2017/05/31 - 2017/06/07
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tomo-komaさん
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フィレンツェ再訪のチャンスに恵まれました。お天気にも恵まれました。街歩きができる健康にも恵まれました。今回の旅は気ままに動き回ったので、時系列の綺麗なものにはできず、テーマごとにまとめてみました。
その1は、ヴェッキオ地区の散策をまとめたものです。ヴェッキオとは「古いもの」の意味がある。これから歩こうとしているところは、フィレンツェ最古の住宅地であったところ。城壁の内側で、市場にも近い当に一等地。故に土地の重要は高く、主要な道路も細く、脇道といえば建物が覆い被さる様に二階部分が出っ張ったスポルトと呼ばれる構造になっていたり、隣の建物と繋がっていたり。とにかく、現代の大都市と同様に、上に伸びるしかなかった訳です。ということで、「カーサ・トッレ」と呼ばれる塔を持つ住宅が点在し、昼間でも薄暗くちょっと怖い石畳の細い路地がたくさんです。
- 旅行の満足度
- 4.5
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宿泊ホテルを出発。路地に入り、振り向いて、まずパチリ。アーチの向こうはアルノ川。さあ、ヴェッキオ地区の散策へ Let's go!
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新市場。ピエトロ・タッカ作のイノシシ像。真っ赤な服の可愛い女の子に金ぴかの鼻を撫で撫で。再びフィレンツェに戻ってこられるというおまじない。十数年前、確かに母のこのシーンの写真があります。このおまじない、当たりますよ~!!
新市場と呼ばれる所以は現在のレプップリカ広場にある中世以前からの旧市場に対して、16世紀半ばに絹織物や金細工業者の屋根付き市場として新設されたからだそうです。繁栄は約500年近く続いたそうですが、19世紀、産業革命で財を成した英国人紳士がトスカーナ産の藁の帽子をここで買い求めたことをきっかけに別名「藁市場」とも呼ばれるようになったと。 -
ダヴァンツァーティ広場から。現在は駐車場となっており、車とオートバイがびっしり。
中世住宅博物館として公開されているダヴァンツァーティ宮。14世紀に裕福な毛織物の業者によって建てられた後、1578年から1838年までの260年ダヴァンツァーティ家の所有に。1956年から国の所有となり、博物館として公開されている。建物は上に行くほど天井が低くなる典型的な中世の建築物。当時の使い方は一階部分は公的な催し物や商売に、二階部分は食堂や大広間といった社交の場に、三階部分は一族の居間や寝室といったプライベート空間に、四階部分は厨房と使用人の部屋がある。これは、火事などの被害を最小限に止める為の常識だったようです。最上階は16世紀には吹き抜け構造となり、平和な時にはパレードを眺めたり、酒宴の席になったり、夏の夕涼みに使われたりしたそうです。 -
これもかなり古そうな建物のようです。四角の穴は、角材をはめ込み、空中回廊?にしたとか。逃げたり、忍び込んだり?!んっ?
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グェルファ広場、写真左側はかつては教会、今は図書館。奥はグェルファ宮。元々は平屋建てだったが、15世紀前半にブルネッレスキが大広間と謁見の間を増築、16世紀にはヴァザーリが屋外の階段を増築したそうです。
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日照時間はかなり短そうな路地。右側の建物一階はレストランで、外にも席が作られています。
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ブオンデルモンテのカーサ・トッレの案内。フィレンツェの街中にはこの看板がたくさんあります。要チェック!!
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13世紀に建てられたブオンデルモンテ家のカーサ・トッレ。この地区にはブオンデルモンテ家の家屋は数件あったそうです。
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リンボ広場に面したサンティ・アポストリ教会。8世紀にフランク王国のシャルルマーニュによって建てられたと伝えられてはいるが、実際は9世紀に基礎が築かれ、バジリカ様式の回廊とロマネスク様式のファザードが完成したのは11世紀になってからだったそうです。
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サンティ・アポストリ教会内部。天井は気張りの色鮮やかな装飾がある。やはり古い。コリント式の列柱が美しく、深い青色も印象的。素晴らしいです。ここがブルネッレスキの教会建築の手本になっているといわれている教会だそうです。ウーーム。祭壇の左側にジョバンニ・デッラ・ロッピアのテラコッタ製のタベルナコロやヴァザーリの絵も。
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このカーサ・トッレも壁面にはたくさんの四角い穴。13世紀に塔の高さ制限の際に壊されてしまったものの一つではないでしょうか。
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カーサ・トッレの隙間から青空を望む。まさに、中世の街。これもブオンデルモンテの館かな?!
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ポル・サンタマリア通り。ちょっと一息、色鮮やかな、口溶けうれしいジェラード屋さん。フィレンツェではたくさん見かけます。もちろん美味しいよ!!
