阿武隈高原PAで休憩。 -
更に西に向かいます。
磐梯山が見えてきました。 -
磐越道猪苗代ICで下り、勇壮な磐梯山を左手に見ながら五色沼への一本道を走ります。
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裏磐梯ビジターセンターに到着です。
ここが五色沼散策の玄関口です。 -
五色沼、裏磐梯エリアの案内図です。
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除雪された雪塊が残っていました。
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残雪の隣りでは、しっかりと春を感じさせくれます。
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入口手前にあった記念碑「日本赤十字社平時災害救護発祥の地」
一瞬、なぜここに赤十字社の記念碑? 平時?当たり前では・・・と思いつつ一枚撮っておきました。
碑文には、次のような内容が記されています。
1888年(明治21年)7月15日午前7時45分頃,磐梯山が突如大爆発し,死傷者500余名を数える大惨事となった。
この大惨事に際し,日本赤十字社は医療救護員3名を派遣し,地元猪苗代町の医師ともども日夜の別なく,診療,治療の救護活動を展開した。
世界の赤十字は当初戦時救護を目的として誕生したが,その後平時救護を正式にその活動対象に加えることとしたのは,国際機関である赤十字社連盟が設立された1919年以降である。日本赤十字社の磐梯山爆発における救護活動から30有余年もあとのことであった。このことからも磐梯山爆発における救護活動は,赤十字平時救護の先駆的な例として歴史的に注目されているところである。
日本赤十字社福島県支部創立100周年にあたり,先人の発揮された情熱と遺業をしのぶとともに 赤十字活動の発展を祈念して平時救護にゆかりの当地にこの碑を建立する
1989年(平成元年)9月 -
ハイキングコースの案内に従って歩き始めると最初に見えてきたのは、毘沙門沼です。きれいなブルー! とても沼には見えません。本当にきれいです。奥に磐梯山が見えます。
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ブルーの水面と磐梯山 絵になりますね!
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要所でパンフを見ながら進んでいきます。
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一度刈り払われた後のシダの芽、生命力を感じます。
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次は赤沼です。なぜか黄緑色の水面です。
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この注意書きを見ると、この先に進めなくなりますね。(別ルートなので良かった。)
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けっこうな水量が流れ込んでいますね。雪解け水ですかね。この豊かな水量が、五色沼のきれいな景観を保ってくれているのでしょう。
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みどろ沼です。
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みどろ沼 色の変化が見事です。
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こんな赤色の河床部分もあります。鉄分が多いのでしょう。
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ちょっと木立が邪魔していますが、竜沼です。
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次は、弁天沼です。木立から見る弁天沼、こちらもきれいですね。
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弁天沼 手前の草むらはまだ新芽は出ていませんね。
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弁天沼 色の変化がすばらしいです。
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木陰に残雪を見つけました。
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遠くに残雪が残る磐梯山が見えます。
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るり沼と磐梯山
日が陰っていると深い緑色に映ります。 -
るり沼 日が照っているとこんな感じの色になります。
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次は青沼です。
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青沼 水面のグラデーションがきれいですね。
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公園開祖 現夢塚入口とあります。(300mの寄り道はしませんでした。)
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柳沼 この沼はブルーではありませんでした。
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最後は父沼です。
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環境省裏磐梯自然保護保護官事務所が登山者をカウントしていました。
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そして、国道459号に到着。
反対側には桧原湖が広がっていました。 -
ボートがたくさん桟橋に上がっていました。
北風が強く、立っているのがやっとでした。ハイキングコースでは全く風がなかったのに・・・。冷たい風を避け、早々に退散です。 -
桧原湖から見る磐梯山
大規模な山体崩壊した部分が見えます。一度登ってみたい気になります。
磐梯山の山頂から見る猪苗代湖はきれいでしょうね。 -
このバス停「裏磐梯高原駅」から裏磐梯ビジターセンターまで戻ります。
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五色沼を後にし、猪苗代湖畔にある野口英世記念館に行きました。
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玄関に置かれた銅像
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記念館内を見て回ります。
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母親と一緒の写真がありました。
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母親シカからの手紙です。精一杯の文字で切々と書かれています。
どれほど息子英世に帰ってきてほしいか、伝わってきます。 -
研究室の様子を写したものです。
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記念館の隣りに保存されている生家を観に行きました。生家全体を覆う屋根で保存されています。
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生活空間になっている板の間です。
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板の間にある囲炉裏も残されています。囲炉裏のそばには、這い出してきた幼い英世がいます。
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英世が大やけどを負ったことが記されています。
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「志を得ざれば 再び 此地を踏まず」
英世が医師の資格を取るために上京する際に刻んだと記されています。決意が固かったのですね。 -
英世の自筆を刻んだ碑
忍耐
正直は最良の方法である
忍耐は苦しい、しかしその実は甘い -
昭和三年、時の昭和天皇から賜った叙勲の賞状もありました。
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猪苗代湖畔からの表磐梯山
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南側斜面でもまだ雪が残っています。
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猪苗代湖です。広すぎです。遠くに対岸が見えます。
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白鳥浜
もちろん白鳥は1羽もいません。そしてものすごい西風でした。冷たい! -
ボタン桜が満開?です。
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そして、遅すぎる昼食・・・。喜多方ラーメンを注文しました。シンプルですが美味しかったです。
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デザートのずんだ餅 甘~い!
