2018/10/28 - 2018/10/30
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Weiwojingさん
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キルギスのビシュケクからウズベスタンのタシケントへ飛行機で移動した。飛行時間は1時間で、びっくりするくらいあっという間であった。空港では今後利用する列車やホテルの手配をしていただいた旅行会社のスタッフが迎えに来てくれて、ホテルまで案内してくれた。初めてのところなので、大いに助かった。ただその後の行動は旅行会社にはガイドの依頼は頼んでいなかったので、小生だけの単独行動である。
タシケントでは、キルギスのソ連抑留者たちと同様に終戦後労働に駆り出された兵士たちの足跡を回ることにしていた。前以って調べた結果、タシケントには関係した場所が2か所あるようである。ひとつは彼らが建設に携わったナボイ・オペラ・バレエ劇場があることと、もうひとつはこの地で亡くなられた兵士たちを埋葬した日本人墓地があることが分かった。
※表記のカバーで用いた写真はどれも抑留日本人墓地で撮った写真で、旧ソ連からタシケントに連れてこられ、この地で亡くなられた方々を祀っているところである。
- 旅行の満足度
- 5.0
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ビシュケクのマナス空港から飛行機でタシケントへ向かった。かなり早い時間帯の出発であったが、宿泊したホテルからミール・ボックスを頂いた。
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タシケント空港へは1時間もかからず到着した。ここはかなり大きな空港である。マナス空港は日本の地方都市の空港と同じような具合で小さく、国際空港でありながらタシケント空港とは雲泥の差である。
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見たこともないような航空会社の飛行機が駐機していた。機体に AVIA TRAFFIC と書かかれている。
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タシケントではウズベキスタン・ホテルに1泊し、その後サマルカンドへ移動した。タシケントには再度3泊することになっていたが、ホテルは違うところを予約した。
ウズベキスタン・ホテルは旧ソ連時代の建物でかなり古いが、しかし、設備等はしっかりしてるので、何ら問題はないようである。 -
あまり大きすぎて写真に収め切らないので、かなり離れた公園からホテルの全景を撮ってみた。
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空港での両替はよくないと言われていたので、移動に際して特別現地のお金は必要なかったので、ホテルに着いてから両替をした。150ドルでこの国の通貨であるツム(So'm)に両替を頼むと、何とこんなにもびっくりするような紙幣の束が渡された。1ドル=約3700ツムである。
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宿泊した部屋はそんなに大きくない。シングル・ルームであるが、狭いなりに機能的にできている。
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夜、窓の外を見ると、満月が遠くの空に見えた。
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街を歩いていると、このような看板があちこちに出ていた。何なのか分からないでいたら、ある方がこれはロシアのプーチン大統領が訪問中で、そのために歓迎を示すプレートだと教えてくれた。ロシアがウズベキスタンへ建設する原子力発電所の調印式に訪れたようである。
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ティムール広場にはこの国の建国者とも言うべき「ティムール像」が立っている。
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ランチに食べた「マンティ」は、中央アジア風肉饅頭で、ヨーグルトを掛けて食べた。
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「ブロフ」はウズベキスタンの国民食とも言うべき炊き込ご飯で、ご飯の上に牛肉がたくさんのっている。
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ホテルでタクシーを頼み、今回ぜひ行きたいと思っていた日本人墓地へ出かけた。ドライバーは英語は分からなかったので、レセプションの係員に住所を示し、日本人墓地に行きたいのでと頼み、出発した。彼はスマホで場所を確認し、およそ20分くらいで到着した。
ここはイスラム教徒の公共墓地であるが、その奥まった一角に日本人墓地がある。 -
この方は日本人墓地の墓守をしている人で、もう何十年もこの墓地を守り、訪れる日本人に案内や説明をしている。言葉は通じなかったが、優しい心の温かさを感じた。
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特別に区切られた墓地には何十人もの方々の名前の刻まれた墓石が置かれている。この地で亡くなられた兵士たちは日本に帰ることなく、望郷の思いでこの地で亡くなられたのだろう。ウズベキスタン各地で亡くなられた兵士たちの遺骨がここに集められ、葬むられた。
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墓石の間に所々に桜の木が植えられていて、春になるとたくさんの白やピンクの花を咲かせていることだろう。
兵士たちはどんな思いで亡くなられたことだろうか。ここから日本の地に向けて作くられたお墓を見ていると、彼らの切なくも強い望郷の思いが強く感じられた。 -
墓地内には桜の花が何本も植えられてて、公園のような佇まいである。
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亡くなられた方の名前が一人ひとり墓石に刻まれている。この方は岩手県出身の菊池栄根氏とある。
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中央にある墓石にはタシケントで亡くなられた方々の名前が記されている。左側には記念碑があり、たくさんの千羽鶴が置かれている。
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管理人の方が何枚か写真を見せてくれた。この写真の老人は最初に日本人墓地を管理された方である。
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安倍首相がウズベキスタンを訪問された際、この墓地を訪れた。その時の写真もあり、右端が安倍首相で、左側2人目の方がこの墓地の管理人である。
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墓地の近くに日本人抑留者に関する資料館があり、見学させていただいた。事前に予約をした方が良いとガイドブックには記載されているが、墓地からの帰路、電話をいれたら、「どうぞ、来てください」とのことで、すぐ訪れてみた。
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資料館の内部。たくさんの資料や写真が展示されていて、この地での抑留された元日本人兵士の当時の姿がより鮮明になってきた。
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この資料館は「ウズベキスタン日本人抑留者資料館」という名前で、タシケントを訪れる日本人はここまで来る人が多いようである。
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サマルカンドに抑留されていた日本人兵士たちの写真が何枚か紹介されていた。これは作業の合間にでも撮られたものか。
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抑留者たちが集団でどこかに出掛けるところの写真のようだ。
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元兵士たちが作った楽隊が演奏をしている写真がある。過酷な労働の合間に得られた休息のひと時だったのかもしれない。
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「ナヴォイ・オペラ・バレエ劇場」を訪ねた。1947年に完成した1500人収容の劇場で、第二次世界大戦後タシケントに抑留された旧日本人抑留者に、強制的に造らせた建築物の一つである。
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劇場のすぐそばでたくさんの軍人と思われる人々がいた。これから何か出動することでもあるのか、待機しているようである。
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劇場前にある噴水のところで女性が立っていた。まるでモデルみたいだ。
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劇場を正面から見た姿は、堂々としていて、「1966年4月26日の地震の際にもびくともしなかった」という地元の人の話を聞いた。
