2016/05/28 - 2016/05/29
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frau.himmelさん
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とことん東ベルリン最終回は、フリードリヒシュトラーセ駅からベルリン中央駅まで、シュプレー川沿いのベルリンの壁跡を散策します。
25年以上前、東西ベルリンの間に立ち塞がっていたシュプレー川、ここを泳いで国境を越えようとして命を奪われた幾多の悲しい歴史を見続けてきた川です。
現在は対岸の西ベルリン側を見渡すと、ドイツ連邦議会議事堂の下では観光客や夕涼みのカップルなどがのんびりと散策している姿が見えます。
そしてカップルが寛いでいるその傍には白い十字架。
国境を越えようとして命を落とした東ベルリンの人達を追悼する十字架です。
また別の日は、東西ドイツの復興の象徴とも言うべきポツダム広場に行ってきました。
1920年代の華やかな「ベルリン黄金期」、ポツダム広場はヨーロッパ経済の中心地でした。
第二次世界大戦で徹底的に破壊され、さらにここにベルリンの壁が建設され、荒廃したまま放置されて無人化した街はさながらゴーストタウンでした。
ベルリンの壁が崩壊すると、ポツダム広場はベルリン再統一の象徴として近代的な超高層ビルが建ち並び、多くの人々が集うかっての華やかな広場に蘇りました。
広場の中心は日本企業の名前を冠するソニーセンター。
しかしソニーセンターは今は日本企業の物ではなくなりましたが、名前だけは残っています。
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中央駅からSバーンで一駅のフリードリヒシュトラーセ駅にやってきました。
駅構内の大きなスーパーマーケット「EDEKA」は土曜日・日曜日も営業していますので、日曜日にお店がほとんど閉まるベルリンでは大変便利です。 -
フリードリヒシュトラーセ駅。
東西分断時代は国境駅として検問所が置かれていた駅でした。
これから私は、フリードリヒシュトラーセ駅を出発してベルリン中央駅まで東西の壁跡に沿って歩いてみたいと思います。 -
シュプレー川の上を跨ぐフリードリヒシュトラーセ駅のホーム
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シュプレー川を木造のレトロな遊覧船が通って行きます。
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今回私が散策するコースです。
見にくい地図ですが、グーグルから撮った私の足跡を記します。
右側Ⓐがフリードリヒシュトラーセ駅、左側Ⓑが中央駅です。
たかだか2㎞ほどの道のりですが、歴史がいっぱい詰まった散策になるはずです。 -
駅から川沿いにライヒスタークウーファー(議事堂岸通り)をそぞろ歩き。
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ここはライヒスターク(ドイツ連邦議会議事堂)の裏側になりますので、官公庁の大きな建物が建っています。
この中にはプレスセンターがあるそう。
日本で言えば、議事堂に詰めかけている記者クラブといったものかしら。 -
ここが入り口のようです。
左側にはドイツの紋章「鷲」のマーク。
そして案内板のスマホの中には何と言ってもドイツの花形スター、メルケル首相。 -
私の目の前を大きな遊覧船が通って行きます。
あら恥ずかしい!
