2016/07/12 - 2016/07/20
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yamaneさん
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この旅行記のスケジュール
2016/07/17
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バスでの移動
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バスでの移動
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カフェ Wedel
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フロリエンス門
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ヤギェウォ大学
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ショパン演奏
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今日はついにアウシュビッツに向かう。生きているうちに一度は行きたかった場所。この目で見たかった場所。
負の遺産。人は誰でも負は避けたがる。触れたくない。でも見なくてはいけないものもある。
本当は日本人唯一のガイド中谷さんに頼むつむりであったが、早くからお願いしていたが、団体予約が入っているために、お会いすることができなかった。自分としては、アウシュビッツを回るときは中谷さんに頼もうと計画を立てていたため、とても残念であった。
気を取り直してどうするか。日本語のツアーにするか、英語のツアーにするか、個人で行くかの選択であった。
個人で行くには、行き方と、アウシュビッツを回ってもわかるか、英語ツアーだといってることが多分わからない。日本語ツアーだと人数が多いし、高い。
結局選んだのが、英語ツアーに決めた、ホテルまでの迎えもあるし、中谷さんが出版しているアウシュビッツ博物館の本を事前に読んで事前の準備をしていった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
朝、7時5分にロビーに集合。
5分遅れてお迎えの人が来る。
今日はいよいよアウシュビッツに向かう。
自分がどんな気持ちになるのか。ちゃんと目を向けられるか?
見るのがこわい気もする。
20世紀最大の狂気。負の遺産アウシュビッツ。
戦場のピアニスト、シンドラーのリストいろいろ場面が頭に浮かぶ。
いろんな思いを抱きながらバスに乗る。
このツアーは少人数で、混雑時を避けて、早朝に訪れるツアーである。
人数は20人ぐらいであった。これが少人数なのか?もう少し少ないと思っていた。
1時間15分かけてアウシュビッツに向かう。
バスの中では、第二次世界大戦中、ヒットラーがユダヤ人を迫害していくビデオが流れるが、さっぱりわからない。映像だけ見てみる。 -
アウシュビッツに着くと、トイレ休憩があり、その間、まわりを見てみる。
アウシュビッツの建物の写真がある。
ここにはアウシュビッツ第一収容所と、アウシュビッツ第二収容所ビルケナウがある。
ビルケナウには後でバスで移動することになる。 -
アウシュビッツ第一収容所の建物。
-
ここから入場します。
ここは国立博物館として公開されたのは、1947年である。
アウシュビッツを訪れる人は年々増えているそうです。
ヨーロッパや他の国の人たちが多いですが、日本人はまだまだ少ないようです。 -
曇っているせいもあり、なにか悲しげに見える。
20ヘクタールの敷地内に二階建て収容棟やSS管理棟、監視塔など合わせて56棟が残されている。 -
もともとアウシュビッツは、第二次大戦中、1940年に、ポーランド政治犯を収容するために設立された。
やがてドイツはソ連の戦争捕虜やジプシーを移送。
ほかにも収容所を作っていたが、収容しきれなくなり、アウシュビッツに送り込んだ。
アウシュビッツもどんどん拡張され、第二収容所ビルケナウが立てられ、20倍もの大きさになった。
のちにユダヤ人絶滅のための殺人工場へと変わっていった。 -
有名な入口のゲートの文字。
働けば自由になるというスローガン。
ARBEIT MACHT FREI -
Bという文字が、上の方が大きく膨らんでいる。せめてもの抵抗の証とされている有名な話。
-
回る順路が決まっていて、ガイドの方と一緒に回っていきます。
-
歩いていると、ところどころにその場で起こっていた写真が立てかけられている。
SSたちの演奏。朝、収容者たちが労働に行く際に、演奏されたという。 -
たくさんの同じような建物が建っている。このうちの何棟かが博物館になっている。
当時どんな気持ちで多くの人たちはここにいたのだろう。
ポプラ並木はSSが収容者に苗木を植えさせたもの。 -
