2018/04/20 - 2018/04/21
325位(同エリア1407件中)
naoさん
旅の行程
4月20日 福島宿、上松宿、寝覚
4月21日 中津川宿、大井宿
島崎藤村が馬籠宿を舞台にした小説「夜明け前」の冒頭に書いた、『木曽路はすべて山の中である』という文章に心惹かれて木曽路を訪れました。
長野県木曽郡木曽町福島は、険しいことで知られた中山道の中でも、急峻な峠が幾重にも連なることから特に厳しいと言われた木曽路の山中にある町で、木曽谷を縫って流れる木曽川に沿って点在する、「木曽十一宿」と総称される11の宿場町の北側から5番目、かつ、江戸日本橋から数えて37番目の福島宿が開かれました。
また、中山道と飛騨や伊那へ通じる脇街道が交差する交通の要衝に位置していた福島宿には、東海道の箱根関所や新居関所、中山道の碓氷関所などと並ぶ日本四大関所の一つ福島関所が徳川幕府によって置かれ、江戸に入ってくる鉄砲(武器)と、人質として江戸に住まわされていた大名の奥方などが国元へ逃げ帰らないよう、いわゆる「入鉄砲に出女」を厳しく監視し、江戸防衛の拠点としての役割を果たしていました。
さらに、良質な木材を産出することから徳川幕府直轄地となった木曽谷を統括するため、関ヶ原の戦いで功のあった山村氏が木曽代官と併せて福島関所の関守を命じられたため、以後、代官と関守を兼ねる山村氏の陣屋町として、明治維新までの270年間余りに亘って木曽谷の中心地として栄えました。
木曽川右岸に山村氏の陣屋町を置き、木曽川左岸の高台上に福島関所を設け、福島関所西側の平場に町場を配した福島宿は、本陣と脇本陣が1軒ずつ、問屋2軒、旅籠屋14軒が建ち並ぶ宿内と、茶屋や商家のある宿外で構成されていました。
不幸にも昭和2年(1927年)の大火で町の大半が焼けてしまいましたが、辛うじて焼失をまぬがれた宿外の上之段地区には、本卯建を上げた町家や千本格子をしつらえた町家が連なり、高札場や用水などとも調和した、宿場町時代の面影を色濃く残しています。
なお、実際の行程では先に寝覚と上松宿を訪れたんですが、中山道六十九次の順番に併せて福島宿の旅行記を先にしました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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木曽路を南から上がってきてこの光景に出会った瞬間、「わ~っ!」という声が思わず出てしまいました。
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もちろん桜もきれいなんですが、雪を頂いた信州ならではの山並みに感嘆しました。
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大阪在住の私は余りこんな光景にはお目にかかれませんので・・・。
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さて、中山道福島宿にやって来ました。
この関所門をくぐった左手の石積みの高台に、宿場町の江戸側の入口に設けられていた福島関所跡があります。 -
江戸防衛のために設けられた、日本四大関所の一つ福島関所跡です。
有事の際には容易に関所が封鎖できるようにと、あえて狭くて険しくい高台に設けられたそうです。 -
関所跡の東側入口に立っている石標。
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関所跡の全景です。
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丸石の石畳の奥に番所の建物が建っていたようです。
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関所内にある水場。
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右手が西門で、左手奥に見えるのが福島関所資料館として使用されている旧家中屋敷です。
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西門から振り返って見た福島関所跡です。
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西門が崖の上に建てられているのがよく判ります。
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こちらが福島関所資料館です。
館内には、当時の模様を伝える用具類などが展示されています。 -
崖の上を延びる狭い道路の先は、「夜明け前」の作者、島崎藤村のお姉さんが嫁いだ高瀬家に通じています。
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鉄砲術指南役や勘定役など、代々山村代官の家臣として仕えて来た高瀬家は、今も御子孫の方が住んでおられ、高瀬資料館を運営されています。
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資料館には、高瀬家所蔵の鎧や鉄砲、島崎藤村にまつわる資料の他、江戸時代に製造していた「奇應丸」と言う薬の製造に使った道具などが展示されています。
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その道路から町を見下ろすと、木曽川のほとりに面白い建物を見つけました。
では、下におりて町歩きへ向かいます。 -
福島関所跡下の関所橋を渡って北に進んだところにある、権現水と呼ばれる水場です。
この水場は戦国時代からあったそうです。 -
こちらのお屋敷には、唐破風のある立派な玄関を備えた主屋が建っています。
この辺りは、かつて木曽代官山村氏の陣屋町だったので、こんなお屋敷が連なっていたんでしょうね・・・。 -
林の中に白亜の洋館が見えてきました。
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こちらは旧宮内省の帝室林野局木曽支局の庁舎だった建物です。
現在の建物は、明治36年(1903年)に建てられた当初の庁舎が昭和2年(1927年)の大火で焼失した後再建されたもので、以来約80年に亘って木曽谷一円の林野行政の拠点としての歴史を歩んできました。 -
平成16年に林野行政の拠点としての勤めを終えたこの建物は、平成22年に木曽町が買い受け、「御料館」としてよみがえらせ、地域のふれあい活動などに活用されています。
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こちらは興禅寺の境内にある山頭火の句碑です。
種田山頭火は、明治15年(1882年)に山口県に生まれた俳人で、放浪漂白の生涯を貫いたことで知られています。 -
福島宿の町並みです。
この先に、今宵お世話になる旅館があるので、先にチェックインの手続きを済ませてしまいます。 -
チェックインの手続きを済ませて町歩きへ向かいます。
こちらのお屋敷は、徳川幕府直轄地を統括する木曽代官であり、かつ福島関所の関守でもあった、山村代官下屋敷です。 -
山村氏は明治維新までの270年間余りに亘って、木曽代官と福島関所の関守を務めました。