写真を撮っている私の方をみんなが注目しています。手を振ってくれている人も。
東西分断時代はここを通行できるのは、DDRの巡視船くらいのものでした。 -
この通りをさらに直進すると西側になりますので、この橋を渡って向こう側に行きます。
マーシャル橋。
マーシャルプランのマーシャルと関係があるのでしょうか。
その答えは見つけられませんでした。 -
マーシャル橋を渡ると、向こうは東西再統一後にできた官庁街。
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私はシュプレー川の遊歩道に降りて歩きます。
対岸には連邦議会のガラスのドームが見えます。
通る人もまばらな静かな界隈です。 -
ドイツ連邦議会議事堂。
2014年にはシニア男女3人組であのガラスのドームに登ったのでした。 -
ここにも、クルーズ船でのんびりシュプレー川を遊覧している人々。
議会の建物が切れる付近に何やら白い人物のようなものが見えます。 -
「白い十字架」です。
前に、ブランデンブルク門とティアガルテンが交差する近くでも同じものを見かけたことがあります。
国境壁を越えて西側に亡命しようとして命を落とした、東ドイツ市民の追悼の碑です。 -
十字架の後ろには犠牲者の名前と亡くなった日が刻んであります。
白い十字架の傍では男女のカップル、男男のカップル、一人静かに音楽を聴いている人、読書をしている人。 -
私がいるのは東ベルリン側。
この建物は、東西再統一後に建てられたマリア・エリザベス・リューダーハウス、官庁です。
調べていたらこちら側にも白い十字架があったのですね。
一体何人の東ベルリン市民が犠牲になったのか・・・。 -
今は西ベルリン側の連邦議会と、こちら東側の官庁になっているマリア・リューダースハウスは1本の小橋でつながっています。
今は東西を遮るものは何もありません。
自由の架け橋を通って、徒歩で行き来できるのです。 -
このあたりからようやくベルリンの壁跡のプレートが出てきました。
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後ろを振り返って、連邦議会議事堂とマリア・リューダース小橋。
30年ほど前に、西側に亡命しようとした人たちはこの川を渡ろうとして殺されたのです。
意外と狭い川幅で、簡単に泳いで渡れそうな気がしますけど、そう思うのは今が平和だから言えるのでしょうね。 -
さらにベルリンの壁跡プレートを辿ると、クロンプリンツェン橋、その先はコンラッドアデナウアー通り。
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橋の下にはホームレスと思しき男性。
人通りも少ない通り、思わず歩を早めます。 -
ホームレスを通り越して後ろを振り返ります。
クロンプリンツェン橋、その先はコンラッド・アデナウアー通り。
アデナウアーはご存じ東西分断時代の西ドイツの連邦首相だった人です。あの鷲鼻の首相です。
突然東側によりベルリンの壁が建設された大事な時にも、彼はベルリンに赴かず批判を浴びた人でした。
韓国の前女性大統領が、セウォル号が沈没した大事件の時に雲隠れしていたのと同じように無責任な行動でしたね。 -
様々な形の遊覧船が通ります。
賑やかな音楽をならしながら通って行く船に手を振って、夕暮れのシュプレー川を一人でのんびり歴史散策です。 -
足元には躓きの石のプレートも見えます。しかも集団で。
この近くにも抑圧されたユダヤ人が大勢住んでいたのですね。 -
この階段からそろそろ上の通りに上がりましょう。
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ベルリンの壁の記念碑。
記念碑の下には写真があります。 -
壁があったころのこの近辺の写真です。
ベルリンの壁があちらとこちら2重に建てられ、間には緩衝地帯が・・。お判りになりますか?
向こうは西ベルリンでしょうか。 -
ここで面白いことに気が付きました。
ベルリンの壁跡が道路を斜めに横切っているのです。 -
その行きつく先はどうなっているのだろう?
