2011/08/14 - 2011/08/15
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ishigantouさん
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以前から一番近いヨーロッパと謳われている極東ロシアに興味があって、しかも鉄ちゃんでなくともロマン漂うシベリア鉄道に少しでも乗ってみたかった。それで始発のウラジオストックから一晩で行けるハバロフスクの旅に出た。ロシアはビザ等の手続きがめんどくさいので、長くロシアの旅行代理店をしている「ロシアトラベルビュロー」で全て申し込んだ。
8/11日 ウラジオストック航空(現在は無く、S7の就航)成田15:55発~ウラジオストック20:05着 送迎も申し込んでいたので、ホテルまで車で。
宿泊 ウラジオストック ホテル
12日 日本から申し込んでいた「イーストナヴィゲーター」のガイドさんに一日ガイドをしてもらう。ほとんど徒歩で周れたが、暑い時期だったのでガイドさんが参ったみたいだ。
13日 チェックアウト後街をぶらつく。シベリア鉄道「OKEAN号」にて、ウラジオストック21:30出発。食堂車などで食事を取り、2段寝台列車の上段にて就寝。
14日 翌朝8:30ハバロフスク到着。タクシーでホテルに向かう。別途料金でアーリーチェックインが可能だった。
ロシア人の知人の知人が多少の時間、車で案内してくれる事になっていたので車が来るまで少し近くを散策。
暫くして送迎が来て、食事がてらドライブ。彼はロシア語しか出来ないので、英語が出来る友人を連れてきた。車はロシア車ではなく、ベンツだった。どうやらお金持ちみたいだ。
昼食後は一人で町を散策するつもりで、駅で降ろしてもらった。ところが昼食のシャシリク(ロシア風バーベキュー)にあたったのか、身体が動かなくなり熱が出た。ホテルに戻ってホテルのカウンターで薬をもらい、それから一日中寝込んだ。翌日に帰国出来るのか不安に思いつつ、観光も出来ない状況でベッドの上の人となった。
宿泊 インツーリスト ハバロフスク ホテル
15日 翌朝、薬が効いたのか何とか回復した(ロシアの一般薬は、日本のものより強い)。昨日案内してくれた彼が空港まで送ってくれる事になっていたので、送迎を受けハバロフスク空港で別れを告げた。
ウラジオストック航空 ハバロフスク12:25発~成田13:05着
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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これがかの有名なシベリア鉄道。
客車の入り口に女性の車掌が立っており、入口で切符を見せて乗車。 -
車内の通路は狭い。
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二段ベット。子供の頃に日本で乗った寝台車と一緒だ。
乗車した時は誰も部屋に居なかった。走り出して暫くして食堂車に向かった。食堂車の写真は取り損ねたが、立派な内装で人も少なかった。食堂車で食べた食事が、今回の旅で一番美味しかった。
就寝中、途中で親子3人連れの乗客が同じ部屋に入ってきた。父親である男性に「ニーハオ」と挨拶された。 -
イチオシ
翌朝「ハバロフスク駅」に到着。
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こちらの駅も立派である。
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駅からホテルまではタクシーで、途中ムラヴィヨフ・アムールスキー通りを通り、後でゆっくり訪れるつもりでいたが、急病により叶わなかった。
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ホテルに到着。別途料金でアーリーチェックイン。
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インツーリストホテル。ウラジオストックと違って、落ち着いた部屋だ。
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部屋の窓から。
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部屋の窓から。
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部屋の窓から。おとぎの国に来たみたいだ。
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向かいが来るまで、近くをブラブラ。
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外装の色が可愛い。
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この辺りはアムール川近くで、地元の人ものんびりする。
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川に沿った公園。
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ソ連時代からの門。
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こちらもソ連時代のもの。
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こちらはトイレ。日本と同じく公園にトイレがあった。
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イチオシ
こちらがアムール川。天気が悪いのが物寂しさを感じる。
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まだレストランもやってなかった。
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ホテル前にバーがあった。この夜、入ってみるつもりだった。
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知人が迎えに来たので、先ずは有名なスパソ・プレオブラジェンスキー教会へ。
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スパソ・プレオブラジェンスキー教会
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なぜか日本人墓地へ。
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そしてシベリア抑留者の慰霊碑へ。彼らなりに気を使ってくれたらしい。
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食事を終え、市内に戻ってきて駅で降ろしてもらう。
案内してくれたロシアの若者たち。 -
街中
駅からムラヴィヨフ・アムールスキー通りに向かう。まだこの時は写真を撮る余裕があった、 -
イチオシ
市電
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街中
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イチオシ
こちらも市電。
この頃から熱が出始め、体がだるくなってきた。 -
せっかくメイン通りで写真を撮るつもりが急病に見舞われ、ホテルの部屋で食事も獲らず一晩明かした。
翌朝、元気になったが帰国の日。心残りの思いは再訪を決め、昨日の彼に空港へと送ってもらい別れを告げた。
この写真は旧ハバロフスク空港。
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この旅行記へのコメント (2)
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- sanaboさん 2021/08/21 15:48:56
- シベリア鉄道の旅
- ishigantouさん、こんにちは
ishigantouさんも仰ってましたが、シベリア鉄道という言葉の響きに私もロマンを感じずにはいられません。極東ロシアは近くて遠い地、そしてもちろん未踏の地ですが、ハバロフスクもウラジオストクも想像していた以上にカラフルで近代的な街並みにちょっと驚きました。
ウラジオストックの屋外市場や水際の風景からは短い夏を謳歌する人々の様子が伝わってきますね。冒頭で暑いからガイドさんが参ったみたいと書かれていたので年配のガイドさんかと思ったら、若いロシア美人だったのでビックリ(笑)
ハバロフスクでは発熱され、大変でしたね。お腹をこわしたわけではないのにやはりシャシリクのせいだったのでしょうか? 予定の観光ができず残念でしたけど、翌日回復され無事帰国できて良かったです^^
sanabo
- ishigantouさん からの返信 2021/08/21 23:14:22
- Re: シベリア鉄道の旅
- sanaboさん こんばんわ
この時から未だリベンジのハバロフスクには行けてませんが、今では(と言ってもほんとの今はコロナ禍で行けませんが)以前よりも行きやすくなってるみたいです。
この時に乗ったシベリア鉄道の食堂車は、映画に出てくるような雰囲気があって本当に写真を取り損ねたのが悔やまれます。次回は夏のハバロフスクからイルクーツクへ。そしてバイカル湖畔でのリゾートを楽しみたいなどと考えています。
民間旅客機が飛ぶ以前のシベリア鉄道。日本の鶴賀から船路でウラジオストックヘ行きヨーロッパへ。だから鶴賀はロマンの旅路の入口だったのでしょうね。
当時ウラジオストックを案内してくれたガイドさん(ヴィオレッタさん)は極東連邦大学で日本語を教える先生で、ハバロフスクで空港まで送ってくれた青年ジーマ君は、今はサンクトペテルブルグでパイロットをやってるらしく、今や英語も話せる事でしょう。
それでは昨日二度目のワクチン接種をした ishigantouでした
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