2018/11/18 - 2018/11/18
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motogenさん
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「箱根八里は 馬で越すが 越すに越されぬ 大井川」
そんなキャッチフレーズの『島田宿・川越遺跡』のポスター。
何、何?
川越えの場所が遺跡として、まだ残っているのか!
江戸時代の姿を残す宿場町には、宿屋や会所や札場があるらしい。
行ってみよう、と興奮しながら車を走らせる。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
-
堤防を走り戻ると、島田博物館が見えた。
この奥が、目指す川越遺跡となっているようで、
博物館の駐車場に車を停めて、島田市博物館 美術館・博物館
-
歩き始める。
ここが昔の東海道なんだな・・と周囲を見回し、 -
ちょっと進むと、八重枠稲荷神社があった。
増水に備えて、石を詰めた籠を積み重ねて堤防を作った場所で、
そこに、川で亡くなった多くの人々を供養する神社を建てたらしい。
(ずいぶん多くの人が、亡くなっている) -
次にあったのが会所で、
島田宿大井川川越遺跡 名所・史跡
-
川越えを取り仕切っていたお役人たちの詰め所だ。
-
お役人といっても、この地方の庄屋や有力者が交代で務め、紋付かみしもで服装を正し、旅人のチェックや川越チケット(川札)を発行していたという。
大井川を渡るには、めんどうな手続きと費用が必要だったのだ。 -
川札の値段は、その日の川の深さや渡り方で変わる。
今でいうと、1400円から2800円。
これは肩車で渡る最低料金だが、高過ぎではないか! -
こんな輦台に乗れば、料金は数倍で、
-
お殿様の乗り物は、何百倍だ。
当時でも、旅行費用は相当かかったことにびっくり。
渡世人や無銭旅行者、旅芸人などは、自力で歩き渡ることを許されたらしいが、流され溺れる者も多かったという。
幕府はそのために救助隊を置いていたようで、江戸時代の温かい政治を見直した。
そんな川越のルールが細かく説明されていて、メラメラと興味が燃え出す資料館だったが、それでいて入館料は無料。
なんと素晴らしい島田市だ。 -
おっ!
予想だにしなかった、昔ながらの街道が現れた。
よくぞまあ、残っていたものだ。
まさか、映画のセットではあるまい。 -
ここは札場。
人足が客から受け取った川札(チケット)を現金に換える事務所だ。 -
中をのぞけば時代劇の、商家の番頭が座っている部屋みたい。
-
隣の家から声が聞こえてきた。
「入って、いいのかな・・」
のぞくと古い織機が座敷にあって、奥の部屋では機織りをしている人がいた。
「博物館の『機織り体験学習』の会場なんですよ。」
と女性が近づいてきてくれ、 -
詳しい説明をしてくれた。
この川越え遺跡は、島田市が住民に現状の保存を依頼し、財政面でも補助をして、江戸時代の宿場町を残している場所だった。
「よく残せましたね・・」
「そう、古いものをどんどん壊してきた時代でしたから。
日本人、みんな錯覚していたのね。」
「今になると、こういったものが貴重なんだけど・・
島田市って先見の明があったんですよ。」
「市の財政は大変なんですよ。
でも、これが島田のアイデンティティですから。」
女性の話に心ときめき、話は尽きず、これだけでも今日の収穫は大き過ぎだったのに、 -
まだまだ見るべき宿場町は続き、この家は人足の小頭たちが打ち合わせをした「仲間の宿」だ。
-
住人が住んでいる家屋には表札がかかり、見学はできないが、市が買い上げた家屋には、当時の雰囲気を再現させる人形が置かれていたりして、
-
島田市の意気込みが感じられる。
-
この家には弁当や飲み物が運び込まれている最中だった。
同窓会(見学会)の幹事たちで、今日は100名以上の同窓生がやって来るとのこと。
