若桜・智頭から津山、美作・佐用、児島・井原線の旅(三日目)~薬湯としても知られた湯郷温泉で朝湯して、佐用経由、因幡街道随一の宿場町、平福から、武藏の里へ。姫新線と智頭線を際どく乗り継ぎます~
2018/04/30 - 2018/04/30
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早朝に津山を出発して、まずは湯郷温泉へ。
湯郷温泉は、奥津温泉、湯原温泉とともに美作三湯。1200年余の歴史がある温泉で、延暦寺の円仁法師が西国巡礼の途中、白鷺が足の傷を癒しているのを見て発見したと伝わる名湯です。
薬湯とされていて、今回、私も共同浴場の療養湯で長湯を楽しみました。温めの湯がじんわりと沁みてくるようなお湯でした。
智頭急行の沿線には因幡街道の旧宿場町がいくつかあって、この平福もその一つ。
佐用川沿いに連なる座敷や土蔵群などの川端風景が一番の見どころ。対岸から眺めると建物が川面に映って長閑な景色が拝めます。市街の端っこですが、宮本武蔵初決闘の地や道の駅もあるし、観光資源もまあまあでしょう。
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津山から湯郷温泉へ。
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JR姫新線の林野駅で下車。まだ朝が早きので、ここからは歩くしかないんですよね。
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川沿いの道を3キロほどの道のり。
こんなことまでしていくのかなあという感じですが、こういうことを避けていると私の旅にはなりません。 -
湯郷温泉の街並みに入ってきました。
これはからくり時計。これは、岡山県に伝わる巨人伝説「さんぶ太郎」のモニュメント。正時になると、さんぶ太郎が現れて、弁当の中から出てきた大きな石を箸でつまんでいる姿が見れるようですが、そこまで確認するだけの時間はありません。 -
街の中心部です。
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まだ、朝早くてどこも開いていないので、美作市営露天風呂をのぞいてみます。
こちらは、湯郷温泉の温泉街からすると橋を越えた外れ。こんなところにわざわざ行くかなあというような場所ですが、小ぶりな風呂は豊かなかけ流し。新鮮なお湯が次々流れ込んで、無色透明の湯の贅沢なありがたさを感じました。
(ただ、実はこちらもまだ開いてないので、こうして湯を確認しただけです。) -
イチオシ
中心部に帰ってきて。
湯郷温泉で日帰り温泉を楽しむなら、定番はこの鷺温泉館。湯郷温泉温泉の中心部にあって、ここの大きな建物は目立っているし、駐車場も悠々です。
一方で、入口を入るとすぐに靴を履きかえる必要がある。温泉を利用しない人でも地元の生鮮品とか、道の駅みたいに買えるということでしたが、これだとちょっと入りにくいのではないかと思います。 -
駐車場のほうでは足湯の施設もありました。
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路地のほうに入っていくと、
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1羽の傷付いた白鷺がその足を癒しているのを見て湯郷温泉を発見したと伝わる円仁法師の像。
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弘栄堂は、細い路地にひっそりとたたずむ和菓子屋さん。
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ここの看板商品「湯もや」は、天皇陛下献上菓子だそう。なかなかの老舗です。
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「湯もや」は、薄い米粉の煎餅で餡子のお餅を挟んだお菓子。甘さは大人しめで、湯郷温泉のイメージと重なると山里の郷愁が漂うような気持ちになりました。
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そして、今回、入る湯は療養湯。地元の人からもぜひにと勧められたんですよね。
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少しぬるっとした温泉は、温めだし。これなら長湯ができますね。こういうの好きですねえ。1時間くらい入って、じんわりとした気持ちよさをかみしめました。
なるほど。湯郷温泉が薬湯と呼ばれる所以が少し分かったような気がします。しばらく逗留するとこれならずいぶん体が軽くなりそうです。 -
ところで、湯郷温泉の街を歩いていると「湯郷美人いちごプリン」の看板をちらほら見かけまして、どこのお店かなあと思ったら、温泉組合の女将さんが開発した商品でホテルとか宿泊施設で売っているのだとか。
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イチオシ
そういうことが分かって、街の中心部にあるこの湯郷グランドホテルの売店で、いちごプリンを買ってみました。
味わいは意外に地味。カラメルの代わりにイチゴのペーストが使ってあって、まあないことはないんですが、カラメルと比べてこちらの方がいいかというとそこは微妙。なにかもうひとひねり必要な気がします。 -
少し、温泉街の施設も訪ねてみましょう。
オルゴール夢館は、湯郷温泉の中心部。道の駅みたいな観光案内所の建物の隣りです。 -
ただ、オルゴールの博物館って、温泉地とか観光地にはよくあ施設ですよね。特に期待はしていなかったのですが、意外や意外。
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かなりの本格的な施設というか。立派な大型のオルゴールも揃えていますよ。
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大型のオルゴールは、音も大きいしオーケストラのような奥深い音を楽しめる。
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700円の入場料は決して高くない。十分に価値ある施設です。
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イチオシ
オルゴールに付属したシックな人形たち。
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これもよくできていて
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見ごたえあり。
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耳と目と
五感で楽しめるオルゴールです。 -
もう一つは、てつどう模型館 & レトロおもちゃ館。派手な看板の建物なので、すぐのそれと分かります。
