2019/03/05 - 2019/03/07
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鯨の味噌汁さん
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3月5日、火曜。
9時半にシンさんが迎えに来る。もう暑くなってきている。シェムリアップの町から20分ほど北上、アンコールワットに向かう。
クルマは森の中へ入っていき、カーブをいくつか曲がると、広い池のほとりに出た。そこがもうアンコールワットだった。
池の向こうに三つの尖塔が見えてきた。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
タクシーを走らせながら、シンさんが突然ゆう。
「ダイソーを知ってるか」
百円ショップなら知ってるけど。
「日本人のフォトグラファーだ。近くに墓がある」
それってタイゾー…一ノ瀬泰造のことじゃないのか。なんでシンさんが泰造のことを知ってるんだ。
「以前、ダイソーの墓を訪ねてきた日本人がいた」
カンボジアの内戦時、戦場カメラマンだった一ノ瀬泰造は、この地で命を落とした。
その頃アンコールワットはクメール・ルージュが占領していたから、近づいて写真を撮る、なんてのは文字通り命がけだった。
そもそも泰造は無謀な男だったらしい。
戦場カメラマンは敵側を撮るとき、「伏せ」の姿勢が常識だけど、泰造は立ち上がって味方を狙う敵兵を撮影しようとした。(同じようなエピソードが沢田教一にもある)
よう命があったものだが、そのとき泰造が目指したのは、戦場ではなく、クメール・ルージュが占拠していたアンコールワットの写真だった。
近づいて、あの尖塔を撮れれば世界的なスクープになる。 -
「地雷をうまく踏んだら、その時は、サヨウナラ!」
と、友人に手紙を書き残し、潜入を試みた。
地雷は踏まなかったが、クメール・ルージュに捕らえられ、処刑された。
若いカメラマンの野望は、ときとして命と引き換えになる。
ワシが泰造の書簡集を読んだのは、いつのことだったか。それまで彼の名は知らなかった。
あれを読んで、いつかアンコールワットを見たいと思ったんだな。
…今アマゾンで調べたら、文庫本は1985年の出版だった。本屋で見つけて新刊を買った記憶があるから、ワシが読んだのは社会人になったばかりのころだろう。
遠い将来、ここを旅する日が来るなんて思ってもいなかった。週休1日の職場で、海外どころじゃなかったな。
「この道をまっすぐ行くと、ダイソーの墓がある」
シンさんがゆう。遺体は両親によって掘り起こされているから、おそらく埋葬の地に建てられたんだろう。
泰造が死んからそろそろ半世紀が経つ。
ポル・ポトによる虐殺の時代を経て、アンコールワットは世界的な観光地になった。
平和に遺跡を巡ることができる時代に感謝しなくてはいけないけど、泉下の泰造は苦笑してるかもしれない。 -
シンさんから放流され、クソ暑い中、3時間とぼとぼ歩き回る。
仏像はどれも首を綺麗に切り落とされている。これもクメール・ルージュのしわざだ。
密林の中何世紀も持ちこたえても、こんな連中にかかるとあっとゆう間に破壊される。
遺跡の敵は密林ではなくニンゲンだ。 -
アンコールワットの中央回廊に、日本人が残した落書きがある。
16世紀から17世紀、まだ日本が鎖国する前に、ここを訪れた日本人は多い。当時は東南アジアの各地に日本人町があって、カンボジアにも300人ほどの日本人が暮らしていたらしい。
彼らがアンコールワットにやってきた理由は、もちろん観光ではなく、巡礼だ。
で、その日本人が残した落書きを探してみる。
それらしいのをいくつか柱に見つけたが、どれも判読困難だ。そらそうだ、もう500年前の墨書だものね。
