2018/05/05 - 2018/05/06
225位(同エリア667件中)
吉備津彦さん
城下町中津散策
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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瑞巌寺摩崖石仏の看板を発見したので早速車を停めて見学しました。
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暗かったけれど不動明王がいました。
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大分県は摩崖石仏王国です。
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摩崖石仏
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次回は磨崖仏巡りをしようと思います。
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イチオシ
祈りのポーズが素敵です。
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不動明王
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摩崖石仏の説明
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焼きそばに恋して「想夫恋・中津店」
想夫恋 中津中央店 グルメ・レストラン
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日田で食べそびれた日田焼きそばを中津で食べました。
サラダ付き大盛りです。 -
ホテルルートイン中津駅前
城下町中津を散策するには便利なホテルです。 by 吉備津彦さんホテルルートイン中津駅前 宿・ホテル
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朝食
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禁煙シングルに宿泊しました。
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黒田官兵衛孝高が縄張りした中津城
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再建天守です。
中津城(奥平家歴史資料館) 名所・史跡
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左は奥平神社です。
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再建天守は奥平家が中心になって再建されました。
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黒塗りの中津城
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天守
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旅の相棒プリウスPHVと中津城全景
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帰りの時間の都合で写真だけで奥平資料館には入りませんでした。
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イチオシ
黒田官兵衛孝高と妻の光姫
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隣接して福沢諭吉記念館がある。
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イチオシ
中津藩士だった福沢諭吉の家
福澤諭吉旧居 名所・史跡
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1835年(天保5年)大坂(現大阪市)の中津藩蔵屋敷で生まれた福澤諭吉は、1歳6か月の時、父の死去により帰藩し、19歳までこの場所で過ごした。 諭吉は、近くに家塾を開いた中津藩儒官白石照山に師事して儒学を学んでいたが、兄の薦めで蘭学を学ぶために長崎へ旅立った。
現存する家は16歳の時に買って移り住んだもので、母屋の他、自らが改造して二階を勉学に使った土蔵が残っている。幼少の頃の家はすぐ前の土地にあった。諭吉は、幼少の頃の家の間取り図を自ら描いて、忘れないようにしようとした。 -
イチオシ
毒々しい赤壁
秀吉が九州平定する以前、豊前国は400年にわたって宇都宮一族が支配していました。黒田軍と宇都宮一族の本家宇都宮鎮房は何度も戦を交え、ついには長政が鎮房の娘を嫁にし、宇都宮市の旧領は安堵するという条件で何とか和議を結ぶほどだったそうです。しかし、1588(天正16)年4月、婚姻の宴に招かれた鎮房は中津城内で謀殺。合元寺にいた鎮房の家臣も皆殺しにされました。大河ドラマ軍師・黒田官兵衛ゆかりの怨念の赤壁寺です。 by 吉備津彦さん合元寺(赤壁寺) 寺・神社・教会
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この時、寺の壁は返り血を浴びて真っ赤に染まり、その血痕は何度塗り替えても染み出ることから、ついには赤く塗りつぶしたそうです。
大河ドラマ軍師・黒田官兵衛ゆかりの怨念の赤壁寺です。 by 吉備津彦さん合元寺(赤壁寺) 寺・神社・教会
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合元寺の赤い壁
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本堂
思ったより規模は小さかったです。 -
絵馬が並んでいました。
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六地蔵
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お願い地蔵も赤い衣を纏っていました。
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鐘楼
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高速に乗る前に道の駅しんよしとみで腹拵えを兼ねてお買い物をしました。
道の駅 しんよしとみ 道の駅
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メダカ販売コーナー
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なんとどじょうが販売されていました。
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トカラヤギのポスター
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パンフレット通リトカラヤギがいました。
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旬の海苔あり
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あまおう
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山野草コーナー。
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イチオシ
トカラヤギのマスコット
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地元の新鮮な野菜が販売されています。
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こちらは果物コーナーです。
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活川蟹が販売されていました。
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出来たてのサルティンボッカ
美味しそうなので購入しました。
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