最初に4号館に入ります。
見たままを、アウシュビッツ博物館の書物を引用しながら書こう。 -
第一展示場
多くの女性や子供たちが連行されたユダヤ人の写真
この写真の向かい側には大きなヨーロッパの地図があり、各地からアウシュビッツに送られていることをあらわす印が記されている。
約130万人のユダヤ人、ポーランド人、ジプシーなどの人たちがヨーロッパ20ヵ国以上から連行された。
中央に人骨の入った壺がある。
これは死体焼却後に残った骨紛。
当時証拠を隠すために、SSは骨紛を川や野原に捨てていた。 -
第二会場、第三会場
強制収容所が開設されたころの写真なども展示。最初は政治犯などが連行された。
家族ごと、親族ごとに収容された様子も展示
ガラスケースの中に、ナチスの秘密内部資料などが展示してある。
写真はピルケナウに停車している貨物列車から降りた人々がガス室に誘導される様子。
1つの貨物列車に100人~150人が詰め込まれ、1週間かけてビルケナウへ到着。
そこには煙突のある建物…すなわちガス室が待ち受けている。
ドイツ医師により判別され、働くかガス室か選別される。
働けそうなものは全体の20%~30%。
ガス室送りの人はそのままシャワーを浴びると伝えられガス室にいれられたそうです。 -
新しい生活が始まると信じてやって来たユダヤ人の人たち。
1月は-20℃まで下がるが、薄いパジャマと薄い布のような布団で就寝し、1日10時間の過酷な労働を強いられた。
第四展示室にはピルケナウのガス室と焼却炉の模型が展示
大きなガス室と焼却炉が四ヵ所あり、三ヵ所は爆破され、残りの1か所は暴動が起きた時に火をつけられた。
壁には特命労働体隊の隠し撮り写真などが飾られている。 -
ツアーガイドの方。英語だと言っていることはほとんどわからなかった。
やはり日本語のほうが、より現実味があってわかるだろう。
第五展示室
ここにはシャワーを浴びる前に刈られた大量の髪の毛が、展示されている。
毛髪は20㎏の袋詰めされて、ドイツの衣料品会社や絨毯製造工場などに販売されていた。
糸や靴下、布としても加工され、利益は国家資源となった。
毛髪で作った生地なども展示してある。
あまりにもショックであった。 -
第六展示室
ガス室で使われたチクロンBの缶。
20分足らずで数百人が窒息死するほどの猛毒。
犠牲者が身に着けていた金歯、髪の毛など使えそうなものはすべて抜き取った。 -
人々から没収した荷物と振り分ける。
東方の土地へ移ってもらうとだまして持参させた財産はすべて没収。
没収財産の一時保管倉庫群の写真が展示。
大量殺人の証拠隠滅のため倉庫群に放火する。 -
没収した大量のメガネ。
5号館は、ナチスの没収品と犠牲者の遺品、靴やカバン子供服などが展示 -
没収した義足。
目をそむけたくなるが、しっかり見なければ。 -
食器類
-
同じような建物が無機質に並んでいる。
6号館
生還した画家が描いた収容の過程の様子が描かれている絵がある。
働けそうな人は振り分けられ、
囚人番号をもらい、裸になってすべてを預ける。
消毒液で体を拭かれ、シャワーを浴び、
囚人服を着る。そして胸元には赤いマークがある。
赤い三角マーク 政治犯…政治家、弁護士、医師など
黒い三角マーク 浮浪者、スリ、詐欺師、ジプシー
ピンク 同性愛者
紫 国際聖書研究会
黄色 ユダヤ民
初期は写真を撮り、後は囚人番号の入れ墨をした。
2号室
解放された人々の様子の写真などが展示
7000人余りが奇跡的に助かった。
3号館
収容所の1日の生活を描いた絵が展示してある。
粗末なスープとパンだけだった日々。
やせ細った写真などもある。
子供たちの写真があるが18歳以下の子供で働く能力がないのでガス室に即座に移される。
-
7号館
収容所の内部が復元されている。
初期のころは藁が敷かれ、用便は地面を掘る。 -
やがて室内にマットが床に敷かれ、洗面所にトイレも備え付けられる。
-
洗面所
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棟監の部屋。
広くて全然違う。 -
収容者の三段ベット。
三段ベットが置かれると、一棟700人から1000人になった。 -
10号館 生体実験の棟
150人から400人の女性囚人を確保して不妊実験を繰り返した。
メンゲレは双生児や小人症の研究をし、調査が終わると、毒殺をする。
11号館
当時の近い形で残されている。1階は逮捕したポーランド人の取り調べや裁判を行ったところ。
逮捕、連行された抵抗組のリーダーなどが銃殺された。
写真はコルペル神父。
収容者の仲間の身代わりになり、餓死刑でその後フェノール注射で殺された。
地下には監房があり、18号牢が神父のいた牢獄。
8号牢と20号牢は暗闇で酸欠状態にした牢獄。
10人ぐらいが一度に閉じ込められ、、爪で書き残した十字架やキリスト像の壁画がある。
22号牢は直立房という牢もあり、90㎝四方に4人づつ閉じ込められた。
館内を見終わり、外に出て中庭に行くと、処刑場があり、死の壁がある。花が添えられていた。
復元された集団絞首刑もあるが、さすがに写真撮る気はしない。 -