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記念碑が掲げられている。ここにはウズベキスタン語、英語そして日本語でナヴォイ・オペラ・バレエ劇場建設に日本人抑留者のが大きな貢献をしたことが記されている。
日本語の部分には次のように書かれている。
「1945年から1946年にかけて、極東から強制移送された数百名の日本国民がこのアンシェル・ナボオイー名称劇場建設に参加し、その建設に貢献した」 -
劇場の入口にチケット売り場があるが、昼間来た時は閉まっていたが、夕方来ると開いていて、チケットを購入した。ぜひ内部を見てみたいと思ったので、この日の夜行われるオペラの公演チケットを求た訳である。
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夜のナヴォイ・オペラ・バレエ劇場はライトアップされ、美しく輝いていた。
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劇場入口。オペラ公演の鑑賞のために訪れた。
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劇場に入ると、ホールの天井の美しさに先ず目を見張った。
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劇場内は3階まで観客席があり、かなりの収容人数があるようだ。照明器具など豪華な造り、目を見張らせられるほどで美しい。
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公演前のひと時、写真を何枚か撮らせていただいた。日本だと劇場内の写真撮影は禁じられているが、ここではフラシュを使わなければ可能である。
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休憩時間に2階席から1階席を見下ろしてみた。
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内装が実に素晴らしい。休憩時間にロービ―を見て回った。
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公演が始まった。
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言葉は分からないが、その美しい歌声に魅了された。
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公演が終わり、何度もカーテンコールがあった。
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主演者が観客の声援に応えて、何度も出てきた。
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「ウズベキスタン歴史博物館」を訪れた。ここはウズベキスタンの歴史を学ぶには最適の博物館である。かなり広いので十分時間をかけて見学した。
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この博物館で最も目を引いたものはクシャン朝(1~3世紀)時代の仏像で、そんなに大きなものではないが、穏やかで静かに瞑想する姿は印象的である。第一級のガンダーラ仏と言えそうである。
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10~12世紀頃の陶器の皿。
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6~7世紀に描かれた壁画。
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タシケントはウズベキスタンの首都として約279万人の人口を抱える大都会である。それに応じて建築物も立派で、由緒あるものが多い。
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この建物は韓国系のホテルで、「ロッテ・シテイ・ホテル」という名前である。最初このホテルに泊まることを検討したが、かなり高く断念した。
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タシケントにはロシア正教とカトリック教会が2つあり、どちらも巨大なキリスト教教会である。
この教会はロシア正教会である。夕方訪れた時はひっそりしていた。 -
教会入口。ロシア正教独特のタマネギ型の屋根をしている。
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中に入ると、ロシア正教特有の豪華な装飾を見ることが出来、ウズベキスタンが回教国なのにこのような教会があるのは驚きである。
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教会敷地内に小さなカフェがあり、ここでしばらく休憩した。
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「サモサ」とお茶を頼んだ。
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移動に際して初めて地下鉄を利用してみた。
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電車は4~5分置きに来るが、日中はそんなに混んでいない。ただ、夕方5時半を過ぎると、出勤帰りの人々で混んでいた。
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駅の造りは駅によつて異なり、こうした違いを見るのも楽しい。
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電車が来て降りた人がいなくなると、ホームは閑散としてしまい、怖いくらいである。
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「チョルス―・バザール」は青いドームが目印で、昔ながらのオールド・バザールといった感じで、このような場所に来ると、いかにも中央アジアへ来たという思いが一層強まる。
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タシケントで2回目に泊まったMilan International Hotel は中国資本のホテルで、中国人の宿泊客が多い。
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ホテルのロビーの様子。
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予約していた部屋はあまりにも広く、ジョギングでも出来そうなくらいだ。
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「ウズベキスタン工芸博物館」は1907年に建てられたロシア公使の私邸を利用した博物館で、建物全体が美術館のようで、大変美しい。
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1980年ごろ植えられたオークの木。
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入り口から広間に入ると、3人の青年が音楽を演奏していた。
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ウズベキスタンの民俗楽器。
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ウズベキスタン独特の布 (スザー二)がたくさん展示されている。
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男性用の帽子が展示されているが、年齢や地域で異なるようだ。
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いくつかこの国の伝統楽器を作っている絵画があった。
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こちらも職人が楽器を作っているのか演奏しているのか分からないが、伝統的なものがいくつか見ることが出来る。
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カトリック教会も訪ねた。
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大きなパイプオルガンがあり、可能ならばその音色を聞いてみたかった。
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バラ窓に作られたステンドグラスが大変美しい。
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小さなチャペルもあり、落ち着い雰囲気が漂っている。
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教会脇では結婚記念写真を撮るカップルがいた。
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