2017/05/03 - 2017/05/05
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harihariさん
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2017年春。
旧中山道に沿うように、美濃の古い町並みや山城を巡る旅をしました。
鉄道の敷設により著しい発展を遂げた東海道と違って、中山道には古き良き昔の面影を残す風景が今なお点在しています。
1日目 岩村(重要伝統的建造物群保存地区)~中津川(夜がらす長多喜宿泊)
2日目 明智(日本大正村)~岐阜市内(コンフォートホテル岐阜宿泊)
3日目 岐阜市内(岐阜城、城下町)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー 新幹線 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5月3日 曇天 旅行初日。
8時過ぎ、岐阜羽島駅に到着。 -
まだ朝も早いからか、駅前に人の姿はあまり見られず。
ここからは、レンタカーで高速を走って恵那市の岩村に。 -
高速の渋滞を抜けて、11時30分に今日の目的地、岩村に到着。
のどかな田園沿いに、「パン焼けてます」の看板。
事前の下調べで、ランチはここに決めてました。 -
「郷の薪窯パン Kitto!」
4年前にオープンした、手作りの石窯と国産小麦のパン屋さん。
田園風景の中にポツンと立つ小さな小屋は、とても素敵です。 -
どれも全部美味しそう。
とても人気店のようで、僕たちが買っている間にも、入れ替わり立ち替わりお客さんが入ってきます。 -
パン屋さんから車で1分、「農村景観日本一展望所」
車を停めて、階段を上って。 -
眼下に広がる、のどかな農村風景。
正面に広がる景色は、鎌倉から室町時代にかけては岩村城の城下町があった場所です。 -
水の入ったばかりの田んぼが広がる季節。
夏には緑、秋には金色の稲穂に彩られる景色。 -
展望台から絶景を眺めながらのランチ。
自家米を使用したパン、地元産の苺を使用したパン、いよかんとイチジクとくるみのkittoベーグル。
5月の爽やかな空気と、旅の気ままな時間と。
最高。 -
ランチのあと、5分ほど車で走って。
歴史ある町並みが残る岩村地区へ。 -
旧岩村町のマンホール。
岩村城と旧岩村町の木・ヒメコマツ、町の花・ヤマツツジ。
そして下部には「女城主の里」の文字。 -
重要伝統的建造物群保存地区、岩村本通り。
江戸時代に、東濃地方の政治・経済・文化の中心として栄えた城下町です。 -
恵那市指定文化財、木村邸。
町指定文化財で、1765(明和2)年の建築。 -
木村家は江戸時代中期に栄えた問屋で、岩村藩が財政難の際には御用金を調達して救ってきたことを評価されて、商人にして苗字・帯刀が許された士分待遇の家柄。
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4畳半の茶室。
「藍原舎」の額は岩村藩出身で幕末の儒学者・佐藤一斎の書。 -
手前の欄間は富士を望む三保の松原。
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釘隠しは本物の二枚貝に、漆が塗ってあるもの。
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襖戸を開けると、花頭窓風に枠組みされたデザイン。
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家人は普段使用せず、藩の要人が来訪時に使った通用門。
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床の間、違い棚、付け書院。書院造の座敷。
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書院から見た日本庭園。
ガラスの枠に切り取られた一つ一つが、障壁画のような景色。 -
座敷の上。
2階にも天井の低い座敷。 -
2階の格子から通りを見下ろして。
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創建当初の木材が残る梁の組み立て。
1階には囲炉裏が切られています。 -
そこから、さらに階段が...
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驚くことに、この日本家屋には3階部分があります。
4畳半の茶室。 -
木村邸は、1階2階3階と全部合わせて28室もの部屋数を有する大邸宅。
藩主もたびたび訪れたというだけあって、格式の高さが伺えます。 -
岩村町の観光案内所、町並みふれあいの館。
明治41年に建てられた旧岩村銀行本店。
擬洋風の土蔵造り。 -
古民家で売っている、手作りのよもぎ餅を買い食いしながら…
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江戸時代、岩村藩三万石の城下町だった街並み。
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元染物問屋の土佐屋。
主屋は1780(安政9年)年頃の建築。
恵那市指定文化財。 -
中に入ると、ひんやりした空気感。
通り土間、一列三間の典型的な町屋の間取り。 -
主屋から庭を通って...
