2018/05/08 - 2018/05/10
65位(同エリア156件中)
naoさん
旅の行程
5月 8日 肥前浜宿、塩田津
5月 9日 有田内山、大川内山、佐賀柳町
5月10日 黒木、八女福島
福岡県八女市黒木町は、南北朝時代に南朝方として活躍した黒木氏の居城だった猫尾城(黒木城)の城下町として発達した町で、応永30年(1423年)に創建された霊巌寺は「八女茶発祥の地」と伝えられています。
江戸時代にこの地を所領した久留米藩は、旧城下町を八女茶などの奥八女の産物が集散する市場町として再整備し、次第に在郷町として発展を遂げます。
久留米篠山城から豊後方面へ通じるかつての往還道(豊後別路)沿いに広がる黒木は、東から順に上町、中町、下町の3町により形成され、現在の国道422号線及びその南側の旧道沿いを中心に、白漆喰を塗籠めた入母屋屋根の妻入り二階建の、住居と土蔵を兼ねた居蔵造と呼ばれる重厚な町家が点在する町並みが広がっています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス ANAグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
JR長崎本線鳥栖駅にやって来ました。
この日は鳥栖駅からJR鹿児島本線の羽犬塚駅へ向かいます。 -
昨夜鳥栖へ来るのに佐賀駅から乗った電車内に、サッカーJ1サガン鳥栖のサポーターがたくさん乗り合わせていたんですが、どうやらV・ファーレン長崎との九州ダービーがあったようです。
サポーターの皆さんは「虹の橋」と呼ばれる陸橋を渡ってベストアメニティスタジアムへと急がれていました。 -
そんなことがあったので、電車に乗る前にサガン鳥栖のホームグラウンド、ベストアメニティスタジアムを見に来ました。
-
JR鹿児島本線の羽犬塚駅のコインロッカーに大きな荷物を預けて、身軽な格好になってバスで黒木へやって来ました。
黒木のバス停は、国道442号線沿いの町の西端にあります。 -
津江神社の樟は黒木のランドマークのようですね。
-
茅葺屋根を鉄板で覆った民家は、クド造りだと思われます。
-
江戸時代に矢部川を境として隣り合っていた久留米藩と柳川藩は、水田灌漑のための矢部川の水争いを避けるため、「廻水路」と呼ばれるバイパス的な農業用水路を築造して水を有効活用してきました。
これはその一部の「黒木廻水路」です。 -
では、町並みへ・・・。
-
火の見櫓が残っています。
-
浅黄色の土壁と白漆喰壁を使い分けている町家です。
-
こちらの町家には、縁起物の鏝絵が掲げられています。
-
2階のガラス窓がアクセントになっている町家です。
-
白漆喰塗籠めの町家です。
-
こちらの町家は改装されて間がないのか、まだ使われている形跡が見当たりません。
-
板張りの外壁に、そこはかとない魅力を感じる町家です。
-
緑に埋もれるように建っている土蔵です。
-
複雑な屋根の架かった町家です。
-
写真では2軒の町家が並んでいるように見えますが、実際はL字形の一棟の建物なんです。
-
黒木の町並みです。
-
こちらはカステラの老舗のようです。
-
暖簾からも判るように、こちらは町家を使ったカフェです。
-
黒木の町並みを見返したところです。
-
こちらが、L字形に繋がっていた町家のもう一方の建物です。
-
建物全面にガラス戸を入れた町家です。
-
黒木の町並みです。
-
私好みの、荒々しい土壁の町家がありました。
-
かつての小学校の校舎を思い起こさせる町家です。
-
こちらは地元特産の八女茶のお店です。
-
次は、矢部川に架かっている南仙橋を見に行きます。
-
矢部川の川岸までやって来て、この無残な光景を見て唖然としてしまいました。
昭和29年(1954年)に竣工した全長63mの南仙橋は、平成24年7月の九州北部豪雨によって完全に流されてしまったそうです。
昨年(平成29年7月)の九州北部豪雨は記憶に新しいんですが、その5年前にも同じようなことが起こっていたとは・・・。
木造橋特有の、木組みが美しい橋の姿を思い描いていたので本当に残念です。 -
残念な気持ちに沈んでばかりおられませんので、気を取り直して町歩きを続けます。
-
悠然と大空を泳ぐ鯉のぼりが、沈んでいた気持ちを救ってくれます。
-
石屋さんのガラス窓が良い雰囲気を醸し出しています。
-
こちらは蒸篭でふんわり仕上げるうなぎが自慢の料理屋さん。
-
