2018/03/18 - 2018/03/18
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Elliott-7さん
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「ドイツ村公園とドイツ館」へ
今回阿波徳島を旅する目的は、鳴門市にある「ドイツ館」を訪ねることです。ずーっと前から鳴門市板東に「ドイツ村公園とドイツ館」があることを知っており、どうしても一度行ってみたいと思っていた場所なのです。
事前準備のために、4travelのトラベラーさんたちの旅行記も拝見せてもらい参考にさせて頂きました。ここは必見の価値ありと前から思っていたのです。
そのために移動手段をどうするか? 地図で下調べしたら高徳線の板東駅から少し離れているようなので、レンタカーを利用することにしてネットで駅レンタカーに予約しておいたのです。そのために高松泊でなく徳島泊にしたという訳。
駅レンで借りたのは、日産のカーナビ付き軽自動車。午前9時~18時返却。このレンタカーのおかげで行動範囲が格段に広がったのは言うまでもありません。
駅前からスタート、最初に目指すは鳴門市板東にある「ドイツ村公園」と「ドイツ館」そこに隣接する「賀川豊彦記念館」の三カ所ということにしました。
目的地までは駅から車でおよそ25分、付属のカーナビのおかげですんなり到着でき、まず最初に「ドイツ村公園」へ、
こには、第一次世界大戦当時、鳴門市の板東俘虜収容所では中国青島から移送されてきたドイツ兵約1000人が暮らしていました。その収容所跡が公園になっており、公園内には慰霊碑や記念碑が建てられています。
なんと言ってもこの収容所が有名なのは、1918年6月1日にベートーヴェン作曲の交響曲第9番(通称「第九」)がアジア・日本で初めてここ板東俘虜収容所内で、ドイツ兵捕虜によって全曲演奏されたことなのです。
1918年といえば、今からちょうど100年前になります。100年も前にこの収容所でベートーヴェン作曲の交響曲第9番(通称「第九」)が演奏されたことに驚かされます。何故ここで?詳細については、後ほど「ドイツ館」の資料を基に説明します。
公園を見て廻ったのち、そこから少し離れたところにある「賀川豊彦記念館」(後述)と隣接する「ドイツ館」を見学しました。
今回は、「ドイツ村公園」と「ドイツ館」を紹介しましょう。
写真はドイツ館全景です・・・
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- レンタカー
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ドイツ村公園にて・・
右に「板東俘虜収容所跡」 左には「ベートーヴェン第九日本初演の地」と
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公演の案内図 上の方は池を挟んで記念碑や慰霊碑がある、
下の方は収容所跡が・・ -
まず池の方から
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給水塔もさび付いている
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ドイツ軍捕虜の慰霊碑が、
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ドイツ兵捕虜(旧軍では俘虜・ふりょと呼称していた)の死亡者名と配属先が
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アップしてみよう。。
”第一次世界大戦中(1914ー1918年)日本での捕虜生活のうちに没した兵士たちの霊を祀る”と、明記されており、よく見るとここ板東だけでなく日本国内数カ所に分散して収容されていたことがわかる。 -
後ろにはこのような銘板が、
”この碑はドイツ連邦共和国政府の委託により、建立され1976年のドイツ国民慰霊祭(1976年11月14日)の日にウィルヘルムロエルドイツ総領事ならびに谷光次鳴門市長によって序幕された”とある -
隣接してこのような慰霊碑も建てられていた。
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さらに進むと「赤十字ゆかりの地」の祈念碑が・・・
「国境を越えた博愛の心がここにあった」さらによく見ると
”松江豊寿所長の板東俘虜収容所での施設運営に、脈々と流れていた赤十字の人道精神。ドイツ兵と地域の人々の友情にまでつながったこの収容所は、後に「奇跡の収容所」と呼ばれている。”
と、日独二カ国語で表記されている。 -
このポスターは何だろう?
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碑の裏に廻ってみよう・・
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ポスターの説明があった。
コンサートの説明だった、 -
次に下の方へ向かう・・
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立派な、”友愛の碑”が
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真ん中に”友愛”と
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左手にはドイツ語表記で・・
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右手には日本語表記で・・(原文のママ)
”この地は、第一次大戦に参加した953人のドイツ兵士が、大正6年から9年まで過ごしたところである。いまもなお、青々と生い茂っているセンダンの大木や、兵舎の基礎に使われていた煉瓦積みが、そのまま残っている。
広場の中央にある石積みの橋は、当時ドイツ兵がつくったドイツ橋を模したものである。
丘の上には、日本各地で死亡した85名のドイツ兵士の合同慰霊碑が建立されている。
ここが、市民の憩いの場となり、あわせて日独友好の広場となるよう願っている。” 鳴門市長 谷 光次 -
これがドイツ橋・・
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公園内に咲く花・・
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ドイツ橋の上から
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板東俘虜収容所施設配置図、
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この公園から少し上がったところに、「賀川豊彦記念館」と「ドイツ館」がある。「賀川豊彦記念館」は後述し、「ドイツ館」の説明を・・
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ドイツ館は、第九の里・道の駅にある。
道の駅駐車場はサイクリストでイッパイ・・、休憩場所になっているようだ。
この後、鳴門公園へ行くときも大勢のサイクリストが走っていたので、何かの大会でも?と、
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後で調べてみたところ、ASAトライアングルサイクリングツーリズムを開催していたことが判明。
ASAとは何や? AWA・SANUKI・AWAJIの頭文字からとのこと
コースは短・中・長距離の3コースあるという。
各コースの要所々々には係員が配置され、安全・誘導されていた。参加者は安心して走れるという訳。イヤー三市の熱の入れようはスゴイ! -
道の駅・第九の里・・
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こんな案内があった、
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道の駅からドイツ館に向かう・・
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なかなか立派な建物です!
