2018/09/16 - 2018/09/16
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Antonioさん
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ブラジル一の近代都市サンパウロは、日系人が多いことで知られています。20世紀前半にたくさんの日本人がブラジルに渡りましたが、その多くはサンパウロに住み、リベルダージに大きなコミュニティをつくって、ブラジルにいながらも日本語だけで不自由しない、日本人街が形成されました。
昔テレビでサンパウロの日本人街の飲食店の紹介があり、日本では食べられないレトロな昭和の日本食が食べられるという点がすごく印象に残っていたのですが、さすがに時間が経つと、そのようなお店はなくなっているようです。
今では、リベルダージは、日本人だけの街とは言えなく、たくさんの中国人や韓国人が流入してきたことから、東洋人街と言われるようになりました。それでも、街を歩いていてわかりましたが、リベルダージは日本人街としての風情を色濃く残しています。観光名所が少ないサンパウロの事情を考慮すると、寄ってみる価値は十分あると思います。
- 旅行の満足度
- 5.0
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リベルダージには地下鉄の駅があります。セントロ(旧市街)の南に位置しています。
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日本広場にある石碑です。
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日曜日はこのように日本広場でたくさんの出店があり、多くの人でごった返しています。
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日本のB級グルメが主に出店していました。
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各種の串です。アラブからの移民も多いブラジルなので、ケバブで串料理に馴染みがある人は多いのではと思います。
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フュージョン寿司ロールです。南米の人にはチーズが入った寿司ロールが好まれていますね。
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焼きそばはいろいろな所で見ました。
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クレープも日本のデザートとして認識されているようです。
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天気がよかったので、リベルダージ界隈を散策することができました。
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どら焼きの出店もありました。
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今川焼までありました。
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天ぷらや春巻きですが、現地化しているのは否めないですね。
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現地の雑誌で紹介されたのをアピールしていました。
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中国人や韓国人が多くなったと言われているリベルダージですが、この日の出店を見た限りでは、まだまだ日本人と関連付けられる場所であることは確認できました。
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もちろんグルメ以外の出店もありました。
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ちょうちんの屋台です。
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食器類ですが、デザインが現地化していますね。
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木製の調理器具です。
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銀行の支店も日本のイメージを強調した外観にしています。
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ビジネスホテルです。
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すき家もあります。
メキシコシティにもあったと思います。海外進出を図っていますね。 -
マクドナルドもあります。
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リベルダージの日本広場のシンボル的な建物はこの教会ですね。
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歌舞伎俳優の壁画です。
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訪問した日はこのイベントが開催される日曜日だったので、ラッキーでした。
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日本庭園です。少し廃れていましたが、海外で日本庭園を見れるのは嬉しいですね。
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細部のこだわりに欠けているように見えました。
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特筆すべき点はありませんでしたが、この場所にあることが大事なのだと思います。
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サンパウロは20度前後の気温だったので、歩くのには最適でした。
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大阪橋と名付けられている橋です。
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海外の人が連想する典型的な日本のイメージですね。
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お寿司屋さんもあります。
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ストリートアートです。
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大阪橋の鳥居です。
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大阪橋から見た市内です。
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リベルダージにある電灯はこのように日本のイメージに合わせたものになっています。
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落書きの前に飾られていた鎧兜です。日本だとありえない光景ですが、リベルダージだとしっくりきますね。
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ギフトショップだと思いますが、赤提灯が目立ちます。
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昔キン肉マンという漫画がありましたが、キャラの一つであるラーメンマンを彷彿させますね。
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この電灯がある道を歩いている限り、リベルダージにいることがわかります。
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ロッテのお店もあるので、韓国系の人もリベルダージにいることがわかります。
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ブラジルの英雄、ペレです。数年前に日系三世(四世?)の女性と再婚しました。キスを受けているのは再婚相手だと思います。
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日本の食堂だと思います。少し古びた店構えですね。
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つがると書かれていますが、入店しているのは中華料理店です。現在のリベルダージを象徴しています。
