2018/04/16 - 2018/04/17
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旅人のくまさんさん
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長野の名城巡り、日本百名城の小諸城の紹介です。安土桃山時代から江戸時代にかけて、石垣を構築した近世城郭に改修され、現在のような構えとなったのは仙石秀久の改修によるものです。現存しませんが、三重天守もその頃に建てられました。
- 交通手段
- 観光バス JR特急
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8時ちょうど発のしなの13号で名古屋駅を出発し、塩尻駅には10時少し前に到着しました。振り返って眺めた、JR塩尻駅の光景です。塩尻はワインの生産が盛んで、駅にもアルプスワインの宣伝看板がありました。塩尻在住の友達の車で、井筒ワインと五一ワインを訪れたこともあります。
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同じく、塩尻駅駅付近の光景です。Jり氏の公式HPには、14社のワイナリーが紹介されていました。そのパイオニアが、五一ワイン(林農園)とも紹介されていました。その畑には、創業者の林五一氏が育てた初代メルローの木が今も育っているようです。
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旅行社で用意されていた、少し早い時間の昼食です。今日のお城巡りに、山城はありませんので、地酒の『郭翼(かくよく)』を注文しました。信玄と謙信の川中島の戦いで、信玄が敷いた『鶴翼の陣』を意識したネーミングのようでした。『三方が原の戦い』、信玄3万が『魚鱗の陣』、家康1万数千余が『鶴翼の陣』で戦い、信玄の圧勝に終わりました。陣形だけでは優劣は付かないようです。
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『鶴翼』と一緒に別注した『馬刺し』です。『鶴翼の陣」は、自軍の部隊を、敵に対峙して左右に長く広げた隊形の陣形です。左右が敵方向にせりだした形をとるため、ちょうど鶴が翼を広げたような三日月形に見えることから、この名が付きました。古より会戦に用いられ、防御に非常に適した陣形とされます。『鶴翼』は、長野市松代町の宮坂酒造店販売のお酒でした。
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昼食後に撮影した、レストランの光景です。長野インター傍のドライブインにあるレストランです。ネット検索によれば、茅野市の渡辺製麺が経営しているお店と紹介されていました。
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同じく、長野インター蕎麦のドライブインにあるレストランの光景で、ネット情報によれば、右手方面に見えるイラストと、更に背後にある建物側面のイラストが目印になるお店でした。
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『タンポポ(蒲公英)』
キク科タンポポ属
特徴:茎は笛として吹く、草笛となり、漢方薬の薬草です。
分布:多くはユーラシア大陸に自然分布します。
その他:古来からの日本の在来種は、帰化種に置き換わっているようです。 -
『スギナ(杉菜』
トクサ科トクサ属
花期:春
分布:日本全国に分布し、ツクシは袴取りが大変ですが食用になります。
その他:花の部分の『ツクシ(土筆)』の呼び名が一般的です。 -
『シダレザクラ(枝垂れ桜)』
バラ科サクラ属
花期:3月下旬~4月
特徴:ヤエベニシダレやベニシダレのほか、白色種もあります。
その他:多くは、エドヒガンの枝垂れ品種です。 -
イチオシ
『シダレザクラ(枝垂れ桜)』
バラ科サクラ属
花期:3月下旬~4月
特徴:ヤエベニシダレやベニシダレのほか、白色種もあります。
その他:見頃の花のズームアップ光景です。 -
左上に『小諸城址・懐古園」のタイトルがあった観光案内地図の光景です。いずれの国の重要文化財の『三の門』と『大手門』の写真が添えてありました。右上説明文のタイトルは『明治の文豪・島崎藤村ゆかりの小諸』のタイトルがありました。中央の地図は、北側が下向きに記されていました。
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通路から見上げた、土塁下石垣の光景です。地上1メートル程で伐採された大木の切り口には、金属覆いが被せられていました。神社などでは、寿命が尽きて伐採された老木などで見かける光景です。
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正面奥に見える唐風屋根の玄関の建物には、『徴古館』の表札がありました。小諸徴古館は、小諸城の歴史を知るための資料館とされます。小諸城を地割した山本勘助の関連、小諸城を完成させた仙石秀久、江戸期を治めた牧野氏などの展示があるようです。牧野氏の関連では、左甚五郎作という三代将軍徳川家光とお福の像などが見所とされます。
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表(外)から眺めた、『三の門』の光景です。『懐古園』の扁額が懸かっていました。高2の重要文化財の建物です。1615年に建てられましたが、寛保2年(1742年)に起きた『戌の満水』と呼ばれる大水害によ利、大手門、足柄門と共に損壊しました。現在の『三之門』は、明和3年(1766年)に再建されたものです。
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『懐古園』の大きな文字が記された扁額のズームアップ光景です。『正二位家達書』の落款がありました。徳川家第16代宗主の『徳川家達:いえさと(1863~1940年)』の落款でした。第4代から第8代までの貴族院議長、ワシントン軍縮会議全権大使、1940年東京オリンピックの組織委員会委員長、第6代日本赤十字社社長、学習院評議会議長、日米協会会長などを務めた人です。
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イチオシ
内側から眺めた、『三の門』の光景です。ここで、小諸城の歴史を少し紹介しておきます。長享元年(1487年)、大井光忠により築城されたと考えられています。戦国時代、武田信玄の東信州経営のために現在の縄張りとされました。現在残っている城跡の元になったものは、信玄の軍師だった山本勘助(1493/1500~1561年)の縄張りと伝わりますが、根拠史料はないようです。
