2017/10/13 - 2017/10/18
529位(同エリア1163件中)
PiChonさん
- PiChonさんTOP
- 旅行記12冊
- クチコミ1件
- Q&A回答3件
- 17,945アクセス
- フォロワー2人
子どものころから大好きだったショパン。彼の命日である10月17日に、彼の心臓が眠っている聖十字架教会にてレクイエムのコンサートがあると知り、それに合わせて2017年秋、はじめてワルシャワに行ってきました。
ショパンゆかりの場所がたくさんあるワルシャワは、とても素敵な街で大好きになりました。
この旅を終えてさらにショパンを追いかけたくなった私は、翌2月~3月に再びポーランドを訪れ、ショパンが旅した各地をまわってきました。そのときの様子も別の旅行記に書いています。
- 旅行の満足度
- 5.0
-
憧れのショパンの国、ポーランドについに到着です。
ヘルシンキで乗り継いでワルシャワへ。その名もフレデリック・ショパン空港!疲れもふっとびます。
さっそくショパンがお出迎え。 -
この空港にはピアノが置いてあることで有名です。誰でも弾いていいんです。
私はまだショパン先生のお膝元で弾く勇気はありません(笑)。 -
一夜明けて、街歩きの下見も兼ね、早朝のワルシャワをお散歩です。
旧市街へ続くNowy Świat(新世界通り)を北上して旧市街まで歩いてみましょう。 -
この新世界通り(途中からクラクフ郊外通りと名前が変わる)はワルシャワに来れば必ず通る道でしょう。レストラン、カフェ、色々なショップ、夜遅くまでにぎわう一番の目抜き通りです。
このときは朝6時くらいなので、人がほとんど歩いていませんでした。気持ちよかったです。 -
この旅で最初に見つけたショパン・ベンチ。ボタンを押すとショパンの曲が流れるベンチが、ワルシャワのショパンにゆかりがある場所に設置されています。
このベンチの曲は、エチュードハ短調 作品10の12「革命」。 -
コペルニクス像。
-
コペルニクス像。
-
聖十字架教会。ショパン・ファンの聖地ともいえるのではないでしょうか。外側改修中でした。
ここにフレデリック・ショパンの心臓が眠っています。今回の目的、ショパンの命日のレクイエム演奏はここで行われます。
場所をしっかり確認したので、あとでゆっくり来ようと思います。
この辺り(だと思う)を境に、そこから北は「クラクフ郊外通り」と名前が変わります。 -
チャプスキ宮殿(クラシンスキ宮殿)。
ショパン家の住まいがあった場所です。ショパンはこの部屋で協奏曲の2曲を作曲しました。
現在はワルシャワ美術大学があります。 -
向かいのワルシャワ大学。
ショパン家が暮らしていたポレクトルスキ館がこの中にありますので、後で行ってみましょう。 -
ヴィジトキ教会。ショパンが高校生の時、ミサでオルガンを弾いていた教会です。
もちろんフレデリック・ショパンのことですから、普通には弾きません。どんどん即興演奏になっていき、演奏を止められることもあったとか(笑)。 -
この教会は、第二次世界大戦の戦禍を免れました。元の内装がほぼそのままの形で残っているそうです。
この時はドアが閉まっていたので、後で行ってみます。 -
1818年2月24日、8歳のフレデリック・ショパンがピアノ演奏会デビューした、ラジヴィウ宮殿。
1994年より大統領官邸となり「大統領宮殿」と呼ばれています。 -
旧市街へ続く道。この、くるんとした街灯が可愛いですよね。これ、見たかったんです。
-
ヴェッセル宮殿。1830年11月2日、この場所からショパンはウィーンへ旅立って行きました。当時ここが馬車のターミナルだったらしいです。実は最後の最後に見送りの人たちに別れを告げたのは、ワルシャワの少しはずれのヴォラという地域にある、市の境のところだったそうです。
そして、そのままショパンがポーランドに戻ることはありませんでした。 -
