2017/10/24 - 2017/11/01
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サンフランさん
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京都への通勤圏の丹波には田舎の雰囲気のなかに文化遺産があります。亀岡は本能寺の変で織田信長を討った明智光秀の居城、亀山城のあったところで、10月の下旬に亀山祭りがあるとのことで、台風の後、10月24日宵山、25日本祭りの亀岡へやってきました。それはミニ祇園祭でした。
山鉾といっても鉾はないようですが、巡行の後、明智光秀軍の本能寺攻めの際、本能寺へ向かうために越えた明智越えと呼ばれるトレイルを雨上がりの山を歩いて、保津峡へ。台風21号の爪痕、尾根道は倒木が多く、保津峡への下りは急な下りで滑って転んで大変な道だった。挙句の果てに携帯電話を落してしまった。
11月1日
先日行けなかった水尾へ。水尾はゆずの里と呼ばれる山間の集落。愛宕山頂にある愛宕神社の参拝経路でもある。亀岡側からは明知越えを越えなければならない厳しい山の参拝です。残念ながら時間は足りずに保津峡から鳥居本までの歩き。保津川は台風の後で泥水の流れで、観光名物の保津川下りはお休みだった。
11月22日
紅葉真っ盛りの保津峡へ
水もきれいになり川下りも復活、いつもの保津峡が戻ってきました。保津川沿いの道は舗装道路ですが、行きかう車両は少なく快適な散歩道です。
- 旅行の満足度
- 2.5
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
10月24日
JR亀岡駅
改札を出るとそこには山鉾の提灯が -
亀岡駅からやってきました。静かな京都の郊外です。祭りの雰囲気はまだありません。道端に灯ろうが置かれているのがそれらしい。
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亀岡祭り山鉾案内図
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最初に見た山は北町の鍬山
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保津峡を開いた鍬山明神の神話があるそうだ。祇園祭と違って、雨模様でも前掛け、ご神体も飾られている。
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その逸話が書かれている。
「能楽の「翁」を題材とした山、いった途絶えたものの1829年に再興されている。」 -
由緒ありそうな前掛け!
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反対側に回り、次の山へ
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形原神社の近く
雨の中でも露店が出ている。 -
形原神社お旅所へ
右の神輿は八幡宮、左が鍬山宮
400年前に江戸時代のものと書かれていた。 -
再び露店の中を次の山へ
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三輪山
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山は提灯の後ろにお隠れ!
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この角度でようやく山のご神体を拝む。
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武内山
雨が降り出してきました。 -
高砂山
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高砂山は文政年間の築山!
明治40年に大修理が行われている。 -
稲荷山
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難波山
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難波山の見送り
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浦島山は呉服町の山
ご神体を拝顔する。明智光秀は1577年に亀山城を築城、城下町の形成に当たって呉服に携わる商人町であった。この地に町を守る火のみ櫓がこのあたりに設けられていたとある。 -
雨が激しくなってきました。蛭子山はビニールで覆われました。このへんで引き上げることに
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翌25日
巡幸はもう始まっていました。
旅籠町をいく1番山の翁山 -
お囃子は子供たちによります。
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回転には下の棒が
棒を支えに宙に浮かして回転する! -
翁山の見送り
京都西陣織とのこと -
後は力任せで回転される。
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旅籠町通りへ
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1番山の翁山も旅籠町通りへ
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2番山の稲荷山がやってきました。
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稲荷山
「稲荷神が稲穂を天秤棒で担ぐ姿のご神体で、1751年の建造」(亀岡まつり小冊子) -
三輪山
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ご神体が見えます。
「大和の国、三輪山に鎮座する大物主神」(亀岡まつり小冊子) -
難波山
能楽の難波を題材にしている。儒教と漢字を伝えたといわれる王仁をご神体にしている。」(亀岡まつり小冊子) -
見送りは「権威や武力にも屈しない中国漢の蘇武を描いたもの」(亀岡まつり小冊子)
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難波山が行った後は、...
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羽衣山がやってきました。
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羽衣山
能や謡曲の羽衣を題材としている。」(亀岡まつり小冊子) -
羽衣山の見送り
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浦島山が登場
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浦島山のご神体はもちろん浦島太郎。釣竿を持った浦島太郎と亀!1765年には建造されていた。」(亀岡まつり小冊子)
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次は蛭子山?