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ヴェッキオ橋のたもと。ヴェッキオ橋は、アルノ川の川幅が最も狭くなった所に架けられています。フィレンツェ最古の橋。最初に架けられたのは345年、ローマ人によって。第二次世界大戦で、ナチスが破壊しなかった唯一の橋だそうです。橋の上は24時間歩行者天国になっている。両側にな隙間なく金細工や宝石店。店舗は二階、三階建。上流側にはヴァザーリの回廊と呼ばれるメディチ家専用の空中回廊がある。
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もともとは軍神マルクスの像があったそうだが、今は16世紀の彫刻家で金細工の名匠チェッリーニ。政治家でも貴族でもなく、一職人というところがなんともフィレンツェらしい。胸像に向かって右側の屋根には日時計が見える。ヴェッキオ橋のほぼ真ん中のこの辺りは上流側も下流側も建物が途切れてアルノ川を味わうことが出来る。
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ヴェッキオ橋の真ん中からアルノ川を眺める。
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アルノ川沿いのヴァザーリの回廊。これはコジモ一世が息子フランチェスコの結婚でピッティ宮殿とヴェッキオ宮殿に分かれて住むことになったので、安全と便宜を理由に当時美術、建築を一手に任せていたヴァザーリに命じて5ヶ月で完成させたもの。だったら「メディチの回廊」でも「コジモ一世の回廊」でも「フランチェスコの回廊」でも良さそうなものだが、芸術家の伝記も書いていたことから?!かどうなのか、今ではわからないけど、現在は「ヴァザーリの回廊」と呼ばれています。
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ヴェッキオ橋の左岸側。橋の終わりのカーサ・トッレ、マンネッリ家。回廊建設当時に何と言っても立ち退きを拒み、頑張った家。そのために、回廊はこの家を巻くように迂回せざる負えなかったと。変といえば変、不思議といえば不思議。でも、今更です、絵になってしまうわぁ。
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ヴェッキオ橋を渡り、左岸へ。ヴァッカスの像かな?!
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ヴァザーリの回廊の下を歩く観光客。
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緑と白の大理石で装飾されたファザードを持つサント・ステファノ教会。教会の建設は10世紀とも、11世紀ともいわれているが、ファザードが完成したのは1233年。第二次世界大戦でも大きな被害を受けた上に、1966年の洪水、1993年の爆弾テロでも被害を受けるというフィレンツェの街の災難を一手に引き受けてくれる??ありがたい教会。
現在、広場にある大砲は、ダヴィンチの催し物の関係なのかな? -
ランベルテスカ通り。これもなかなか存在感のあるバルドビネッティのカーサ・トッレ。
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ここもつながっていますねぇ。バロンチェッリ通り。
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ウフィツィ美術館は1560年に手狭になったヴェッキオ宮殿の市庁舎機能を分けるためにトスカーナ大公コジモ一世がヴァザーリに命じて建てさせたものの一つです。有名な話ウフィツィとは英語のオフィス。ヴァザーリはフィレンツェ建築でよく使われている青みがかった灰色が特徴の石材ピエトラ・セレーナを使い、白の漆喰とのコントラストが映える「コ」の字型の建物に仕上げたのです。「コ」の字の中側にはフィレンツェ出身の偉人たちの立像が並んでおります。ちなみに写真はレオナルド・ダ・ヴィンチです。隣にはミケランジェロ・ブオナロッティがいるよ。
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ウフィツィ美術館とベッキオ宮殿のつながり目のヴァザーリの回廊。1993年の爆弾テロ、ウフィッツィ美術館の近くの via dei Georgofili で深夜に車中にて爆発。当然ながら美術館も美術品も被害に。現在でも、ヴァザーリの回廊の中腹左には修復されずに展示してあるそうです。ちなみにヘラルド・ファン・ホントホルスト(オランダ人)の作品。サン・マリノ共和国で切手にもなったそうです。粋だなぁ~。
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ヴェッキオ宮殿。正面の石積みは三層に分かれ、上部は歩廊が突き出ている。敵が侵入した際には歩廊底部の蓋を上げ、岩石や煮えたぎった油を落としたとか。フランスアビニョンの教皇庁でも聞いたなぁ。そして、その下には9種類の紋章が繰り返し並んでいる。94メートルの党は1310年に完成。塔が右寄りで完成しているのは、シニョリーア広場とのバランスをとったからだそうです。
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ミケランジェロ・ブオナロッティ29歳の時の作品の「ダビデ像」。本物はアカデミア美術館。傾いてきた太陽に照らされて出来た影。その影だけ見てもダビデ像だって分かるよねぇ。絶妙なバランスの立ち姿です。
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シニョリーナ広場。チェリーニ作「メドゥーサの首を持つベルセウス」。おぉ~~。作品に関係なく、歩き疲れたたくさんの観光客はここの階段に座っています。
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シニョリーア広場。街中を走っている馬車。「ネプチューンの噴水(1575)」は修復中でした。
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オルサンミケーレ教会とつながっている隣の毛織物組合会館正面。
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オルサンミケーレと毛織物組合会館とはこのようにつながっていおります。チェックポイント!!
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毛織物組合会館ファザードのタベルナーコロ。あれっ、これってドメニコ・ダ・ミケリーノの「ダンテの神曲」だ!!今、編集している今気が付いた!!気が付いたことが嬉しいです。笑。左下には地獄編、真ん中には天国編全体の上部には宇宙が広がっておりす。画面の右側には追放された後、戻ることが叶わなかったフィレンツェの街が。本当にビックリ。でも、何故?!
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見えないけど、見事な聖母子像の絵がある。写真だけではなく、実際本物もかなり見づらいけど、是非じっくり覗き見をお勧めします!
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オルサンミケーレ教会の聖母子のタベルナーコロ。これもロッビアブルー?!
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ヴェッキオ地区を一回りしてホテルへ戻る頃、私の目はタベルナーコロを探せる目に育ちつつあった。笑。発見!!聖母子像。ここはヴァザーリの回廊の壁面です。アーチの向こうはアルノ川。ウフィツィ美術館からすぐのところです。
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この旅行記へのコメント (1)
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- awingさん 2017/07/04 02:07:54
- 憧れの中世!
- 私が数十年前に訪れたのはどこのフィレンツェだったのでしょう?
半日観光で行くような場所じゃなかったですね、目からうろこがぽろぽろと…
詳しく丁寧に解説付きで一緒に歩かせて頂き、感謝です。
先ずはその1を読ませて頂きました。
じっくりと4部作、楽しませて頂きます。
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