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6月には第九のアジア初演100周年気炎演奏が計画されている、
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正面エントランス・・
ベートーヴェン「第九」アジア初演100周年の案内が、あと「 」日とカウントダウン、 -
ここは、ドイツ館だ、ドイツ国旗が迎えてくれる・・
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展示室は二階にある・・
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二階の中央休憩場所から外を、
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ドイツ人からやってきた学生さんたちが見学を終えて
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二階展示コーナーで
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交流の復活とバンドー人・・
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収容所内で使われていた切手と通貨、
ということは、手紙のやりとりや買い物も自由にできたということ、 -
この人物が収容所の”松江豊寿所長”
松江所長は44歳で板東俘虜収容所所長に任命された元会津藩士出身であった。
在任中にドイツ人俘虜を人道的に扱い地元の住民とドイツ人俘虜を交流させた。
この時、ドイツ人俘虜によって日本で初めてベートーベンの交響曲第9番が演奏された。
もし、この収容所の所長が松江所長でなかったならば、果たして俘虜はどう扱われていたのだろうか?
コマンダー(責任者)の違いによって俘虜たちの人生も大きく左右されていたに違いあるまい。
そして、100年前にベートーヴェン第九の全奏演奏もあっただろうか? -
収容所跡の模型があった。
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写真パネルも・・
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当時の俘虜たちが集まって・・
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収容所の模型、もちろん木製!
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内部の様子・・食事風景、
ビールまで出ているではないか! -
部屋で学習中・・
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就寝前のひととき・・
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寝間着に着替えて・・
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楽器演奏する者とうるさく感じる者も同居して
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第九シアター、ここでロボット演奏がある、、
やはりここは動画でしょう、youtubeにアップしましたので視聴してください。
https://youtu.be/F8fXAO5RYMM -
当時の俘虜と板東の人たちとの交流がよくわかる。
左・・音楽レッスン 中・・ダンスレッスン 右・・和楽器習得 -
ろくろを回して焼き物の手ほどきを受ける俘虜、
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謄写版印刷で機関誌も出していた、日本が学ぶことが多かった。地域の人々はドイツさんからいろんな文化・技術を取り入れた・・
例・牧畜、製菓、野菜栽培、建築、スポーツなど、得るものが多かった。 -
二階展示コーナーで、当時の冷蔵庫のようだ、
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俘虜たちが造った工芸品の一例・・
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特別展示室。。
ドイツ館建設までの歩みなど・・ -
一通の手紙によって交流が芽生えたという、
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往復書簡の一例
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二階の展示コーナーは、無断撮影禁止です。
特別の計らいによって、「館内撮影許可証」を発行してもらいました。
謝々 -
コーラス人形も
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レストランもあります
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一階はドイツ物産販売コーナーが、
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関連書物もあります。
感想。。ここドイツ館は前から来てみたいと思っていましたが、やはり良かった。
100年も前にここでベートーヴェンの第九が全奏演奏されたと聞いて、よくわからなかったが、やっとわかった。
捕虜収容所と言えば暗い過酷な生活がイメージされるが、ここ板東俘虜収容所はそんなところではなかったのだ。
やはり松江所長の存在が大きかったように思う。私たち日本人はこのようなコマンダーがいたことを誇りにしてもいいのではあるまいか。
その後、調べてみたらこの収容所を舞台にした映画「バルトの楽園」があることも知った。残念ながらまだ見ていないが、これからでも探してみたいものだ。
このドイツ館取材にあたり、館長さまには特別許可を頂き感謝申しあげます。
次回は「賀川豊彦記念館」と「鳴門公園」へ行きます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- とぼけ老人さん 2018/03/28 19:37:03
- 戦争の産物
- 徳島のドイツ捕虜収容所の話は日本の第九演奏の歴史には必ず出てくるほど有名ですが
ドイツ記念館が出来ているとは知りませんでした。
おかげさまで大変勉強になりました。
徳島と言えば、思い浮かぶの輪阿波踊りと、鳴門海峡の渦潮と、阿波の人形浄瑠璃ぐらいですが今までの観光では見落としていましたよー!大変勉強になりましたー(#^.^#)
- Elliott-7さん からの返信 2018/03/29 03:06:28
- Re: 戦争の産物
- ありがとうございます。参考にして頂きうれしいです。
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