こんな場所で見学会とは、なかなか味のある企画だ。 -
豪華な屋敷があった。
「島田市博物館別館・海野光弘版画記念館」の看板が掲げられている。島田市博物館分館 美術館・博物館
-
入館料は300円。
この300円で本館にも入れるとのこと。
安い! -
受付のおじさんが細かく説明してくれたが、気がせいていてよく理解せぬままに座敷に上がってしまった。
広い建物だ。
12畳半もあるような部屋が、迷路のように組み合わさっている。
ただの平民の屋敷ではない。 -
壁に版画が飾ってあった。
目に入った瞬間に、魂を抜き取られるような素晴らしい版画だ。
黒の濃淡が印象的で、写真のようでいて、写真にない迫力が伝わってくる。
「これ、ほんとうに版画?」
「地の黒い紙に、たくさんの色が乗せてあるんだよ。」と女房。
「まさか、地は白に決まってるよ!」
「ううん、黒だよ!」
「違うよ。白だよ!」
そこからひととき、ケンケンガクガクと、喧嘩になってしまった。 -
「白い紙に、多色刷りした版画ですよ。」
気がつくと背後に受付のおじさんがいて、私たちをなだめるように教えてくれた。
(版画は撮影禁止、この画像はパンフレットのコピーです。) -
屋敷は昔そのもので、土間には今も使えそうなかまどがあり、大きな釜や鍋や昔の食器類も揃っていて、
-
倉庫には、つるべ井戸、臼、杵、竹籠なども残っている。
-
桜井邸と呼ばれ、1900年に建てられた邸宅らしい。
2階は京都の大工の手による数寄屋風となっているが、惜しいことに見るのを忘れてしまった。
自分の家とはあまりに違った高級さに、気が動転している。 -
この桜井邸が美術館だと思っていたが、本物のギャラリーはこの裏にあった。
-
ギャラリーは現代的な冷暖房完備の建物で、作品の撮影は禁止。
がっかりするが、
「すごい版画!」
「棟方志功の版画より、こっちの方が、数段素晴らしいよ。」
(鑑賞能力の欠如した、平凡人の感想です。)
「風景画がいいよね・・」
なんて言いながら、一つ一つゆっくり鑑賞し、気に入った作品の前ではじっと立ち止まり、 -
これらの作品にすっかり惚れ込んでしまい、
(この画像もパンフレットからのコピーです。) -
この作者の記念館がなぜここにあるのかも知らぬまま、
「こんな素敵な版画があったなんて・・、生きていて本当に良かったよ!」
と思うのだった。
(おおげさかな?) -
ギャラリーの奥にはさらに、古びた倉庫があって、きしむ戸をガタガタと開けると骨董品が並んでいた。
-
昭和初期のラジオや蓄音機、
-
昭和の食卓セット・・と懐かしいものばかり。
「ああ・・! 今日は幸せ!」
と胸を熱くし、
(こんなものに感動している自分たちは、何?) -
博物館本館に戻って来ると、
すると数台のバスが到着し、ぞろぞろと団塊世代の紳士淑女たちが降りてきた。 -
館内は大騒ぎ。
でも、あっという間にみんないなくなって、
(団体客とはこういうものです。) -
後に遺された私たちだけで、じっくりと見学。
展示物の数はたいしたものではないが、かっての島田宿場や川越えについての研究成果が、分かりやすく展示されている。
江戸時代の旅がリアルに迫ってきて、 -
「なるほど、なるほど・・そうだったのか・・」
と、娯楽ドラマや娯楽小説とは違う歴史の学習だ。 -
気がつくと昼時となっている。
「あそこに、そば屋があったね・・」
と遺跡街道に戻り、
(遺跡に観光店などはなく、ただ一つの店がそば屋です。)そば玄 グルメ・レストラン
-
山菜そばを注文した。
800円と高めだが、遺跡保存に努力しているこの地域への協力だと思い、
ありがたくいただきます。
この近くに県民税で成り立っている静岡空港がある。
近くにあるのにまだ見たことがない空港なので、そこに立ち寄ってから帰ることにしよう。
静岡空港については、別の機会に報告します。
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