2015/10/31 - 2015/10/31
1381位(同エリア1492件中)
アルプ・グリュムさん
- アルプ・グリュムさんTOP
- 旅行記848冊
- クチコミ0件
- Q&A回答4件
- 1,187,865アクセス
- フォロワー12人
白滝公園から三嶋大社までの桜川沿いに「水辺の文学碑」と称する遊歩道があり、三島に縁のある文学者の碑が設置されてあります。
通称水上通りと呼ばれる道路の歩道に三島ライオンズクラブが設置した碑の詩を読読むと三島と川とせせらぎを題材にした詩が多く文学者の気持ちが伝わってきます。
-
「三島 水辺の文学碑」は白滝公園横から三嶋大社に至る桜川沿いにあります。
地図によって示されますが表示は白滝公園そのものですので誤りです。
4トラのスタッフが常に厳正にチェックしていかないとサイトは荒らされるばかりです。水辺の文学碑 名所・史跡
-
からくり人形の「めぐみの子」
人が近づくとセンサーが反応して、着物姿の子供二人が「よいしょ、よいしょ」の掛け声とともに旧式ポンプを動かし、竹筒の先から水を出します。
富士の湧水が原水となっているのでもちろん飲むことができます。 -
静岡県のまちなみ50選に選定された碑です。
-
白滝公園横の赤いポストと付近の地図とベンチ
ベンチがあったのはここだけだったのが残念だった。 -
白滝公園内にある平井源太郎の「富士の白雪 朝日に溶けて 三島女廊衆の化粧水」の碑
-
平井源太郎
農兵節を宣伝し三島の名を全国に広めた・・・ -
伝統郷土民謡 「農兵節」の碑
静岡県の数ある民謡のうちでもチャッキリ節とともに全国に知れわたっている民謡がこの「農兵節」である。
ボタンを押すと農兵節が聞こえます。 -
大岡信
地表面の七割は水 人体の七割も水 われわれの最も深い感情も思想も 水が感じ水が考へてゐるにちがひない
1998年刊 「 故郷の水へのメッセージ 」 より -
文学碑の横にはきれいなはなと木立で憩いの場となっています。
-
宗祇法師
すむ水の 清きをうつす 我が心
連歌師宗祇法師が三島の地で東常縁
から「古今伝授」をうけたおりに詠んだ句
『連歌百韻千句集 宗祇獨吟』
=文明3年(1471年)3月27日=より -
桜川と白瀧観音堂
それぞれに碑が設置されてあります。 -
白瀧観音堂
このお堂は平安時代末からここ水上の地に在って、観世音菩薩が祀られている。当時は現在地より北に位置し、堂のかたわらに白いしぶきを上げながら瀧が落ちていたところから白瀧観音と尊称されたと伝えられる。
江戸時代には此の地に移ったといわれ、一時荒廃したものを常林寺17世達玄大和尚これを見出し寺内に拝し奉祠された。これを機に町内でも有志が再建しお祀りする様になり、現在この縁をもとに毎月18日常林寺住職が出向し例祭を催している。 -
桜川
菰池や白滝公園を水源とする桜川は、三ケ所用水とも呼ばれ、旧三島宿・錦田村字中・旧中郷村字中島の三カ所の農業用水となっている。
桜川は、農業用水としての利用が主であるため、横浜ゴム付近で複雑に分水されていて、それぞれ中、藤代町、森永製菓南の耕地などへ導水されている。流末は、大場橋付近で暗渠になっており、梅名橋付近から御殿川に流れている。
また、白滝公園付近には”はや”が生息しており、川沿いを歩く人が思わず足を止めて川の中をのぞき込んでいる風景に出くわす。
白滝公園は昔から「水泉園」と呼ばれ、富士の湧水にふさわしい地名として市民から親しまれている。 -
正岡子規
三島の町に入れば 小川に菜を洗ふ女のさまも やや なまめきて見ゆ
面白や どの橋からも 秋の不二
「旅の旅の旅」(明治25年(1892)作)より -
十返舎一九