気になります。 -
辿っていくと、建物の入り口で切れていました。
この中まで入るわけにはいかないので引き返します。
強制的に造られたベルリンの壁、市民たちは納得がいかなくてもそれに従う他ありませんでした。 -
ベルリン中央駅につながるフーゴープロイス橋。
フーゴープロイスはベルリン生まれの憲法学者で政治家だった人物。
ワイマール憲法を起草したユダヤ人だそうです。 -
橋の上からベルリン中央駅を眺めます。
2006年、ドイツワールドカップの年に完成した堂々たる駅舎です。 -
橋の上から周囲を眺めます。
ドイツ連邦議会議事堂、首相府などの官庁街。
遠くにポツダム広場のソニーセンターが、まるで富士山のような姿で見えます。 -
ベルリン中央駅、こちらはワシントン広場?に着きました。
朝からどこそこ精力的に歩き詰めで、足が痛くなりました。 -
中央駅広場では若い女性たちの集団、まぶしい~~!。
みんな元気でいいなー。
歩き疲れて身も心もヨレヨレの日本のシニアは、その若さを羨ましく思いました。
ホテルに帰ったら、明日に備えて痛み止めの薬を飲んでおかねば。 -
5月29日。
今日は朝からフランクフルト(オーダ)に行っていました。
夕食はポツダム広場でいただきたいと思います。
中央駅から乗ったSバーンの車窓からシュプレー川の船着き場が見えます。 -
フリードリヒシュトラーセ駅で乗り替えて2駅のポツダマープラッツ駅にやってきました。
中央駅からポツダム広場、距離的には近いのに、Sバーンで移動しようとすると面倒なんですね。
さて、ポツダム広場。
1920,30年代「ベルリン黄金期」のポツダム広場はヨーロッパ最大の交通の要所でした。
しかし第二次世界大戦で徹底的に破壊され、またその後はここにベルリンの壁が建設されました。 -
現在も残っているベルリンの壁。
-
壁の周囲は無人地帯となり、残っていた廃墟も解体されて更地となりました。
かつてのにぎやかな交差点は荒地になり、見る影もない姿になってしまいました。
しかし、壁の崩壊後、ポツダム広場は統一ドイツの象徴として、いち早く再開発が始まりました。
写真は1990年再開発が始まったポツダム広場。
(資料よりコピー) -
ベルリンの壁の崩壊と共にベルリンが再び統一されると、ポツダム広場にかつての栄光を取り戻そうという再開発の動きが市民の間からから始まりました。
現在ではソニーセンタービル、ダイムラービル、DB本社ビルなど軒並み近代的な高層ビルが建てられ、毎日大勢の人々が集う広場に変貌しました。
ここが無人地帯で何もない原っぱだったなんて信じられません。 -
とりわけソニーセンターはポツダム広場の象徴です。
ベルリンを訪れる外国人観光客は必ず立ち寄っているといっても過言ではないと思います。
日本のソニーとダイムラーの出資により2000年に完成した、ドイツ統一の象徴とも言うべき近代建築ですが、残念ながらこのソニービル、現在は日本のソニーの物ではないのです。 -
ソニーセンターの標識、下にはハングル語が書かれています。
ソニーの業績不振で2008年に韓国年金センター(?)に売却されましたが、ソニーセンターの名前はそのまま残っていますす。
まあ、これが韓国名のビルになったら訪れる観光客も少なくなるでしょうね。
それよりここももうすぐ持ち主も変わるんでしょうか?(失礼) -
ソニーセンターの中には、華やかしころの戦前のベルリンを代表するホテル「エスプラナーデ」のカイザーザール(皇帝の間)が、ガラスに囲われて保存されています。
「ベルリン天使の詩」にも出てきました。 -
右側のレストランが2,3日前訪れた「カフェ・ヨシティー」。
お料理を注文して、リュックを置きっぱなしでトイレに行ったら、ウェイターさんにこっぴどく叱られました。
あの時の中年のウェイターさんがあそこにいます。
恥ずかしいから見つかれないように顔を隠して急いで通り過ぎます。
向こうは覚えていないでしょうけど(笑)。
後からほんとに悪いことをしたなーと思いました。
今ヨーロッパはテロでピリピリしている時ですものね。
リュックを置きっぱなしにしていなくなったら、「すわー!危険物!」と思われても仕様がなかったと思います。
大惨事になる危険性も考えられるのですから。
あの時はごめんなさい。 -
今日のレストランは、ベルリンに来たら一度は訪れたいと思っている「リンデンブロイ」です。
-
空いている席に座り・・・。
一人レストランも板についてきました。
最初のころは一人でレストランに入るのが恥ずかしくオドオドしていましたが、最近は図図しくなったものです。 -
