呉・海田・安浦旅行記(ブログ) 一覧に戻る
《2017.May》ヘタレあみんちゅその日に決めた弾丸バス&レンタカーの旅~前編~<br /><br />先月試験のため加古川を訪れました。我が街から約2時間かかる場所ゆえ行動圏内にも入っていない場所となりますが、せっかくここまで来たのだからということで広島まで足を延ばしました。しかし計画倒れとなってしまい、行きはしたものの不完全燃焼になってしまいました。ならば~ということで再立案し、どさくさに紛れてまた連休を取って広島へと足を運ぶことができました。今回は前回訪れることができなかった場所に加え、思うところあって旧海軍に纏わる史跡を訪れます。私にしては結構綿密な行程を組みましたがなんせB型、どんなものになったのでしょうか? <br /><br />元々は14日の夜出発の予定で、その日の勤務は17:30上がりにしていました。しかしこういう時に必ずと言っていいほど連勤明けになります。そんなこともあり体調が優れなかったためまずその日の出発を取り止めます。体調回復させるために早く休めば良いのですが、ここでまた行程を見直したりして夜更かしをしてしまいます。結局満足の行くものが出来なかったので、再び延期しこれ以上期間が短縮できない日取りとなって16日を迎えました。最初は昼行便を利用して2泊しようと考えていましたが呉の宿泊が取れず、結局夜行になりました。楽天トラベル手配のウィラーエクスプレスの京都祇園四条発広島行きの3列席『リラックスワイド』とレンタカー、そして徳山の宿泊を手配し出発します。<br /><br />夜行バスを利用する際は送ってもらえないためバスで出発します。田舎駅を経由し山科で京都市営地下鉄東西線に乗り換えて三条京阪へと到着します。コンビニに立ち寄り軽食を購入し、川端通りを南下するように歩いて行きます。間もなくシーズンとなる『川床』が鴨川にせり出すように立ち並ぶのを横目に見ながら数分で祇園四条駅バス停に到着します。ツアーバスが高速乗合バスとして運行するにあたり、『バス停』の設置が義務付けられました。かと言ってバス停の維持費用は年間100万単位でかかるとされており、単一のバス会社で維持するのは痛手ではあるようです。ただ祇園四条駅バス停は東大阪線を運行している大阪バスもあり二社で維持管理をしているようです。ウィラーエクスプレスの広島行きは21:45発でだいたい10分前の入線となりますが、その前に21:35発の大阪バス東大阪布施行きが入線します。定刻に大阪バスが発車してまもなくウィラーエクスプレスの広島行きバスが到着しました。バス前方の窓際3列と中央列は2列の計8席がリラックスワイド、その後方にはが横4列の縦7列のリラックスシートの定員36名のコンビシートバスです。ぎっちり詰まったリラックスに対し、リラックスワイドはかなりの余裕があります。ただ全体な需要は値段重視の『リラックス』のようで、京都乗車の4名のうちリラックスワイドに陣取ったのは私だけでした。一番にバスに乗り込み車内の写真を撮って指定された1A席に陣取ります。今日のドライバーさんは3人おられるようでした。どうやら研修中の2名と指導運転士1名という組み合わせのようで、指導運転士さんは1D席を乗務員用として使われていました。そして定刻に出発。川端通を一旦北上し御池通・堀川通を経て上鳥羽ランプから阪神高速~京滋バイパス~第二京阪~阪神高速を通り梅田スカイビルタワーのWILLERバスターミナル大阪梅田に到着します。最近のツアーバスはトイレがついていないものが多くなり、ここでトイレの利用ができるとのアナウンスがありました。梅田からは14名が乗車するものの、やはり3列を利用する方は2人だけでした。おまけに予約のタイミングの問題なのか、乗務員用として使われていた1D席が埋まってしまい、乗務員氏が間違っていないかを確認していましたが、予約自体に間違いはない様子。結局乗務員シートを1Bに変更し、定刻23:15に梅田を出発。一路USJへと向かいます。ここでいったん消灯しますが、すぐに到着する場所なのでその必要もないかとも思います。USJからの乗車はなく、扉を開けただけですぐに出発し三宮へと向かいます。また消灯にはなるものの小一時間で着くためなにか妙に忙しないように思います。三宮では10名が乗車するもすべて4列シートの利用でした。本日の乗客28名ですが結局リラックスワイドのお客は私を含めて3人にも拘らず、リラックスは25名と結構いっぱいだったようです。三宮で乗車を扱うと、次は翌朝東広島の広島大学学生会館前になります。