2017/06/24 - 2017/06/24
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旅人のくまさんさん
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日本百名城の山中城の紹介です。三島市が行った環境整備は、曲輪を主とした復元区域、堀・帯曲輪を主とした現状保存区域、便益施設設置区域に分け、修景表示を主体とした整備と紹介されていました。
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- 観光バス 徒歩
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『本丸跡』の一角にある『天守櫓址』から見下ろした、『本丸跡』の光景です。江戸時代の絵図によれば、中央奥付近に見える藤棚が、本丸広間があった場所とされます。本丸の面積は、1740平方メートルとされます。
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『天守櫓址』の光景です。樹木が生えていただけで、標識はなかったようです。標高は586メートル、山中城址で最も高い場所とされます。天守櫓跡にしては、随分と狭い感じがしましたが、普段に施政を行う場所ではなく、戦時用の城郭であることを考えれば、納得がいくようです。
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道案内標識です。左向きの矢印が『北の丸跡』でした。祖手と直角方向の奥になる方角に、先ほど粗油買いした『天守櫓跡』の文字が見えました。
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三島市指定の天然記念物の『矢立ての杉』の説明プレートです。山中城跡本丸の櫓台に隣接した場所にある、山中城のシンボルと紹介されていました。樹齢は500年前後、樹高は31.5メートルです。名前の由来は、出陣の際に杉に矢を射り、勝敗を占ったと、『豆州志稿』に記されているようです。
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下から見上げた、『矢立ての杉』の光景です。杉の生育に適した場所にあり、目通り4.37メートル、枝張りは西側へ5メートル、北東側へ8メートルとされます。『矢立ての杉』の謂れを記した『豆州志稿』は、三島市指定文化財に指定された地元の秋山富南によって編纂された地歴書です。江戸時代の伊豆国全土の地理、地形、里程、分界、村落、川、渓谷さらに大雨飢疫など天災地変に至るまでが詳細に記録されています。
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左手奥に藤棚が見える、『本丸跡』の光景です。虎口は南側にあり、北は天守櫓と『北の丸』へ、西は『二の丸』に繋がります。周囲は本丸に相応しい堅固な土塁と深い堀に囲まれ、南は兵糧庫と接しています。
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本丸の堅固な土塁のズームアップ光景です。発掘調査のためでしょうか、木々が根元から伐採されていました。三島市がまとめた発掘調査結果の纏めでは、『本丸北側、厩にみられる大土塁は基底幅15メートル、高さ4.5メートルの大きなもの』と説明されていました。また、通常規模の土塁は、高さ1.8メートル程度、法面の勾配は概ね58度と纏められていました。
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『本丸跡』の周りの、規模の大きな土塁の光景です。三島市がまとめた発掘調査結果から、『出土遺物』の紹介です。『西ノ丸及び兵糧庫から生活遺物が比較的多く出土しており、居住空間が存在したことが明らか』と纏められていました。一方、『西櫓、出丸といった地点では武器・武具の出土が顕著』とも紹介されていました。
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道案内標識の光景です。左向きの矢印が『兵糧庫跡』、右向きが『出口』の文字でした。『土塁』の発掘調査では、西櫓、本丸の土塁上では一定間隔で柱穴が検出されています。これは板塀の存在が推定されるものですが、再建施設には板塀は含まれていませんでした。
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兵糧庫跡に再建された建物の光景です。
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正面から眺めた、兵糧庫跡に再建された建物の光景です。
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『兵糧庫跡の柱穴と大きな穴』のタイトルがあった説明看板です。『兵糧庫跡の柱穴』は東西南北に整列した20個、付近から基礎と思われる平らな石が出土したことから建物跡と推定されています。4個並んだ『大きな穴』の規模は直径1.5メートル、深さが2.5メートル、用途不明と記されていました。
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高台から見下ろした、三島市の保存樹のアカガシ(赤樫)の光景です。存在感のある大木でした。山中城建設以前から生えていた古木とされます。
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同じく、三島市の保存樹のアカガシ(赤樫)の光景です。
