2017/08/09 - 2017/08/16
156位(同エリア199件中)
H.A.さん
翌朝、食事をとってから、目的の一つであった郊外の「 璦琿歴史陳列館」に、タクシーで向かう。宿で、そこへの往復運賃は1500元だと聞いていて、運転手に確認するとそうだという。このタクシーにはメーターがついている。市街を抜けると一本道。1時間足らずで着いた。すでにたくさんの車に乗った地元の観光客が来ていた。運転手は1時間ほど待ってくれる。中国の博物館では、パスポートの提示が求められ、チェックされる。
17世紀に帝政ロシアとの「ネルチンスク条約」で、アムール川北岸の広大な領土を確定した清王朝だが、19世紀に弱体化し、ロシアに領土割譲を強要され、「璦琿(アイグン)条約」でアムール川左岸を、その後の北京条約で日本海沿岸部も割譲する。その前後の人々、歴史や戦争状態の話が、人形も含めて展示されている。対等な条約と不平等条約で、人形の姿も違う。最後に「結束語」として、国が弱いと領土をとられる、団結して国を強めよといった標語が書かれていた。
帰り、ホテルに戻ったとき、運賃は最初の額より少し超えていたが、運転手は1500元でいいという。3年前、中国雲南省では、タクシーにまだメーターはなく、運転席の周りは鉄柵があったが、ずいぶん進歩したようだ。もう少し黒河にとどまってもよかったが、昨日のことを考え、もうブラゴベシチェンスクに戻ることにした。
バスで河川港方面に向かう。”商城”の手前で降ろされ、その中を通り、ロシア側とは打って変わって新しくきれいな出入国事務所で、これまたさっさと手続きが済んだ。今度は中国側からロシア側に戻る。中国はここに橋をかけたいらしい。しかし人や一層の資本の進出を警戒するのか、ロシア側が断っている。まもなくブラゴベシチェンスクに戻り、入国手続きを済ませた。ここでも1泊するのだが、ホテルまではかなりの距離があり、やはりタクシーに乗った。中国資本の「アジア」という、街並みにそぐわない高層ホテルである。
近くにこのあたり₍アムール州₎の郷土博物館があるはずで、歩いて行ったが、日差しがきつくて結構な距離がある。黒河と違い、ロシアの街は道はだだっ広いが人通りは少ない。建物も西欧のそれに比べ、柱が太くどっしりした感じがする。中国人観光客など歩いていない。船でやってくるたくさんの中国人は、どこで物資を買ったり、商売をするのだろう。ロシア語の看板は、夜の飲食店で「きれいな女性」がいるとか、スーパーでお酒を売っているところにあったぐらいである。そして小さな博物館らしき建物は、もう閉まっていた。帰り、とぼとぼと歩いて帰った。
実はこの日から、腹痛がひどくなった。原因として、黒河で開栓したまま冷蔵庫に入れられなかったトマトジュースが悪くなったのかもしれない。黒河の自助餐で食べたものの可能性も考えられなくはないが。
明治~大正時代、石光真清という日本の諜報将校がブラゴベシチェンスクで活動していた。中公文庫で「手記」があり、ロシア革命から日本のシベリア出兵の時期に、現地の人々に同情的だったので「誰のために」仕事をしているのかと上官に詰問される。昔、仲村トオルが役を演じるドキュメントドラマがあり、興味を持った。当時はここも黒河もずいぶん辺鄙な町だったのだろうが、今ではすっかり変わっている。
ホテルのTVは、中国側がロシア側の局を含めて多チャンネルを見られたなのに対し、ロシア側の局しか見られない。そして地元の局は、夜は殺風景な町の風景を一晩中流していた。
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