2009/07/30 - 2009/07/31
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itaruさん
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冷戦時代は米ソ中とも対立し、鎖国という時代錯誤の政策をとり、ベルリンの壁崩壊後はねずみ講で国民の3分の1が破産した国アルバニア。「地球の歩き方」もずっと東欧や中欧編で除外していたところ。世界遺産の遺跡があるのは知ってたけど、それぐらい。行ってみたい気はするが、という感じでした。それが2009年ごろになると、ネットや歩き方(中欧編に20ページほど)にもそれなりに情報が載るようになってきた。じゃあ、行ってみるか。どんな生き方があるかな、と調べたら、世界遺産のブトリント近くのサランダへコルフ島からフェリーが出ているらしい。アテネから陸路や空路を使って向かうより、効率的に旅ができるんじゃないか。コルフ島~サランダ~ブトリント~ティラナというコースで行ってみますか
7月27日 成田(JL)→パリ(AF)→アテネ(深夜着)
28日 アテネ泊 アクロポリスなど遺跡を中心に散策
29日 午前中はポセイドン神殿のスニオン岬へ
午後は考古学博物館見学→国内線(OA)でコルフ島へ(泊)
30日 コルフ島観光
夕方→船でアルバニアのサランダへ
31日 午前中 南部の世界遺産 ブトリントへ
午後→バスで首都ティラナへ(約7時間の旅)
1日 午前中 ティラナ観光
午後→空路(JP) リュブリャナへ 夕方市内観光
2日 バスで観光地のブレッド湖へ日帰り
夕方 リュブリャナ(LH)→フランクフルト(JL)→
3日 成田着
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エールフランス JAL アドリア航空 (運航停止) ルフトハンザドイツ航空 オリンピック航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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コルフ島からフェリーがあるのは分かっているけど、時間や便数分からん。とにかく現地で調べるか。で、観光前に朝一でプラプラと港へ。途中に代理店もあり、1、2件にアルバニアの文字も。一方、港のチケット窓口にはアルバニア行きの船がない。イタリアやエーゲ海方面ばっかり。そりゃあ、需要から考えればそうなんだろうけど。ということで、アルバニアの文字のあった代理店でチケットチケット購入。9時と18時の1日2便だったので、夕方の便を予約。確か18ユーロ。さて、飯を食って港に向かうものの、どこから出るのかが良く分からん。イタリアやエーゲ海の島々は何番ドックとか表示してあるものの、アルバニア方面はなし。代理店はいけば分かるという。「国際航路だからかなり前に行く必要がある?」と聞いても、「15分前くらいでいいんじゃない」との話。ほんまかいな。とりあえず、40-50分くらい前にターミナルに入って、係員に聞いてみる。てえ~と、入り口付近にあったちょっと暗めの控え室のようなところが、アルバニア行きの待合室らしい。ほとんど人がいない。と、思っていたら、出港まで30分をきってから、おもむろにドアが開き、出国審査およびチケットチェックと免税店開店。で、船に向かうと、この船が。「やっぱ小さいな」ってのが感想でした。
コルフ港 (ケルキラ港) 船系
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夕方の便ということもあり、乗客はほとんどがアルバニアの人たち。中には結構派手で露出度の高い服装の女性もいる。一応、アルバニアってイスラムが人口の7割を占めるという話ですが、旅の間はイスラム的なものを感じることは少なかったなあ。体の線を隠す服装の女性にも首都ティラナでほんの数人みかけただけ。何でも、実際には無宗教に近い人が多いという調査結果もあるのだとか。さすが、一度は無信仰国家を宣言した過去があるだけのことはあるか
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アルバニアの海岸線がみえてきた。コルフ島からサランダまでは2時間半ほど。高速船なら30分らしいけど
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サランダは予想していたよりにぎやか。宿は学生時代に東欧で列車やバスを降りた時と同様、ゲストハウスの客引きも。ということで1泊10ユーロで宿を確保。このゲストハウスは一般のアパート家の一室で、外からは宿だなんて全く分かりません。ここに泊まっていたのはベルギーのカップルと、フランス人の旅行者。カップルの方はアルバニアを南下しながら旅を続けてるとのこと。もう1人のフランス人はコソボを旅してきたとのこと。当時のコソボは安宿とかないし、旅行者もほとんどいない。旅してたら国連関係の人間かと思われたと笑ってました
サランダ港 船系
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サランダからの移動をどうするか。調べてみると、昼過ぎにサランダを出て夜にティラナに着くバスがあるらしい。ただ、バスの本数や時間を考えるとブトリントともう1カ所訪ねようかと考えていたギロガスタルの世界遺産両方を巡るのはリスクが大きすぎることも分かりました。ということで、翌日は朝食を食べた後に路線バスでブトリントへ。バス停の時刻表は毎時0分発。しかし、まあ、そこは多くを期待してはいけません。何だかんだで、30分以上待ってブトリントへ
ブトリント 史跡・遺跡
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ブトリントの印象というと、特質すべきすごいものはないけど、古代ギリシア、ローマからビザンチン、ベネチア時代の遺跡が複合的に残っている、B級の上の世界遺産ってとこでしょうか。古代にはギリシア神話の名医アスクレピオスの神殿も建設される医療の聖地的な趣もあったようです
ブトリント要塞 史跡・遺跡
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ギリシア・ローマ文化では外せない円形劇場もコンパクトだけどそろっている
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実はローマの詩人ヴェルギリウスの叙事詩「アエネイス」にも名前が出てくる由緒ある街、ってのは現地で買ったガイドで初めて知ったんだけど
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gymnasiumってことは体育館跡でしょうか
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ローマ時代の住居跡でしょうか
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柱とわずかな石組みしか残っていませんが5世紀に建てられた洗礼堂の跡
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ブトリント湖に囲まれた小さな半島に位置するこのいにしえの街
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これまでに訪ねた地中海のローマの遺跡って乾いた場所に遺跡が残っているというイメージが強かった。ここは緑が多い中に遺産が点々と存在。新鮮な感じで面白い
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6世紀建てられた大聖堂へ。この街にキリスト教を伝えたのはパウロだという
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今では壁しか残っていないけれど、6世紀のビザンティン時代から18世紀のヴェネツィア時代まで、改修が重ねながらこの街の信仰の中心となっていた