三宮発車後休憩地のアナウンスがあり、山陽道の三木サービスエリア他2ヶ所で休憩を取る旨を告げられます。そして再び消灯となり、1:10頃に三木サービスエリアに到着。この時は足元灯が点けられただけで入口に出発時刻が書かれたボードが置かれていました。京都を出て3時間半、取り敢えず外に出て一服します。ウィラーエクスプレスを含めた様々な会社の様々な行先のバスが停まっています。高速バス人気を改めて感じつつ、バスへと戻ります。予定時刻を2分過ぎて出発します。ここからは爆睡タイムになり、3列シートのゆったり感も含めて記憶が薄らいで行きますzzz。そんな感じでバスは西へと進んで行きました。<br /><br /><br />気がついたら乗客が荷物を持って降りて行きます。6:05、既に広島駅南口バス停終点に到着していました。高速バスでそこまで爆睡したのは記憶にはありません。私もそそくさと荷物を持って下車します。3人のドライバーさんにお礼を述べて…。<br /><br />駅前のローソンでコーヒーを購入した後、駅構内のマックに入って腹ごしらえをしたかったのですが、えらく混雑しているため後回しにしてぶらぶらと駅界隈を歩きながら時間潰しの意味も含めて灰皿を探します。広島電鉄の隣の電停となる的場町迄歩いて灰皿のあるコンビニを見つけ、一服します。ぼ~っと景色を眺めていると、広島駅前電停へと向かう電車が走ってきました。1907番車両は元京都市電の車両です。昭和53(1978)年の廃止後広島電鉄に移籍して今なお現役で走っています。この雄姿には本当に勇気づけられます。これからも第二の故郷広島の足として活躍をし続けて欲しいと改めて思います。<br /><br />一服も済ませ京都市電にも出会いました。そろそろ駅へと戻ります。何気なく歩いていると原爆死没者慰霊碑を見つけます。広島市内にどれ程の原爆死没者慰霊碑があるのかは想像もつきませんが、それだけ多くの犠牲者を出した『史実』を物語っていることに違いはありません。一観客には何もできませんが手を合わせて犠牲者の冥福を祈ります。そして広島駅まで戻ってきて、いつも必ず訪れているマックに立ち寄ります。そしてベーコンマフィンの朝マックを頂き、駅北口へと向かいます。一旦地下に下りて利用しなければならない自由通路ですが、駅の改装工事の完了とともに改善されるとのこと。それに期待をします。多くの高速バスが発着するターミナルの姿は、中国地方の中心都市広島を表しているように思えます。そのまま西進すると今回車をお借りするバジェットレンタカーの営業所があります。36時間で9,308(割引後:7,608)円、お借りしたのは軽自動車のマツダ・フレアくんでした。宜しくお願い致します。<br /><br />だいたい予定通りの出発となり、まず目指すは呉方面です。先月も訪れている呉ですが、行くことができなかった場所がたくさんあり再訪です。国道31号線を快調に走り出しますが、すぐに立ち寄り地を作ってしまう『悪い癖』は相変わらずで、坂ビーチを見つけて早速寄り道をします。夏場は有料となる駐車場も、さすがに5月では訪れる方もおらず、昼寝をしている方位です。呉の港が望めるとありましたがどうなのでしょう?確かに港湾施設は見えますが、それで推測できる位でした。それ以上はなにもないため、車に戻って出発します。<br /><br />海上保安大学校を目指しますが、どうもナビの示す場所がズレているようでたどり着きません。裏門には行けるのですが立入禁止となっており、やはり表門を目指さなければいけません。でもどうやって…とない頭をフル回転させ、もしかして曲がる道自体を間違っているのかもという結果にたどり着き、一旦国道に出て少し走ると…ありました。海上保安資料館の表示が。そこを曲がって進んで行くと大学校の校門をくぐったところに資料館はありました。ということで今回の旅最初の目的地へと到着します。<br /><br />1時間ほど見学し、次の目的地へと出発します。程なくして到着したのは長迫公園、いわゆる旧海軍墓地です。ここも回り切ったように思ってはいたものの写真を整理していて、訪れていない場所を発見し再訪です。最初にその場所を巡った後に一服していたら、ちょうど園内の清掃をされていたボランティアガイドの方と話すことができ、公園管理事務所を兼ねた資料館の所在を知り向かうことにします。敷地内に建立されている慰霊塔所縁の艦船に関する資料がたくさんあり、興味のあるものには中々の場所だと思います。ただあくまで管理事務所であるため開館時刻決まっているため、事前に要確認した方が良いと思われます。