2018/12/03 - 2018/12/03
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ドクターキムルさん
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神奈川県中郡大磯町西小磯にある旧陸奥宗光邸跡には大正14年(1925年)に再建された「聴漁荘」が残っている。
陸奥宗光(天保15年(1844年)~明治30年(1897年))は明治期に活躍した政治家である。明治27年(1894年)に自身の療養のため大磯に別邸を構えた。陸奥宗光は明治16年(1883年)から明治20年(1887年)まで、当時は流水豊富で風光明媚の地だった東京都台東区根岸に旧陸奥宗光邸を構えていた。明治20年(1887年)に六本木に転居し、その後は西宮氏が住んでおり、当時の建物が西宮邸(旧陸奥宗光別邸)として現存している。しかし、最後の住まいは、現在の北区西ヶ原の旧古河庭園であり、ここで明治30年(1897年)に54歳で亡くなった。墓所は大阪市天王寺区夕陽丘町に営まれたが、昭和28年(1953年)に鎌倉・壽福寺に改葬されている。
陸奥は明治25年(1892年)に第2次伊藤博文内閣で外務大臣に就任すると、明治27年(1894年)には不平等条約の改正、翌年の日清戦争勝利に貢献した。しかし、外務大臣として多忙の日々が続いたため、持病の肺結核が悪化し、伊藤博文の進めもあり明治28年(1895年)5 月からここ大磯で療養することとなった。しかし、療養中にも日清戦争の戦後処理などで多忙が続いたこともあり、明治30年(1897年)に亡くなったが、終焉の地はここ大磯ではなく、古河邸がある北区西ヶ原である。なお、Web(http://www.pref.kanagawa.jp/docs/x2n/cnt/f3670/documents/07-3_mutsu.pdf)の内容には没年の間違いや、没地がここ大磯であるかのような印象を与えているが史実とは異なる。
その後、宗光の次男で、古河市兵衛の養子になった潤吉が当別邸を譲り受けた。しかし、関東大震災(大正12年(1923年)で建物が損傷したため、大正14年(1925年)に建替えられた。その後は古河家の海の家として維持されていたのだろう。
旧陸奥宗光邸と名付けられてはいるが、邸が建てられた後、陸奥が存命中だったのはたったの3年間だけである。しかも、現在、残っている建物は再建されたものである。また、この邸で最後を遂げた訳でもない。
今回は国土交通省 関東地方整備局が主催する明治記念大磯庭園・明治150年記念公開で訪れた。
「聴漁荘(ちょうぎょそう)」と名付けられており、この扁額が掛かる玄関を入ると畳が敷かれた4畳半がある。こうした邸宅にも茶室でなくても4畳半の畳の間があることには驚いた。聴漁荘では廊下に屋久杉を使った棚がある。
聴漁荘で一番驚いたことは床の間の掛け軸が横山大観筆の滝の絵で、大観が逗留して庭の立派な石に腰かけて庭の落差5mの滝を描いたものだという。大観の絵は小さい富士山の絵でも6,000万円はするというから、この掛け軸の大きさなら、数億、3億円とかするだろう。大観が聴漁荘に逗留していた期間は知らないが、現在では3億円もするものを残しているのであるから、驚きを禁じえない。しかも、それがさりげなく床の間に飾ってある。これほどの人が出入りしているのであるからレプリカであるべきだが、古河財閥も芸術家のパトロンとしての面も伺える。なお、現金で3億円ともなれば30kgもあり、持ち出すことは大変であるが、掛け軸ならば1kg程度であろうか。誰でも持てる重さで丸めると30cm程度の長さになってしまう。かさばらないのが掛け軸の特徴でもある。
(表紙写真は聴漁荘)
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「大磯」。
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大隈邸・陸奥邸入口。
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「大隈邸・陸奥邸」。
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東海道の松並木。
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聴漁荘。旧陸奥宗光邸というよりは旧陸奥宗光邸跡に建てられた古河財閥の海の家というのが実態であろう。
玄関を入ると4畳半だ。 -
天井。全て平天井だ。
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床の間。さりげなく横山大観の掛け軸が掛かっている。
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横山大観がここの庭の滝を描いた掛け軸。
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雪見障子のガラス窓から庭が歪んで見える。
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欄間。
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欄間。
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欄間の障子。
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縁側に上がるための石(沓脱石(くつぬぎいし))。2ヶ所設置してある。
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鹿威し。庭の井戸から水を引いているが、普段は水が流れていないようだ。
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庭。聴漁荘と旧大隈重信邸の庭は繋がっており、8,000坪あるのだという。
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屋久杉を使っている。
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屋久杉を使っている。
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聴漁荘。
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戸。
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竹の床。
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洗面所。
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丸窓。
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風呂場の脱衣所。
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脱衣所の明かり採り。
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風呂場。タイル貼りだ。横浜・山手にはタイル貼りが多かったと思う。
旧陸奥宗光邸ではなく、(古河財閥の)海の家「聴漁荘」という感じがする。 -
風呂場の天井。ここだけは平天井ではない。換気(湿気を出す)たものものだという。普通なら茶室の天井に見えるであろう。「聴漁荘」が古河財閥の海の家として建てられた名残であろう。
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聴漁荘。
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聴漁荘。
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聴漁荘の庭。
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聴漁荘の庭にある井戸。ここから鹿威しに水を送っている。
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聴漁荘。
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聴漁荘。
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聴漁荘。
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