「黒木の大藤」と称される見事な藤の花で名高いこちらは、素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)です。
-
「黒木の大藤」は応永2年(1395年)に植えられたと伝えられており、推定樹齢は優に600年を超えるとされています。
-
毎年4月下旬から5月上旬の開花時期に合わせて「八女黒木大藤まつり」が開催され、1メートルを超える紫色の花を求めて、全国から大勢の見物客が訪れるそうです。
-
国道442号線を覆うまでに枝を広げる大藤は・・・
-
延べ3,000平方メートルにもなるそうです。
-
こちらは素盞嗚神社の先にある旅館です。
では、ここで引き返します。 -
素盞嗚神社まで戻って来ました。
国道442号線を西に向かって歩きます。 -
こちらは造り酒屋さんです。
こちらで造っておられるお酒には、「黒木の大藤」にちなんだ銘柄名が付けてられています。 -
こちらのお店では奥八女の特産品を扱っておられます。
-
こちらは八女茶のお店です。
-
こちらの町家は屋根瓦を葺き替えられたようで、繋ぎ目の白漆喰が輝いています。
-
「黒木の大藤」へ続く町並みを見返した光景です。
-
こちらの町家は、細かな組子が素晴らしいガラス窓がはめられています。
-
造り酒屋さんと醤油醸造所が隣り合っています。
-
こちらの醤油醸造所さんは、昭和5年(1930年)の創業だそうです。
-
こちらは、明治18年(1885年)創業の醤油醸造所です。
-
こちらは文政年間(1818年~1830年)創業の老舗の和菓子屋さんです。
-
醤油醸造所さんの煙突がそびえる町並みです。
-
デザインを統一したガラス窓を入れている町家です。
-
全面に格子戸を入れた町家です。
-
こちらの町家にガラス戸には、藤の絵が貼られています。
-
こちらは、黒木を代表する町家のひとつに数えられる旧松木家住宅を再生した八女市黒木まちなみ交流館です。
-
現在は、地域の皆さんの交流の場やイベント会場として使われています。
-
松木家は酒の小売を生業としていたので、それにまつわる品々が展示されています。
-
黒光りした柱や梁に・・・
-
豊かな風情を感じずにいられません。
-
欅の一枚板や拭き漆の家具も見事です。
-
お庭から見た主屋の眺めです。
-
座敷の障子にはめられた「梅に鶯」を描いたガラス絵。
-
杉皮を張った腰壁が良い雰囲気を醸し出しています。
-
腰壁に大きな割石を張った町家が隣り合っています。
-
こちらはナマコ壁を使った町家です。
-
この交差点を右(北)に曲がった先に「学びの館」があるので、行ってみます。
-
交差点の角に建つ町家の一部は、高さを抑えるため晒葺の屋根が架けられています。
デザインに工夫を凝らした窓も、晒葺の屋根とマッチして良い外観を形作っています。 -
この町家の角を曲がって、ちょっと寄り道します。
-
玄関に破風屋根を架けた町家です。
-
こちらは中町弘法堂です。
-
タンポポの綿毛が陽の光を浴びて輝いています。
では、ここから引き返します。 -
複雑に入り組んだ屋根を架けた町家です。
この姿を頭の中だけで組み立てる大工さんの技量は相当なものです。 -
「学びの館」が見えてきました。
-
「学びの館」は、矢部川流域を代表する農家建築と言われた旧隈本家邸の建物で、隈本家より寄贈された八女市が開設したものです。
-
旧隈本家邸の主屋は文久3年(1863年)に建てられたもので、明治16年(1883年)に増改築されています。
-
玄関内部の様子。
-
室内の様子。
-
台所には竃が残されています。
-
水を汲み上げるための水車が吊り下げられています。
おそらく足で踏んで水車を回すんでしょうね・・・。 -
こちらは、旧隈本家邸の主屋の奥に併設されている石橋忍月文学資料館で、彼の生家を移築復元して一般に公開されています。
石橋忍月は、慶応元年(1865年)に黒木町で生まれた文芸評論家で、森鴎外との「舞姫論争」などで注目を集めました。 -
では、そろそろ「学びの館」をおいとまして、黒木バス停へ戻ります。
-
黒木バス停の隣にある、粗めの格子がはめられた町家です。
さて、そろそろバスの発車時間なので、バスに乗ってこの旅最後の目的地へ向かいます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
naoさんの関連旅行記
八女・筑後(福岡) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
83