-
敷地の奥には染物工房。
中には往時を髣髴とさせる、大きな染料の壺が。
周囲の足場に乗って、職人が作業をしていたのか。 -
糸が藍に染まっていく工程。
藍白、浅葱、薄藍、花浅葱、熨斗目、藍、藍錆、濃藍、藍鐡、紫紺、留紺、濃紺。
全部藍の色。美しい日本の色。 -
旧岩村郵便局、昭和6年建築。
この通りには、江戸~明治にかけての木造家屋と、明治~昭和初期の洋風建築とが混在しています。 -
浅見家住宅。江戸時代末期の建築。
浅見家は幕末三代にわたって大庄屋を務めた名家。 -
勝川家、恵那市指定文化財。
主屋、本蔵、土蔵等は江戸末期の建築。 -
勝川家は松屋という屋号で、材木や年貢米を扱っていた藩内でも有数の商家です。
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庭を取り囲む廊下には、今では貴重な手漉きガラス。
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書院。
床柱は皮付きの赤松。 -
廊下の材は、明治6年(1873年)に岩村城が廃城解体になった際、払い下げられた貴重な木材。
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離れの2階は家主の娘の部屋。
3面が雨戸のないガラス張りで、明るく開放的な部屋です。 -
土蔵も岩村城からの移築といわれているもの。
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土間の跳ね上げ戸。
岩村の商家の多くは、大量の荷物の運搬に適した跳ね上げ戸の構造でした。 -
江戸時代から続く老舗の薬種商、水野薬局。
明治15年、自由民権運動で有名な板垣退助が遊説で岩村を訪れた際に、この水野家に宿泊、その数日後に岐阜で暴漢に襲われたと言う記録も残っています。 -
看板建築のお店、昭和堂。
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これも看板建築、梅庄商店。
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創業天明7年(1787年)岩村醸造。
200年以上続く造り酒屋です。 -
嬉しいことに、無料で酒蔵の見学もできる。
そして試飲も。 -
かつて使っていたトロッコのレールに沿って奥へ奥へ。
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タンクひとつに仕込まれるのは、1,500kgの米と2,000リットルの水。それが麹と酵母の働きで、約1ヵ月後には3,000リットルの酒となる。
今では貴重なホーロー製のタンクは、昭和30年代に製造された年代物。 -
岩村醸造の銘酒「女城主」。
女城主とは、織田信長の叔母で、夫の遠山景任亡き後に岩村城主として城と領地を継いだ、悲運の城主、おつやの方のこと。 -
創業寛政8年(1796年)、松浦軒本店。
江戸時代に長崎より伝わった、ポルトガル伝来のカステーラの製法をそのまま作り続けている伝統の菓子店。 -
フワフワした、いわゆる高級カステラとは違って、もっちりどっしりとして、卵の味が濃くて、甘さはほどほど。
200年の味わいだと思うと、とても感慨深い。 -
東西に約1.3kmの細長い町並みエリア。
山を背後にした城下町で、江戸時代の美濃の人たちの暮らしを想像してみたり。 -
岩村の町並みの背後、城山の山上には岩村城。
海抜717mに位置する、日本三代山城の一つ。 -
成り立ちは鎌倉時代中期まで遡り、以降江戸時代まで続いた山城。
こんな山の中に、かなり広範囲に往時の石垣が現存する。 -
今を遡る450年前、1572年から1575年にかけて、この城を巡って2人の戦国大名が幾度となく衝突している。
織田氏と武田氏。 -
織田領と武田領の境目に位置した岩村城は、両氏の覇権争いの舞台となった。
眼下に広がる野原で、向かいの山の裾野で、武者や騎馬が刃を交えていたのかと想像する。 -
岩村城、別名霧ヶ城の本丸跡。
記録によると、本能寺の変に3ヶ月前、信長はここに宿泊している。 -
岩村から車で30分。
中津川までやって来ました。
マンホールは、400年前の踊りを再現した風流踊りの図柄。 -
16時30分、この日の予定を終えて、本日の御宿に到着。
中津川駅と木曽川の中ほどにある、料理旅館「夜がらす山荘 長多喜」。 -
創業は江戸の文化文政の頃。
中津川宿の旅籠「長登屋」が現在の場所に移ったのは昭和8年。 -
約1万坪の敷地に6棟の古民家離れが点在する、隠れ家宿です。
