2017/07/13 - 2017/07/23
16位(同エリア61件中)
まめこはさん
「え?知ってるよ。チェコ・スロバキアでしょ?」
「スロバキア?スロベニア?
どっちがどっちか、わからないよ。」
夏休みにスロバキアに行くと告げると皆がこんな反応。
と言いつつも、私も友達がいなければ、同じような知識だったと思われる。
ちょっと日本人にはなじみの薄い国のひとつかも。
学生時代の旧友を訪ねて、ヨーロッパのおへそに位置するスロバキアと初訪の中欧を小さくくるりと巡って来た。
しかも、約四半世紀ぶりの一人旅♪
7/13(木) NRT ―(EK319)→ <機内泊>
7/14(金) → DXB ―(EK127)→ VIE <ウィーン泊>
7/15(土) ウィーン ―(列車)→ ブラチスラヴァ ―(列車)→ ズボレン ―(自家用車)→ クルピナ <友達宅泊>
7/16(日) フロン川下り <友達宅泊>
★7/17(月) クルピナ ―(自家用車)→ ニスケ・タトラNizke Tatry ―(自家用車)→ スピシュ城 ―(自家用車)→ Nova Lesna <Nova Lesna泊>
7/18(火) タトリ山トレッキング <Nova Lesna泊>
7/19(水) Nova Lesna ―(自家用車)→ オシフィエンチム ―(列車)→ クラクフ <クラクフ泊>
7/20(木) アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所 ツアーに参加 <クラクフ泊>
7/21(金) クラクフ ―(バス)→ ボフミン ―(列車)→ プラハ <プラハ泊>
7/22(土) PRG ―(EK140)→ DXB <機内泊>
7/23(日) DXB ―(EK318)→ NRT
今回の旅行記は★の部分
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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途中、KVと次男君のトレッキングシューズを買いに、バンスカー・ビストリツァのショッピングモールへ。
昨日のZvolenのショッピングセンターよりも大きく充実しており、
店内の掲示のスロバキア語を気にしなければ、どこにいるのかわからない感じ。
有名どころのアウトドア・ブランドも置いてあったが、
ポーランド製品がすごく安くて、私もトレッキング用の靴下とスポーツサングラスを購入。
バンスカー・ビストリツァは、スロバキアの行政区画として8つの県のひとつ,国の中部にあるバンスカー・ビストリツァ県の県庁所在地。
Krupinaもこの県に属する。
スロバキアの歴史の中でも大きな起点となる「スロバキア民族蜂起」=SNPが起こった地。
SNP広場を車窓からチラリと見学。
「バンスカー」はスロバキア語で鉱山のとか、鉱業のという意味だそうだ。
名前が示すとおり,バンスカー・ビストリツァはかつて鉱山業、特に銅で栄えた町でもある。SNP広場 広場・公園
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また、スロバキアにおける歴史的重要都市としてだけでなく、芸術の街の顔も持つ。
バンスカー・ビストリツァ国立オペラがあり、オペラ鑑賞もできる。
「数年前まであのビルがスロバキアで一番高い建物だったんだよ~。」と指差したビルはあんまり高くなかったけれどねww
(バンスカー・ビストリツァの画像はKVのブログから頂いた。今回はちゃんと許可済み。2017年6月撮影。)
さくっと買い物を済ませて、タトリに急ぐ。
これから、ニスケ・タトリ(Nízke Tatry、低タトラ)を抜けて、レヴォチャでスピシュ城を見学し、そして、ヴィソケー・タトリ((Vysoké Tatry、高タトリ)の麓の村、Nová Lesnáに宿泊することになっている。 -
ニスケ・タトリに近づくにつれ、街並みが変わり、山岳リゾートの雰囲気に。
ランチはその村のひとつ、Bystraのレストランで。 -
「Koliba Bystra」ってお店。
-
スロバキア北部のタトリ周辺ではチーズが有名らしい。
酪農が主産業なのかな?
