2018/11/21 - 2018/11/21
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ドクターキムルさん
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海老名市日向字一之沢の日向川に架かる一の沢橋を渡ると広場がある。浄発願寺(じょうほつがんじ)の旧跡で閻魔堂(まがいどう)跡である。昭和13年(1938年)年秋に襲った台風で山津波が起こり、甚大な被害を受け、浄発願寺はこの地を離れ現在地に移転した。
浄発願寺(https://4travel.jp/travelogue/11425123)は天台宗弾誓派総本山のお寺で無常山一之澤院浄発願寺という。慶長 13年(1608年)に木食弾誓(たんぜい)上人(天文19年(1550年)(Wikipediaでは天文21年(1552年)とも)~ 慶長18年(1613年))によって開山された。徳川家康(天文11年12月26日(ユリウス暦1543年1月31日)~元和2年(グレゴリウス暦1616年))は深く弾誓上人に帰依し、一ノ沢の土地 16 万 5 千坪を寺領として寄進した。また、尾張徳川家や佐竹氏、藤堂氏といった大名家からも厚い信仰を受けた。本尊は阿弥陀如来坐像(高さ:約2m)で、脇侍は観世音菩薩立像、勢至菩薩立像(高さ:約1.65m)ある。天和3年(1683年)に4世・空誉が伽藍を整えた。
江戸時代には、「駆け込み寺」と呼ばれ、殺人と放火以外の犯人はこの寺に逃げ込めば救われたという。
この閻魔堂跡には東屋が建ち、その周りには石碑や歴代住職の墓地があり、無縫塔が並んでいる。宝篋印塔の先の右には頭のもげた六地蔵や石燈籠が建ち。山を上る階段がある。ここが浄発願寺山門跡とされる。この道を上って200メートルほど進むとかつての本堂下になる。西側の沢を越え100メートル余り上ると、弾誓が修行したという岩屋がある。岩屋の左右には数多くの無縫塔が立ち並び、岩屋内部には尾張徳川家の瑩珠院や佐竹氏、藤堂氏などの大名家の女性の墓石や仏像、仏塔がある。さすがに、この辺りは奥ノ院といった風情がある。
この道は「薬師尾根コース」の入口で、日向薬師やその先の「日向山~七沢温泉コース」にも行けるハイキングコースがある。
(浄発願寺山門跡に残る六地蔵)
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