2018/05/29 - 2018/05/29
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ドクターキムルさん
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横浜市鶴見区豊岡町にある成願寺は曹洞宗のお寺で医王山成願寺という。天正3年(1575年)に建功寺(https://4travel.jp/travelogue/11310417)第二世・聲庵守聞大和尚により開創された。当初は寺尾に一字を建立し本尊釈迦牟尼佛を安置した。その後、元和年間(1615年~1623年)の頃に薬師堂の別当として鶴見の二見台に堂宇を移設した。
明治39年(1906年)2月、第二十世加藤海応和尚の時に境内地を大本山總持寺移転再建地に献納し、大正元年(1912年)に再度鶴見豊岡に移転した。
旧本堂は二見台より移建当時の建物が老朽化したため、昭和12年(1937年)に再建して現在に至る。
境内の薬師堂は、昭和51年(1976年)、第二十四世谷川徹禅和尚によって建立され、本尊脇に安置されていた薬師三尊 (脇侍日光・月光両菩薩)と眷属の十二神将を安置したもので、薬師如来は慈覚大師の作と伝えられ、古来東海の秘佛として「武蔵風土記」にも記され信仰を集めている。
昭和26年(1951年)、薬師如来四百年祭入佛式が盛大に行われ、当日安下処にあてられた鶴見上町の吉田徳松家を出発した行列は、豊岡通りを成願寺に向い薬師如来を守って道仙和尚が牛車に同乗し、華やかな御稚児行列も加わり盛観な景を表した。
成願寺は、大本山總持寺の貫首猊下ご晋山の際に安下処として拜登する習わしとなっている。
山門の仁王像は室町時代の作とされ、古像にして竹田の番匠の作と伝えていられており、門前の「薬師如来道」の石塔は当寺第四世朝宗源水代の宝暦2年(1752年)の造立で、鶴見の東海道沿いの成願寺入口に建てられ、薬師信仰参詣者の道しるべとなっていたものである。
見返し坂にある總持寺墓地入口を挟んで墓地と境内があるので總持寺の塔頭寺院かとも思ったが、明治後期になって移転してきた大本山總持寺には塔頭は建立されなかったようだ。それにしてもあの広大な總持寺境内が成願寺の旧境内地だったとは驚きだ。
(表紙写真は成願寺本堂)
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