その横にあるのが、ショパンがよく来ていたカフェ、テリメナ。ここにショパンはほぼ毎日通っていたといわれています。
-
今回私も毎日通ってみました。学生時代のフレデリック・ショパンが「帰りにお茶しない?」とか言って友達と来ていたのかなあ、何を話してたんだろう、とか妄想しまくりました(笑)。
-
ショパンが13歳のときに出演した演奏会が行われた、Res Sacra Miserの建物。ラテン語のレス・サクラ・ミゼルは「哀れむことは聖なること」という意味だそうです。
-
その先は王宮広場。ここまでずっと一本道です。ということは、ショパンゆかりの場所の多くは、クラクフ郊外通りを歩いていれば自然と見ることができるということですね。
-
ジグムント3世の柱が朝の青い空に映えています。
この王宮広場にあった建物に、ワルシャワ音楽院がありました。そこでショパンは初恋の相手コンスタンツヤ・グワトコフスカと出会ったそうです。 -
王宮も一部修復工事中です。この写真の中心奥あたりを左のほうに入っていくと旧市街広場に行けます。
-
旧市街広場に向かってみます。この建物、まさにこの角度で、レクサスの広告(雑誌など)に出ていたと思います。
-
その横を入っていきます。
-
石畳が素敵ですね。誰もいません。
-
いい感じの横道を抜けてみます。
-
通り抜けた先にはワルシャワ聖ヨハネ大聖堂が。大き過ぎて写真におさまりません。
-
旧市街広場に出ました。実際に見るとやはり独特の色合いが素敵でした。昼間になれば人でにぎわうのでしょうが、早朝は誰もいなくてこの景色をひとりじめでした。
-
勇ましげな人魚像。
戦後、壊滅状態になってしまった街を「壁のひび割れのひとつまで」と、前とまったく同じように復元したワルシャワの心意気。本当にすごいですよね。
人魚さん、ずっとワルシャワの街を守って下さいね。 -
早朝の散歩は終わりにして引き返します。
宿に戻って朝食をいただき、再度出かけましょう。 -
腹ごしらえをした後は、また旧市街の方へ向かいます。
ここは聖アンナ教会。パイプオルガンのコンサートがあると調べてきていたので、やってきました。お昼の12時に開始と書いてあります。(たしか、夏季から10月なかばまでの開催だったと思います) -
聖アンナ教会内部。立派なパイプオルガンです。
-
聖アンナ教会内部。
-
聖アンナ教会内部。座った席から撮ってみました。久しぶりに聞きましたが、パイプオルガンの演奏は素晴らしかったです。荘厳ですね。主にバッハが多かったです。
-
朝の散歩のときはお店が開いていなかったので、旧市街をぶらぶらします。早朝と比べると曇っていますが、旧市街の町並みには曇り空も似合います。
-
可愛らしい店先が並びます。
-
住所表示までなんだか素敵です。
-
ポーランドといえば琥珀が有名です。たくさんのお店がありました。
-
旧市街広場にある老舗レストラン「U. Fukiera ウ・フキエラ」。お花が綺麗でひときわ目を引きました。
-
朝も通ったクラクフ郊外通りを歩きます。
面白い展示が通りにありました。いろいろな建物の、昔の姿(絵)と現在そこに建っている姿を、こうして同時に見ることができるのです。ほんとに同じだ・・・。 -
前述の、ショパンがオルガンを弾いていたヴィジトキ教会も。絵のほうは1780年と描いてあります。今も同じ姿で建っているということですね。
-
途中、こんな回廊のようなところもありました。
-
少し曇っていますが、紅葉がきれいです。ちょうど「ポーランド黄金の秋」に訪れることができたようです。
-
朝の散歩で場所を確認しておいたワルシャワ大学にやってきました。
-
大学の敷地内に、ショパン一家が住んでいたポレクトルスキ館があるのです。ここも今回楽しみにしていた場所です。ドキドキしながら門を入ります。
-
お邪魔します。学生さんの迷惑にならないよう、キャンパス内をあまりうろうろせずに見つけられるよう、ポレクトルスキ館の場所は事前に調べておきました。あまり人はいなかったですが。