再訪にも関わらず気がつくと3時間も滞在していることは、やはりその魅力に取り憑かれているのかも知れません。<br /><br />そして出発をしますが、呉という街は明治時代に海軍の鎮守府が置かれたことによって軍都・軍港に生まれ変わった場所ではあるものの、中心部を外れると普通の田舎になります。なんとか車2台が離合できるような細い道を走りながら、宮原三・宮原十一郵便局で旅行貯金をした後にアレイからすこじまに到着します。日曜日には艦艇の一般公開がされている場所ですが、その他の日でも間近までは行けないものの遠目にあのでかい図体の潜水艦や護衛艦を見ることができます。やはりここもハマる場所のひとつに違いありません♪<br /><br />艦艇を見終えて山手の方にある駐車場へと戻る途中、なにやら石碑の存在に気付き立ち寄ってみることにします。工廠神社(産業神社)跡とあり、戦前戦中にはこの地にあった海軍工廠の神社のようです。この神社跡一帯が現在では串山公園と呼ばれており、桜の名所となっているようですが、さすがに軍都呉だけあって神社跡付近には防空監視所跡・トーチカ跡・防空壕跡が点在しており、加えて現在駐車場になっている場所は旧呉海軍工廠海軍技手養成所跡だったようで石碑が建立されていました。アレイからすこじまと駐車場の間にある坂道。なにも考えなければ国道沿いに土地が確保できなかったからだろうと言った『現実論』で終わることですがちゃんとした理由があり、当時日本最大の工場とも言われていた旧海軍呉工廠跡を少しでも味わって貰おうという意図のもと作られているようです。気付く者も少ないかとは思うものの、その中に含まれなかったことを光栄に思います。<br /><br />小一時間散策した後呉市の市街地に向かい、呉市海事歴史科学館、通称大和ミュージアムに到着します。ここも前回訪れていますが、訪れた後に始まった企画展『海底の戦艦大和』を見学するためです。時間も時間なので見るものを限定しなければいけませんが、幸いなことに企画展のみの入館券があり400円で済みました。ちなみに常設展込みだと800円になります。昭和20(1945)年4月7日鹿児島県坊ノ岬沖で沈没した戦艦大和は、戦後3回に渡ってその調査が行われており、4回目となる今回の調査は呉市が中心となって大和ミュージアムの学芸員を伴って行われた大規模なものでした。色々なハイテク撮影機材を投入して行われた今回の調査でかなり細部までの大和の『現在』を知ることができるようになっていました。推進345mの海底に眠る戦艦大和は、国家機密の下建造されたこともあり、その詳細すらわかっていないことも多い上に引き上げることもできずに長きに渡って人の目を拒んでいました。画像や映像で見る限り、新たにわかったことは多々ありますが、沈没時に運命を共にした伊藤整一第2艦隊司令長官や有賀幸作艦長他2,000名を超える兵士についてはこれからのことだそうです。そういう意味ではまだ終わってはいない戦争を終わらせる日が来ることを願うばかりです。<br /><br />結局閉館のアナウンスに押し出されるようにして出てきました。18:00を過ぎていますがまだ日没は大丈夫です。そして急いで向かった先は入船山公園になります。記念館はこの前訪れており、この時間では閉館しているはず…なのですが、別の用事で訪れています。先ほどアレイからすこじまに向かう前に『歴史の見える丘』に立寄ったのですが、webの間違った情報で駐車場がないことが現地でわかりました。結構多くの方が路肩に車を停めて急いで見て帰ってくるみたいなことを書いておられますが、住宅地の道ゆえ結構通行の邪魔になるのでその時は一旦諦めて再訪することにしました。それでバスを使って訪れるために入船山公園駐車場に車を停め、バスに乗り換えて向かうことにします。5分程の子規句碑前で下車し歩いて行きます。海軍工廠碑やそれに纏わる数々の品、そして砲弾などが置かれている他、戦前から数々の船舶を作ってきた船渠を望むことができます。しかしなにが一番良いかと言うと多分10人いたら10人が『夕焼け』と答えることに異論はありません(笑)。15分程の滞在でしたが、その間にだんだん暗くなってくるのがわかるようになってきたものの、ちょうどバスが無い時間だったため、歩きで入船山公園に戻って来ます。これで本日のミッションは終了し、本日お世話になるホテルへと向かうことにします。<br /><br />今日の宿泊は山口県周南市にある東横イン徳山駅前です。なぜこんな場所に…と思われるかも知れませんが、翌日の行程によって決めたことです。