ちなみに「落書き」と言っても、先祖の供養で仏像を寄進しました、なんて内容なので、正確には「奉納書き」ですね。 -
さらには、ここを訪れた日本人によって、詳細な見取り図も作成された。
図面の右上には「祇園精舎」と書き込まれている。
苦労してたどり着いた当時の日本人にとって、密林の中にとつじょとしてあらわれる巨大な伽藍は、ここが祇園精舎だと思わせるにじゅうぶんな迫力だったろう。
ちなみにこの地図は世界初の「アンコールワットの正確な図面」だそうで、水戸彰考館に写しが現存している。
ここにやってき白人たちは「半分探検・半分宝探し」みたいなのもいっぱいいて、しばしば大量の彫刻を、故国に持ち帰った。早い話、遺跡荒らしだ。
でも日本人は仏像を奉納し、のみならず、正確な図面を後世に残したわけだ。
なんか偉いぞ、日本人。 -
暑い中、もわもわと妄想を膨らませながら、アンコールトムに移動。ここも3時間。
駐車場での待ち合わせを約束して、シンさんと別れる。
アンコールワットはヒンズー教、アンコールトムは仏教だそうな。
だがしかし、ここら辺からワシはクラクラしだし、バイヨン遺跡にたどり着いたところで、胸の動悸が激しくなる。
水分は十分取ってるつもりだったけど、どうやら軽い熱中症だ。足が極端に重くなり、やがて一歩も動かなくなる。 -
やむなくぶち壊れた石積みの上で一休みし、地球の歩き方をぼんやり眺めていると、ひょろっと痩せたカンボジア人が声をかけてきた。
「日本のどちらからですか?」
…ししし、しもうた。
観光地の真ん中で地球の歩き方なんぞ開いたら、怪しいヤカラに声をかけられるに決まってるじゃないか。今さら「ポイントバローから来たイヌイットでして」なんてとぼけるわけにもいかん。
「私は学生です。日本語を勉強してます」
ウソつくなウソを。どうみても30代後半だろうが。
が、兄ちゃん、めげずにワシの手を取っていう。
「こちらから撮ると、いい写真が撮れます」
ちぇ。押しかけガイドか。しょうがねえなあ。 -
でもこの場合、スキを見せたワシが悪い。
「ふむ。まぁ、ここに座れ」
「…」
「まともにガイドしてくれるなら、金は払う」
「…」
「見て回ってだいたい2時間だろ。で、いくらだ」
兄ちゃん、観念して
「…30ドル」
バカゆってんじゃない。
一日タクシー借り切って40ドルだぞ。
「10ドルだな」
「10ドルだと親分に渡したら、私の取り分がナイです」
なにが親分だよ!! きさま、さっき学生だってゆうたやんか!!
すると、小柄なカンボジア人のおっさんが、まっすぐワシらのところに近寄ってきた。
なにごとかわめきながら、兄ちゃんをむんずとつかむと、ズボンのポケットを乱暴にチェック。
このオヤジが親分か。なるほど、ワシに負けず劣らず、ヒドイ悪人づらだ。
「あいむぽりす!」
くぁわわーーー、失礼しました。
その刑事が、ワシに忠告する。
「コイツはドロボーだ。ガイドなんて頼んだらいかん」
ああやっぱり。
横で兄ちゃん、しょんぼりしてる。 -
どうやらガイドのかたわら、盗っ人ばたらきもしているらしい。
嵐のようにオヤジが去る。
ワシは兄ちゃんにゆう。
「15ドル払う。そのかわりちゃんとガイドしろ」
兄ちゃん、大いに喜び、張り切ってあちこちを案内してくれた。
ここもクメール・ルージュの破壊跡がなまなましい。銃痕もあちこちにある。
写真でよく見る、顔がいっぱいある塔は、ワットじゃなくてトムのバイヨン遺跡だ。
じっさい塔は顔だらけで、全部で260彫られているそうだ。
諸星大二郎のマンガ「遠い国から」に、カオカオ様、とゆう怪物がいて、ちょうどこんな感じだった。
午後の強い日差しの中、得体のしれない異界感があたりに漂う。
この神様たちは、深夜にのそのそ歩き出すんじゃないのか。 -