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ここが今日、僕たちの宿泊する部屋。
「雲居の間」 -
昭和32年、今上天皇が皇太子時代に訪れた際に、宿泊されたのがこの雲居の間。
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8帖の控えの間。
古い木に囲まれた優しい部屋です。 -
10帖の数奇屋造り本間。
畳2帖分の大きな床の間が印象的な部屋です。 -
今は遠くなった、昭和の家屋でよく見られる縁側とガラス戸。
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お茶菓子は、創業元治元年 御菓子処川上屋の「しば栗」という干菓子。
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そしてもう一つ、これも川上屋さんの「柿の美きんとん」。
干し柿の中に栗きんとんがはいったお菓子。 -
少し寛いだ後は、お風呂に入って今日一日の疲れを癒して。
あっという間に夕食の時間。 -
18時30
夕食は、母屋から離れに運ばれてきます。
食前酒は地元・中津川で400年酒造りを行っている、はざま酒造「恵那山」。 -
鮪の自然薯かけ。イクラと青のりで彩りも鮮やかに。
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蛤と海苔のお吸い物。
磯の香りがふんわりとする。 -
筍の姫皮と蕨とカニの和え物。
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日本酒は地元・中津川の恵那酒造から、「鯨波」を熱燗で。
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筍饅頭、鮪つみれ、蕗、蕨、木の芽の香り。
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穴子のちまき、タピオカ饅頭、筍のはりはり、蓬生麩、カステラ風卵焼き、サーモン、スナップえんどう。
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筍の包み焼き。
添え物は味女泥鰌の天ぷら、空豆。 -
筍の皮をむくと、中は白味噌仕立てで、海老、鶏肉、木の芽と一緒に蒸し焼き状態。
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飛騨牛の鍬焼き、椎茸のフォアグラはさみ揚げ。
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山菜の天ぷら。
こごみ、独活、こしあぶら、蕗の薹、よもぎ、筍、たらの芽。 -
冷たいお蕎麦でさっぱりと。
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〆は、筍ご飯と筍の味噌汁。
もう、お腹いっぱい。 -
デザートは苺の白玉。
お酒も入ってたので、食後は軽く睡眠。
夜中に誰もいないお風呂に入って、ただぼんやりと。
12時ごろに就寝。 -
2日目 6時起床
早朝さんぽ。
JR中央本線中津川駅。 -
駅前のメインストリート
広い。静か。誰もいない。 -
江戸五街道の一つ、中山道。
中津川宿は中山道45番目の宿場町。 -
文久元年(1861)10月29日。
皇女和宮親子内親王が下降された際に、ここ中津川に宿泊しています。 -
日本画壇の巨匠、前田青邨はここ中津川の出身。
愛知銀行の前には生誕地の碑がありました。 -
散歩から宿に戻って、朝食までの時間は敷地内を散策。
-
庭には、シロヤマブキの花が咲いています。
-
茅葺きの入母屋造り、つつじの間。
この部屋も素敵ですね。 -
江戸初期建造の民家を移築。
総栗材で建てられた栗の間。 -
足元には、美濃や信州によく見られる道祖神。
-
棟によっては、恵那山に昇る朝日や中津川の夜景が見下ろせる絶景の部屋も。
全部の部屋を泊まって回りたい。 -
朝食。
納豆やワラビの佃煮、長いも、卵焼き、鮭。
海苔、ヨーグルト、漬物、お味噌汁。
どれもご飯に美味しいおかずばかり。 -
草木を通して、やわらかな朝日が庭に差し込む。
耳を済ますと、聞き覚えのない鳥の声も。 -
広くて開放的で居心地の良いお部屋です。
一晩お世話になりました。
「夜がらす山荘 長多喜」、とてもいいお宿でした。 -
新緑のすき間に青空が見える。
木陰に入ると、5月のさわさわした風が心地よくて。
今日も一日、いい天気になりそうだ。
2日目の旅の始まり。
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