しかし今いる呉からは100km以上離れています。おまけに今日は夜行上がり故さっさとホテルに到着し体を休めた方が…なのですが、また色々なことを考えています。一般道を走るとか…。まあ多くの思惑はあるものの取り敢えずは走らないと始まりません。ということで先ずはクレアラインの呉インターを目指し、そこから高速道路を走って行くことにします。<br /><br />国道31号線バイパスとしての広島呉道路、通称クレハライン。確か制限速度は70km/hだったと思いますが、仁保ジャンクションから広島高速3号線を経て広島岩国道路と山陽道経由で徳山駅前のホテルまで2時間足らずで到着できるはず。しか~しナビが古いため、道路標識に沿って走ると空を飛びました。とにかく観音ランプまではなんとか辿り着いたもののその後がわかりません。スマホナビを起動させるも曲がるタイミングが掴めず、たまたま国道2号線に合流できたのでそのまま西進することにします。途中の廿日市インターから高速を通れば元の行程に戻れるのですが、一旦下道を走ってしまうと貧乏性が出てしまい、行けるところまで一般道を走ることにします。宮島付近で広島電鉄に並走しているので、昼間だったらさぞかし楽しいドライブだろうな…なんて思いながら真っ暗な中を走って行きます。途中ファミリーマートでトイレと一服休憩を入れた後再び走り出し、県境を超えて山口県へと入ってちょっとしたモールを見つけて立ち寄ります。フレスタモールカジル岩国、広島を中心としたCGCグループのスーパーマーケットが運営するモールのようです。色々なお店があって楽しそうですが閉店まで時間がありません。ゆっくりと食事を摂る時間もないけれど、かといって急かされるのも好きではないので、夕方から続いていた頭痛のために薬だけを購入し、モールを後にします。<br /><br />手軽に短時間で夕食を済ませたい気持ちがあり、モールの少し手前に『吉野家』があったことを思い出し、少し今来た道を戻ります。吉野家2号線岩国店、別に珍しい訳ではありませんが、はなまるうどんが併設されているお店は初めて見ました。長距離トラックの運転手等『がっつり』食べたい方にはうってつけのお店だと思いますが、そこまでの胃袋を持ち合わせていない私は、いつもと変わらず『牛丼大盛+味噌汁』のメニューで食します。そして出発しますがここで既に21:30となっており、残り約50km。ただここからの高速利用は直線で走る国道2号線と比較して距離も長くなり、所要時間も20分程しか変わらずさほどメリットはないのですが、少しでも早く着いて休みたい気持ちが大きくなっており、岩国インターから山陽道を利用します。玖珂・熊毛のインターを通過し、下松サービスエリアで最後の休憩を入れます。木彫りが有名のようですが時間がありません。後ろ髪引かれる思いもありましたが、だいぶ疲れも出てきたので先を急ぐことにします。そして徳山東インターで山陽道を下りて一般道へと入ります。インターから5分程と書かれていましたが、なんせ夜の帳が下りている中で本能的な判断がことごとく外れてしまいます。なんとかついたものの車を停める場所がわからない。仕方がないので車の中からホテルに電話して尋ねると、敷地内駐車場はいっぱいなのでJRの駐車場をご利用下さいとのこと。翌日の行程上どうしても駅前に泊まらなければならなかったのですが、まさかの展開にちょっと後悔もあったりします。まあボヤいても仕方がないので言われたところに駐車してホテルへと向かいます。東横イン徳山駅新幹線口、東横インには本当にどれだけ泊まっていないだろうという位久しぶりです。完璧なまでのセルフサービス仕様に戸惑うこともありましたが、必要のないものは使わないという『カンパニーポリシー』には賛同できます…が~7階702号室は喫煙シングルルームでしたが、部屋に入った瞬間驚きと失笑せずにいられなくなりました。23:00を過ぎているにもかかわらず遮光カーテンが開いており、その窓越しに徳山駅に停車している新幹線車内が丸見えです。若干7階の方が高いため、車内から室内は見えないようにも思うものの少し低層階だと…。こういう『想定外』のことが必ずある東横イン、やはり選んで宿泊したいとは思いません。ただ今晩は余計なことを考えずに取り敢えず寝て体を休め、明日早朝からのアクティビティーに備えなければいけません。ということで先ずはシャワーを浴びてスマホとタブレットを充電し、翌朝の船の時間だけ確認して即効ベットに潜り込みました。いつもならあれもこれも…と考える余裕もなくzzz。そして朝を迎えます。<br /><br />《翌日に続く》