まずは自家製ビールを。ベルリナープピルスナー。
ベルリン名物のクマがビールを運んでいる絵のグラスが可愛い。 -
お料理はさんざん迷いました。
ベルリンに来たからには一度はアイスバインを食べたい、しかし大きいしね~。
注文を取りに来た女性のウェイトレスさんに訊ねます。
「アイスバイン、私一人では大きすぎるわよね」。
ウェイトレスさん、小柄な日本女性を見て困った様子で「う~~ん、でも食べる人は食べますよ。大丈夫じゃない。」
そうね、無理ですっていうウェイトレスさんなんていないわよね商売だもの。
まあ残したっていいじゃない。
こんな時シニア3人旅だったら何の心配も要らなかったのですけどね。
3人でシェアするときのK氏の見事なナイフ捌きを思い出します。 -
やっぱり大きい。
付け合わせはポテト、ザウアークラウト、ホウレンソウ(?)のソテー。
お肉は柔らかくてナイフを入れるとホロホロって崩れます。
やっぱり美味しい。
でも如何せん量が多い。なかなか減りません。 -
ビールを飲みほして次はワインです。
-
ソニーセンター広場の泉の回りには夕涼みの親子連れ、カップル、グループの観光客。
その先にはシネスターと言う映画館。
やっぱりポツダム広場はベルリンっ子の人気スポットです。 -
食事を終えて帰ります。
「カイザーザール」ってレストランをオープンしているのね。
次回寄ってみましょう。 -
空を見上げると、天を突くような高層ビル。
-
大通りに出たら、中央駅行きのバスがあります。
迷わずこれに乗ることにしました。
これなら乗り換えなしで済みます。 -
バスはティーアガルテンの下のトンネルを通って、あっという間に中央駅に着きました。
Sバーンで乗り替えて、大変な思いをしたのは一体何だったんだろう。
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この旅行記へのコメント (4)
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- utamiumiuさん 2017/08/13 19:09:36
- himmelさん こんばんは。utaです
- 私の今年の旅行記にさっそく一票とコメントまで、ありがとうございました。
しばらく4トラに来てなかったら掲示板の書き込みへのお返事の仕方がわからなくなってしまいまして、こちらでご挨拶させてくださいな。
ドイツで時間を持て余したのは帰国してからの時間の無さと比べて何て貴重だったのかしらとしみじみ思います。
母の入退院、病院の付き添い、孫預かり、そして自分自身のオペラワークショップの練習など、フル回転でパソコンゆっくりに向かう時間が持てなくなっています。
本当にいつも気にかけていてくださり感謝でいっぱいです。
がんばってアップします。
himmelさんの博識な旅行記も楽しみにしています。
himmelさんの旅記は次回のドイツ旅の私の旅行案内と辞書になっています。
また来ます。
- frau.himmelさん からの返信 2017/08/16 11:05:10
- RE: himmelさん こんばんは。utaです
- utaさん、こんにちは。
相変わらずのスーパーウーマンですね。
お忙しい中、旅行記をアップしてくださってありがとうございます。
第2編も拝見しました。雨の中のゲンゲンバッハの観光、やはりテンションが下がりますね。
でもホテルレストランでいただかれたシュパーゲル、おいしそーー!
utaさんの説明がまた素晴らしい。
>シャキシャキと歯切れよく、ナイフで一口大にスパスパ切れる・・・
そう、これこれ!。
せっかく旬の季節に行ったのに、フニャッとしてナイフが入らず、筋にそって割いて、丸めて口に放り込む・・、こんなシュパーゲルに出会ったら「金返せ!」って言いたくなりますね。
さすがutaさんは長くドイツを旅していらっしゃるので表現がお上手です。
今年は秋にドイツ旅を計画していますので、シュパーゲルには出会えませんが、来年また、その季節に訪れたいと思っています。
次の旅行記をお待ちしています。
himmel
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- jijidarumaさん 2017/06/06 17:19:46
- Die Marschallbrueckeマーシャル橋
- himmelさん
こんにちは。東ベルリン巡りもまだまだですか?