1時間ばかり、バイヨンを見て歩き、出口で「もういいわ」と、兄ちゃんに15ドルを渡す。
どうも限界である。
のろのろと木陰まで移動し、うつらうつらして、次に目がさめると、2時間近くが経っていた。
こんな屋外で寝られるのか、我ながらびっくりである。軽く気絶してたのかもしれん。
待ち合わせ時間も近い。
が、立ち上がると、なんとなんと、周りは見たことのない景色だった。ここはどこ。わたしはだれ(鯨の味噌汁だけど)。
どうやら、フラフラ歩いてるうちに方向感覚を失ったらしい。
シンさんの待つ駐車場はどっちだろう。確か像のテラスの先だったな。たどり着けるかな。
結局とぼとぼ歩いてるところを、心配して探してたシンさんに拾ってもらった。
本日の教訓はふたつ。
ひとつめは、観光地の真ん中で、地球の歩き方を開いてはいけない。
ふたつめは、アンコールワットとアンコールトムを、一日で見ようなんて考えてはいけない。 -
3月6日、水曜。
西原理恵子は、アジアを旅するとき、いつもお菓子を持っていった。
観光地で物乞いや物売りの子供が近づいてきたら、オカネはあげずにお菓子を渡す。
オカネは親のフトコロに入るけど、お菓子は子供のものだから。
なるほど、と鯨は得心し、それ以来カバンの中にお菓子を持って旅することにしている。
国によって反応は違うけど、おおむね喜ぶ。今回はキャラメルを持ってきた。森永の、袋に入ってるタイプだ。(箱だと安いけど、気温が高いと溶け出す)
前日の反省に鑑み、「涼しいとこ・歩かなくていいとこ」に行く。
遠方で見たい遺跡はまだあるんだけど、暑いのはもうやんぴ。死んでしまうがな。
修行に来たわけじゃないんだし。何が悲しゅうて炎天下のさいたま市並みの陽気の中、歩きまわる必要がある。
とゆうことで、シンさんと語らい、山中の清流で涅槃仏が見物できるプノン・クーレン、そのあと小ぶりのバンテアイ・スレイ遺跡を見に行くことにする。 -
プノン・クーレンはシェムリアップから50キロ、赤土の山を登っていった頂上にある。
田んぼが終わり、道は山中に向かう。未舗装の登り道が延々と続く。
シンさんによると、ここはカンボジア人の聖地のひとつなんだそうで、旧正月には初詣の参拝客がドッと押し寄せるそうな。
つまりは遺跡ではなく、現役の信仰の場所だ。比叡山延暦寺みたいなものらしい。 -
しばらく走ると駐車場で、その先の川の流れの中に仏様がいた。なんでそんなとこにおられるのか。やっぱり涼しいところがいいのか。
シンさんが親切にも「あそこが頭、あそこがケツ」なんて説明してくれるけど、水面の反射が邪魔してさっぱりわからん。
申し訳ないので「あーなるほど」なんて頷く。われながらなんといい加減な観光であろうか。いいのかこれで。
流れの横の木の枝には、洒落たハンモックチェアが下げられて、子供がふたり、番をしている。ここで写真を撮ってチップをもらうらしい。
ニカニカ笑って営業してくるので、かねてより用意したキャラメルを渡す。すると大いに喜び、めでたげな歌を披露してくれた。 -
さらに車を走らせる。
山頂の寺には、岩から削り出した涅槃仏が見物できるとゆう。
なるほどここは現役の信仰の場らしく、参拝客がたくさんいた。ちゃんと参道もあるぞ。
以前も書いたけど、山奥の寺、とゆうコンセプトに弱いので、それだけでワクワクしてしまう。
同時に、これも以前にも書いたけど、若い女性でいっぱい、なんてコンセプトにも、実は大いに弱い。 -
すると、おお神も照覧あれ、日頃の行いの良さが出たのか、涅槃仏への階段を上っていくとき、カンボジア人の女子高生の集団と一緒になってしまう。
みなさま揃いの青いシャツに、はち切れんばかりのオッパイだ。
なんらかのスポーツをやってる生徒たちの集団であろう。遠征試合の合間の観光らしく、トレパンの先生が引率していた。