《2017.May》ヘタレあみんちゅその日に決めた弾丸バス&レンタカーの旅~前編~

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2017/05/16 - 2017/05/17

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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

《2017.May》ヘタレあみんちゅその日に決めた弾丸バス&レンタカーの旅~前編~

先月試験のため加古川を訪れました。我が街から約2時間かかる場所ゆえ行動圏内にも入っていない場所となりますが、せっかくここまで来たのだからということで広島まで足を延ばしました。しかし計画倒れとなってしまい、行きはしたものの不完全燃焼になってしまいました。ならば~ということで再立案し、どさくさに紛れてまた連休を取って広島へと足を運ぶことができました。今回は前回訪れることができなかった場所に加え、思うところあって旧海軍に纏わる史跡を訪れます。私にしては結構綿密な行程を組みましたがなんせB型、どんなものになったのでしょうか?

元々は14日の夜出発の予定で、その日の勤務は17:30上がりにしていました。しかしこういう時に必ずと言っていいほど連勤明けになります。そんなこともあり体調が優れなかったためまずその日の出発を取り止めます。体調回復させるために早く休めば良いのですが、ここでまた行程を見直したりして夜更かしをしてしまいます。結局満足の行くものが出来なかったので、再び延期しこれ以上期間が短縮できない日取りとなって16日を迎えました。最初は昼行便を利用して2泊しようと考えていましたが呉の宿泊が取れず、結局夜行になりました。楽天トラベル手配のウィラーエクスプレスの京都祇園四条発広島行きの3列席『リラックスワイド』とレンタカー、そして徳山の宿泊を手配し出発します。

夜行バスを利用する際は送ってもらえないためバスで出発します。田舎駅を経由し山科で京都市営地下鉄東西線に乗り換えて三条京阪へと到着します。コンビニに立ち寄り軽食を購入し、川端通りを南下するように歩いて行きます。間もなくシーズンとなる『川床』が鴨川にせり出すように立ち並ぶのを横目に見ながら数分で祇園四条駅バス停に到着します。ツアーバスが高速乗合バスとして運行するにあたり、『バス停』の設置が義務付けられました。かと言ってバス停の維持費用は年間100万単位でかかるとされており、単一のバス会社で維持するのは痛手ではあるようです。ただ祇園四条駅バス停は東大阪線を運行している大阪バスもあり二社で維持管理をしているようです。ウィラーエクスプレスの広島行きは21:45発でだいたい10分前の入線となりますが、その前に21:35発の大阪バス東大阪布施行きが入線します。定刻に大阪バスが発車してまもなくウィラーエクスプレスの広島行きバスが到着しました。バス前方の窓際3列と中央列は2列の計8席がリラックスワイド、その後方にはが横4列の縦7列のリラックスシートの定員36名のコンビシートバスです。ぎっちり詰まったリラックスに対し、リラックスワイドはかなりの余裕があります。ただ全体な需要は値段重視の『リラックス』のようで、京都乗車の4名のうちリラックスワイドに陣取ったのは私だけでした。一番にバスに乗り込み車内の写真を撮って指定された1A席に陣取ります。今日のドライバーさんは3人おられるようでした。どうやら研修中の2名と指導運転士1名という組み合わせのようで、指導運転士さんは1D席を乗務員用として使われていました。そして定刻に出発。川端通を一旦北上し御池通・堀川通を経て上鳥羽ランプから阪神高速~京滋バイパス~第二京阪~阪神高速を通り梅田スカイビルタワーのWILLERバスターミナル大阪梅田に到着します。最近のツアーバスはトイレがついていないものが多くなり、ここでトイレの利用ができるとのアナウンスがありました。梅田からは14名が乗車するものの、やはり3列を利用する方は2人だけでした。おまけに予約のタイミングの問題なのか、乗務員用として使われていた1D席が埋まってしまい、乗務員氏が間違っていないかを確認していましたが、予約自体に間違いはない様子。結局乗務員シートを1Bに変更し、定刻23:15に梅田を出発。一路USJへと向かいます。ここでいったん消灯しますが、すぐに到着する場所なのでその必要もないかとも思います。USJからの乗車はなく、扉を開けただけですぐに出発し三宮へと向かいます。また消灯にはなるものの小一時間で着くためなにか妙に忙しないように思います。三宮では10名が乗車するもすべて4列シートの利用でした。本日の乗客28名ですが結局リラックスワイドのお客は私を含めて3人にも拘らず、リラックスは25名と結構いっぱいだったようです。三宮で乗車を扱うと、次は翌朝東広島の広島大学学生会館前になります。三宮発車後休憩地のアナウンスがあり、山陽道の三木サービスエリア他2ヶ所で休憩を取る旨を告げられます。そして再び消灯となり、1:10頃に三木サービスエリアに到着。この時は足元灯が点けられただけで入口に出発時刻が書かれたボードが置かれていました。京都を出て3時間半、取り敢えず外に出て一服します。ウィラーエクスプレスを含めた様々な会社の様々な行先のバスが停まっています。高速バス人気を改めて感じつつ、バスへと戻ります。予定時刻を2分過ぎて出発します。ここからは爆睡タイムになり、3列シートのゆったり感も含めて記憶が薄らいで行きますzzz。そんな感じでバスは西へと進んで行きました。


