2019/09/05 - 2019/09/06
35位(同エリア399件中)
のまどさん
ツアーの後半はビルケナウ。広大な敷地に残された廃墟から人権を蹂躙された挙句に虐殺された無実の人々の無念の思いを痛感します。アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館は世界的に有名で商業化されているという批判もありますが、この地に足を運んで歴史を知り平和について考えることは大切だと思います。
バンで軽食を取った後、ヴィエリチカ岩塩坑を見学しました。地下の礼拝堂が幻想的で一番良かったと母は言います。
翌日、フライトまで時間があるのでヴァヴェル城を見学して、母のおごりでユダヤ人地区を馬車で周りました。
BGMはドナドナ。日本の学校でも歌われているほど有名で、歌詞の子牛はホロコーストで殺されたユダヤ人を見立てているという見方がされますが、作曲されたのは1938年。もっともそれ以前のユダヤ人迫害を批判しているようです。イーディッシュ語らしき映像を見つけました。
https://www.youtube.com/watch?v=w_ekJBvhv58
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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イチオシ
アウシュヴィッツからバンに乗ってビルケナウに到着しガイドのベアタさんと合流。
鉄道とその終点の門はビルケナウの象徴的な姿。 -
唯一残存している車両はヨーロッパ各地から連行されたユダヤ人の移送に使われたもの。1車両に100人ほど詰め込まれ3、4日食料も水も与えられずに運ばれてきた。列車から降ろされると喉の渇きから汚水でも憚らず飲んだようです。
ドイツの国鉄の責任を問う記事を最近読んだけど、国から命令された「仕事」をしていた人たちに自らの命を差し出してまで他人を救う動機はなかったと思います。 -
とは言え、車両に閉じ込められたユダヤ人が鉄格子から手を出して水を求めたのを無視したことはナチスに加担したことになります。
列車から降ろされた収容者は否応なく1キロほど歩かされました。 -
そしてガス室での死か過酷な労働を強いられる生に仕分けられました。先頭に立っていたのは「死の天使」と呼ばれた医師、メンゲレ。残忍な人体実験を繰り返すも戦後は逮捕されずアルゼンチンに亡命して金髪碧眼の子どもを再生することに成功したそうです。アジアの枢軸国にも同じように責任が問われなかった医師がいたのを思い出します。
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ビルケナウはソ連の捕虜によって木造小屋が建てられたことが始まりです。アウシュヴィッツでの収容者数の増加により鉄道隣接のビルケナウが収容施設として使われるようになりました。
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ビルケナウの一番奥にある犠牲者追悼碑は彼らの母語27カ国語で書かれています。
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収容者のうち本当に罪を犯した人はどれくらいいたのでしょうか。特定の宗教や政治思想を持っていたという理由だけで殺された。
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焼却された死体は壕に放り込まれたり、遺灰は道の舗装に使われた。
ここに収容された人は生きている間も死んだ後も人間としての尊厳が一切奪われた。 -
ナチスは敗戦が濃厚になるとガス室や遺体焼却施設などの物的証拠を破壊し、動ける収容者のみを連行してここから去って行きました。「死の行進」と呼ばれ、寒さの中歩かされて食糧もろくに与えられず死んだ馬の肉を食べたとの記録があります。そして途中で動けなくなったものは見捨てられるか殺された。
5万6千人が連行され、命を落としたのは1万5千人あまり。 -
一体何のためにこのような施設が築かれたのだろうか。無念にも命を奪われた人が殺されることなく天寿を全うしていたらどんな功績を残せたでしょうか。
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ガス室の跡。
人類負の世界遺産に登録されているアウシュヴィッツ・ビルケナウ。人間が同種の他者を無視するという能力を持ち、より優位に立ちたいと思う本性がある限りこのような人道に対する罪を阻止できないのかもしれないと悲観的な考えに陥る。 -
こんなに晴れているのにここでは空が冷たく見える。アウシュヴィッツでは目を覆いたくなる展示物が多くても収容者が生きていた証が見られたが、廃墟しか残されていないビルケナウでは無実の人々の死しか感じられない。
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ガス室に送られるまで女性収容者が入れられた小屋の中に入ります。一人当たりの面積は収容所内で飼育されていた家畜よりも小さかったという。しかも排泄設備さえもなかった。
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不衛生極まりない環境で1段当たり4-5人が横たわっていた。
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「戦争は終わりましたが、ポーランドが得たものは何もありませんでした。人類はここでの教訓を学ばず世界では同じようなことが繰り返されています。」
とツアーを締めくくるベアタさんの言葉。
「人間は罪を犯すもの。今生きているドイツ人が戦争について謝罪なんてして欲しくないの」という学生時代のポーランド人の友人の言葉を思い出しました。
どちらも間違っていないと思います。個人の発言が自由にできる社会こそが平和なのだと思います。ベアタさんの説明はなかなか偏っていましたが、母はすっかり話に聞き入り「カリスマガイド」として気に入ったようです。ありがとう、ベアタさん。 -
バンに戻ると各座席にお弁当(←違和感ある言葉)。サンドウィッチにマカロ二サラダ、マフィンとほぼタンパク質でしたが、母も賞賛するくらいおいしかったのは意外だった。
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昼食後はクラクフ南西に位置するヴィエリチカ岩塩坑。ポーランド最大の規模ではないようですが、知名度は抜群です。階段を延々と降りて最初にお目にかかったのはコペルニクス。祖国の偉人を知らないポーランドの若者も増えているようで、「バスケットボールの選手ですか」ときかれたこともあるとガイドさん。
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ヴィエリチカのガイドさんは洒落た話し方をする若い金髪女性。「どうもこのお姉さん、話し方がふわふわしていて分からない」との母の指摘も一理あり、私も彼女の説明があまり記憶にない。
この像もすべて塩でできています。ハンガリーで婚約指輪を捨てたキンガ妃がヴィエリチカで指輪と再会したことをきっかけに有名になり、1250年に岩塩坑は国営企業となりました。 -
ポーランド最盛期のカジミェシュ大王。
像に手を触れることはできませんが、通路沿いの壁であれば手に触れることができ、「傷つけなければ舐めてもいいですよ」と。徐に舐めている人はいませんでしたが。 -
どこまで塩でできているのかは分かりませんが、このキリスト像はポーランドらしいと思いました。
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イチオシ