カンボジア女性のオッパイの壮大さは、アンコーワットの尖塔にも比すべきものがある。
だいたい10歳くらいで膨らみはじめ、15歳ともなればユサユサだ。
それにオケツも大変立派である。オッパイとケツだけ見ればベトナムより強力なのではないか。
ワシはジジイなので、階段はゆっくり上がる。
その横を、10代の「ゆさゆさ・ぷるるん」が、ニーハオー、なんていいながら追い越していくのである。
つまり中国人と間違えられてるわけだが、この際どうでもいいのだった。 -
山頂の涅槃仏はそんなに大きくないけど、砂岩から削り出した磨崖仏で、なかなか素敵であった。
ただ、裏に回ると「こっちまで手が回りませんでした」的な自然岩のままで、1000年に渡る落書きが散見されるのだった。 -
「ゆさゆさ・ぷるるん」に大変満足して、次にバンテアイ・スレイに向かう。
ここは小ぶりの寺院だけど、「東洋のヴィーナス」と呼ばれる女神像が有名らしい。
だがしかし、実際には小さくて目立たないところに彫られていた。やっぱりこうゆうのは実物大でないと。
ここでも絵葉書売りの女の子が、かなり長くワシについて歩いた。
カバンからキャラメルをひとつかみあげると、ピョーンと飛び上がり、まっすぐどこかへ駆けていった。獲物を隠すネコみたいだ。
午後3時、ホテル着。
シンさんには多めのお礼を差し上げ、感謝の意を表する。
ガイドではないのに、遺跡の案内、買い物サポート、食事の通訳、それに歴史も教えてもらった。
カンボジアの子供たちは医療費がタダ、なんて話も教えてくれた。子供を大事にする国なんだね。
7歳と3歳の娘さん、それと奥様によろしく。 -
3月7日。
本日は午後7時の便でハノイに飛ぶことが決まっている。
だがしかし、ホテルのチェックアウトは正午。
つまり半日、観光できる。
気持ちとしては、シェムリアップちゃん相手に3日間大奮戦し、チカラ尽き、あしたのジョーみたいに真っ白な灰になってしまい、
「もうケムリも出ないんですけどー」
だがしかし若いシェムリアップちゃんはまだまだ元気で、
「遊んでくれなくちゃ、いやーーーん」
みたいなシチュエーションではないか。
とにかく暑いとこはもうイヤん。
などつぶやきつつ、前夜、ツアーパンフレットを漁っていると、トレンサップ湖の水上村を訪ねるコースを見つけた。
そういえば椎名誠の「メコン・黄金水道を行く」の中に、この村のことが書いてあったっけ。そうか、意外と近いんだ。
水上村だったら下は水だから熱中症はありえん。半日ツアーであれば時間もちょうどいい。帰ってきたらホテルのバーでビールでも飲んで粘ればヨイ。
とゆうことで、フロントのおねーちゃんに声をかけ、ツアーを予約してもらった。
翌朝。午前8時半にガイドが迎えにきた。
わかりやすい英語を喋る、カンボジア人のお兄ちゃんだった。
「本日のツアーは5人だ。ホテルをあと2つ回る」
うんうん、ゆってることわかるぞ。
カンボジア人に限らず、一般にネイティブじゃない方の英語は聞き取りやすい。なんか日本人が喋ってるみたいな感じ。
英語のツアーなんでハナから諦めてたけど、意外に聞き取れるかもしれん。 -
で、最初のホテルで乗ってきたのは白人のオバーチャンだった。イギリス人。
次のホテルで可愛らしい白人娘2人、オマケで白人兄ちゃんが1人。これで5人が揃う。
若者3人は、アメリカから香港に留学中の学生さんだった。
みんな英語圏じゃん。大丈夫かオイ。
…ぜんぜん大丈夫じゃなかった。
最初のうちこそ
「どこからきたのー」
なんて会話をヨチヨチしてたのであるけれど、ネイティブ同士が話し出すと、まったくもって太刀打ちできん。聞き取れないのである。ワシだけ偏差値35の底辺校。
やむなく、クルマの中で寝たふりをしてると、イギリスオババが
「日本人って英語できないよねー、学校で長く習ってるくせにねー」