気がついたら乗客が荷物を持って降りて行きます。6:05、既に広島駅南口バス停終点に到着していました。高速バスでそこまで爆睡したのは記憶にはありません。私もそそくさと荷物を持って下車します。3人のドライバーさんにお礼を述べて…。

駅前のローソンでコーヒーを購入した後、駅構内のマックに入って腹ごしらえをしたかったのですが、えらく混雑しているため後回しにしてぶらぶらと駅界隈を歩きながら時間潰しの意味も含めて灰皿を探します。広島電鉄の隣の電停となる的場町迄歩いて灰皿のあるコンビニを見つけ、一服します。ぼ~っと景色を眺めていると、広島駅前電停へと向かう電車が走ってきました。1907番車両は元京都市電の車両です。昭和53(1978)年の廃止後広島電鉄に移籍して今なお現役で走っています。この雄姿には本当に勇気づけられます。これからも第二の故郷広島の足として活躍をし続けて欲しいと改めて思います。

一服も済ませ京都市電にも出会いました。そろそろ駅へと戻ります。何気なく歩いていると原爆死没者慰霊碑を見つけます。広島市内にどれ程の原爆死没者慰霊碑があるのかは想像もつきませんが、それだけ多くの犠牲者を出した『史実』を物語っていることに違いはありません。一観客には何もできませんが手を合わせて犠牲者の冥福を祈ります。そして広島駅まで戻ってきて、いつも必ず訪れているマックに立ち寄ります。そしてベーコンマフィンの朝マックを頂き、駅北口へと向かいます。一旦地下に下りて利用しなければならない自由通路ですが、駅の改装工事の完了とともに改善されるとのこと。それに期待をします。多くの高速バスが発着するターミナルの姿は、中国地方の中心都市広島を表しているように思えます。そのまま西進すると今回車をお借りするバジェットレンタカーの営業所があります。36時間で9,308(割引後:7,608)円、お借りしたのは軽自動車のマツダ・フレアくんでした。宜しくお願い致します。

だいたい予定通りの出発となり、まず目指すは呉方面です。先月も訪れている呉ですが、行くことができなかった場所がたくさんあり再訪です。国道31号線を快調に走り出しますが、すぐに立ち寄り地を作ってしまう『悪い癖』は相変わらずで、坂ビーチを見つけて早速寄り道をします。夏場は有料となる駐車場も、さすがに5月では訪れる方もおらず、昼寝をしている方位です。呉の港が望めるとありましたがどうなのでしょう?確かに港湾施設は見えますが、それで推測できる位でした。それ以上はなにもないため、車に戻って出発します。

海上保安大学校を目指しますが、どうもナビの示す場所がズレているようでたどり着きません。裏門には行けるのですが立入禁止となっており、やはり表門を目指さなければいけません。でもどうやって…とない頭をフル回転させ、もしかして曲がる道自体を間違っているのかもという結果にたどり着き、一旦国道に出て少し走ると…ありました。海上保安資料館の表示が。そこを曲がって進んで行くと大学校の校門をくぐったところに資料館はありました。ということで今回の旅最初の目的地へと到着します。

1時間ほど見学し、次の目的地へと出発します。程なくして到着したのは長迫公園、いわゆる旧海軍墓地です。ここも回り切ったように思ってはいたものの写真を整理していて、訪れていない場所を発見し再訪です。最初にその場所を巡った後に一服していたら、ちょうど園内の清掃をされていたボランティアガイドの方と話すことができ、公園管理事務所を兼ねた資料館の所在を知り向かうことにします。敷地内に建立されている慰霊塔所縁の艦船に関する資料がたくさんあり、興味のあるものには中々の場所だと思います。ただあくまで管理事務所であるため開館時刻決まっているため、事前に要確認した方が良いと思われます。再訪にも関わらず気がつくと3時間も滞在していることは、やはりその魅力に取り憑かれているのかも知れません。