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ブラジルでもラーメンは人気があるようです。
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外観から日本食レストランなのではと思います。
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博多のとんこつラーメン店が進出しているようです。列が出来ていたので、認知されているのでしょう。
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公園です。
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公園内の池です。
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日本人街ですが、お店等を除くと、日本語が耳に入ってくるわけではありません。
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このような人物の銅像がリベルダージにあるのは、日本というよりも現地に影響を受けた慣習のように思います。
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日系移民の中でもかなり早い時期にこられた方と思われます。
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佐賀県出身で、日系人移民の通訳等で活躍された方です。
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このような公園はリベルダージの街を魅力的にしています。
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ゴジラのストリートアートです。
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土産店です。
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東洋文化会館です。日曜日だったので、ちょっとした集まりが開催されていました。
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お好み焼きを売っていました。
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日本のストリートフードとして認知されているようです。
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手巻寿司を売っていました。
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人が集まり始めていたので、何かイベントが行われようとしていました。
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この施設内では、東洋系の人が目立ちました。
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焼きそばやお好み焼きが入口で売られていました。
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ブラジル日本移民資料館に向かう途中の風景です。
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ブラジル宮城県人会の施設が目に入りました。
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外に演歌が流れ、のど自慢が行われているような雰囲気でした。
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宮城県人会の施設です。
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日伯文化協会の施設です。
日曜日だったので、中に入れませんでしたが、庭に二宮尊徳の像があったのを覚えています。 -
ブラジル日本移民資料館に到着です。
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掲示板に幼稚園での売り出しについて案内が貼ってありました。
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古本市に関する案内です。
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移民資料館の入口です。
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日本からブラジルへ移民が渡ったのは、1908年ですのでもう100年以上前になります。
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偏った地域からではなく、いろいろな都道府県の人が渡航しました。
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大武和三郎は日本語とポルトガルの辞典を編集したことで知られています。
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1908年に移民船「笠戸丸」が神戸を出港してブラジルへ向かいました。笠戸丸移民の婦人3名の写真です。
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移民船「笠戸丸」の模型です。多くの第一世代の日系ブラジル人の移民としての出発点は、この船での渡航でした。
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日清戦争後に問題となった余剰人口のはけ口を探していた日本と奴隷制度廃止後にコーヒー農園で働く安い労働者を求めていたブラジルはニーズが合致しました。日本人移民を送るには取り交わしが必要ということで締結されたのが1895年の日伯修好通商条約です。
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ブラジル各地の農園を廻る映画館があったようです。
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野球大会の開催もあったようです。
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現地の農園で働いていた日系移民の娯楽として映画は欠かせなかったことが伺えます。
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楽器です。音楽の演奏も娯楽の一つとして欠かせなかったのでしょう。
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柔道着です。野球同様に柔道も行われていたようです。
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運動会の風景です。日系移民の第一世代は、日本での慣習をそのまま維持していたことが伺えます。
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現地の小学校の卒業証書です。
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農園で働いていた日系人はいろいろな側面でブラジルの農業に貢献しました。
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日本が輸入している鶏肉はブラジル産が多いと思いますが、日系人はブラジルの養鶏場にも深く関与していました。
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農業関係の雑誌です。
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アマゾンの森林で有名なブラジルですが、アマゾンの開発にも貢献しました。
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広いブラジルの各地の農園で日系人コミュニティを形成しました。
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秋田出身の小説家、石川達三は1935年に日系人移民の監督者として数か月ブラジルで過ごしました。
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ブラジルでの体験を小説にしたのが「蒼氓」です。
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「蒼氓」は第一回芥川賞を受賞した作品として知られています。