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小諸城は、安土桃山時代から江戸時代にかけて、石垣を構築した近世城郭に改修されました。現在のような構えとなったのは仙石秀久(1552~1612年)の改修によるもので、三重天守もその頃に建てられたものでした。天守には桐紋の金箔押瓦が用いられていましたが、寛永3年(1626年)に落雷によって焼失しました。
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『重要文化財・小諸城三の門(平成5年12月9日国指定)』のタイトルがあった説明立看板の光景です。寛保2年(1742年)の大洪水で流され、20年後の明和年代に再建された門と紹介されていました。寄棟造りの二階建の楼門です。
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二つ並んだ古い石標の光景です。小さな穴が開いていましたから、旗立て石かも知れません。『三の門』は、一階は桁行三間、北脇に潜戸(くぐりど)を構え、隅金具、八双金具等が施してあります。二階は西側に袖塀を設け、矢狭間(やざま)、鉄砲狭間(てっぽうざま)が城郭の面影を残しています。桁行五間、梁間二間で内部は住宅風の一室になっています。
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『三の門』越しに眺めた小諸城内の光景です。城郭は城下町である市街地よりも低地に縄張りされ、市街地から城内を見渡すことができ、このため『穴城』や『鍋蓋城』の別称があります。また、浅間山の田切地形の深い谷を空堀として利用していて、西側の千曲川の断崖も天然の防御として利用されています。
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『三の門』近くにあった道案内標識の光景です。小諸城は、天文23年(1554年)に竣工しました。小諸城主は武田家の親族衆である武田信豊であるとする説がありますが、確実な資料はないようです。武田信玄の子、勝頼(1546~1582年)の時代には、御一門衆の下曾根浄喜が城代を務めていたようです。
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天正10年(1582年)3月、織田・徳川連合軍の甲斐侵攻に際しては、小諸城に逃れてきた武田信豊を浄喜が打ち取り、首を織田信長に進上しましたが、浄喜も誅殺されたと伝わります。武田氏が滅んだ後、上野国と信濃佐久郡・小県郡は織田家臣の滝川一益(1525~1586年)が領し、城代は道家正栄が務めました。
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イチオシ
天正10年(1582年)6月の本能寺の変により、相模国の後北条氏が上野へ侵攻し、同月、滝川一益は後北条氏との神流川の戦いで敗退しました。敗走した一益は、箕輪城(群馬県高崎市箕郷町)を経て碓氷峠を越え、同月に小諸城へ入城しました。一益は、6月末近くに小諸城を退去し、佐久・木曽両郡を通過して本国の伊勢国長島へ帰還しました。
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野面積の石垣のズームアップ光景です。ある程度表面加工されていますから、打込み接ぎの範疇に入るかも知れません。滝川一益の退去により、小諸城主は依田信蕃となりましたが、後に徳川氏に引き渡されました。小田原征伐後に、依田氏が徳川氏に従って関東地方に移ると、代わって小田原征伐での功労が認められ5万石で再び大名に列せられた仙石秀久が天正18年(1590年)に入城しました。
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石垣の石材に嵌め込まれた銅プレートのブロンズ像の光景です。その左下に、説明立札もありました。仙石秀久は、関ヶ原の戦いでは東軍に付き、その後も元和8年(1622年)に2代忠政が上田城へ転封となるまで居城しました。
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石垣の石材に嵌め込まれた銅板プレートと、その説明立札のズームアップ光景です。『小諸義塾塾長・木村熊二』の表示がありました。木村 熊二(きむら・くまじ:1845~1927年)は、日本のキリスト教牧師で教育者です。牧師として島崎藤村に洗礼を施したことでも知られ、のちに藤村を小諸義塾の教師に招いています。但馬国(兵庫県)の生まれで、10年以上アメリカ留学した人です。
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『二の門跡』の文字が記された、真新しい説明立札の光景です。小諸城の城郭は東西一直線上に配置されていて、大手門から本丸までの間には、枡形の形をした場所が少なくとも六箇所設けられていたようです。その枡形虎口跡の一つになるようです。
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『二の門跡』の楼門跡に登る石段になるようです。江戸時代には、小諸藩の藩庁が置かれ、その後は松平氏、青山氏、酒井氏などが封じられました。元禄15年(1702年)に牧野康重が移封された後は国替えは行われず、牧野氏10代康済の時に明治を迎えました。
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右側の説明立札には、『二の丸跡』のタイトルがありました。第一次上田合戦(1585年)と、第二次上田合戦(1600年)に二度に亘り、徳川軍の本陣となった小諸城です。左側の立札には、若山牧水の『かたはらに秋くさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな』の和歌が記されていました。
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『二の丸跡』の立札があった脇の石段を、登った場所からの眺めです。櫓跡の石垣のようでした。先ほど紹介した牧水の和歌は、歌集『路上』(明治44年・1911年)に、『長野・小諸にて、明治43年(1910年)秋作として収録されています。『路傍に咲く秋草の花が語るには「滅び去ったものは懐かしいなあ」』などと解釈されています。
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