そして出発をしますが、呉という街は明治時代に海軍の鎮守府が置かれたことによって軍都・軍港に生まれ変わった場所ではあるものの、中心部を外れると普通の田舎になります。なんとか車2台が離合できるような細い道を走りながら、宮原三・宮原十一郵便局で旅行貯金をした後にアレイからすこじまに到着します。日曜日には艦艇の一般公開がされている場所ですが、その他の日でも間近までは行けないものの遠目にあのでかい図体の潜水艦や護衛艦を見ることができます。やはりここもハマる場所のひとつに違いありません♪

艦艇を見終えて山手の方にある駐車場へと戻る途中、なにやら石碑の存在に気付き立ち寄ってみることにします。工廠神社(産業神社)跡とあり、戦前戦中にはこの地にあった海軍工廠の神社のようです。この神社跡一帯が現在では串山公園と呼ばれており、桜の名所となっているようですが、さすがに軍都呉だけあって神社跡付近には防空監視所跡・トーチカ跡・防空壕跡が点在しており、加えて現在駐車場になっている場所は旧呉海軍工廠海軍技手養成所跡だったようで石碑が建立されていました。アレイからすこじまと駐車場の間にある坂道。なにも考えなければ国道沿いに土地が確保できなかったからだろうと言った『現実論』で終わることですがちゃんとした理由があり、当時日本最大の工場とも言われていた旧海軍呉工廠跡を少しでも味わって貰おうという意図のもと作られているようです。気付く者も少ないかとは思うものの、その中に含まれなかったことを光栄に思います。

小一時間散策した後呉市の市街地に向かい、呉市海事歴史科学館、通称大和ミュージアムに到着します。ここも前回訪れていますが、訪れた後に始まった企画展『海底の戦艦大和』を見学するためです。時間も時間なので見るものを限定しなければいけませんが、幸いなことに企画展のみの入館券があり400円で済みました。ちなみに常設展込みだと800円になります。昭和20(1945)年4月7日鹿児島県坊ノ岬沖で沈没した戦艦大和は、戦後3回に渡ってその調査が行われており、4回目となる今回の調査は呉市が中心となって大和ミュージアムの学芸員を伴って行われた大規模なものでした。色々なハイテク撮影機材を投入して行われた今回の調査でかなり細部までの大和の『現在』を知ることができるようになっていました。推進345mの海底に眠る戦艦大和は、国家機密の下建造されたこともあり、その詳細すらわかっていないことも多い上に引き上げることもできずに長きに渡って人の目を拒んでいました。画像や映像で見る限り、新たにわかったことは多々ありますが、沈没時に運命を共にした伊藤整一第2艦隊司令長官や有賀幸作艦長他2,000名を超える兵士についてはこれからのことだそうです。そういう意味ではまだ終わってはいない戦争を終わらせる日が来ることを願うばかりです。

結局閉館のアナウンスに押し出されるようにして出てきました。18:00を過ぎていますがまだ日没は大丈夫です。そして急いで向かった先は入船山公園になります。記念館はこの前訪れており、この時間では閉館しているはず…なのですが、別の用事で訪れています。先ほどアレイからすこじまに向かう前に『歴史の見える丘』に立寄ったのですが、webの間違った情報で駐車場がないことが現地でわかりました。結構多くの方が路肩に車を停めて急いで見て帰ってくるみたいなことを書いておられますが、住宅地の道ゆえ結構通行の邪魔になるのでその時は一旦諦めて再訪することにしました。それでバスを使って訪れるために入船山公園駐車場に車を停め、バスに乗り換えて向かうことにします。5分程の子規句碑前で下車し歩いて行きます。海軍工廠碑やそれに纏わる数々の品、そして砲弾などが置かれている他、戦前から数々の船舶を作ってきた船渠を望むことができます。しかしなにが一番良いかと言うと多分10人いたら10人が『夕焼け』と答えることに異論はありません(笑)。15分程の滞在でしたが、その間にだんだん暗くなってくるのがわかるようになってきたものの、ちょうどバスが無い時間だったため、歩きで入船山公園に戻って来ます。これで本日のミッションは終了し、本日お世話になるホテルへと向かうことにします。