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日系移民が1930年代にブラジル各地の発展に貢献したことが説明されています。
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日系人がブラジルの大学をはじめて卒業したのは1930年代でした。第一世代の移民の子息だったのではと推察します。
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宮城県人会の施設は目にしましたが、他の県人会もリベルダージにあります。
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西暦でなく「紀元2605年」と書かれている点が目に止まりました。
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日系人コミュニティの間で日本の敗戦に関して意見が分かれ、対立があったようです。
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サンパウロ日本文化協会は1958年に創立されました。
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農園で働く日系人家族の絵画です。
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展示室はこのように広々としていました。
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日本語維持のための学校の教材です。
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このような人形もブラジルへ持っていきました。
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こいのぼりです。
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当初移民で渡った人は基本農園で働く人ばかりです。
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このような衣装も日本から持ち込んだのでしょう。
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三笠宮殿下は1958年にサンパウロを訪問したようです。笠戸丸で渡った人は1908年なので、50周年を記念して訪問されたのでしょう。
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若き日の天皇陛下の肖像画です。
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皇后美智子さまの肖像画です。
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移民資料館の施設から出ようとしたら、日本語を話すおばさんから生け花は見たのかと引き留められ、開催されていた生け花の展示会も見てきました。
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生け花のコンテストが定期的に開催されているようです。
コンテストの上位入賞者の作品が展示されていました。 -
受賞者の名前を見たら、現地在住の日本人あるいは日系人が多かったですが、名前からは日本人とは言えないブラジル人もいました。
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各受賞者は生け花の先生に師事し、技を習得したのではと思います。
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リベルダージの日本広場に戻りました。
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大阪橋の鳥居です。日が沈んできましたが、まだまだ人はたくさん歩いていました。
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リベルダージのTシャツです。西洋人がイメージする東洋人ですね。
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リベルダージのロータリークラブの初代会長の頭像です。
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かつての日本広場の写真です。
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地下鉄を乗り継ぎ、パウリスタ通り方面まで行きました。
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サンパウロの地下鉄は使い勝手がよかったです。特に物騒というような感じでもなかったです。
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日曜日だったので、パウリスタ通りは歩行者天国になっていました。
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バンドによる演奏が行われていました。
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このカエルはサンパウロのマスコットでもないようです。
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サンパウロは白人が多いとの印象を受けましたが、街を歩いていると、人種構成はニューヨークに近いように感じました。
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パウリスタ通りから少し横道に反れたら、このような公園がありました。
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パウリスタ通りを歩くと、いろいろなところでこのようなパフォーマンスが行われていました。
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別のバンドです。
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どこかで見たような恰好と思ったら、MJ(マイケル・ジャクソン)のそっくりさんでした。
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演出は見事でした。ニューヨークやボストンで見たのと同レベルです。
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Smooth Criminalのパフォーマンスは圧巻でした。
https://www.youtube.com/watch?v=q8w1d01Y2vY -
ライブ演奏が多かったです。
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サンパウロでの初日はこれで終了です。
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この旅行記へのコメント (2)
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- senseさん 2018/12/04 10:45:35
- こんにちは、Antonioさん!
- senseです、
いつも私の旅日記にご訪問いただきありがとうございます、私も Antonioさんのブログにも伺わせていただいて拝見しております、
きょうは、サンパウロの鳥居の写真を拝見して嬉しくなって、即コメにも伺ってます、
私も、かなり前ですが、サンパウロのこの鳥居をくぐりました、ランチは、ここ 日本人街のお弁当をいただき、見た目は、ブラジル、、の感じで少し 食欲を無くしたのですが、。お味は、
とても美味しくて!。驚き、 地球の反対側に宿る、日本文化、日系人の皆様の思いに感動致しました、、
そんな思い出が蘇ってきて、、ありがとうございました、懐かしいー。
まだ、これからAntonioさんのサンパウロ編ゆっくりと拝見します、
sense
- Antonioさん からの返信 2018/12/15 00:40:38
- RE: こんにちは、Antonioさん!
- こんにちわ。サンパウロ旅行記の続きをなかなかアップできなくて、すみません。
サンパウロの日本人街ですが、時間が立ってしまうとアメリカのロスのリトル東京と同じで、日系人も三世、四世以降になると、現地化してしまうので、歩いていて、ここは本当に日本人街なのかと思いました。でも資料館を見学したり、宮城県人会の施設から流れてくる演歌を耳にしたら、そうではなく、やはりここは日本人が多くいた場所だったのだと納得しました。
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