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一階入って奥にある鉄道のジオラマが見どころなんですが、周囲にはショーケースに展示されたプラスチックやブリキのレトロおもちゃも満載。賑やかな館内です。
さて、列車の時間があるので、湯郷温泉はこれでおしまいです。 -
林野駅から佐用駅へ移動して。
佐用は、駅から少し賑やかな街並みがあるのですが、お菓子屋さんはこの中和堂製菓くらい。大イチョウの近くだったので、ついでに寄らせてもらいました。 -
いただいたのは、看板にも出ていた柏餅。ただ、お餅と餡子が妙に溶け合ってしまって、どうでしょう。残念ながら、素人っぽい作りになってしまっています。
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そして、鉄道の脇の公園のようなところに、佐用のオオイチョウという名物がありました。
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根元がいきなり三つに分かれていて、風雪に耐えてきた傷みも少なからず。鉄道からも見えるのですが、やっぱり近くで見るとその迫力はよく分かります。
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佐用で楽しみにしていたのは、焼肉 新さよ。ここでホルモンうどんをいただきます。
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小腸にハツにセンマイとかがバランスよく入っています。そのホルモンもおいしいのですが、
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イチオシ
うどんの弾力ある味わいに、ニンニクの香りもするソースのキレがなかなかよくて、全体としての仕上がりが抜群。お店の中央に大きな鉄板を置いて、余裕のある空間で調理しているのも見ていて気持ちがいい。リピーターが多いのもなるほどうなずけます。
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佐用からは智頭線に乗り換えて。
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今度は平福に到着。
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平福の見どころは、なんといってもまずは国の史跡にも指定された利神城。この城は、南北朝時代、赤松氏一族の別所敦範によって築城された山城です。
その後は、織田氏の中国攻めに絡んでは、いったん織田氏に恭順するも三木城が織田氏に反旗を翻すとこれに従い、織田方に属していた上月城主尼子勝久に攻められ、落城。上月城が毛利に攻められ落城すると毛利方の宇喜多直家の所有となるなど、戦乱に巻き込まれた城。 -
江戸時代の前期には廃城となっていますが、
標高373mの利神山の頂には今でも本丸跡があって、平福の市街からでもはっきりと見えています。 -
イチオシ
一方で、山のふもとにもしっかりした石垣が多数残っていて、
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平福駅から直接散策路が整備されています。
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本丸の位置と合わせ、その石垣を眺めれば、いかに雄大な規模の城だったかが実感できると思います。
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そのまま、平福郷土館へ。ここは、もう平福市街の北端です。
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地元の篤志家の寄付により、
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瓜生原家の建築様式を再現した町家建物。
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展示としては、
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薬屋のレトロな看板や帳場、
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食器類などの生活用品など。
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二階には利神城跡からの発掘品である
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瓦や全体模型など。
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山城としての雄大な縄張りは、想像するとちょっと目を見張るものがあると思います。
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市街に戻ってきて、これは醤油屋さん。たつ乃屋本店といって、もう300年以上続く老舗なんだそうです。いい味出してます。
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ところで、これが市街から見えている本丸跡。
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利神山の頂です。
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道の駅 宿場町ひらふくは、平福駅から正面に延びる通りを行った突き当り。
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途中、因幡街道を越えるのですが、どちらにしても、旧平福宿の観光エリアには近いので、駅からまずはここに立ち寄るのでもほとんど回り道にはなりません。
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野菜とか加工食品なども豊富。
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巨峰の干しブドウとかもお勧めです。
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道の駅の並びには、高い場所に陣屋門も。
利神城廃城後、平福は松平氏5千石の旗本領となり、この陣屋が置かれました。 -
因幡街道は、姫路と鳥取を結ぶ街道。佐用から美作にかけては、三日月、平福宿、大原宿、坂根宿の四つの宿。全部で11の宿がありました。平福は、因幡街道最大の宿場町として賑わいました。
いくつかの家には「因幡街道」と書いた提灯が下がっていて、今でも風情が残ります。 -
で、平福のもう一つの大きな見どころが、この川端風景。
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イチオシ