この木の奥が、めざす建物のようです。 -
入り口にはショパンの記念プレートがありました。「フレデリック・ショパンは、1817年から1827年までここに住み、勉強した」と書いてあります。7歳から17歳までの間住んでいたということですね。
-
こちら側が有名なショパンのレリーフがある側です。無事発見しました。
ショパンの父ミコワイ(ニコラ)・ショパンがフランス語教師として勤務していたワルシャワ高等学校が移転したため、ショパンの一家も1817年にここに移ってきたそうです。
ショパンのお父さんはフランス人。ミコワイはニコラのポーランド語名です。 -
ここに住んでいたんですねぇ、ショパン(しみじみ)。壁に触ってみたりしました(笑)。
植え込みはピアノの鍵盤になっています。 -
ショパンのレリーフ。
-
この記念プレートには「フレデリック・ショパンは、1817年から1827年までここに住み、作曲した」と書いてあります。
-
その向かいにあるカジミェジョフスキ宮殿。
ここにはワルシャワ高等学校があり、ショパンは1823年、13才の時に編入したそうです。成績は優秀だったとのこと。
そういえば、ここにもショパン・ベンチがありました。曲はワルツホ短調 遺作。 -
カジミェジョフスキ宮殿の玄関ホワイエ。
ここでのフレデリックの友人には、シャファルニャに実家のあるドミニク・ジェヴァノフスキ(ショパンは夏休みをそこで過ごした)、サンニキの夏を一緒に過ごしたコンスタンティ・プルシャク(サンニキにプルシャク家の別荘があった)、ショパンが後にたくさんの手紙を書き送った親友ティトゥス・ヴォイチェホフスキ、そして後にショパンの作品を校訂・出版することになるユリアン・フォンタナがいました。
フォンタナとの付き合いは長かったんですね。完璧主義者だったショパンは、死後、未完の作品は廃棄するように言いのこしましたが、それらを遺作として発表してくれたフォンタナ。その中には数々の名曲があります。ショパンはどう思っているかわかりませんが、私はフォンタナに感謝しています。 -
玄関からちょっと中をのぞき見させていただきました。ギャラリーイベントのようなものを行っていたようです。
大満足してワルシャワ大学をあとにします。 -
次は、いよいよショパンの心臓が眠る聖十字架教会へ。背筋を伸ばして入ります。
-
聖十字架教会内部。
観光客も多い教会ですが、このときは真剣に祈っておられる信者のかたが多かったです。そんな中で写真を撮るのが申し訳なく、静かに少しだけ撮らせてもらいます。
しかも、ドキドキしすぎてショパンの心臓のある柱になかなか近づけないチキンな私(笑)。「ここまでやっと来たんだから」と勇気を出して近づきます。 -
ショパンに憧れて、ようやくはじめて来ることができたワルシャワ。
心の中で「ありがとうございます」とショパンに伝えました。
命日が近いので大きめのお花がそなえてあります。 -
「フレデリック・ショパンの心臓がここに眠る」とあります。
心臓=Heart、ショパンの心がまさにここにある。
パリで亡くなる前、ショパンは「心臓を故国ポーランド、ワルシャワに持って帰って欲しい」と遺言をのこします。そして姉のルドヴィカがその願いをかなえたのでした。 -
「葬儀では尊敬するモーツアルトのレクイエムを演奏してほしい」とも言い残したショパン。命日の10月17日に、この教会で演奏されます。今回の旅の目的でもあります。
しばらくショパンのそばに座らせてもらって、静かな教会をあとにします。 -
ショパンにおまいりした後は、ショパン博物館にやってきました。
実は今回改修工事中で、入り口、正面の階段、その前の敷地がまるで工事現場のようだったので、まさか閉鎖中?! と一瞬ショックを受けたくらいです(汗)。
動揺し過ぎて外観写真を撮るのを忘れたため(笑)、これは3日後にとった写真です。上半身は無事なショパン博物館。 -