当時は高電圧が通った有刺鉄線で囲まれている。
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13号館
ロマシティ(ジプシー)がいた収容所…ガス室へ送られ消滅してしまった。
14号館
ソ連軍の捕虜の収容所…他の収容者より少ない食料しか与えず、ピルケナウの建築現場で重労働に動員され、90%が凍傷や飢えで亡くなった。
その後収容区域から出て、SS病院とSS管理棟を左右に見ながら第一クレマトリウムヘ行く。
いわゆるガス室。この建物の天井にチクロンBを投入するために穴をあけて400人余りを一度に窒息死させたガス室。
第二収容所ピルケナウにガス室が完成すると、医療品などの倉庫されその後防空壕となり内部は解体された。今は復元された。 -
第一収容所の見学が終わりランチである。
気が重く、こころにずっしりときている。
結構たくさんの物がランチボックスに入っていたが、パンは1つだけした食べられなかった。
その後第二収容所ピルケナウへばすに乗って移動。 -
アウシュビッツから2キロ離れた場所に、ピルケナウがある。
とても広大な敷地。140ヘクタール。98棟が並んでいる。 -
死の門が見えてきた。
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本線から続く引き込み線を貨車は死の門をくぐって入っていく。
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死の門の上部にある監視塔。
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この門の向こうに運命が決まる。
生か死か。
生きていても過酷な労働が強いられる。 -
130万あまりの人がここにやってきた…。希望をもって…。
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狂気と悲しみが詰まっているこの1枚の写真
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せめて青空だけは広がっていたのだろう。
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死の門への引き込み線。
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殺伐としている風景
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220ボルトの有刺鉄線が張り巡らされている。
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何も言葉が出てこない
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遠くに監視塔が見える
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有刺鉄線が張り巡らされている。
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どこかの子供たちも来ている。
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窓もなく、食べ物もなく、何日も家畜用の貨車にすし詰め状態で乗せられた。
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見張り台
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爆破されたガス室
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木造のバラック棟がいくつも並んでいる。
中は粗末な簡易ベットがならんでいて、穴が開いただけのトイレがある。 -
バラック小屋が建ち並ぶ。
-
この風景を見ながら…。
ここでは人間の狂気を見た。
人はこんなになれるものであろうか。
もはや、人として気持ちを持たない人の仮面をつけた生き物だ。
でもこれは70年前ほど前に起きた、そう遠くないことである。
忘れてはならない歴史の記録である。
今見ても心が苦しくなる。もうこのブログは見ないかもしれない。
人間は同じ過ちを何度も繰り返す。
人間は愚かな生き物だ。戦争も何度も繰り返してきた。
いまだに世界では戦争や紛争が絶えない。
いつになったら平和な世界が訪れるのだろう。
平和を願う原点は同じはずなのに、どこかでエゴが生まれ、私利私欲のため人は変わっていく。
また、今もなお、別の意味でたくさんの考えるべきものが山積みである。
決して住みやすいとは言えない。
核問題
地球温暖化。
今年は異常な暑さである。
これから先このまま暑さが続き、何十年先、もっとその先では地球上が冷えなくなり冬が訪れなくなるのではないか?