土蔵の家並みが佐用川の鏡のような水面に映ります。
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川は水運にも使われたように思えますが、どのようなものだったのか。
優雅な暮らしぶりも想像できると思います。 -
この土蔵群の中で、現役なのがこの瓜生原。お休み処 瓜生原というお蕎麦屋さんになっています。
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江戸時代から昭和初期まで鋳物業を営んでいた瓜生原家の邸宅を活用したものなんですが、
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江戸後期に建てられた町家は今でも雰囲気たっぷり。大勢のお客さんで賑わっていました。
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こちらは、蔵のギャラリー。
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イチオシ
染物を使った工芸作品が
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展示されていて、
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これも古民家の雰囲気とマッチしています。
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庭からこの通路を抜けると
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さっきの川端。なるほどねえという感じです。
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瓜生原宮本武蔵初決闘の場は、瓜生原からさらに南側。
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武蔵13歳の時、闘った相手は既に新当流の達人と言われた有馬喜兵衛。油断もあったのかもしれませんが、ここから武蔵の伝説がスタートする。
周囲はちょっと寂しげな空地風で、石碑の手前には苔むした南無阿弥陀仏の石塔もありました。 -
平福の市街では、そば屋の瓜生原がダントツの人気ですが、ごった返しているので、私はこちらの記憶に回りました。
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長屋門の奥に
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石組みの日本庭園。
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それに面した涼しげな数寄屋建築の座敷がいい感じです。
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かつて、ここは下屋敷の一角だった場所のよう。
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言われれば、
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そんな雰囲気は今でもしっかり残っています。
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玄関を入って、
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ここはオーナーの老夫婦が趣味でやっているようなお店。
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豪華さは感じませんが、
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無理をしないほどよい楽しみのためのコレクション。
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飲み物を頼むと奥さんが作った羊羹を添えて出してくれました。
時間がゆっくり流れるような雰囲気があると思います。 -
ここでほかのお客さんから、しゃくなげの里ではシャクナゲが見ごろという情報を聞きまして。
列車までの時間はまだあるし、それなら、行ってみますか。 -
これですね。
ただ、女将さんいわく平福の市街を抜けてすぐということだったのですが、歩いてだと20分はかかります。 -
これは藤棚ですが、
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小山一帯にシャクナゲを植えてあって、
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遠くの高速道路や向かいの山々をバックにした見晴らしのいい景色が楽しめる。
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ボランティアの方がたくさん出ていて、
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地元の人たちが一生懸命作り上げた
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シャクナゲ園だと思いました。
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イチオシ
最後に本陣跡の大提灯も確認して、
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平福駅に戻ってきました。
平福駅から今度は宮本武蔵駅へ向かいます。 -
宮本武蔵駅に到着。
ここは駅名の通り、宮本武蔵の故郷。剣豪武蔵の里です。 -
駅の前にある像は宮本武蔵の幼少期。
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まだ、辨助(べんのすけ)と言われていたころの姿でしょう。
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イチオシ
剣豪武蔵の里は小さな集落なのですが、その中に建つ武蔵武道館は場違いなほど立派な建物。武蔵の作った刀の鍔「海鼠透鍔」を象ったユニークな形とも合わせて、遠くからでもよく見えて目立ちます。
館内には「戦気」の碑といったものもあるようですが、この外観を見るだけでも十分迫力を感じられると思います。 -
宮本武蔵駅からしばらく歩いて、武蔵の里の入り口にあるのが讃甘神社。旧讃甘郷中の総鎮守で、小さな唐破風を頂いたユニークな鳥居がけっこうな迫力です。
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宮本武蔵が幼ない時、この神社の太鼓を打つ二本の撥の音が左右の均等であることに感嘆し、その記憶が後年の二天一流の発想に繋がったとされるとか。真偽のほどはよく分かりませんが、武蔵の生家とはもう目と鼻の先。ゆかりの神社であることは間違いありません。