ここでの傑作は塩坑夫が祈りの場として築いた地下の礼拝堂。シャンデリアの光を塩が反映していて得も言われぬ美しさ。
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シャンデリアまで塩でできています。祭壇も凝っていて光がきれいです。
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最後の晩餐も塩で描かれています。
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イチオシ
最後は特別に音楽が流れ、それに合わせてイルミネーションが点滅するといった演出。幻想的でした。ごくたまにしか行われないとのことですが、本当かな。
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礼拝堂にはおなじみポーランド出身の教皇、ヨハネパウロ2世。前回ブログでも書いた通りガチ保守派でした。
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イチオシ
ツアー終了後、本来予約していたキッチン付きの個室に時差ぼけの取れない母に寝るように言い聞かせて一人広場で食事をします。ビールとスープにウオッカ1杯という軽食(←なんたる!)に止めてホステルに戻ったところ母がまだ起きていたので悪いことをしました。
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翌朝、ヴァヴェル城を見学します。
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立派なお城で展示物もなかなかだと思うのですが、なぜか入り込めず。母はおネエさん(♂)のいる土産屋さんでばらまき土産を大量に買いました(←書かなくていい)。
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広場まで歩きカクテルバーで喉を潤します(※時刻午前11時)。こんな一等地でもカクテルが安いのが嬉しいのですが、店員から感想を求められてアルコールが弱いと答えてしまいました。
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ねじりパン。至る所で屋台が出ていたので買ってみた。トルコの朝食を彷彿とさせます。
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馬車に乗ります。ユダヤ人地区カジミェシュを周るルートは165ユーロ。都会での馬のメンテや競争など色々大変そうなので表示価格に合意しました。後でポーランド人の友人から吹っ掛けられたと言われましたが、馬車に乗るのは専ら外国人でしょう。
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一人旅やウワバミを伴った旅行では絶対に利用しない馬車。甚だ恥ずかしいんです。すべては母のため。本人は道行く人からガン見されたり写真を撮られることに意も介していないのには驚きました。
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ルネサンス様式の旧シナゴーグ。1408年の建立以来、ユダヤ人の信仰の中心でした。ナチスの破壊を免れたようですが、1950年代に再建されるまで荒廃していたようです。現在は歴史博物館になっています。
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旧シナゴーグが面する広場がユダヤ人地区の中心です。カジミェシュ地区にユダヤ人のコミュニティが形成されたのは1400年。ヴィストゥワ川に面して大王の名前を冠する地区はかつてクラクフから独立した都市でした。
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ポーランド系ユダヤ人の記念碑。
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ユダヤ人とポーランド人の住区の境には壁が築かれ、保守的なカトリック指導者から弾圧された歴史がありますが、他の東欧諸国からの移住者によって人口が増え18世紀末に最盛期を築きました。
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同じくルネサンス様式のレムー・シナゴーグ。金融業で財をなした富豪がラビとなった息子のために建てたようです。なかなか壮麗です。ワルシャワと違ってクラクフのシナゴーグは書物や装飾品などが略奪されたものの破壊されずに生き残ったようです。
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ユダヤ料理レストラン。レバノン料理に似たようなものなのか。想像ができない。
それでもこの地区に住んでいたユダヤ人もワルシャワと同じようにゲットーに強制移住させられ、多くが絶滅収容所に送られました。 -
確か、ユダヤ人富豪の邸宅。
前述スピルバーグの『シンドラーのリスト』の撮影はこの地区で多く行われたようです。 -
19世紀に建てられたシナゴーグ寺院。どういう訳かモーリタニアから資材を集めて作られたネオ・ルネサンス様式。中の装飾も凝っていて有料で見学できるようです。
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ユダヤ人コミュニティセンター。英国チャールズ皇太子が当地を訪問した際にホロコースト生存者の話に心を動かされ、設立を呼び掛けたようです。高齢の生存者の交流を目的として建てられ、現在は色々な文化活動に利用されているようです。
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馬車の御者さんの説明によるとゲットーの壁とのことですが、ゲットーは川の対岸にあったので本当にユダヤ人に関連するのであればそれ以前に築かれたものでしょう。
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お昼は牛生肉のタルタルにしようと思ったのですが、歩き疲れたとのことでカルパッチョにします。母がガイド本で仕入れた情報によるとポーランドはチーズケーキが有名らしく、ミント味のケーキを食べて満足そうでした。
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クラクフ中央駅から空港までのエクスプレス。
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チケットを印刷したつもりが予約票だったので焦りましたが、カウンターで無料で発券してくれました。一服。
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ワルシャワまでのフライトは50分。次の目的地カウナス行きのフライトまで3時間もあるので時間を潰す。夕食は数少ないレストランで。
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ホステルに料金交渉して100ズロチ返金してもらったはいいものの、空港でズロチの使い道に腐心しているうちに気に入っていたサングラスを無くしてしまいました。ついてない。
それでも、ポーランド好きです。次はリトアニアです。
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