ソニーセンターも日本経済の浮き沈みの象徴となりましたが、
また復活を遂げることでしょう。ハングルが書かれているのは
珍しく、初めて見た思いです。
さて、マーシャルプランは無関係です。調べてみると、
ユダヤ人銀行家もナポレオン戦争当時の英雄の名も出てきます。
≪Die Marschallbrueckeマーシャル橋≫
17 世紀の終わりにシュプレー川に200mの歩行者用の木造橋が架けられた。
1740 年、ユダヤ人の銀行家が橋を新しくしたので、“ユダヤ人の橋”と呼ばれた。
1795年、橋が壊れたため、新たに70m下流に新しい歩行者用の木造橋に置き換えられます。
1820 年、さらに運送効率の良い、強固な橋に再建されました。
この時、伝説的な元帥 Bluecherブリュッヒャー(後述)を記念して“マーシャル(陸軍元帥)橋”と名付けられた。しかし、ブリュッヒャー橋でもよさそうですが、以後、マーシャル橋の名が維持されています。
鉄骨製の強固な橋になったのは19世紀の終わりである。
<Feldmarschall Bluecherブリュッヒャー陸軍元帥>
Gebhard Leberecht von Bluecherゲプハルト・レベレヒト・フォン・ブリュッヒャー(1742〜1819年)はプロイセン王国の軍人。陸軍元帥。ワールシュタット大公。
ナポレオン戦争後半のプロイセン軍総司令官となり、英国ウェリントン公と共に「ワーテルローの戦い」でナポレオンを破った。
攻撃的な性格から前進元帥(Marschall Vorwaerts)と渾名される(Wiki)。
因みにロストック生まれの英雄ブリュッヒャー元帥を顕彰し、1819年元帥の最初の像がロストックのブリュッヒャー広場に立ちました。多分見たことがあるかと思います。
また、ついでながらベルリン・ブランデンブルク門の四頭馬車と女神ヴィクトリアの作者Johann Gottfried Schadowヨハン・ゴットフリート・シャードウが、ブリュッヒャー元帥像を作製しています。
それではまた。
jijidaruma
- frau.himmelさん からの返信 2017/06/10 14:08:16
- RE: Die Marschallbrueckeマーシャル橋
- jijidarumaさん、今回も有意義なコメントありがとうございます。
昨日まで九州に行っておりましたので、返信が遅くなって申し訳ありません。
マーシャル・ブリュッケ・・・、やっぱりあのマーシャル氏には無関係でしたか。
ドイツではいろんなところに、政治家や有名人の名を冠した通りや広場を見かけるものですから、その類かと思っていました。
あのマーシャルさんでしたら、戦後のマーシャルプランについて勉強し直すいい機会だと思っていたのですが。
それにしてもマーシャル橋について詳しく調べてくださってありがとうございます。
>因みにロストック生まれの英雄ブリュッヒャー元帥を顕彰し、1819年元帥の最初の像がロストックのブリュッヒャー広場に立ちました。多分見たことがあるかと思います。
ロストックには一度訪れていますので、見たかも知れませんがちょっと覚えていません。
でも、ヨハン・ゴットフリート・シャードウでしたら覚えています!。
ベルリンのシュロス橋の近くにある、あの赤い建物が印象的なヴェルダー教会(プロイセンのお抱え建築家フリードリヒ・シンケルの美術館(?)にもなっている)に、彼の作品がありました。
プロイセン皇太子妃ルイーゼとその妹フリーデリケが仲良く肩を組んでいる愛らしい彫像が。
どうしてシンケルではなくシャードウなの?って複製でもよく見かける有名な像なのでよく覚えていました。
jjijidarumaさん、新しい旅行記アップなさって、ますます油が乗りきったって感じですね。
私はここのところ大スランプです。なかなか先に進みません。
後ほどお邪魔させていただきますね。
himmel
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