だから、チーズを使った料理を食べようと思っていたのだけれど、
ピンときたのがなかったので、オーソドックスな料理をオーダー。
名前は失念。
ハルシュキの様にジャガイモを小麦粉と一緒にだんごに丸めて、これは中に燻製肉を入れて、茹でたもの。
ザワークラフトと一緒に頂くのでハルシュキよりはあっさりしている。
でも、量はそんなに多くなくても、お腹にかなりたまる。
ドライバーのご主人にごめんね~と謝って、白ワインと一緒に。 -
じゃがいも団子の中身はこんな感じ。
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KVはブリンゾベー・ピロヒ(Bryndzové pirohy)。
ジャガイモと小麦粉で作った皮へマッシュポテトを詰めた水餃子に羊乳のチーズソースをからめた料理。
形が変わったハルシュキって感じらしい。 -
ペンションが経営しているレストランの様だった。
トイレ等、綺麗にしていたので宿泊施設もきっと良い感じだと思う。 -
ニスケ・タトリを抜けて、またHWに乗って、レヴォチャへ。
フロントガラスから広がるタトリの山々。
「あれは、○○。その奥が・・・・・・。」等、ご主人が教えてくれるんだけれどさ、
ヴィ、ツィ、とか日本語にない発音が多すぎて、スロバキア語の名詞、覚えられない・・・・・。
申し訳ないけれど、「うんうん。」と相槌を打ちながら、言葉が脳からこぼれ落ちていく・・・・。
途中、見晴の良いSAで休憩。
北上とともに雲が厚くなってきて、残念な景色。
本来なら絶景なんだろうなぁ。 -
「ふふん、スロバキアにもスタバ、あるんだよん。」とKV。
店舗じゃなくて、SA内のセルフカウンターでの展開。
レジカウンターでドリップしているのを購入するよりも、EUR0.4ぐらい高いので、迷わずレジで購入。
私の見る限り、誰もセルフ・スタバのコーヒーは買っていなかったよ。 -
16時前のスピッシュ城に到着。
雲は一層厚くなっていた。
うーーー、青空に浮かぶようなスピシュ城が見たかった。
しかも、城が建つ丘の裏手の中腹にある駐車場からのアプローチでは、あの「天空に浮かぶようなスピシュ城」を望む景色は見れないのであった。
それを見たい場合は、丘の麓の村、Spišské Podhradie(スピシュスケー・ポドフラディエ)から徒歩がお勧め。
結構な距離の坂道をいくことになりますがね・・・。スピシュ城 城・宮殿
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駐車場から入口まで、結構な勾配の坂道を上がる。
ぜぃぜぃぜぃぃ・・・・。スピシュ城 城・宮殿
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「天空の城 ラピュタ」のイメージモデルとなった城のひとつとして日本では有名だが、実物を目の当たりにすると私的には「ドラクエ」かな。
滞在中、ずーっと、ドラクエ序曲が脳内リフレイン。
♪ソソ ドレミファ ソドー、シラ ラーソ ファファラ ソミー♪スピシュ城 城・宮殿
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革製品のお土産さん。
スピシュ城 城・宮殿
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スピシュスキー城はタタール人の侵攻に対抗するために、13世紀前半に建造されたものである。後の時代には何度も改修や増築が行われ、当初ロマネスク様式の聖堂などを備えていた城に、ゴシック様式、ルネサンス様式、バロック様式の要素などが順次付け加えられていった。1780年に火災に遭った後は廃墟となり、一時は採石場がわりに使われていたことすらあったが、1961年に国の文化財に指定された。ただし、ビロード革命前後の混乱などが保護政策にも影響し、1970年代から行われていた修復作業が中断されるなどの問題も起こった。
―wikipediaより―
中欧諸国の史跡には、タタール人の爪痕が多く残っている。
タタール人とは大きく3つの分かれるそうで、中欧まで攻め込んできたタタール人が、どのタタール人かは調べていないけれど、
まぁ、遠くモンゴルより馬に乗って、何世代にもかけて、この地までやってきたというのならば、あまりに壮大すぎる。スピシュ城 城・宮殿
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ここからの展望は最高だ。
Spišské Podhradie(スピシュスケー・ポドフラディエ)の街はもちろんの事、ほぼ360°の展望が楽しめる。
あぁ、こんなところも、北海道を見つけたし。
中標津の開陽台展望台みたいだわー。
景色を楽しみながら、KVがガイドしてくれた。
この辺りは、スピシュ城を併せて、「レヴォチャ歴史地区、スピシュスキー城及びその関連する文化財」としての世界遺産として登録されている。
なんでも、最古のスロバキア人村があったとか。
Spišské Podhradie(スピシュスケー・ポドフラディエ)の街を見ながら、
街の中心はスロバキア人、ちょっと外れにはユダヤ人、
一番端っこにロマと住居が分かれいたこと等を教えてくれた。
KVの住んでいる中南部と違って、このあたりはロマが多いらしい。
今回の旅で「いかにもロマ」って人は一度だけしか見かけなかった。
ブラチスラバからズボレンへの列車の中で。
それも、KVが教えてくれたから気づいたぐらい。スピシュ城 城・宮殿
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大砲。
いつの時代のもの?