海水温がもっと上がり、海にそのうち魚がいなくなるのではないか?
今年は自然界が警鐘しているのかもしれない。
オゾン層の破壊は今やどのぐらい拡大されているのか?
珊瑚の白化現象。
海のごみ問題であるプラスチックも深刻な問題だ。
人間たちが使用した大量の海に浮かぶビニール袋も鳥が魚だと思い食べてしまう。
鯨のお腹から出てきた大量のビニール袋。
人間たちが店から自宅までの持ち帰りのわずかな距離のために…。
なぜ袋をj持参しないのか?
毎日出る大量のごみ。夢の島はあとどのぐらいでいっぱいになるのか?
再利用できないストローも禁止されつつある。
沖縄の辺野古移設により、海の汚染、珊瑚の破壊…。
諫早のギロチンの水門でムツゴロウなどの生き物がいなくなった…。
生態系が変わってくる。
人間があまりにも便利さ,豊かさを求めすぎた結果だ。
自然界において人間は脅威であろう。
そのうち自然界は人間を許さないだろう。
猛威を奮ってくるかもしれない。
恐竜が絶滅したように人間も絶滅するのではないか?
温暖化により見たことのない新種のウイルスが生まれ、人類を滅ぼさないか。
人間の都合により自然が破壊されている。
原発の再起動…。
東日本大震災の時の原発の恐ろしさは忘れ去られたのか?
日本が滅びるのではないかと震撼させられたその時を忘れたのであろうか…。
何かあってからでは遅すぎる。
起きてからでは遅すぎる…。
想定外では話にならない。
人間は自然界の中で生かしてもらっている。
もっとそっと生きればいい。
そのうちもっとツケが回ってくる気がする。
あまりにも便利さを求めすぎた結果だ。
将来、子供たちが生きていく世の中が心配だ。
自分ではなく、子供たちのために、またその子供たちのために、これからの後世の子供たちのために住みやすい世の中でありますように。
そして私の考えすぎでありますように。 -
重い気持ちを抱えながら、無事にホテルに戻ってきました。
カフェで気分転換します。 -
ラズベリーチョコドリンク。
おいしい~。ちょっと気分が変わった。
本当はこのあと、カジミエシュ地区にいく予定でしたが、雨が降っているため予定変更。 -
中央広場に戻り、聖マリア教会に入ってみます。
ここは1222年に建てられたゴシック様式の教会
わあ、素敵。 -
金色の高さ13mにおよぶ美しい祭壇、ヴィット・ストウオシ祭壇。
現存するゴシック期の祭壇画の中では世界最大級。
1477年から1489年に彫刻家のファイト・シュトースが造ったそうです。 -
15世紀に作られた国宝に指定されている祭壇
聖母マリアの被昇天の様子、まわりには聖マリア教の生涯の様子が表現されている。
素晴らしい! -
天井まで描かれているブルーの色彩の絵
素晴らしい -
天井にもブルーの色彩と金色の星を散りばめたように描かれている。
エキゾチックな感じ。 -
壁や天井の色彩、装飾すべてがすごい。
-
壁一面に描かれた絵。
-
1つ1つのきらびやかな金色の彫刻が掘り込まれている
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キリストの祭壇
-
素敵な絵
-
ステンドグラスやまわりの装飾が素晴らしい
聖マリア教会はポーランドで最も美しい教会といわれるのもうなずける。 -
すぐ近くにある織物会館の地下にある地下博物館に入ってみよう。
町の歴史などを紹介されている。 -
発掘された遺跡も展示されている
-
町を歩いていると、かわいいぬいぐるみが売られている。
癒されるなあ~。 -
かわいい!