この後、磐越道に乗り、宿があるいわき市に戻ります。 -
2日目の締めくくりは、やっぱり日帰り温泉ですね。
疲れが取れるいい湯加減でした。 -
3日目
まずは、いちご狩りです。
アグリパークいわきにある観光いちご園に入りました。 -
あきひめ、かおりの、もういっこ、おいCべりーなど、いろいろな味を楽しめました。初めて訪れたいちご園でしたが、きれいに管理されていました。
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この後、原発事故により帰還困難区域になっている双葉郡大熊町を目指します。
常磐道に新しく大熊インターチェンジが開通したと聞き、帰還困難区域の様子を見に行こうと思っていました。 -
常磐道大熊IC手前の西側に見えるのは、大熊町大河原地区に造営された住宅です。この地区は帰還困難地域から除外された唯一のエリアです。
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もうすぐ常磐道大熊IC出口になります。案内板には二輪車通行不可の表示があります。二輪車は一般道には出られません。
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開通したICです。路面のペイントも真新しい。
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IC出口から国道6号に向かう途中に、大熊町中心部にある常磐線大野駅があります。今、JR常磐線の全面開通を目指して改良工事が進められていました。
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一般道から国道6号に出ます。左折のみが許されています。直進、右折は不可です。自由に町内を回ることはできません。
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国道6号に接続されている一般道はほとんど入ることはできません。一般車両は基本的に通行できないのです。ここには警備員はいませんでしたが、エリア内に入る場合は通行許可証の提示を求められます。
また、国道6号を通行する車両から路上に出ることは禁止されていますので、一瞬だけ停車し、車内から窓越しに写真を撮っていますので、うまく撮れていません。悪しからず。 -
もう廃屋状態ですね。
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ここ福島第一原子力発電所からおよそ250Km先の首都圏まで伸びている送電線です。過去には、この送電線で2基分の発電量の電力が送られていました。
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国道6号の2~3Km先、ちょうどこの位置から真東の海岸線に発電所があります。排気塔とともに多数のクレーンが見えます。廃炉に向けた作業に使われているのでしょう。
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周辺地域からの除染作業で出た汚染物質を含んだ表土などを一時保管する中間貯蔵場所の一部です。グリーンの被覆に覆われています。もちろん一般人は立ち入り禁止の場所です。こんな光景が各所で見られます。30年間の土地借用契約で貯蔵されているそうです。
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国道6号を南下し、再び常磐道にて帰路につきます。
元々はのどかな田園が広がる農村地域だったのでしょうが、東日本大震災、原発事故によって一瞬にして何もかも失ってしまった喪失感は大きかったと思います。長年住み慣れた我が家に戻れない、穏やかな時間の中で培われていたコミュニティーの崩壊、子どもたちにとっても友だちとの急な離散等々、心の拠り所をなくした住民の苦しみを少しでも分かち合い、支え合う気持ちが大切だと感じました。 -
途中、常磐道上り中郷ICで休憩を取りました。
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売店に寄ると、茨城県内でありながら、福島三大銘菓まつり?です。(笑)
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かんのや「家伝ゆべし」
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三万石「ままどおる」
柏屋「薄皮まんじゅう」を撮り忘れました。すみません。
どれも大好き、おいしいです!!
ここまで見ていただきありがとうございました。 お わ り
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