スロバキアきっての日本人ガイドのKVに聞くのを忘れてた。スピシュ城 城・宮殿
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塔の上に続く狭い階段。
スピシュ城 城・宮殿
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どのくらい狭いかと言うと、小学生5年生の女の子がこんな感じ。
すれ違うのは無理なだな。スピシュ城 城・宮殿
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塔のてっぺんからの眺め。
スピシュ城 城・宮殿
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こちらは初期の頃の建物。
かなり朽ちている。スピシュ城 城・宮殿
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Spišské Podhradie(スピシュスケー・ポドフラディエ)側には城壁に囲まれた中庭のようなエリアがある。
スピシュ城 城・宮殿
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「お腹痛い、トイレ」と言う三男君のお世話の為、KVは離脱。
なので、次男君と次女ちゃんと三人で城の中にあるMuseumを見学。スピシュ城 城・宮殿
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大砲。
スピシュ城 城・宮殿
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・・・・・??
ガイドさんがおられないと何が何だか。スピシュ城 城・宮殿
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ロマネスク様式。
窓の間に柱があるのが特徴らしい。スピシュ城 城・宮殿
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礼拝堂。
スピシュ城 城・宮殿
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中世の博物館お約束の拷問グッズの展示もあり。
世界全国津々浦々、みんな、興味があるお題だよね。
私も嫌いじゃないし。スピシュ城 城・宮殿
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次女ちゃんにモデルになってもらった。
これは触って良い展示物だった。スピシュ城 城・宮殿
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音声ガイドの貸し出しもあったけれど、
私にはガイドさんがいるからって借りてこなかったから、
スピシュ城の歴史等詳細は勉強できず。
ま、借りても私の英語力じゃ、無理だけれどwスピシュ城 城・宮殿
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まぁ、観るだけでも、満足。
スピシュ城 城・宮殿
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RPGの世界にいると思えば。
スピシュ城 城・宮殿
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隠されているアイテムを探したくなる??w
スピシュ城 城・宮殿
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博物館を出て、お腹がすっきりしてご機嫌の三男君とKVと一緒に中庭の見学。
スピシュ城 城・宮殿
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城の建っている丘の斜面には、
プレーリードッグみたいな(名前失念)の動物が生息しているらしい。
穴が沢山あった。
KVは何度も見た事があるそうだが、その時は草刈トラクターが轟音をまき散らしながら、稼働していたので、五月蠅かったのかな?
穴から顔を出してくれることはなかった。
会いたかったよぅ。スピシュ城 城・宮殿
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雲め~~!!!
スピシュ城 城・宮殿
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どっかに行ってしまえ~~!!!!
スピシュ城 城・宮殿
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最近はすっかり、ブログよりもインスタばかりになっているKVさんは、フォトジェニック・ハンターに??
でもその後、今回の旅行の画像は1枚しかアップされませんでしたとさwwスピシュ城 城・宮殿
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ご主人のAちゃんは外でお散歩して、待ってくれていた。
KVもガイドで何回も来ているのに、申しわけないね~。
ありがとう。
時間は既に19時近く。
ポプラトにあるスーパーで食材を買い込んで、Nová Lesná村へ。スピシュ城 城・宮殿
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朝にKVが焼いてくれたキチンでディナー。
画像にはないけれど、私が運んだ炊飯器で初めて炊いたご飯も一緒に。 -
ご主人が、「明日の出発は6時半。」の一言で、慌てて明日のランチのサンドウィッチ作りを始めたのは、22時ちょっと前。
こちらは、湿度がないので日本と違って夏場でも食材が傷みにくいのよね~。
いいわね~と思いつつ、黙々とサンドウィッチを作るのであった。
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