2015/08/12 - 2015/08/12
318位(同エリア1213件中)
熱帯魚さん
深センの町歩きは結構していますが
博物館に行ったことが無かったので
ちょいとお勉強に行ってみました。
かなり見所の多い博物館で
2時間半の滞在でしたが
じっくり見ていたら時間が足りませんでした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
バスで市民中心までやってきました。
-
緑いっぱい。そして建設中のビルたち。
-
○ 市民中心駅
-
出た。
○ 市民中心
市民中心というのは、深セン市人民政府、深セン市人民代表大会、深セン博物館などがはいった総合施設。深センは別名鵬城とも呼ばれていますが、この建物は大鵬が翼を広げている様子を表現したものだそうです。 -
必死に三輪車漕いでる廃品回収のオヤジ発見。
-
全体をうまく写すことができないのでパーツで。
-
階段あがりました。
-
博物館の入り口がどこだか…謎。
-
工業展覧館だって。
-
黄色と赤にも意味があるのかな。
-
博物館どこー
-
隣に不思議な形の建物を建設中。
-
やっと見つけました。
○ 深セン博物館 -
入場料無料です。
-
特別展もやっていましたが、まずは通常の展示を先に見ることに。
-
上から1階を見下ろすと…深センの地図が!
-
まずは古代の深センから。
-
今は発展した深センもその昔は漁村。
-
深センは昔からカキの養殖が盛んでした。
-
この数か月前に行った左砲台を模したトンネル。
深セン南山区★左砲台と赤湾天后古廟 (2015年3月)
https://4travel.jp/travelogue/11155204 -
明清時代の深セン、香港一帯。砲台など海から侵入する敵を防ぐための設備があちこちに。深センの大部分、そして香港全域は明清時代には新安県と呼ばれ、広東省広州府の管轄下にありました。
-
2度行った大鵬所城。
かなり郊外にあり、市の中心からは2時間半かかりましたが、歴史が好きな方にはおススメの場所です。
深セン龍崗区★郊外バス旅~明清代の軍事要塞だった大鵬所城へ~
https://4travel.jp/travelogue/10977972 -
上から見るとこんな感じらしい。
-
こっちは南頭古城。
深セン1★新安故城(南頭古城)を歩く~前半~
https://4travel.jp/travelogue/10968705 -
屯門海戦
明正徳16年から嘉靖元年(1521~1522年)広東の按察司按察史汪鋐率いる深セン軍がポルトガル艦隊と戦った戦いで、深セン軍がポルトガル軍に勝利しました。 -
深セン西部に住む陳氏の祖居は河南穎水で、堂号は穎川堂です。北宋末期、陳氏は戦乱を避けて、福建を通り、南雄珠璣巷までやってきました。そして南宋中期になると、陳朝挙が帰徳鹽場(現在の沙井、松崗一帯)の涌口里に移動し、その子孫が沙井、松崗、南山、横崗などに広がっていきました。
-
数か月前に行ったのに工事中で入れなかった大萬世居。
深セン坪山新区1★あなたの知らない深セン 大万世居客家村
https://4travel.jp/travelogue/11130857 -
お次は近代深セン。
-
アヘン戦争前の香港と深セン。
-
アヘンを吸うパイプ。
-
こんな感じでアヘン吸っていたようです。
-
九龍海戦
アヘン戦争の前哨戦となった戦い。 -
アヘン戦争後、香港はイギリスの植民地に。1842年に香港島が、1860年に九龍が、1898年には新界がイギリスの植民地となりました。
-
1841年1月25日、英国軍が香港島に上陸した時の様子。
-
吉慶圍の鉄門。以前見に行きました。戦利品としてイギリス軍がロンドンまで持ち帰っていたとは…!
香港★500年の歴史を持つ城壁が残る城壁村「吉慶圍」を訪ねて
https://4travel.jp/travelogue/10411854 -
辛亥革命の前に起こった恵州三洲田での武装蜂起の発端となったのが、南湾街道沙湾の蘭花廟で1900年10月6日深夜に80名の紅頭軍と名乗るグループが蘭花廟を攻撃し、蘭花廟に駐在していた清兵を打ち負かしたという事件。
-
辛亥革命に関わった外国人で最初の犠牲者となったのが山田良政。
-
思月書院。
今は繁華街となった東門老街に残っている書院です。
深セン羅湖区★東門老街(東門歩行街)でお買い物 ~鮮芋仙・東門老街・思月書院・宝華楼購物中心・万象城~
https://4travel.jp/travelogue/11189673 -
1928年2月23日に行われた中共宝安県第一回代表会議。
-
そして日中戦争へ。
-
1938年10月12日と11月22日の2度、日本軍が大亞湾に上陸。
-
1941年12月25日、イギリス軍が降伏し、香港陥落、日本軍が軒尼詩道(Hennessy road)から入城。
-
1949年10月1日、中華人民共和国建国。
-
1949年10月19日、深圳鎮人民政府成立。
-
深圳鎮は宝安県の管轄下にあった鎮のひとつで、のちに宝安県が深圳市となりました。
-
アヘン戦争後、多くの中国人労働者が中国を離れ海外に出稼ぎに行きました、の像。
-
イチオシ
羅湖駅
1911年10月15日、羅湖鉄路橋が開通し、開通式が行われました。これはその様子をあらわしたもの。 -
外国人は合法では行くことのできない中英街。深センと香港の間にある通りで、通りをはさんで、深センと香港になっている不思議な通り。
-
イチオシ
こんな感じだったようです。
右が深セン、左が香港。 -
昔の深圳。
-
1949年の深圳鎮。
-
ここから深圳民俗文化
-
町並みを再現。
-
仕立て屋さん
-
籠、ざる屋さん。
-
漢方
-
イチオシ
広東文化
-
書室、日本でいう寺子屋みたいな感じ。
-
お勉強頑張ってます。
-
イチオシ
下沙の盆菜。
-
広東オペラ
-
客家文化
深圳の郊外にはこういう客家村も残っています。 -
こちらは…
-
新年の挨拶か何か?
-
婚姻
-
結婚式の行列
このあたりではよく見かける麒麟舞。 -
赤湾天后廟の辞沙の儀式。
-
イチオシ
天后誕に行われます。
-
水上住民。
-
沙頭角街の舞魚灯。
-
そして深圳市が成立してからの紹介。
-
こんな田舎の漁村が、
-
高層ビル立ち並ぶ大都市に発展。
-
発展の過程を紹介。
-
労働者の皆さん。
-
深圳発展のシンボル、国貿大廈。
-
建設現場で働く皆さん。
-
建設現場。
-
1987年、深圳で初めて土地使用権の売買が開始。
-
その初オークションで使われたハンマー。
-
深圳といえば小平。
-
小平の深圳視察の様子。
-
イチオシ
小平、実物大?
-
小平が深圳視察した際滞在した迎賓館桂園楼で小平が使用した家具と事務用品。
-
今の深圳と香港。
国境付近は香港側はど田舎なのに対し、深圳は大都会。 -
みんな大好き羅湖口岸。
-
最後の締めは、香港返還写真。
-
閉館ぎりぎりまで見学しましたが、最後の方はじっくり見れませんでした。全部を1日で見るのは大変なので、次回は1日で1部分見て回りたいと思います^^
さて、次は映画を見に移動です。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
88