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イチオシ
手前の立看板に記された文字は、三島市の保存樹のアカガシ(赤樫)についての説明です。推定樹齢650年と記されていました。ブナ科コナラ属の常緑広葉樹です。
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上空に大きく枝を広げた、三島市の保存樹のアカガシ(赤樫)の光景です。神社の建物と比べますと、木々の大きさが実感できました。
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辺り一面に落葉が散り敷いた光景です。保存樹のアカガシ(赤樫)自らがまき散らしたものと思われました。
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前面一杯にに格子模様があった、八坂神社の社殿光景です。全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社は、京都市東山区祇園町にあり、通称として『祇園さん』とも呼ばれます。
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駒形諏訪神社の社殿光景です。ご祭神は『タケミナカタノミコト(建御名方命)』と『ヤマトタケルノミコト(日本武尊)』の二柱です。タケミナカタノミコト(建御名方命)は、『古事記』に記載はあるものの、『日本書紀』には記載がありませんが、諏訪大社の祭神として知られます。山中城の本丸に守護神として祀られていた神社とされます。
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『駒形志和神社の大カシ』のタイトルがあった、台座の上に設けられた立派な石碑の光景です。推定樹齢5~600年、高さ25m、根廻り9.6mの、県内1、2を争う大木と紹介されていました。山中城築城当時には、既に生育していたことになります。
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再建されたらしい畝堀があった場所の光景です。再建のために、周りの樹木が根元から伐採されていました。
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同じく、再建されたらしい畝堀があった場所のズームアップ光景です。雨水を集めるための傾斜が設けられているようにも見えました。畝堀の終端部分のような光景です。
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オリジナルの橋の遺構を壊さないよう、一段高くして架けられたと説明されていた橋の袂付近のズームアップ光景です。盛土がされているようでした。
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『本丸堀と櫓台』のタイトルがあった説明看板です。堀底から本丸土塁までは9メートルあり、深く急峻な構造と説明されていました。堀の幅や構造には、場所によって違いがありましたが、深さは9メートル前後が多かったようです。標高583メートルの場所に、東西12メートル、南北10メートルの『二の丸櫓台』が再建されたことが紹介されていました。
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『二の丸跡』の光景です。『北条丸』とも呼ばれていたようです。『二の丸』は、東西に延びる尾根を切って構築された山中城最大の曲輪です。『本丸』が少し狭いですから、その機能を分担したと考えられている曲輪です。
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『二の丸虎口』を形成している土塁の一部のようです。綺麗に形が整っていますから、発掘調査に基づき再建された土塁のようでした。内側になる場所には階段が設けられていました。
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『二の丸虎口と架橋』のタイトルがあった説明看板です。発掘調査で見つかった橋脚跡は南北が3.4メートル、東西が1.7メートルと紹介されていました、復元された橋脚は、遺構を壊さないよう、実際より高い位置に架けられているようです。本丸が狭いので、その機能を分担したと考えられることが説明されていました。
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発掘調査を基に架けられたと説明されていた、二の丸虎口の橋の光景です。橋の手前も、その先にも土塁で出来た虎口の構造が残されていました。『二の丸』と『元西櫓』の間に架かる橋です。
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イチオシ
もう一度紹介する、赤い睡蓮の花が咲いていた、かつては飲料水を賄ったとされる『箱井戸』の光景です。『箱井戸』と『田尻の池』は排水溝で繋がれ、湧水量が多い『箱井戸』から『田尻の池』に配水することにより、水質改善が行われていたようです。
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『箱井戸跡』のタイトルがあった説明看板です。最初の方で紹介しました『田尻の池』が、馬の飲料や雑用水であったのに対し、こちらは将兵の飲料水として使われていたようです。今は、赤い睡蓮が見所の池です。
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