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木曽駒ケ岳を借景とした庭園が見どころの山村代官下屋敷は、質素で上品な生活ぶりをうかがわせます。
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では、町並みへ戻ります。
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山村代官下屋敷の向かいにある町家越しに・・・
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雪をいただいた木曽駒ケ岳が望めます。
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こちらの土蔵造りの建物は木曽郷土館です。
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館内には、島崎藤村の初版本のコレクションや、木曽の歴史を知るうえで貴重な地元の考古資料などが展示されています。
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では、大手橋を渡って宿場町エリアへ向かいます。
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旧木曽福島町の汚水桝の蓋。
描かれている幾何学模様は、木曽の山や川をデフォルメしたものだそうです。
SEWERAGEは下水道と言う意味です。 -
かつて本陣があった所には、木曽町文化交流センターが建てられています。
資料によると本陣跡の石標が立てられているとのことでしたが、探し回っても見つけられませんでした。 -
こちらは造り酒屋さん。
店内では、外人観光客がお土産を選んでいました。 -
造り酒屋さん横の伊勢町小路です。
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伊勢町小路から、幅1mほどの風情ある権現小路へと続いて・・・
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上之段地区へと導いてくれます。
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権現小路を抜けた上の段坂の途中には・・・
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高札場跡があります。
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上之段地区側から見下ろした上の段坂の光景です。
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上之段地区の町並みに差し掛かりました。
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昭和2年(1927年)の大火で、不幸にも町の大半が焼けてしまいましたが・・・
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辛うじて焼失をまぬがれた上之段地区の町並みには、本卯建を上げた町家や出梁造りに千本格子をしつらえた町家が連なり、宿場町時代の面影を色濃く残しています。
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軒先に置かれた旅籠行燈には、夜になると年間を通じて明かりが灯されます。
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軒並み張られた下見板張りの黒壁が・・・
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町並みの景観を「キリッ」と引き締めています。
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こちらは和風会席料理のお店です。
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こんなところに青空市場が店開きしています。
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とても幅の広い木戸が入れられた町家です。
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上之段地区の町並みを見返した光景です。
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こちらはイタリアンレストランです。
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こちらは、イタリアンレストランのお隣のBARです。
BARと言っても地酒が豊富に用意されています。 -
BARの店先には、かつて使われていた水場が保存されています。
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室内に藍染の暖簾を下ろした町家です。
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上之段地区の町並みです。
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室内に藍染の暖簾を下ろした町家は、板塀をめぐらせた広い敷地に建っています。
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上之段地区の町並みから望める木曽駒ケ岳。
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ここにも水場が造られています。
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この写真では判りませんが、この町家の前の道路は大きな枡形になっていて・・・
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この角でまた90度曲がっています。
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「キソキソ」という名前の雑貨屋さんが入っている木地の館。
イベント会場などとしても使われています。 -
道路の段差を上手く利用している町家です。
正面は2階建てに見えますが・・・ -
横手に廻れば完全な平屋建てです。
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この井戸は江戸時代の中頃に掘られたもので、多くの旅人の喉を潤してきました。
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簾を下ろした町家です。
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こちらは漆の館です。
木曽漆器の原点と言われる、福島宿伝統の「八澤春慶」に関する作品や漆の資料等を展示しています。 -