なんて、ニヤニヤしながらゆう。
ああくちおしや情けなや。
シンさんとはココロが通じあったのに。あれは遠い日のマボロシだったの。(きのうだよ) -
クルマはシェムリアップから1時間ばかり南下し、トレンサップ湖のほとりにたどり着く。
そこから船に乗り換え、茫々たる湖面を30分ほど行くと、水平線に水上村(フローティングビレッジ)が見えてくる。
今は乾季だけど、雨季になるとトレンサップ湖の面積は5倍くらいになり、水位も7メートル上がるそうな。
よって水辺に家を建てるより湖中に浮かせた方が合理的なんだとゆう。
学校も教会もスーパーマーケットも交番も、みんな湖に浮いている。 -
仕事は漁業と観光。
で、漁師の子沢山とはよく言ったもので、どの家にもコーヒー色の子供達があふれているのだった。
ツアーが終わって船が岸に着くと、素っ裸のガキどもがドッと船ベリにより、我先に綱を取り、船を横付けし、降りてくる客に一斉に手を出した。チップを要求しているのである。
イギリスオババもメリケン学生も「見なかったことにしよう」てな顔で、子供たちを避けて歩く。
時こそ今は。
ワシはカバンに手を突っ込み、日本語で大喝する。
「ならベーーーー」
こうゆうのは不思議と通じるもので、10人ばかりいたガキどもがバシッと整列。
それに一個づつキャラメルをあげる鯨である。
なぜだか「米英撃破」なんて物騒なセリフが、頭をかすめていくのだった。 -
午後4時。
なんとかホテルに戻り、バーでつべたいビールを一杯。
それから荷物をまとめ、トゥクトゥクで空港へ向かう。
シェムリアップ空港には、最近ラウンジができたそうな。
例の「楽○ゴールドカード+プライオリティパス」が使える。
なにしろ年会費1万円で使い放題であるから、モトは取らねばならぬ。(→いやしい) -
フライトの2時間前、入ってみるとやたら空いてた。
で、一目日本人とわかる夫婦連れが3組。楽しそうに奥さんたちが喋ってる。
皆さま、気合いの入ったリゾートファッション。お化粧もばっちしだ。
きっとおそらく、
「ビジネスクラスで行くアンコールワット5日間の旅・夫婦で498,000円・現地ガイドがご案内」
みたいなヤツであろう。
旦那さんがたも、皆さまロマンスグレーで細身で、チノパンに高そうなシャツだ。ハゲもデブもおらん。
一方のワシはドロドロの靴にペタペタのTシャツ、ズタボロのリュック、なおかつデブハゲで汗が匂ってるから、カーストが3つくらい下なのが紛れ込んでる感じで、まことに遺憾である。
よって皆様のお邪魔にならないよう、まずはシャワーを浴び、そのあと喫煙スペースの片隅で、ひっそりとビールと野菜炒めなんぞをいただく。
するとご主人の1人がタバコを吸いに入ってきた。
ワシのショートホープを見て
「日本の方ですかー」
なんて話しかけてくる。
聞けば、ハノイ→シェムリアップ→ホーチミン、現地5泊のツアーなんだそうで、
「会社が強制的に1週間休みをくれたんで、家内ときたんです」
うーむ、見るからにちゃんとしたビジネスマンだ。ワシとは大違いだぞ。
「ワシはプータローでして、10日間ばかりひとりでフラフラしてます」
「いいなぁひとり旅、私もしてみたい」
いやーカミさんと一緒ってのもいいじゃないですか、と言いかけて、やめる。
ひとり旅にはひとり旅の良さ、夫婦旅には夫婦旅の良さがある。
そもそも夫婦で旅ができるって、仲がいい悪いの前に、ふたりとも健康じゃないとあかん。それだけでも素晴らしいじゃないですか。
ホーチミン行きのベトナム航空のアナウンスがあり、ご主人はタバコを消し、
「先輩、ご無事な旅を」
とラウンジを出て行った。
…いや、ワシの方が絶対年下だと思うんですけど。
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この旅行記へのコメント (4)