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蛭子山
昨晩はビニールに覆われていてよく拝見できなかった。
釣り上げた鯛を抱えた恵比須様をご神体としている。」(亀岡まつり小冊子) -
蛭子山の見送りはオランダ人と異国の風景を描いている。。」(亀岡まつり小冊子)
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武内山がやってきました。
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武内山
竹内宿祢がご神体。1,777年頃に建造されている。」(亀岡まつり小冊子) -
武内山の見送り
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八幡山です。
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八幡山のご神体は誉田別命。天岡山に降臨した氏神である。」(亀岡まつり小冊子)
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八幡山を最後に山鉾巡行を切り上げることに
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明智光秀の居城跡にやってきました。亀山城です。
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亀岡駅へいったん戻ります。
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駅の反対側にやってきました。保津川に架かる橋は近代的です。
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明知越えのハイキングコースを探す。少し行き過ぎていた。ここかららしい?
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左手にある養源寺には保津百景道しるべが立っている!
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ここはどっち?
白壁の陰に案内板があった。右へ -
民家の屋根が京都とは違う!
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ここが明知越えの入り口!
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蛇に鎌首を持ち上げられ威嚇される。
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帯解石と保津観音の伝説の保津百景道しるべ!
ここから左側には下に亀岡の街が見える。 -
これから先に行けるのだろうか!
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峯の堂の看板も地面に
「56代清和天皇を祀る
陽成天皇の元慶4年にこの場所で崩御された」
木の葉で読みずらい -
根こそぎの倒木
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これはもう通行不能
回り込むしなかい。 -
鐘撞堂跡
また根こそぎの倒木! -
ようやく尾根道に
快適な尾根道? -
土用の霊泉跡?
水は出ていない -
「鐘撞堂の三又より京都側へ降りた左側にこんこんと湧き出る清水を土用の霊泉と呼んでいる。いかなる夏の暑い土用にもこのような高所にどうして清水が涸れないのか不思議な感にうたれる。光秀軍の本能寺攻めの際、この霊泉に血止めの効卓抜な七三草をつけてよみがえらせて、それを兜の下に秘めて進んだと伝えられる。このところよりの都の眺めは天下の佳景ともいえよう」
えーどこ? 木が生い茂って眺望は全くない! -
ようやく眺望のいい場所に
でも右下の地面は滑落している。 -
鉄塔に到着
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鉄塔を後に下り
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眼下に水尾の集落が見える。
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倒木は続く
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まるで障害物競走だ!
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倒木がなくなってからは急な下り
台風の後でまだ水が出ていた。 -
11月1日
JR保津峡駅
第2保津トンネルの手前で -
保津川の上にある第2保津川鉄橋にホームがある!
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眼下の保津川はまだにごっている。
保津川下りの船も休業らしい! -
今日は先日行けなかった水尾を目指すことに
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ここから左に保津峡にそったのトレイルがあったらしい。通行禁止になっている。
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木漏れ日の中を水尾川に沿って歩きます。
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この先の左は先日下りてきた明知越えのトレイル
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ゆずの里、水尾はちかい
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ゆずの木が並んでいます。
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天皇陵があるらしい
2時を回ってしまった。愛宕山産H項まではこれからまだ約2時間
水尾からリターンとする。 -
JR保津峡駅から
落合まで下ってきました。 -
JR保津峡駅を通り越して府道50号を6丁峠へ
眼下に見える保津川は茶色く濁っている。 -
JR保津第1鉄橋も眼下に
秋はいい場所なのに -
嵯峨天皇の皇后嘉智子陵がこの奥にあるらしいです。宮内庁は通行禁止にしている!
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ここで行き止まり
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鳥居本ちかし
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鳥居本に到着
今日の歩きはここまで -
11月22日
鳥居本の紅葉
いまいち赤くない!
紅葉真っ盛りの保津峡へ -
六丁峠へ
鳥居本から上がる。 -
六丁峠を越えると紅葉は真っ盛り?
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JR第一陸橋もこの紅葉
上りが厳しい6丁峠も下りは楽です。 -
落合に下ってきました。落合は京都トレイルの入り口
右に入ると清滝川沿いのトレイルです。 -
橋を渡ると保津峡への方向
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清滝川と保津川の交流地点
保津川くだりも戻ってきました。 -
船客万来?
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トロッコ保津峡にもこの紅葉!
トロッコ保津峡駅 駅
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JR保津峡の紅葉も今いち早かった?
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JR保津峡駅まで
保津峡駅 駅
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駅の眼下の保津峡に保津川くだりの船が行きます。
い
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