さて、上之段地区を抜けてJR中央本線の木曽福島駅へ向かう県道269号線に出ました。
この町並みでも風情ある町家を見ることができます。 -
組み方を統一した千本格子が印象的な町家です。
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こちらは、宿場町時代の旅籠屋を彷彿とさせる建物が特色の旅館です。
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こちらの町家は、ショウウィンドウに福島宿にまつわる資料類を展示されています。
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何とも言えない風情豊かなガス屋さんです。
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こちらの町家の軒先には・・・
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道祖神が祀られています。
では、ここで引き返します。 -
県道269号線を北に入った先に面白いものを見つけました。
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創業300年を超える歴史を紡いできた老舗のお蕎麦屋さんの看板です。
山村代官に仕えていた頃に水車小屋でそば粉を挽いていた名残から、水車や歯車を看板にされているようです。 -
県道269号線と別れて、橋を渡って上之段地区へ・・・。
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上之段地区の小路を巡って・・・
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中山道へ戻ります。
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昼間はくぐり戸の付いた大戸が開けられていますが、夜になると玄関部分にスライドさせて安全を確保するようになっています。
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高札場跡の先のこの辺りは馬宿小路と呼ばれていて・・・
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階段を降りると木曽川沿いの道路に出られるようになっています。
見えているのは木曽川親水公園で、足湯が設けられています。 -
この橋は、藪裏清水から流れ出た小川に架かっていた喜又橋を復元したものです。
「喜又」とは、代々山村代官の家老を務めた千村家第11代当主のことで、島崎藤村の実兄と共に私財を投げ打って、この町の山林確保に尽力された方だそうです。 -
そろそろ薄暗くなってきたので、この辺りで宿に戻ります。
残りは明日へ続きます。 -
翌朝、チェックアウト前の時間を利用して町歩きを再開します。
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この日は木曽川沿いの町並みを中心に歩きます。
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昨夕訪れた、喜又橋が架かっている小川の源になった藪裏清水です。
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こちらはカフェです。
宿場町風に言えば茶屋といったところでしょうか・・・。 -
木曽川親水公園付近に架けられた行人橋歩道橋です。
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行人橋歩道橋の渡り口には、御嶽山への登山道を示す石碑が建立されています。
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行人橋歩道橋の基本構造は鉄骨造なんですが、木造橋に見えるようなしつらえがなされています。
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福島宿のもう一つの特徴となっているのが、建物を木曽川に張り出した崖屋造りと呼ばれる町家が連なる景観です。
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木曽谷の政治経済の中心地として賑わっていたにも関わらず、福島宿には広い平地が少なく、多くの町家を建てるためには山の中腹や木曽川沿いに土地を求めざるを得ず、そのことが他に類のない景観を生み出す結果となったと言われています。
では、木曽川沿いの道路へ戻ります。 -
木曽川沿いの道路へ戻ってきました。
こうして見る限り何の変哲もない町並みですが・・・ -
その実、裏側は物凄いことになっているんですね・・・。
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では、行人橋の上から、木曽川に張り出した崖屋造りの景観を見てみましょう。
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急流の木曽川に張り出した崖屋造りの景観は・・・
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壮観としか言いようがありません。
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こちらは上流側からの光景で、見えているのは行人橋です。
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では、そろそろ行人橋歩道橋を渡って宿へ戻ります。
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行人橋歩道橋の上流側にも崖屋造りの町家が連なっています。
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3階建ての町家です。
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上町交差点から西の福島宿の町並みです。
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今度は上町交差点から北へ延びる福島宿の町並みです。
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交差点に面して、大きな土蔵造りの町家が建っています。
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木曽川に架かっているのは大手橋です。
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東側に目をやると、そびえ建つ関所門と関所橋が見えています。
さて、そろそろ宿に着きます。
早々に荷物をまとめて、福島宿を後にします。
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