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- mistralさん 2019/03/24 22:34:50
- 暑いけど爽やか。
- 鯨さん
アンコールワットの旅行記、楽しませていただいてます。
シンさんというナイスガイドとの出会いは本当に
ラッキーなことでした。
私もカンボジアへの旅は三月のお彼岸のころでした。
なので鯨さんが炎天下をクラクラされながら歩かれたこと、
良くわかります。
それでも、この旅行記には爽やかさが漂ってきています。
一ノ瀬泰造さん、沢田教一さんに想いを馳せながら
遺跡を巡る、
地雷を踏んだらさようなら、など今では心配することもなく
観光ができるようになりました。
自然の脅威を示すためにわざと放置したままにされている
タ プローム (でしたっけ?) の巨大なねっこなど、
それでも脅威となるのは自然ではなくニンゲン、と鯨さんは
記されています。本当にそうですね。
遥か昔に訪れた日本人による落書き、ではなく奉納の書!
私はそれは見落としてしまいました。
おまけに正確な図面まで残されているなんて。
その地を祇園精舎と記すなんて、昔の日本人、素敵です。
遺跡から宝物を略奪することなんて、考えもしなかったのでしょう。
他の記述からもそうだそうだと共感しっぱなしでした。
mistral
- 鯨の味噌汁さん からの返信 2019/03/25 13:33:33
- RE: 暑いけど爽やか。
- mistral さん、
いつもありがとうございます!
やはり3月に行かれてたんですね。日本人のお客さん、いっぱいおられました。
若い方も大勢。卒業旅行シーズンなのかも。
シニアも、世捨て人風から、ツアー組まで盛りだくさん。
日本から近いものね。
> シンさんというナイスガイドとの出会いは本当に
> ラッキーなことでした。
御意。
それにまさか一ノ瀬泰造のことを知ってるとは。
カンボジアではメジャーなのか、と聞いたら「マイナー」(笑)。
どうやら、たまたま関係者を乗せたことがあったらしいです。
映画化されてから日本でも名が知れるようになったかも。
> それでも脅威となるのは自然ではなくニンゲン、と鯨さんは
> 記されています。本当にそうですね。
首を落としたり顔をこそげとったり、忙しいことです。
でもまぁ日本も人のことは言えなくて、明治維新の廃仏毀釈で国宝級のお宝仏像がガンガン壊されたり燃やされたりしたそうですから…
> その地を祇園精舎と記すなんて、昔の日本人、素敵です。
> 遺跡から宝物を略奪することなんて、考えもしなかったのでしょう。
西洋人はお宝大発見と喜び、日本人は信仰の場所にたどり着いたと喜んだのでしょうね。ここが祇園精舎と信じて、一生懸命調べて図面を残した日本人、いじらしいですよね。
-
- フィーコさん 2019/03/24 16:06:07
- 熱中症
- 鯨さん こんにちは
笑いながら、読ませて頂きました。
戦場カメラマンの方は全然知りませんでした。
シュムリアップの暑さ 伝わって来ます~。
熱中症で記憶の無かった後、生還おめでとうございました。重症にならず(汗)
フィーコ
- 鯨の味噌汁さん からの返信 2019/03/25 12:38:22
- RE: 熱中症
- フィーコさん
お手紙ありがとうございます。
熱中症…こわいですよねー、今回は「3月だから」ってんで、心の準備もできてませんでしたー。まさか真夏の埼玉の陽気だとはつゆ知らず。後半はセーブしたので、いくらかラクになりましたが。旅行前は、もうちょっとマジメに調べないとあかんですー。
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