今日の宿泊は山口県周南市にある東横イン徳山駅前です。なぜこんな場所に…と思われるかも知れませんが、翌日の行程によって決めたことです。しかし今いる呉からは100km以上離れています。おまけに今日は夜行上がり故さっさとホテルに到着し体を休めた方が…なのですが、また色々なことを考えています。一般道を走るとか…。まあ多くの思惑はあるものの取り敢えずは走らないと始まりません。ということで先ずはクレアラインの呉インターを目指し、そこから高速道路を走って行くことにします。

国道31号線バイパスとしての広島呉道路、通称クレハライン。確か制限速度は70km/hだったと思いますが、仁保ジャンクションから広島高速3号線を経て広島岩国道路と山陽道経由で徳山駅前のホテルまで2時間足らずで到着できるはず。しか~しナビが古いため、道路標識に沿って走ると空を飛びました。とにかく観音ランプまではなんとか辿り着いたもののその後がわかりません。スマホナビを起動させるも曲がるタイミングが掴めず、たまたま国道2号線に合流できたのでそのまま西進することにします。途中の廿日市インターから高速を通れば元の行程に戻れるのですが、一旦下道を走ってしまうと貧乏性が出てしまい、行けるところまで一般道を走ることにします。宮島付近で広島電鉄に並走しているので、昼間だったらさぞかし楽しいドライブだろうな…なんて思いながら真っ暗な中を走って行きます。途中ファミリーマートでトイレと一服休憩を入れた後再び走り出し、県境を超えて山口県へと入ってちょっとしたモールを見つけて立ち寄ります。フレスタモールカジル岩国、広島を中心としたCGCグループのスーパーマーケットが運営するモールのようです。色々なお店があって楽しそうですが閉店まで時間がありません。ゆっくりと食事を摂る時間もないけれど、かといって急かされるのも好きではないので、夕方から続いていた頭痛のために薬だけを購入し、モールを後にします。

手軽に短時間で夕食を済ませたい気持ちがあり、モールの少し手前に『吉野家』があったことを思い出し、少し今来た道を戻ります。吉野家2号線岩国店、別に珍しい訳ではありませんが、はなまるうどんが併設されているお店は初めて見ました。長距離トラックの運転手等『がっつり』食べたい方にはうってつけのお店だと思いますが、そこまでの胃袋を持ち合わせていない私は、いつもと変わらず『牛丼大盛+味噌汁』のメニューで食します。そして出発しますがここで既に21:30となっており、残り約50km。ただここからの高速利用は直線で走る国道2号線と比較して距離も長くなり、所要時間も20分程しか変わらずさほどメリットはないのですが、少しでも早く着いて休みたい気持ちが大きくなっており、岩国インターから山陽道を利用します。玖珂・熊毛のインターを通過し、下松サービスエリアで最後の休憩を入れます。木彫りが有名のようですが時間がありません。後ろ髪引かれる思いもありましたが、だいぶ疲れも出てきたので先を急ぐことにします。そして徳山東インターで山陽道を下りて一般道へと入ります。インターから5分程と書かれていましたが、なんせ夜の帳が下りている中で本能的な判断がことごとく外れてしまいます。なんとかついたものの車を停める場所がわからない。仕方がないので車の中からホテルに電話して尋ねると、敷地内駐車場はいっぱいなのでJRの駐車場をご利用下さいとのこと。翌日の行程上どうしても駅前に泊まらなければならなかったのですが、まさかの展開にちょっと後悔もあったりします。まあボヤいても仕方がないので言われたところに駐車してホテルへと向かいます。東横イン徳山駅新幹線口、東横インには本当にどれだけ泊まっていないだろうという位久しぶりです。完璧なまでのセルフサービス仕様に戸惑うこともありましたが、必要のないものは使わないという『カンパニーポリシー』には賛同できます…が~7階702号室は喫煙シングルルームでしたが、部屋に入った瞬間驚きと失笑せずにいられなくなりました。23:00を過ぎているにもかかわらず遮光カーテンが開いており、その窓越しに徳山駅に停車している新幹線車内が丸見えです。若干7階の方が高いため、車内から室内は見えないようにも思うものの少し低層階だと…。こういう『想定外』のことが必ずある東横イン、やはり選んで宿泊したいとは思いません。ただ今晩は余計なことを考えずに取り敢えず寝て体を休め、明日早朝からのアクティビティーに備えなければいけません。ということで先ずはシャワーを浴びてスマホとタブレットを充電し、翌朝の船の時間だけ確認して即効ベットに潜り込みました。いつもならあれもこれも…と考える余裕もなくzzz。そして朝を迎えます。

《翌日に続く》

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
48いいね!

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