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素敵な塔が見えてきた。
-
フロリアンスカ門
1300年頃に建てられた。 -
あんなところに大きな絵の展示もしてあるよ。
-
円形の砦が1498年に造られたバルバカン。
ヨーロッパでは3ヵ所しか残ってないという。
クラクフにあるものが、現存するなかで最大だそうだ。 -
城壁の上にも上れる。
-
次にヤギェウォ大学に行ってみよう。
1364年にカジミエシュ大王によって、ポーランドで最初に創立された大学 -
レンガ造りの大学
-
アーチ状の回廊がすてき。
コベルニクスやヨハネパウロ2世もここで学んだそうだ。 -
蜘蛛屋敷があるということで行ってみました。
通りをずっとあるいていくとありました。
面白い建物。
建物に蜘蛛の巣?がはっています。 -
建物の上部にいた。
大きな蜘蛛が~。
でもよく見ないとわからない。 -
途中で有名なザビエカンカを買って食べてみよう。
-
パンの上に玉ねぎにトマト、コーンなどたくさんのってとてもおいしい。
小腹が空いたときなどいい。 -
また中央広場に戻ってきました。
相変わらず天気はどんより。 -
通りを歩いているとホレスラヴィエツのかわいい陶器が売られている。
素敵な陶器がたくさん
1つ買って帰ろう。 -
せっかくポーランドまで来たら、ショパンの音楽を聴かなくちゃ。
-
ネットで、予約をしました。
-
こじんまりした会場
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若いかたが弾かれました。
みんな知らない曲でしたが、とてもうまかった。
知ってる曲が1曲でもあればよかったな。 -
夕食は中央広場にあるヴェセレへ。
-
だんだん日も暮れはじめてきた。
2階から景色を見ながらいい雰囲気のなかでいただきます。 -
きのこのスープ
パンの器に入っている。
ん?コンソメの味が強くて、、いまいち。 -
ピエロギ。
なんかべちゃっとしている。
店によっていろいろ味が違うけど、ここのはおいしくない。 -
夜になると灯りが灯り素敵な広場。
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夜の灯りに灯る馬車
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織物会館にも灯りが灯る。
-
聖マリア教会にも灯りが灯って素敵。
明日の朝の広場に響き渡るラッパ吹きも楽しみだなあ。
ずっとここにいたいなあ。 -
今日も1日が終わろうとしている。
-
明日も素敵な日が訪れますように。
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この旅行記へのコメント (2)
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- yeppoon_loverさん 2018/08/30 12:42:06
- 貴重な日記をありがとうございます
- 初めまして。
アウシュビッツの貴重な日記を読ませていただきました。
日記の写真と共に綴られた文章に、とても重い気持ちになると共に、自らの幸福さを、改めて痛感している次第です。
世界には、死ぬまでに行っておきたい場所が、たくさんあり、その一つが、アウシュビッツです。
しかし、他の人の…とは言え、日記のタイトルにその名を見ただけで、心臓が高鳴り、重い気持ちになるのも、アウシュビッツだけです。
いつかは分かりませんが、お邪魔する気持ちは、真剣そのものです。
自分が行くときには、きちんとした準備をして、身をもって戦争がどんな悲しみをもたらすかを示してくれた人たちに対してリスペクトの気持ちを持って、お邪魔しようと思いますが、その場に来たら、自分がどんな気持ちになるか、全く想像ができません。
とにもかくにも、この日記を書いてくださったことに、感謝いたします。
yeppoon_lover
- yamaneさん からの返信 2018/08/31 22:55:46
- 負の遺産
- > 初めまして。
>
ブログを見ていただきありがとうごさいます。
実はこのブログを掲載しようか迷っていました。
旅のブログとは、楽しいもの、気楽なものというイメージがあるので、負のブログを公開してもいいのかと悩んでいました。
でも一人でも何か感じ取ってくれる人がいればいいなと思って掲載しました。
お返事いただき大変うれしく思います。 ありがとうございました。
yamane
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