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今は遺跡としてしか残っていない街の歴史に思いをはせつつ
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湖沿いに歩いていくと
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目の前に現れるのは紀元前4世紀というはるか昔に建てられた石積みの壁
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ちょっと分かりにくいけど、レリーフに描かれているのは牡牛に喰らいつく獅子。このレリーフちなんで「獅子門」と呼ばれている。ただ、レリーフが設置されたのは5世紀ごろ。城壁の強化のために門の高さを低くするために配置されたという。もっとも、レリーフそのものは紀元前6世紀ごろに作られた寺院の一部と推測されている
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丘を登ってヴェネツィア時代に建てられた城砦へ。水路がそそぐのはイオニア海
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緑豊かな環境はラムサール条約に登録されているという
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小さな博物館で出土品を鑑賞したらサランダに戻りましょう
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昼過ぎにサランダに戻って、宿を出てからバスでティラナへ。一応、バスターミナルとはなってますが、一般的にイメージするようなバスターミナルではなく、このスペースからバスが出るよ、っていう程度のもの。隣には2003年に発掘されたという5世紀くらいに建てられたシナゴーグの跡が
シナゴーク跡 史跡・遺跡
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ティラナまでは6時間っていう話でしたが、実際には7時間ほどかかりました。ティラナまでの距離は250キロで幹線とはいえ、アルバニアは国土が起伏に富み、道路は曲がりくねっている。しかも、首都周辺などの一部を覗いて車一台分しか幅のない道路もけっこうあって、スピードがでない。それでいて、ブトリントで会ったイタリアから夫婦でキャンピングカーでアルバニアに来たおばちゃんが「ここは運転が荒くて怖い」と言ってるほどだから。まあ、事故なくてよかったってことか
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ティラナに着いた時も結構大変でした。バスターミナルみたいなものがなく、乗客は自分の降りたいところで降りる。が、私は自分がどこで降りていいか分からない。気がつけば自分ひとり。土地勘ないからどこにいるか全く分かりません。英語も通じないし。何とかツェントロって言葉で、中心街らしきところでおろしてもらいましたが。写真はイスラム寺院のジャーミア・エトヘム・ベウトと時計塔
ジャーミア エトへム べウト 寺院・教会
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通りの名前とか見て、現在地のおぼろげな位置を確認? 多分、こっちかなとか思いながら歩きつつ、サランダで教えてもらったティラナのゲストハウスを目指す。とはいえ、土地勘ないし、雑な地図なので今ひとつ分かりません。で、人の良さそうなおじさんにジェスチャー交じりに聞いてみる。すると、わざわざ10分ー15分ほど歩いて案内してくれる。十分に意思が伝わらないと思うと、わざわざ携帯で英語のできる奥さん?に電話して、確認するほど。看板もなく、電気の消えたゲストハウスの前でも、親切に呼び出してくれた人もいたし、単純にアルバニアの人って親切だなあとちょいと感動しました。で、オスマントルコ時代の館を使ったレストランで遅い夕食。伝統的な肉料理(細かな内容は忘れた)とグリークサラダ、アルバニアの地ビールを飲みました。意外とボリュームもあり、満足でした
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で、翌日はティラナ市内を散策です
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とはいえ、ティラナってあんまり観光スポットないんだよね。数少ないスポットの一つがオスマントルコ時代に造られたタバケ橋。大通りに並行(隔離)してひっそりたたずんでいます。下を川が流れているわけではないし、役割は終えて展示物として残っているだけって感じでしょうか
タバケ橋 建造物
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続いてやってきたのがイスラム寺院のジャーミア・エトヘム・ベウト
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1794年から1821年にかけて建設されたこの寺院
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内部は精密なフレスコ画で埋め尽くされている
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芸術的な価値が高いということもあって、鎖国・無宗教時代にも破壊されることはなかったという
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風景画ってイスラム芸術では珍しい気が
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ティラナの中心スカンデルベグ広場。スカンデルベグは15世紀、アルバニアの独立を達成した民族的な英雄。隣には巨大なアルバニア国旗も
スカンデルベグ広場 広場・公園
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まだ時間があるので巨大なモザイクが目印の国立歴史博物館へ
国立歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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アルバニア全土出土品を鑑賞した後
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スカデルベク広場からバスで30分ほどかけて空港へ。ティラナの空港はコンパクトだけど意外と近代的
ティラナ リナス国際空港 (TIA) 空港
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では、アドリア航空でスロベニアのリュブリャーナへ向かいます
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2009年7月、ギリシアからアルバニア、ついでにスロヴェニア①(神話の世界アクロポリス)
2009/07/28~
アテネ
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2009年7月、ギリシアからアルバニア、ついでにスロヴェニア②(スニオン岬と考古学博物館)
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スニオン岬周辺
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2009年7月、ギリシアからアルバニア、ついでにスロヴェニア③(コルフ島)
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