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で、これが宮本武蔵生誕地。生家跡の前にいくつかの碑が建っていて、吉川英治の碑もあるのが印象的。
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武蔵の具体的なイメージはほとんどが吉川英治の想像から出たものですからね。
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生家はその奥で、60m四方の大きな構(かまえ)の中に立つ大きな茅葺の家で、「宮本の構(みやもとのかまえ)」と呼ばれていたそうですが、現在の建物は平成に建てられた比較的新しい建物だし、今でも誰かが住んでいる家のようで、少し離れた場所から外観を確認して、武蔵を偲ぶことしかできません。
ちなみに、武蔵は天正12年(1584年)生まれ。父、祖父ともに、武術家という家柄だったようです。 -
武蔵神社は、そこから少し山の方に上ったところ。ただ、昭和46年に建てられた神社なので歴史的なものではない。
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傍らには有名な「寒流帯月澄如鏡」の一節を刻んだ「戦気の碑」。
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すぐ下手には武蔵の墓があって、むしろ、そちらの方が見どころかと思います。
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武蔵神社を降りたところに建つ立派なかやぶき屋根の家は、平尾家。武蔵の姉おぎんの嫁ぎ先で、武蔵は武者修行に出る時、家系図や十手などをおぎんに渡します。
後日、武蔵の家はおぎんの次男が相続しますが、この建物は、その時に建てられたものです。 -
そして、最後は武蔵資料館へ。武蔵の生誕地、武蔵の里でもここが中心施設といっていいでしょう。
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武蔵関連の資料を展示しているだけでなく、
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広い敷地には悠々日本庭園も整備されているし、素晴らしい環境。
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建物の方もいろんなイベントが開けるようになっていて、全体として地域の文化施設となっている感じです。
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青年期宮本武蔵像は、武蔵の里の武蔵資料館の庭。ちょっと裏手のような一角です。
高さ5・6mの17歳の青年期の武蔵。しっかりと二刀流の構えを取っていますが、なんでしょうねえ。特別に挑みかかってくるといった風でもないし、隙がないという風でもない。やっぱり変わった雰囲気を持つ構えです。 -
そして、
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展示室はこの先。
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武蔵の書や絵に、武蔵の師だったという海北友松の絵画なども。館内には武蔵の生涯を解説するビデオもあって、ゆっくりと静かに武蔵の世界に浸れます。
以上で、武蔵の里は終了。
今度は再び智頭線で大原に向かいます。 -
大原は、平福宿、智頭宿と並ぶ鳥取藩の参勤交代の宿場町。因幡街道ではここも外せないポイントです。
なるほど、美しい街並みがそれなりに残っています。 -
イチオシ
これは、大原本陣 脇本陣。街道はきれいな石畳が整備されているし、建物もよく保存されていて見応え十分じゃないですか。
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ここまでの街並みが残っているのはあまりないことだと思いますが、この景観の見事さの一方で、観光客がほとんどいないのはちょっと不思議な気もします。
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そして、ここの特徴は、江戸期から後の明治や大正期の建物が、景観を損ねることなく混在していること。
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たぶん、そのことで
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県の街並み保存地区のレベルにとどまっているのだと思いますが、
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それは街が生きている証拠。変化しつつ、全体としての調和を保っていることこそ、素晴らしいことではないでしょうか。
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これは、旧因幡街道本陣。ただ、有元家という家で実際に人が住んでいるため、拝観はできません。表に、鳥取池田藩の参勤交代で使われていたこと。回遊式の庭園で川石を敷き詰め渚に見立て、平場に白石を敷き、砂に波の掃き目を付けた枯山水が残っていることなどが説明されていました。
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結局、本陣も脇本陣もまだ住んでいる人がいるので、外から様子を窺うしかない。どこかで公開されるといいのですが、ちょっともったいないなあとは思います。
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大原の旧宿場町の通りは風情があってすごいのですが、食べるところは全くなくて、食事をするなら国道沿いの方に行かないといけません。
この魚岸もその国道沿い。最近言われる街メシの食堂ですね。 -
カレーライスとうどんのセットをいただきましたが、何気ないようでいて、やっぱりプロの味。落ち着いた味わいにほっと一息入れました。
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さて、最後はあわくら温泉へ。
智頭線あわくら温泉駅からしばらく歩きます。近い方に国民宿舎あわくら荘、少し遠い方が日帰り温泉黄金泉です。 -
ここは、日本一のラジウム含有量を誇る温泉なのですが、施設にはサウナがついていたり、露天風呂のエリアがあったりとまったくそんな雰囲気がない。お客さんも普通の銭湯の感覚みたいな人ばかり。たぶん病気の人も多いのかと思ったのですが、全然そんな雰囲気がなくてちょっと拍子抜けしました。
さて、ここから岡山市のホテルへ。
明日は、最終日。児島から回ります。
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