2019/03/25 - 2019/03/25
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ドクターキムルさん
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(株)日立製作所が運営する「日立横浜病院」が新たに「医療法人 横浜平成会」を設立し、平成25年(2013年)12月1日付で「平成横浜病院」となった。ピンクの外壁の日立横浜病院を見たときの驚きを覚えている。今ではそのインク色も薄れてしまっている。また、医療法人名や病院名に付けられた「平成」の名も今では5月1日に「令和」に変わることより、多少は古臭くなってしまった。
「日立横浜病院」は戦時中の昭和17年(1942年)、日立戸塚工場内に診療所として開設されたのが始まりである。工場の付属病院から昭和32年(1957年)に日立戸塚病院と名称を変更し、その後、結核病棟の廃止や敷地内に健診センターを開設する(平成12年(2000年)に統合)など時代の流れとともに形態を変えて来た。日立横浜病院と名称が変えられたのは平成20年(2008年)のことである。
日立戸塚工場は日立横浜工場と共に、今世紀に入るとリストラが進行し、殆どの福利厚生施設・社宅・独身寮・研修所などが売却され、その跡地にマンションが林立している。そのために、戸塚小と東戸塚小は児童数が増え続け、横浜市内でも有数のマンモス校になっている。そして、ついに日立戸塚工場は中外製薬に売却され、更地になっている。ようやく研究施設の建設が始まるところだ。
そんな中で、「日立横浜病院」もリストラの対象となり、「医療法人 横浜平成会」が設立され、地域住民が多く利用する病院へと変わっている。また、日立戸塚工場周辺や日立横浜工場周辺の日立が所有していた土地は売却され、マンションが林立しているが、こうした人口の増加も「平成横浜病院」には追い風となっているのだろう。戸塚駅西口から病院までシャトルバスが運行されている。駅前というわけではなく、やはり郊外にある病院といった感じである。
(表紙写真は平成横浜病院)
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