日も暮れに近づき、入り相の鐘かすかに響き、鳥もねぐらに帰りがけの駄賃馬追ったて、とまりを急ぐ馬子唄のなまけたるは、布袋腹の淋しくなりたる故にやあらん。
このとき、ようやく三島の宿へつくと、両側よりよびたつる女の声々・・・・・・
女「お泊りなさいませ、お泊りなさいませ」
弥次「エエ、ひっぱるな、ここを放したら泊まるべい」
女「すんなら、サア、お泊り」
弥次「あかんべい」
・・・・・・喜多「いい加減にせい、此処へ泊まるか」
女「サア、お入りなさいませ、お湯をお召しなさいませ」
弥次「ドレ、お先に参ろう」・・・・・・と、はだかになりてかけ出す。
女「モシ、そこは雪隠(せっちん)ござります。こっちへ・・・・・・」
弥次「ホイ、それは」と湯殿へゆく。
東海道中膝栗毛
享和2年(1802年)初刊 -
松尾 芭蕉
関こゆる日は雨降て、山皆雲に隠れたり。
霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き
「野ざらし紀行」貞亨元年(1684)より -
若山牧水
宿はづれを清らかな川が流れ、
其処の橋から富士がよく見えた。
沼津の自分の家からだと
その前山の愛鷹山が
富士の半ばを隠してゐるが、
三島に来ると愛鷹はずっと左に寄って、
富士のみがおほらかに仰がるるのであった。
克明に晴れた朝空に、
まったく眩しいほどに、その山の雪が輝いてゐた。
「箱根と富士」(大正9年 作)より -
司馬 遼太郎
この湧水というのが、
なんともいえずおかしみがある。
むかし富士が噴火してせりあがってゆくとき、
溶岩流が奔(はし)って、いまの三島の市域にまできて
止まり、冷えて岩盤になった。
その後、岩盤が、ちょうど人体の血管のように
そのすきまに多くの水脈をつくった。
融けた雪は山体に滲(し)み入り、水脈に入り、
はるかに地下をながれて、溶岩台地の最後の縁辺(はし)
である三島にきて、その砂地に入ったときに顔を出して湧くのである。
小説新潮昭和61年(1986)2月号掲載
「裾野の水、三島一泊二日の記」より -
桜川
清流が勢いよく流れています。 -
桜川にはカルガモがたくさん泳いでいます。
-
静止画だと分かりませんが必死に流れないように泳いでいます。
-
窪田空穂
水底にしづく園葉の青き藻を 差し射る光のさやかに照らす
歌集「卓上の灯」
昭和28年より -
太宰 治
町中を水量たっぷりの澄んだ小川が
それこそ蜘蛛の巣のやうに
縦横無尽に残る隅なく駆けめぐり、
清冽の流れの底には
水藻が青々と生えて居て、
家々の庭先を流れ、縁の下をくぐり、
台所の岸をちゃぶちゃぶ洗ひ流れて、
三島の人は台所に座ったままで
清潔なお洗濯が出来るのでした。
「老(アルト) ハイデルベルヒ」(昭和15年(1940発表)より -
小出正吾
小出正吾は三島出 身の児童文学者です。
碑文にある「ジンタの音」は野間児童文芸賞を受賞し た作品です。 -
散策には最高のロケーションです。
-
瑞穂 忠
み町なみに富士の地下水 湧きわきて
冬あたたかに こもる水靄
歌集「叢」(くさむら)(昭和30年(1955)刊)より -
井上 靖
三島町へ行くと道の両側に店舗が立ちならび、町の中央に映画の常設館があって、その前には幟旗が何本かはためいていた。私たち山村の少年たちは、ひとかたまりになり、身を擦り合わせるようにくっつき合って、賑やかな通りを歩いた。
「少年」 (昭和二十九年 発表) より -
カルガモは桜川の全域にいました。
-
水辺の文学碑の碑が三嶋大社と白滝公園側にそれぞれ設置されてあります。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
29