ドアを開けて、ホッとしました。ホワイエからの素敵な階段が迎えてくれます。
-
2010年の改装後、デジタル技術を使った博物館になり、チケットとして渡されるカードをかざすと、ショパンの音楽や説明が聞ける仕掛けの展示が各所にあります。
ショパンに関する資料の充実ぶりは世界一。さっそく見学しましょう。わくわくします。 -
豪華な博物館内部。
-
順路を間違って(?)いきなりピアノの部屋に来てしまいました。一番見たかったものを真っ先に見ることになってびっくり。
-
ショパンが弾いていたプレイエルのピアノ。フランスのメーカーのものです。プレイエルはショパンのお気に入りで、「プレイエルのピアノは完全無欠だ」と高い評価をしていたそうです。
-
この鍵盤。ショパンはどんな音を出していたのでしょうか。すごく知りたい・・・。
-
ペダルはこんな感じです。ショパンはペダルの使い方には特に注意していたそうです。なるほど。たしかにペダリングって難しいと思います。ショパン先生は生徒にもペダリングについては厳しく指導していたとか。
-
展示の様子。赤いランプが光っているところにカードをかざすと説明が流れます。
-
ショパンの書いた手紙。
-
ショパンの愛用品。
-
ショパンの愛用品。
-
ショパンのポケットダイアリーに書かれたメモ。
急にいい旋律が浮かぶ →五線紙が手元にない →ポケットダイアリーに走り書き、ということだったのでしょうか(想像)。 -
ショパンの描いた風刺画。うまいです。
-
こちらもショパンの描いた絵。上手ですよね。
-
フランス発行のショパンのパスポート。
-
ショパンのサインがあります。
-
幻想曲ヘ短調 Op.49。
-
プレリュード第6番 ロ短調 Op.28。
ショパン直筆の楽譜がたくさんあってうれしかったです。 -
けっこう直しながら楽譜を書いていたんですね。
-
こちらも。書き直しかたが意外にも激しい。
-
デスマスク。亡くなるときはかなり苦しんだといわれているショパンですが、穏やかなお顔になっています。
-
そして、ショパンの手。
-
指が長いですよね。想像どおりのきれいな手です。そして思いのほか小さい手でした。
-
リストが弾いていたといわれるピアノの展示もありました。ピアノはエラール社製。
ショパンは繊細でソフトな音のプレイエルのピアノ、リストは派手で大きな音の出るエラールのピアノ。なんとなく分かる気がしますよね。 -
フランツ・リスト。
ショパンと同時代に活躍したスーパースター的ピアニストだったリスト。ショパンはただ1人リストに対抗できる存在で、「鋭敏さ・繊細さにおいてリストに一歩も譲らなかった」と言われていたそうです。
ショパンの友人でもあったリストは、作曲家・ピアニストとしてのショパンの才能を高く評価していました。
ショパンは彼にエチュードOp.10を献呈しています。 -
こんなふうに「ワルツの席」や「ノクターンの席」があり、曲を聴くことができるコーナーがあります。こんな感じの体験型展示も多かったです。
すっかり長居をしてしまったショパン博物館。楽しかったです。 -
外に出たらすっかり暗くなっていました。国立ショパン研究所の横を通って宿に戻ります。
初日から、ショパンを満喫した一日でした。明日もまだまだショパンを追いかけたいと思います。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ワルシャワ(ポーランド) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
ワルシャワ(ポーランド) の人気ホテル
ポーランドで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ポーランド最安
478円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
旅行記グループ はじめてのワルシャワ
0
86